第280話 自己責任だからしょうがない
「な、なんでいんの……?」
「え、ちょっと休憩に出てきただけ……っていうか、むしろそれはこっちのセリフなんだけど……」
「あ、そ、それはそうですね……」
「え、まさかあたしを探しに?」
「いや、ない。それはない」
「うわ、即答とかひどっ。傷ついた」
「やかましいわ、どうせ傷ついてないくせに」
「そんなっ、身体だけじゃなく心まで傷つけるなんてっ」
「いや、人聞き悪いこと言うなっ」
「そんな……あたしの
「いや、公共の場だからねここっ!?」
「あんなに愛しあった日々が……嗚呼、今はもう儚いわ……」
「いや……はぁ。どこの大根役者だお前は」
「え、ひどーっ……ってか、ほんとなんで、りんりんがここにいるの?」
会って早々こいつの疲れるペースに巻き込まれたけど、それまでやっていたわざとらしい動作をやめて、素に戻った彼女は「なんでいるの?」と言って、じっと俺を見つめてきた。
その瞳は間違いなく伊達眼鏡であろうレンズの奥に鎮座していて、昔と変わらず愛らしい、と思う。
りんりん、か。
その呼び方で俺を呼ぶ者は、世界広しといえどただ一人。
そして
たしかに彼女、武田亜衣菜からすれば「なんでいるの?」は俺の方だろう。
「デート……じゃないよね、一人だし」
そう言って亜衣菜はキョロキョロと周囲を少し見回して、目当てであろう人を探すけど、当然その姿はあるはずがない。
さて、どう説明したものか。
って言っても、さすがにここは、誤魔化す術もないんだけどさ。
……でも待てよ、今こいつ休憩中って言ったか?
と、なると……おお! なんかしてるってことは、俺が一番懸念している
ほら、今日は我らが【Teachers】のオフ会だからね、もし、もし……って心配があったんだけど、その心配がないなら無問題。
うん、ならば何も隠す必要もない。
「今日はオフ会だよ」
さらっと、さらっと。
何も心配がなくなったとなれば、なんと軽やかに答えられるものだろうか。
さっきまでのちょっとどうしようかと思っていたことなんか一瞬で消し去り、一転して俺はいつも通りの自分で、目の前にいる亜衣菜にそう答える。
その答えに、周囲を見ていた瞳が、再び俺に固定される。
「ほほう……さすが仲良しギルド。秋葉原でやるの?」
「いや、いつもなら新宿とかそこらへんで飲んで話してくらいだけど、今日はジャックんちでやるんだよ」
「え」
「……え?」
あれ?
なんだ、今の感じ……?
何か、何かが変わったような、そんな感じがしたけど……。
「ってことは、くもちんもいるってこと?」
「え、ああ、そうだな」
俺が亜衣菜の表情が少し変わったように見えたのは、こいつとの付き合いが長いからこそ為せた技だと思う。
マスクをつけてて表情は読み取りづらいんだけど、その目が伝えてくる何かしらの変化を、俺は見逃さなかった。
そしてそれと同時に浮かぶ、得体の知れない不安。
ざわざわ……ざわざわ……。
「くもちん、【Teachers】じゃないけど~?」
「いや、だってそれはさ、ジャックの旦那さんなんだし、ジャックんちにお邪魔するんだからいるだろって」
「いやいや。ジャックも元【Vinchitore】だし、うん、それはもう完全に合同オフ会な感じなってますなぁ」
「は?」
「うんうん。と、なればだっ! 菜月ちゃんもいるだろうし、【Teachers】の皆さんにはいつもりんりんと菜月ちゃんがお世話になってますって、言いに行かないとっ」
「へ? いや、行かないとじゃねえって!」
「あ、しーっ。店内でおっきな声出しちゃダメだよー?」
「いや、それはお前が……っ!?」
ああもう、不安的中速度光速かよ!
やっぱこうなるんかい!
ほんと、楽しんでる時って、こいつ目に出るんだよな……!
先ほどからずっと俺の目を見て話してくる亜衣菜の瞳に浮かぶ楽しそうな色は、学生の頃のイメージと変わらない。
そしてその楽しみを見つけた瞳は、言い出したらそう簡単には折れないことを俺は知っている。
そんな心のうちが出てきたのだろう。
気づけばため息をついてしまう俺である。
「集合は何時にどこなの?」
「いや、なんでお前にそれを……って、あっ! 時間! やべえ、もう行かないと電車の時間が!」
「え、あ、待ってよっ」
明らかに私も行きますって空気を出し始めた亜衣菜に、俺は断固拒否の空気を作ろうとするも、集合時間を聞かれたことで俺の視線が時計へ移動。
そして思い出す、時間がないという現実。
このままだと遅刻してしまう。それはあーすお迎え組の最年長として、避けなければならない。
遅刻とかね、ぴょんやゆめになんて言われるか分かったもんじゃないし……!
ということで俺はパッと振り返り、これ以上の問答は無用と言わんばかりに亜衣菜に背を向け走り出そうとしたのだが。
「ええい、掴むでないっ」
「だって掴んでないと置いてかれちゃうじゃんっ。りんりん足速いんだしっ」
「いや、ほんとについてくる気かよっ」
「別にいいじゃんっ、どうせあたしとりんりんの関係、みんな知ってるんでしょ?」
「いや、知ってるからこそこじれるだろうがっ」
「あたしもジャックとくもちんに会いたいーっ」
走り出そうとしたところで、亜衣菜に右手首を捕まれ
それでもなんとか足は動かして、とりあえず小競り合いのような口論をしつつ、俺はコンビニを脱出。
いや、ほんとコンビニの店員さんやお客様ご迷惑おかけしましたこと、お詫び申し上げます。
「いいから放せって」
「連れてってくれるなら放すっ」
「いや、お前なんかの休憩中だったんだろっ!?」
「大丈夫大丈夫っ! やまちゃんなら分かってくれるからっ」
「いや、5歳も年下の子に迷惑かけんなっ」
「写真撮ってただけだしっ」
「いや、それお前の仕事だろうがっ」
とまぁ、コンビニを出てつかつかと歩きつつ、俺は掴まれた手首を放してくれない亜衣菜と延長戦。
だが思いのほか強く掴んでくる亜衣菜を、俺はなかなか振り切れず。
そんなやりとりをしつつ、視線を真実たちが待ってくれているであろうたい焼き屋の方に送ると――
「5歳年下って、私のことですか?」
「おおうっ!?」
「ったっ! も~……」
俺がなかなか戻らないから迎えに来たのだろうか、気が付けば目の前に
そのいきなりの姿にびっくりした俺は思わず足を止めてしまったわけだが、俺が急に立ち止まったために思いっ切り俺の背中に亜衣菜が衝突。
ぶつかった痛みのためか、亜衣菜の不満げな声が聞こえたけど、それよりも俺は、現れたゆきむらの表情をロックオン。
ゆきむらの表情は、いつもと変わらずぽーっとしたものだったけど……でも、なんだろうか、俺を見てくる視線、ちょっとだけ、どこか不満そうな、そんな感じにも受け取れるような……?
「むむっ、可愛い子……!」
だが、そんな疑問を俺が抱いていることなど気づくわけもなく、俺が足を止めた理由に気づいた亜衣菜が、少し驚いたような声を出す。
って、ああ……ついに出会ってしまったか……!
出来れば誰にも見つかることなく亜衣菜から離れたかったが、その願いは砂上の楼閣のように一瞬にして崩れ去ってしまった……。
「……ゼロさん、そちらの女性は?」
「ゼロさん? あ、【Teachers】の子なの?」
「むむ?」
「菜月ちゃん以外にも、【Teachers】はこんな可愛い子がいるのかー」
「菜月ちゃん……?」
そして、ゆきむらが俺のことを「ゼロさん」と呼んだことで、亜衣菜が気づく。
それと同時に、亜衣菜が【Teachers】の名を出し、だいのことを「菜月さん」と呼んだことで、ゆきむらの表情には疑問の色が。
ああもう、時間ねーのになっ!
「ほ、ほら。とりあえず時間もないしさ、行こうぜゆきむら!」
「ゆきむら? あっ、〈Yukimura〉さんかっ! 女の子だったんだっ、若い先生だねー」
そんな、とりあえず時間がないという焦りからね、俺がさっさと行こうぜばりにゆきむらに声をかけたが、俺がゆきむらの名を出したことで、亜衣菜がそれに反応。
つーかね、急ぎたくても、そもそもまだ右手首が掴まれたままなの忘れてぜ……!
「あ、私はまだ先生ではないのですが……」
「あ、そうなの?」
「というか、ええと、どちら様でしょうか?」
「あっ、そっか。ごめんね名乗りもせずっ。ええとね」
そんな、俺が動き出したい気持ちでやまやまなのに、同じく急がなきゃいけないはずのゆきむらは、目の前の人が誰なのかが気になるようで、振り返って駅に向かうこともなく、亜衣菜に対して不思議そうな視線を送っていた。
そして亜衣菜は、周りに人がいないことを確認してから。
「〈Cecil〉ですっ」
「え」
すぐそばにいる俺とゆきむらにしか聞こえないくらいの小さな声で、そう告げる亜衣菜。
そしてその名に、珍しくもゆきむらが驚いたような表情を浮かべる。
いや……うん、そりゃね、LAやってる人からすれば〈Cecil〉の名は、その反応なるよね、普通……!
「つまり、亜衣菜さんですか?」
「あ、そっちの名前も知ってるのかっ。……ほんと口が軽いなぁ、りんりんは」
だが、驚いた顔を浮かべていたのはほんと少しの時間だけで、すぐにいつもの表情に切り替わったゆきむらは、これまでの俺たちの会話で聞いていた、亜衣菜の本名を口にした。
その名が出たことで、今度は亜衣菜が俺に向かって少し呆れた声を出すけど……ええと、その点については謝罪します。ごめんなさい。
「こんなとこでばったり会ったのも何かの縁だしさ、今日はあたしもオフ会に参加させてもらいますっ」
えっ!? なんだと!?
そんな決定事項的に言うのこいつ!?
「いや、誰も許可だしてないけど!?」
「えー、ダメなの?」
「参加って、許可制だったんですか?」
「いや、ゆきむらさん!?」
いやいやいや!?
え、何参加させてもいいでしょ的なこと言ってんの君!?
ほら、くもんさんと違って、亜衣菜は完全部外者だよ!?
「あ、ほらっ。ゆきむらちゃん話分かるーっ」
「いえ、貴女が亜衣菜さんなら、色々とお聞きしたいこともありますので」
「ほほう。なんだろ?」
だが、そんな俺の願いも虚しく、どんどん進んでいく二人の会話。
そして悟る現実。
楽しみを見つけた亜衣菜もそう簡単に折れないが、ゆきむらもね、頑固だもんね……。
こうなっては……くっ。
「いや、時間っ」
それでも、とりあえず何とか亜衣菜を撒けないかと俺は左手首につけた時計を確認し、ゆきむらを急かそうとするけど。
「駅から移動した時の時間を考えて、たぶんもう間に合わないと思いますよ」
「え?」
「いえ、正確に言えば、ゼロさんなら走れば間に合うかもしれませんが、少なくとも私の足では間に合いません」
「あ……」
「なかなかゼロさんが戻られなかったので、全員で遅刻するのも申し訳ありませんから、いっちゃんとあーすさんには先に駅に行ってもらいました。もし私たちが間に合わなかったら、先に電車に乗ってもらうようお願いもしています」
「マジ?」
「はい」
なんと……。
そこで改めて少し先にあるたい焼き屋の方に視線を向けてみたのだが、たしかにそこに真実とあーすの姿はない。
え、ほんとあの二人を先に行かせたの?
いや、あーすに限って何もないとは思うけど……くっ、初オフ会の妹を、まだ会って2時間も経たない男と二人きりにさせてしまったのか……! く、悔やみきれぬ、一瞬のぬかり……!
「あ、もちろん急がれるなら、走っていただいても構いませんよ」
そんな妹への心配が顔に出たのだろうか。
おそらくそれはゆきむらなりの気遣いだったんだろうけど。
「私は亜衣菜さんと行きますので」
それはさすがに、駄目だって。
俺のせいでゆきむらだけ遅刻する羽目になるとか、そんなことさせられるわけないし、亜衣菜とゆきむらを二人にするとかね、それこそどんなことをゆきむらに吹き込まれるか分かったものじゃないから。
……悪いのは、コンビニに逃げようとした俺、か。
「いや、ゆきむらだけ遅刻させるわけにいかないよ。一緒に行こう」
「えっと、あたしもってことでいいんだよね?」
「はい。ぜひ」
「ゆきむらちゃんはいい子だねっ」
そして、俺とゆきむらの会話を黙って聞いててくれた亜衣菜が、改めてゆきむらに同行の確認を取り、ゆきむらがそれに頷く。
そのゆきむらの返事にね、亜衣菜は嬉しそうだけど。
ううむ……まさかこんな展開になるとは……!
「あ、でも」
「ん? どうした?」
もうこうなっては致し方ない。自業自得の因果応報。
色々と観念した俺は、何か言い出したゆきむらへ焦ることもなく聞き返すと。
「たい焼き、もう1個買わないと行けませんね」
「……そうだな」
そんなことを余りにも素の様子で言うもんだから、俺はもう苦笑いするのみよ。
ほんとまぁ、律儀な奴だなぁ……。
遠目に見ればたい焼き屋には現在3組ほどの客が並んでいて、あれに並んだら真実たちの電車の次の電車も逃してしまうかもしれないけど。
「あっ、あそこのたい焼き美味しいよねっ」
「そうなんですか?」
「オススメだよっ」
「ほうほう。亜衣菜さんは何味がお好きなんですか?」
「んと、そだねー」
参加できることが決まった亜衣菜は、気づけばずっと掴んでいた俺の手首を放し、たい焼き屋へ向かうゆきむらと並んで歩き出していた。
今いるのは電気街とは反対側だから、この辺にはそこまで人が多いわけじゃないけど、色々と諦めて冷静になれば、辺りの雑踏なんかも耳に入ってくる。
あとでみんなに怒られるのは、甘んじて受け入れるしかないな。
二人の背中を見ながらそんなことを考えつつ、俺は今日一番の大きなため息をついてから、ポケットの中のスマホを取り出して操作しつつ、ゆっくりと二人を追いかけるのだった。
……とりあえず、だいに連絡しておこっと。
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以下
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元・カ・ノ・参・戦!!
フラグ回収は速攻で。笑
今カノ、元カノ、自分のことを好きな女の子、妹、両刀使い……いやぁ、こんな状況には置かれたくないものです。
お気をつけくださいね!
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞を重ねつつも掲載しております。
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