第275話 立場逆転?

「じゃあお風呂入ってくるねっ」

「おう、ごゆっくり」

「一緒に入る?」

「……お前は馬鹿か?」

「さすがに冗談だよー」


 23時20分頃、入浴の準備が完了したので、まずは来客優先ということで一番風呂は真実ということに。

 そして着替えやら何やらを脱衣エリアに用意した真実が、笑いながら俺に一緒に入るかを聞いてくる。

 誰が一緒に入るか馬鹿め、年齢を考えろ年齢を。

 真実がまだ小学校低学年の頃は一緒に入ったりもしてたけど、あれはそれが許される年齢だったからだからな?

 ったく。


 でも、冗談って言う割に唇とがらせてるけど……え、本気で言ってないよな? こいつ。

 ……うーん、よく分からんやつめ。


「菜月さん一緒に入りますかー?」


 と、俺がまさか? 的なことを考えていると、今度は真実が部屋の方にいるだいに向かって声をかけた。

 まぁさっきモニター覗いた時、まだロキロキと色々と話して盛り上がってたみたいだし、装備談義はまだしばらくかかりそうな感じがしたけどね。


 ……うん、それに楽しそうな様子だったし……。


 ……むぅ。


「あ、ごめんね。お風呂そんなに大きいわけじゃないし、一人の方がゆっくりできるだろうから、一人で入っておいで」

「あ、そっか。たしかに浴槽ちっちゃかったか」

「一軒家の実家と比べるなおい」

「あはは、じゃ、いってきまーすっ」

「はいよ」


 そして結局だいにも一緒に入浴を断られる形となった真実は、一人で風呂へ入ることに。

 いや、うん。それ当たり前だからね。

 ……っても、俺はだいと一緒に入ったことあるけど、狭くても。


 ということで、真実が服を脱いだりするのを見せてきたりしないように……じゃなくて見てしまわないように、俺はキッチンやら風呂やらのある方とだいのいる部屋との間の扉を閉め、自分のPCデスクの方に移動した。

 あ、ちなみにさっきまでは今閉めた扉の当たりにいた感じね、部屋の方にいると真実の声が届きにくかったから。


 でも、さて。

 ……今戻る時だいの画面見なかったけど、だいはまだロキロキと話してるのかな。

 もうかれこれ40分くらい経ってるけど、装備談義ってそんなかかるもんかな。

 うーむ、そもそもロキロキも明日午前中部活って言ってたし、そろそろ寝なくていいのか?

 いや、そんなこと俺が心配することじゃないんだろうけど。


 あー……何だろう、何で俺勝手に気まずく感じてんだろう。

 すぐ後ろにだいがいるのに、振り向ける気がしないぞ……。


 と、そんなことを考えつつ、ログアウトの操作をしていなかった俺は、これを幸いとあえてログアウトせず、無駄にプレイヤーハウスの倉庫に預けてるアイテムを確認したりとか、そんな操作をして何となくLAをやっているフリをする。


 ……いや、だいが見てるか分かんないけどさ?


 ああもう、ほんと何でこんな気持ちになってんだ俺。

 あー! よくわからん!

 今までこんなことなかったのに。


 他の誰と付き合ってた時でも、なかったのに。


「ねぇ」

「はい!?」


 と、俺が悶々とよく分からない感情と戦っていると、不意に後ろから声が聞こえる。

 その声の主は、当然一人しかいない。

 誰か分かってる声なのに、タイミングがタイミングだったせいで、思わず声が裏返ってしまった。


「何よ? 変な声だして」

「う、うるせえな……っ」


 そんな俺の声がおかしかったのか、呆れられたか? と思いつつ俺が振り向いてだいの方を見れば……だいはまだ楽しそうに、笑っていた。


 あー……そうか、そんなに楽しかったのか、話してるの。


 いや、うん。それはすごくいいことだと思う。

 知らない人とでも話が出来るのがね、オンラインゲームの醍醐味だし。

 そりゃ俺はだいとはメインで使ってる武器違うから、そこまで専門的なアドバイスとか出来ないし、銃については話し合うってよりは、俺が教えるってことばっかだったし。


 ……でも何だろ、なんか、なんかなぁ。


「さっきからずっと変だったけど、どうしたの?」

「へ?」

「真美ちゃんとお風呂の準備してる時も、話し声ちょっと気が抜けてるっていうか、変な感じだった」

「え、聞こえてたの?」

「そりゃそんな広いお家じゃないし、聞こえるわよそのくらい」

「あ……そうなんだ」


 え、でも俺そんな変だったの?

 いやいや、普通に話してたつもりなんだけど?

 ていうか君、ずっと画面見て喋ってたタイピングしてたじゃん。

 え、ほんとに聞いてたの?


「べ、別に普通だぞ? うん、普通」

「ふーん……」

「お、おう。……なんだよ?」


 考えてたことがバレたくないので、俺が何とか適当に誤魔化そうとするも、果たしてうまく誤魔化せただろうか?

 

 俺のPCデスクと、だいがPCを置いているテーブルの距離は人一人分くらい。

 なので俺とだいの距離も、そのくらい。


 その距離が、何故だか今は少し遠く感じた。


「ロキロキすごいね、さっきの戦略もそうだったけど、立ち回り方の知識がすごい」

「あ、やっぱりか」

「うん。さすが【Vinchitore】って感じだった」

「参考になったか?」

「そうね、普段使わないようなスキルとか使うタイミングとか、そういうのすごい勉強になったよ」

「ほうほう」

「あ、でも、それぞれのスキル使う時の装備変更とかは、私の方が細かかったかも」

「あ、そうなの?」

「うん。この辺はロキロキも勉強なるって言ってくれた」

「ほうほう」


 なるほど。

 教えられるだけじゃなく、教える部分もあったのか。

 だからあれか? 自分のプライド保てたとこもあるから、楽しかったのか?

 ……うん、いい相談相手が出来たのは、いいことだな。


「フレンド登録もしてくれたのよ」

「おー。よかったじゃん。数少ないフレンド増えて」

「……馬鹿にしてる?」

「いやいや」

「別に、今はギルドのみんなフレンドだし、亜衣菜さんとかモコさん、ルチアーノさんもいるし」

「おお、そう考えると増えたなー」

「そうよ」


 そうかそうか。

 そりゃ7年だもんな、フレンドリストだってそれなりに増えてておかしくないもんな。

 ……ギルド以外だと、最近出来たフレンドばっかな気もするけど。


 いつまでもLA内で俺が面倒見るって状況も、オフ会以降減ってきたしな。


「ねぇ」

「ん?」

「……あのさ」

「何だよ?」


 そんな、何だかちょっとだけ、別にMMOユーザーだったら変でもなんでもない、普通のことに何故だかちょっとセンチな気持ちを抱いた俺を、何か言いたげな目でだいがじーっと見つめてくる。


「……焼きもち?」

「へ?」

「さっきから、ずっと変だし」

「いや、そ、そんなことないって! 普通普通っ」

「ふーん……」


 そしてだいから発せられたのは、正直まさかの言葉だった。

 俺が、焼きもちを焼いている? 誰に? ロキロキにか?

 

 いや、そんなことはない。

 うん、だってこれはだいにとっていいことなんだから。

 そもそも明日分かるとはいえ、今はまだ顔も知らない相手だし、プレイヤーとしての腕前は俺だって理解している。

 そんな相手とゲームで強くなるための話が出来るのは、だいにとっていいことなのは間違いないし。


 うん、そんなこと、断じてない……と言いたい。


「人の気持ち、少しは分かるかもね?」

「へ? それ、どういう意味――」

「おいで?」

「……っ」


 人の気持ち? どういう意味だろ?

 でも、焼きもち焼くとかまさかまさか。

 そんな風に思っていたのに。


 彼女が口にした、「おいで」。

たった3文字の言葉を発して、両手を広げただいが、少しだけ悪戯っぽい色を浮かべつつ、それはそれは可愛い笑顔を俺に向けてくる。


 いや……それは……ずるいって……!


 ここで行ったらだいの手玉だぞ。

 分かってるのか俺……!


 そう、思ってるのに。


「真実ちゃんすごくいい子だけど、一緒だとなかなかできないじゃない?」

「……うん」

「ここが現実だからね」

「……うん」


 あー、くそ。

 ……完全に手玉に取られてるじゃん俺。


 気が付けば、心と身体は正直なのか、あれこれ考える脳とは裏腹に俺はだいの広げた腕の中にその身を預けていた。

 

 普段ならね、俺が「おいで」って言って抱きしめるとこなのに、今はそれが逆。

 色々と心地よいだいの胸に顔を埋めて、抱きしめられる側になっているのだ。


 ……そりゃ、悪い気はしない。

 というか、もちろん落ち着くんだけど……。


 いや、落ち着くなぁ……。


「私が一番頼りにしてるのはゼロやんって、知ってるでしょ?」

「……うん」

「ゼロやんも、私を一番信頼してくれてるって、この前も言ってくれたし」

「……うん」


 くそう、まさかここまで見透かされていたとは……。


「頼むぜ相棒?」

「……真似すんなし」


 だいの腕に抱かれて、だいの言葉を聞いて、それにより自分の心がなんだか軽くなっていくような気がしたのは、間違ってなかったと思う。

 まさか状態異常を回復する魔法つかえたのかこいつ。

 そんなことを思う俺は、ちょっとゲーム脳すぎる?


 でも、相棒、か。

 

 それは俺がだいに対して昔からよく使っていた言葉。


 まさかそれを向こうから言われるとは。

 

 恥ずかしさにね、俺はちょっと素直にそれには「うん」と言えなかったけど。


 あー……なんでもお見通し、か。


「私のことも、ぎゅーってして?」


 そしてしばしだいの腕の中でその幸せな穏やかさに浸ったあと、そっと腕をゆるめただいが、俺の上体を起こして甘えた声でそんなこと言ってくる。


 ああくそ、可愛いなこいつ……!


 そのわがままに、もちろん応えるんだけどさ。


 言われるがまま今度は俺がだいを抱きしめ、だいも俺にそっと腕を回す。

 そしてしばしそのまま時間を過ごして、腕を緩めたあとはどちらからともなくキスをする。

 そしてまた、幸せそうな顔を浮かべるだいをぎゅーっと抱きしめる俺。


「好きだよ?」

「うん、俺も好き」


 妹が来てるってのに、バカップルだなぁ、俺たち。

 

 でも、うん。

 ……これ、幸せだな。


「あがったよー!」


 っと、そんな甘い時間に浸り切っていたけど、どうやらこの甘い時間もここまでのようだ。

 今日はね、二人きりじゃないんだもんね。

 

 風呂の方から聞こえた真実の声に、俺たちはそっと身体を離す。


「明日も楽しもうね?」

「おう。……その、ありがとな」

「いいえ。相棒だし、彼女だしね?」

「うん、そうだな」


 その会話は、真実には聞こえないほどの大きさだったけど、その言葉が、俺たちを笑顔にする。


「じゃあ私、お風呂入ってくるね」

「おう」

「真美ちゃん今そっちいくね!」

「はぁい!」


 やっぱ俺、だいが好きなんだなぁ。


 さっきまであったもやもや、どっかいっちゃったし。

 うん、だいが誰と仲良くしても、好き同士なのは俺なんだ。


 ほんと、会ったこともない相手に嫉妬するとか、俺もまだまだ狭量だなぁ……精進せねば。


 真実と交代で風呂に向かうだいを見送りつつ、俺は穏やかな心にしてくれた彼女大好きな人に心の中で感謝を送りつつ、未熟な自分を恥じるのであった。







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以下作者の声です。

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 次からオフ会へ突入します!


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉が掲載されております。

 ゆるーく更新していきます。

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