第271話 穏やかな時よ、いつまでも
「ただいま」
「お、おじゃましますっ」
慣れた手つきで家の鍵を開け、18時52分、帰宅完了。
それと同時に。
「わっ、いい匂いっ」
「おー、こりゃすごいな」
扉を開ける前から既にお腹が空くような香りが少しずつ漂いだしていたが、開けた瞬間、それが一気に広がった。
なるほど、これは気合が入っているなぁ。
そして。
「おかえりなさい、そしてはじめまして、でいいかな?」
「あっ、は、はじめましてっ! 北条真実です、いつも兄がお世話になっておりますっ」
「こちらこそ、里見菜月です。よろしくね」
「はいっ。でもほんと、すごい美人ですね菜月さんっ」
「そ、そんなことないよ。真実ちゃんもすごい可愛い」
「そ、そんなそんなっ。恐れ多いですっ」
とまぁ、家に戻って来た俺たちを迎えたエプロン姿のだいが、優しい笑顔を真実に向ける。
いやぁ、しかし料理の時の、髪を後ろで束ねてのエプロン姿は、眼福ですなぁ……。
とりあえず第一印象はお互い悪くなさそうなのも僥倖僥倖。
でも元々人当たりのいい真実は予想できたけど、思ったよりも人見知りを発動しないだいには少しびっくり。
あれか? 自分で言うのもなんだけど、俺に似てる感じ強いからか……?
「これ、お土産ですっ」
「あら、カステラ? あ、これ近くのお店の?」
「あ、だいは知ってたのか?」
「うん。でも気になってたけど、食べたことないから楽しみね」
「おお、よかったですっ」
そう言って笑顔で買って来たカステラをだいに渡す真実と、それを受け取るだい。
でもさすがだいだな、グルメ情報には敏感か。
「ご飯のあと、一緒に食べようね」
「はいっ」
「じゃ、手洗いうがいして、荷物とか部屋に置いてきたら?」
「おう。夕飯作り、ありがとな」
「ありがとうございますっ」
「ううん、好きでやってることだから」
いやぁ、ほんといい奥さんになりそうですなぁ。
ふふふふふ。
と、ちょっと妄想の世界に浸りそうになりかけたのを抑えつつ、俺は洗面台経由で手洗いうがいをし、真実にもさせてから部屋の方へ移動。
そして適当なところにキャリーケースを置いて、俺はいつもの癖でPCデスクの椅子に着席。
「パソコン、3台もあんの?」
「あ、1台はだいのな」
「あ、なるほど。でもあれだね、前に来た時とあんまり変わってねね」
「まぁ模様替えの趣味もねぇからな。とりあえず適当に座ってていいぞ」
「うんー。でもあれだねー、匂いは前と変わったかな?」
「え、そう?」
テーブルの一角に座った真実は何やら周囲をきょろきょろとしてるけど、え、匂いって……。
ま、まさか加齢臭的な……!?
え、俺もうそんな年なの……!?
「前はお兄ちゃんの匂いだけだったけど、あれかな、これが菜月さんの匂いかな?」
「え、あ、そういう……」
あ、焦った……!
「でもそう言われても俺にはよくわからんけど」
「自分じゃ自分ちの匂いってわかんねもんねー」
ふむ。
しかしなんか、この家に俺とだい以外がいるって、変な感じだなぁ。
ちょっと前までは、来ても家族だけだったのに、今じゃもうそんな風に思うなんてな。
……亜衣菜と別れてからずっと、だいと付き合うまで、引っ越す前の家含めて家族以外が俺ん家に来ることなんてなかった。
だけど、だいと付き合ってから、この家で二人でいる時間が増えた。
でもあれか、久々にうちに人がきたのは、第2回オフの後だったか。
あの時はまだ、だいとは付き合ってなかったっけな。
って……自分で言うのもなんだけど、女ばっかじゃん、うち来てるの。
オフ会後のぴょんにゆめ、ゆきむら。そして夏休み中には亜衣菜……と、
……今度大和でも招待しようかな、何となく。
「ゼロやん、ご飯運ぶの手伝ってもらっていい?」
「あ。分かった」
と、ちょっとぼんやりとしたことを考えていた俺の意識を引き戻す、キッチンの方から聞こえた声。
そしてその声の方へ俺が向かおうとすると。
「あっ、私も手伝いますっ」
俺より先に立ち上がってパタパタと小走りでキッチンに向かう妹が。
「真美ちゃんは座っててもいいのに」
「いえいえっ、私も何かしたいですからっ」
「そう? じゃあこれ、運んでくれる?」
「はいっ。うわぁ、美味しそうっ」
……ふむ。
「仲良くできそうか?」
だいの指示を受け、料理が盛られた皿を部屋の方へ運ぶ真実とすれ違うように、ゆっくりとキッチンの方に来た俺は、視線をこちらには向けずに手元で盛りつけを続けるだいにそんな言葉をかける。
「うん。お兄さんと違ってすごく素直で、いい子みたいだし」
「俺と違ってって……俺があんな感じだったら、気持ち悪くないか?」
「んー。でも案外可愛いかもよ?」
「いや……可愛いって言われてもな……」
言葉をかけた俺に返ってきたのは、予想外のだいの返事。いや、仲良く出来そうなのはいいことだけど……まさかこんな風に、返す刀で冗談言うなんて。
珍しい。なんだろ、ご機嫌なのかな?
たしかにその横顔の口元はなんだか少し楽しそうで、相変わらず可愛い……。
「二人目の妹ができた気分」
「二人目? ……って、ゆきむらも数に入れてんのか?」
「そうよ? でも今度の妹は、ほんとの妹になるかもだけどね?」
「っ……! そ、そうだな……!」
そしてそこでようやく俺の方を向いただいが、悪戯っぽく笑いかける。
その笑顔の破壊力が、それはもうすさまじくて。
俺の顔、たぶん赤くなってしまったんじゃないだろうか……!
ああもう、今すぐギュって抱きしめたい……!
「菜月さん、他に運ぶものありますかー? って、お兄ちゃん、何変な顔してんの?」
「し、してねぇよ!」
「えー、なんかニヤニヤしてるけど……」
「してないって! ええと、ご飯! ご飯盛るぞ! 真実は、いつもくらいでいいかっ?」
「え、あー……」
と、そこにやってきた妹によって俺とだいの甘々な空気が終わりを迎えたけど、その余韻のせいで俺はどうやら無意識にニヤついてしまっていたらしい。
それを誤魔化すためにね、しゃもじと茶碗を取って炊飯器の方に向かった俺は、食事の準備のためにご飯をよそおうとし真実に食べる量を確認。
体格としては小柄な真実だけど、あいつ意外と食うからな。実家にいた頃の記憶で、それなりの量を盛ろうとした俺だったけど、なぜか真実の言葉が濁り、気になった俺が視線を真実に向けると、当の本人はなぜか視線をだいの方に向けていた。
何だ? どうした?
「菜月さんのスタイル……いいなぁ……」
「うん?」
「少なめでお願いしますっ」
「え、マジ?」
「う~……だって……」
あー……なるほど。
別に真実だって太ってるわけじゃない、というか兄目線に細身だと思うけど、出るとこ出てるだいと比べたせいでね、自分がそう見えてしまったのか。
別にそんなん気にすることないのに。
ったく。
「だいはお前より食うぞー?」
「えっ、嘘!?」
「なんだったら俺より食う」
「にゃんとっ!?」
「べ、別に普通よっ? うん、普通……よね?」
「いや……うん、ノーコメントで。まぁ、あれだぞ、だいのご飯は白米が進むぞー?」
「うぅ……」
「食べたかったら食う。我慢は身体に毒だぞ?」
「じゃあ最初は少なめにしてみて、おかわりする分もあるから、お口に合えばおかわりすればいいんじゃない?」
「……じゃあ、そうします……」
「でも食ったら分運動は必要だけどな。通勤、どうせ車で行ってんだろー? チャリとかに変えてみたらいいんじゃね?」
「えー……」
「だいはほら、通勤チャリだし、プラスで部活指導もやってるぞ?」
「……運動します」
「ん、秋田戻ったらそうしたまえ」
「じゃあ、ご飯にしましょうか」
ということでね、ちょっとしたやりとりを終え、俺が持ったご飯を真実と一緒に運んで、夕飯の準備完了。
ご飯に味噌汁はベースとして、メインのおかずが3品に、いつもの大根の煮物付き。
でもどれもいつもより気合が入ってる感じはあるし、腕によりをかけたって感じが、伝わってくる。
でもあれだな、メインのおかずには鶏肉が多いのは、真実への配慮、かな?
「ほんと、菜月さんお料理上手なんですねっ」
「うーん、趣味程度だけどね?」
「いやいや、普通に定食屋やっても食ってけるよ、だいは」
「褒めても何もでないわよ」
「いや、お世辞じゃないって」
「ふふ、すごい仲良いんですね。なんか、嬉しいです」
「え、そ、そう?」
「はいっ。お兄ちゃん、ずっと一人だったから……」
「おい」
「真実ちゃんは、お兄ちゃん想いなのね」
「え、そ、そんなことないですよっ。え、ええと、いただきますっ」
何ともまぁ余所行きモードだなぁと兄ながらに思いつつも、だいに「お兄ちゃん想い」と言われた真実は恥ずかしそうにしながら、話を逸らすように箸を取って食事をスタート。
そんな真実に優しい笑みを見せるだいに対して俺はちょっと苦笑いだけど、ご飯が冷めちゃうといけないからね、俺たちも真実に続いて「いただきます」。
「わっ……美味しい……!」
「だろ?」
「私も一緒に暮らしたいレベルですっ」
「いや何言ってんだお前」
「お褒めに預かり光栄ね。いっぱい食べてね?」
「はいっ」
とまぁ、だいの料理にテンション爆上がりの真実。うん、その気持ちはまぁ分かるぞ妹よ。
やっぱねー、ご飯が美味しいって、単純に幸せだもんな、うん。
これがずっと続いたら、それはもう幸せだろう。
うん、胃袋掴まれるって、こういうことなんだろうなぁ。
「菜月さんがお姉ちゃんになってくれたら嬉しいですっ」
って!?
「えっ? あ、あはは……」
美味しそうに食事をする真実を朗らかな気持ちで見守っていたのに、まさかの言葉に俺は危うく飲んでいた味噌汁を噴きだしかけ、だいはだいで照れ笑い。
いや、それ直接言うかね、妹よ!?
屈託ない妹の言葉に、俺もだいも顔を赤らめてしまったのは、しょうがないよね……!
でも、ほんと、いつか。
いや、そう遠くない未来に、そうなれたらいいなと、俺も思うけど。
「「あ」」
きっと、何となく同じことを思ったのかな。
何気なくだいの方を向いた俺と、だいの目が合い、俺たちは気恥ずかしさに揃って目を逸らす。
「……私、変なこと言いました?」
そんな俺らに、真実がきょとんとした顔を見せるけど。
ああもう……はぁ。
ま、いっか。
そんな感じの、何とも言えない、だが確実に幸せな時間を過ごしながら。
その後もだいの作ってくれた料理を楽しみつつ、俺は、俺たちは楽しい食卓を囲んで、時を過ごすのだった。
「あー……幸せ~」
「結局いっぱい食ってたなー」
「う、うっせなっ」
「洗い物ありがとね。カステラも美味しかったわね」
「いえいえっ! いいな~、東京は。転職しよっかな~……」
そして夕食を終え、作ってもらった代わりに俺が全ての洗い物を引き受け、それを終えたのがだいたい20時半頃。
結局2回ほどおかわりをした真実は満腹による多幸感でカーペットの上でごろんと横になり、その隣にいるだいが鞄からアレを取り出しテーブルに置きながら、優しそうな顔を真実に向けている。
うん、なんというか、いい時間だな、これ。
でももう20時半、ということは、だ。
「さて」
「そうね」
「え? どうしたんですか?」
「おいおい、そろそろ時間だぞ?」
「へ?」
「今日は土曜日、でしょ?」
「あ」
「ちょっと風呂の時間取れなかったけど、まぁそれは終わった後ということで」
「そうね、明日があるから、今日はそう長くならないでしょうし」
「……なるほど。今日一番二人がお似合いだなって思いました」
「「え?」」
と、真実の変な言葉にだいとまさかのシンクロしてしまったけど、今日はほら、土曜日だし?
「IDとパスワードは持ってきたな?」
「あ、うん」
「ほら、じゃあこのPC貸してやるから、ログインしたまえ」
片付けた上のテーブルの上では既にだいがPCの立ち上げを開始している。
俺は先日頂いた高性能ノートPCを真実に渡し、久々にデスクトップの方でPCを起動。
さぁここからはゲーマータイムだぞ、と。
「……お二人がお家デート多いってさっき言ってた理由、分かりました……」
おいおい。それくらいは予想ついただろ?
あ、ちなみのその話題は夕飯中の話題ね。
真実からどっかデートとか行くんですか? って話から、俺たちが一番多いのはお家デート、って答えた一幕があったのだ。
ほら、それはそれで、間違ってないし?
「今日は嫁キングいるかしらね?」
「んー、全員揃ってればこの前リダとジャックが相談してた編成でやるのかな」
「かもね」
「……なるほど、これが元廃人ギルドのプレイヤーか……」
「何か言ったか?」
「いーえっ。って、わ、このPC起動はや」
「うむ。それは良いものだ」
「えー、頂戴」
「ばーか。やんねーよ」
「けちー」
「ふふ、二人も仲良しね」
「それほどですー」
「いや、なんだその答え」
ということでね、ここからは3人の時間から、最大で12人の時間へ移行。
12人のメンバーの内3人が一緒にいるって、まぁ何と言うか不思議な状況だけど、活動するのは、この家の中じゃないしな。
それでは今日も今日とて、始めますか。
〈Zero〉『よーっす』
〈Daikon〉『こんばんは』
〈Hitotsu〉『こんばんは!』
妹がやってきた連休初日、俺たちは3人揃って、LAへとログインするのだった。
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
前回同様。
11章は何だか穏やかですねー。ええ。
あ、ここでフラグを立ててしまった……!?
(宣伝)
本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉が掲載されております。
ゆるーく更新していきます。
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