第262話 一日の終わりに好きな人といられるのは、いい日だと思う

「はい、おつかれさま」

「はあっ、はあっ、はあっ……おう……」

「足、大丈夫?」

「うん、だいじょう、ぶ……」

「ん、よかった。とりあえずお風呂用意しちゃうから、ゆっきー下ろしたら先に入っておいで」

「いや、だいが先で、いいぞ?」

「ううん、汗ベタベタで気持ち悪いでしょ?」

「でも、だい明日、仕事じゃん?」

「大丈夫。先に入ったからって先に寝れるわけでもないし、ほら、ゆっきーのことも着替えさせたりするからさ。先に行っておいで」

「あー、そっか。うん、わかった。ありがとな」

「うん、着替え用意しておくね」


 9月13日日曜日の22時24分、俺とだいはようやくだいの家に到着。って、もちろんゆきむらも一緒だぞ。

 居酒屋を出てからずっと、いい年した眠り姫を背負う、顔に傷を防ぐガーゼを貼った俺に対し世の中はそれはもう奇異の視線を向けていたけど、駅構内を進み、総武線の車内に至る頃にはもうそれにも慣れ、俺は無事ここまで辿り着いたというわけだ。

 阿佐ヶ谷駅からはね、さすがにタクシーを利用したけど、なんだかんだ一番しんどかったのは、3階のだいの部屋まで上がる階段だったかな。

 いやぁ、もう若くないな……。


「でも、ほんとに起きないわね」

「そうなぁ」


 だいの家に上がり、ベッドの上にゆきむらを下ろして二人でゆきむらを眺める。

 その表情はそれはもう穏やかなんだけど、なんというか、その表情には逆にもう苦笑いしかできなかった。

 ほんと、よくもまぁずっと眠ってられたもんだよこいつ。


「水持ってくるね」

「おう、さんきゅ」


 居酒屋の時に緊張感を漂わせていただいの怒りも既に収まったみたいだし、今はなんというか、またいつものだいのゆきむらに対する感じに戻っている。

 基本的にはね、だいはゆきむらのことを妹みたいに思ってるみたいだし、好きなんだよな。

 となると、俺にとっても義妹的な?

 ……いやいや、俺には妹は一人で十分なんだけど。


「はい、お水」

「さんきゅ……あー、生き返った!」

「9月でもまだまだ暑いもんね」

「ほんとなー」


 そしてだいから冷えた水の入ったコップを渡され、それを一気に飲み込んで、一息つく。

 人一人背負って長距離移動したせいでね、もうほんと服なんか汗で不快感が半端ないよほんと。


「じゃ、行っておいで」

「ん、わかった。パパっと済ませちゃうな」


 エアコンのスイッチを入れるだいに促され、俺は浴室の方へと移動していく。

 ちなみにあれね、着替えとかはこんな時、というか、だいの家にいつ来ても大丈夫なように以前だいに持って行ってもらっていた俺用のがあるのだ。

 さすがにだいのを着るわけじゃないから、安心したまえ。


 ということで、すやすやと腹立たしいほどに穏やかな寝顔を見せるゆきむらを一瞥したあと、明日からまた1週間の勤務を控える愛する彼女のために、俺はちゃっちゃかシャワーを済ませるのだった。




「あー、スッキリしたわー」

「おかえり。ドライヤーまでしてくればよかったのに」

「やー……あっち暑くてさー」

「もう、じゃあ持ってきてこっちでやればいいじゃない」

「あ、そっか」

「今取ってくるね」

「あ、ありがと」


 そして10分弱のシャワーを済ませ、だいに用意してもらったTシャツと短パンのジャージへと着替えを済ませ、ご丁寧に新しいガーゼとテープも用意してもらってたのでそれもつけ、俺が髪の毛をタオルで拭きながら部屋に戻ると、まるで母親のようにだいにちゃんと髪を乾かしなさいと注意されました。


「はい、ちゃんと乾かすんだよ?」

「はいはい」

「はいは1回」

「はい、すみません」

「うん、よろしい。じゃあ私も行ってくるね。ゆっきーのことよろしく」

「おう。わかった」


 とまぁさらに躾を受ける親子みたいな会話をしつつ、ここでようやくだいと役割スイッチ。

 さすがにシャワーだけとはいえ女性のシャワータイムが10分弱で終わるはずもないので、その時間の間にゆきむらが起きないことを願うばかりだな。

 

 ちなみにシャワーを終えて戻って来た部屋はエアコンが効いていて涼しくなっていたし、ゆきむらもだいの紺色のパジャマに衣装チェンジがされていた。

 しかし着替えさせてもらったというのに、こいつは全く起きなかったんだろうか?


 居酒屋ではけっこう赤みを帯びていた顔色もだいぶ白くなってるし、もうだいぶアルコールも抜けてきたんじゃないか、と思うんだけど……。

 でもまた起きてベイビーモードになられても困るから、とりあえず今はだいもいないし起きないでほしいところです。


 持ってきてもらったドライヤーで髪を乾かしつつ、そんなことを思う俺。


「起きたら説教だからなー?」


 しかしながら起きられたら困るという感情と、言いたいことは別。

 さすがにゆきむらももう成人なんだし、採用試験の合格が決まれば4月から社会人なのだ。今日みたいなことを繰り返されては困るからね。

 ちゃんとしなさいって、言わなきゃだな。


「ん……」

「っ!?」


 だが、まさか俺の言葉で起きてしまったのか、そんな不安をよぎらせるようにゆきむらが寝返りをうち、横向きの姿勢から仰向けにチェンジ。

 起きてまた噛みつきモードになったらとか、正直そんな不安があった俺は思わずビビって半歩下がってしまったけど、とりあえずそんなことはなさそうだった。


 いやでもほら、さっき風呂でも確認したけど、やっぱまだくっきりと歯形残ってたからね?

 警戒はしちゃうよね?


 っていうか肩に歯形ついてるとことか、経緯を知らない人に見られたら何を思われるか分かったもんじゃないよな。

 むしろだいのことを知ってる人がみれば、だいが疑われかねないだろう。

 こういう痕をつけてマーキングしたがる人もいるけど、それだったらまだキスマークの方が、健全、っぽいよな?

 いや、キスマークに健全もくそもないけど、歯形だとほら、ちょっとアブノーマルチックだし?

 俺の過去の交際相手たちを思い返しても、さすがにキスマークをつけられることがあっても歯形はなかった、と思う。

 でもそういやだいって痕つけてきたりはしないよな……ってそっか、もういい大人なんだし、学生の頃とは違うからか。

 こんなとこにも、恋愛ブランクを思う俺である。


「こういうのは、ちゃんとした恋人作ってやるんだぞー?」


 そしてやはり起きる気配はないということで、俺はまたゆきむらに対し独り言。

 左肩の歯形をさすりつつね、嚙むプレイとかしたいなら、ちゃんとした相手と、ということを伝えてみる。

 いや、実はゆきむらが人を嚙むのが好きでした、なんて癖があるとは思わってないけどさ。


 ま、今言ったとこで聞こえてはないんだし、ゆきむらが起きたら改めてちゃんと話さないとな。

 てか、そうだな。うん、もういい加減争奪戦とか変なこと言うのはやめろって、言わないと。


 俺はだいが好き。

 この気持ちがゆきむらになびくことは、ない。

 そりゃ可愛いなって思うことはあるけどさ、それはだいに対する感情とは、好きって感情とは違うのだ。

 

 起きたら……説教も含めて、ちゃんと話そう。

 これは、俺が言わなきゃいけないことなんだから。


 穏やかなで無防備な寝顔を浮かべるゆきむらを眺めながら、俺はそんなことを思いつつ、だいが戻ってくるのを待つのだった。




「お待たせ」

「おー、おかえり……」

「ゆっきー平気だった? ……って、何? 顔に何かついてる?」

「え、あ、いや! ……やっぱ可愛いなって、思っただけ」

「えっ? な、何よ急に……っ」

「い、いや、ほら、思ったこと、口にしただけ、です」

「あーもう! ……今はダメ。そういうのダメ。ゆっきーがいるから……」

「え、あ、ご、ごめん」


 とまぁ、20分ほど一人でスマホいじったりしながらゆきむらを見守っていた俺のところへ、タオルを肩にかけたパジャマ姿のだいが帰還。

 ドライヤーが俺の方にあったから髪が濡れたまんまでさ、化粧も落として完全すっぴん状態になっただいは、いつもの群を抜いた美人度は保ちつつも、やはり幼さも感じさせる雰囲気に変わっていて、白のパジャマ姿も相まってそれはもう可愛かった。

 もちろん見慣れた姿ではあるんだけど……なんだろう、やっぱり可愛いものは可愛いのだ。


 思わずじーっとだいのことを見てしまった俺にだいが怪訝そうな顔を見せたから、正直に思ったこと言ってしまったけど、うん、照れただいもなお可愛い。

 ゆきむらがいなかったら……うん、そういう展開になりそうだったな、危ない。


「髪、乾かしてやるから座れよ」

「え、いいよ。自分でやるし」

「いいからいいから。座っとけって」

「むぅ……じゃあ、お言葉に甘えて……」


 しかしあれだな、ゆきむらがいるから露骨に甘えてこないけど、この恥ずかしがりながらも甘えたそうなだい、ずるいな。

 抱きしめたくなる気持ちを抑えつつ、何だかんだ俺に背を向けてちょこんと座ってくれただいの髪へドライヤーを開始。

 女の子の髪乾かすってさ、何気にこれも特別な関係じゃないと、しないよな。

 あ、妹は家族だから別だけど。


 そんなことを俺が思いながらゴーっとドライヤーで髪を乾かしてあげている間、だいは自分のスマホを見ているようだった。


「あ、ぴょんからごめんねだって」

「え? どういうこと?」

「ゆっきーのこと任せちゃってごめんねって」

「いや、ぴょんだって明日仕事だし、ごめんではないだろ?」

「ううん、たぶんこれ、ゼロやん宛のメッセージっぽい」

「へ? どういうこと?」

「せんかんも、ぴょんのお家行ったみたい」

「え、あいつ明日部活って……」

「それ嘘だって」

「おいおいマジかよ」


 さすがに自分が顧問してない部活の予定なんか把握してるわけないけどさ、マジかよ大和。平然と嘘ついてくれたなおい。


「今日のオフ会終わったら、元々ぴょんのお家行くって話なってたみたい」

「あー……なるほどね。まぁ、たしかに大和と俺でゆきむらのこと任されても、難しかったとは思うけど……」


 でもせめて駅くらいまでは運んでくれてもよかったんじゃないかね、とか思いつつも、そうすると合わせてぴょんも残ることになり、必然的に家の遠いぴょんの帰宅が遅くなって仕事に響いてたかもしれないから、やむなし、か。


「すげえな、交際初日から相手んちにお泊りか。若いねー」

「……え?」

「え?」

「え、それは、ボケ?」

「え? ……あ」


 そうでした!

 俺らも全く同じでしたよね!

 というか、だいが俺んち来たのちゃんと付き合う前だったし、むしろ俺らの方が色々早かったか……!

 そしてその日のうちに……だったし、うん、これは大和には何も言えない。

 明後日会ったらあまり触れないでおくことにしようそうしよう。

 いやぁ、見事なまでの自分へのブーメランでした。


「あの二人、うまくいくといいね」

「そうなぁ。大和はかなり気が利く奴だから、うまくぴょんをコントロールしてくれるんじゃないかなー」

「うーん、ぴょんもすごい気が利くし、お互い気を遣うタイプだよね」

「たしかに。でもほら、大和は……」

「言いたいことは言う、かな?」

「あ……その通り」

「ゼロやんも、それを意識しようとしてくれるもんね」

「……エスパーかよ」

「ふふ、顔見なくても、顔に書いてるの分かったよ?」


 大和には出来て、俺が苦手とすること。

 思わず口にするのをためらったことすらも、だいにはお見通し。

 さすが、長いこと一緒にいたフレンド様だわ、こいつ。


「かなわんなぁ」

「彼女ですから」

「……ああくそ、可愛いなもう」


 やっぱり思い切り抱きしめたい。

 そんな思いをなんとか抑えながらドライヤーを続けた俺をね、ほんと誰か褒めて欲しいくらいだわ。


「ん、もう乾いたから大丈夫」

「おう。じゃあ明日も仕事だし、ぼちぼち寝ますか」

「うん。あ、でもお布団ないけど――」

「だいはベッドでゆきむらと寝なって。俺は床でいいから」

「え、でも……」

「俺は明日休みだしさ、明日ゆきむら帰したら、家で寝なおすさ」

「うーん……」

「いいからいいから。俺がベッドで寝るわけにはいかんだろ?」

「それは……そうだけど」

「ほら、遠慮すんなって」

「うん、わかった」


 ということで、ドライヤーを戻しに行って、だいと一緒に歯磨きをして、ここまで一切起きる気配のないゆきむらの隣にだいが横になり、それを確認してから消灯し、俺もクッションを枕に床へごろん。

 さすがに何もかけないのは風邪引くよって言われたから、タオルケットは借りたけどね。


「じゃ、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 聞こえた声は、ちょっと眠たさを感じさせていて、それも愛しい。

 というかさっきまでの会話とかもさ、ゆきむらに聞かれたら、ちょっと恥ずか死レベルだったよね!


 いやぁ、しかしほんと、まさかこんな展開になるとはつくづく思わなかった。

 でもま、振り返れば楽しかった、かな。


 プレゼント交換で盛り上がった誕生日オフ。

 大和とぴょんのカミングアウト。

 ほんと、今日もいいオフ会だった。

 

 そして、いつ以来となるか分からない、カナとの思い出への振り返りからの、自分のクズだった部分を今一度突きつけられての反省。

 過去は変えられけど、それを踏まえることが人間には出来る。

 だったら、もう割り切って前向いていくしかない、からな。


 とりあえず明日起きたら、だいを送り出して、ゆきむらと話して、か。


 うん、よし。明日からも頑張ろう。

 

 そう思って、俺も、目を閉じ睡魔に身を委ねる。

 起きたら、きっともう朝になってるはず。


 そう思ってたんだけどな!






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以下作者の声です。

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 何か、続くようです……! 


(宣伝)

本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉が掲載されております。

 こちらも近々始動予定。

 本編の回顧によろしければ~。




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