第257話 甘く切なく何より苦い7
初詣で松田さんと遭遇した後、カナには変化があった。
「リンっ、勝負しよっ」
「よかろう。まだカナには負けないよ?」
「今日こそわたしが勝ーつっ」
一つ目はこんな感じで、度々俺と勝負することが増えた。
え、何の勝負かって?
うむ、俺からしても意外だったんだけど、それまでは見てるだけでいいや、って言われてた俺の趣味であるゲーム。
元々ゲームが趣味ってのは伝えてたんだけど、カナは興味なかったみたいで、これまではなぜか時折持ってきてよって言われた日に、俺がやってるのを見るだけだった。
でも見られるのってさ、それはそれで気を遣うから、カナの前ではほとんどやってなかったんだけど、なぜか年明けたくらいにカナがゲームを買い始めて、カナの家にやってきた日なんかは、対戦系のゲームをすることが増えたのだ。
そのゲーム自体は俺も持ってて、家では真実と対戦することなんかもあり、最初の頃は俺が経験者の利を活かして勝ち続けてたんだけど、最近は回数を重ねるごとに上達したカナ相手にたまに負けそうになることが増えていってるところである。
さらに2つ目の変化は。
「ん? わたしの顔、なんかついてる?」
「え、あ、ううん。可愛いなって思っただけ」
「えー、いまさらー?」
「うわ、すごい余裕の発言」
「でも可愛いって言われるの、嬉しいよ?」
最初こそ「どうしたの?」って聞いてしまったけど、カナのメイクが大きく変わったのだ。
それまでのばっちりメイクでザ・ギャルって感じだったメイクから、まつ毛の主張が減って、アイシャドウがなくなるような、いわゆるナチュラルメイクへ。
すっぴん自体はもう何度も見たことあったし、幼く見えるすっぴんに対して俺が「可愛い」って言ったことあったんだけど、それでもこれまでカナは自分流のメイクを崩さず、ナチュラルメイク系のメイクは嫌がる傾向があったんだけど。
今さらになってのこのチェンジ。
これはこれで可愛いし、どっちかってーと俺はこの新しいメイクの方が好みなんだけど、メイク一つでイメージが大幅に変わるから、女の子ってすごいよな。
そして3つ目が。
「ねぇねぇ、これってどうやって解くの?」
「ん、あーっとね、この公式を使ってね」
「なるほど。ありがとっ」
それまではテスト1週間前くらいからのお決まりだったお勉強デートが、日常的に増えたこと。
たしかに今年受験生っていうのは話した通りだけど、テストが近くなくても、カナの家にいると一緒に勉強することが増えた。
それまでの成績を考えたらカナはおそらく余裕だと思ってたけど、意外にも石橋は叩いて渡る派だったのか、はたまた俺が受験生だからっていう気遣いか。
今までと違ってがっつり勉強ってことが増えて、イチャイチャして何だかんだ捗らず、ってことが減ったから、俺も成績は向上し、先生にも褒められました。
って、そういう行為も減っただけで、なくなったわけではないけどね。
とまぁ、そんな変化がありつつも、俺とカナの交際は順調に続いていると思ってた。
年明け3学期の頃はもう雪が積もってて自転車には乗れないため、カナが俺の学校の前まで迎えに来てくれることはなかったんだけど、それでも放課後はね、駅かカナの家か、ごく稀に俺んちなんかで一緒に過ごす時間を作っていたんだからね。
そんな日々が続いた中で迎えた2月14日、この日は、俺にとって忘れられない日となった。
どういう意味かって?
それは……察してくれると嬉しいかな。
2月14日が何の日かったらね、ご存知の通りだろう。
そんな日なのでゆっくりとデートをしようって話になってたから、俺たちはこの日、放課後駅での待ち合わせをしたのだった。
ちなみに俺が所属してた軟式野球部は冬季の積雪期間は基本自主練と称して、雪上でサッカーして遊ぶことが多かったんだけど、この日はものの見事に彼女持ちは全員不参加、彼女なしが全員参加と笑えるような状況になってたっけな。
なのでまぁ、放課後になるや俺は真っ直ぐ、部活の連中に顔を出すこともなく、いつもよりも早いバスに乗って駅へ行こうとしたのだ。
それが、運命の悪戯だったのだろうか。
「あれ? 北条くんもこのバス?」
俺がバス停に着いて列に並んでいると、背中側から聞き覚えのある声が聞こえた。
その声に、少しだけ警戒というかね、あー、って思ったんだけど、当然無視はできない。
「うん。松田さんも今日駅に行くの?」
振り返ればそこには案の定、ダッフルコートに可愛らしい白の耳当てをつけた、相変わらず清楚で可愛らしい松田さんが。
元旦以来ちょっと彼女との距離感に内心困ってた俺だったんだけど、彼女は変わらずというか、今までよりも俺に話しかけてくることが増えていたのだ。
とはいえ元旦の時みたいなボディタッチがあるわけでもなく、ただ話すくらいで、他に何があったわけでもないんだけど……それでもね、彼女持ちの身で、しかも以前好きだった子相手となると、ちょっとどうすればいいか困ってたとこはある。
元旦の時に言ってた「今年も同じクラスなれますように」ってのが、冗談だったらいいんだけど。
「ほら、バレンタイン向けの商品って今日まででしょ? 安くなってるのあったりするから、お母さんがお父さん用に何か買ってきて、ってさ」
「あー、なるほど。それはありそう」
そんな俺の内心とは裏腹に、松田さんはいたって普通に返事を返してきた。
バレンタインだからもしかして何か渡されたりしたらどうしようとかね、ちょっとそんなこと思ってた俺を恥じたね、この時は。
「北条くんはチョコレート好き?」
「え、うん。人並みには好きだと思うけど」
「そっかそっか。じゃあ彼女さんのチョコ楽しみだねっ」
「え、うん。まぁ」
「中学一緒なんだよね? いいね、お家も近いんでしょ?」
「そうだね、歩いて20分くらいかな」
「ほうほう。ほんとラブラブだよねー」
「え……まぁ、はい」
「そんな謙遜しなくていいのにー」
だが、バスが来るまでの間、矢継ぎ早にあれこれと聞いてくる松田さんの質問は、なかなかに答えづらかった。
俺が松田さんにフラれた過去がなかったり、元旦もただばったり会っただけだったら、この言動もただの茶化しというか、そういうので済んだんだろうけど。
この子の考えが読めなくて、俺は終始ちょっと困り顔、だったかもしれない。
「そういえば、また首に痕つけてたねー?」
「えっ? 嘘っ!?」
だが、気まずさを感じながらもさすがにその発言は受け流せず。
今はマフラーを巻いてるから見えないというのに、俺は思わず可能性がありそうな首のあたりをマフラー越しに抑えながら、焦ったように松田さんの顔を見返した。
「うっそでーす」
「へ?」
「手で隠そうとか自覚もってるんだねー、いやらしい」
だが、そんな焦った俺を面白がるかのように、にっと悪戯っぽい笑みを浮かべて、松田さんが笑ってくる。
その笑顔は無邪気というか、天真爛漫というか、普段のザ・清楚って感じの彼女からすれば、あまり見られないような、そんな笑顔だった。
「2学期の頃は、うわまたヤってんなーって思ってたけど、最近あんまり見なくなったよね。始業式の日はついてたけど」
「え、そんなこと思ってたの?」
「そりゃね? ……もっとデート重ねたら違うとこ見えるかも、なんて思っちゃうくらいには、私も北条くんのこと意識はしてましたし」
「え、嘘? え?」
「嘘じゃありませーん」
「え、だって俺あの日フラれて……」
「うん。あの頃は北条くんの良さは、人当たりいいとこだな、くらいしか思ってなかったもん」
「いや、思ってなかったもん、って……って、え、あの頃は?」
「いやー、付き合ったらそんだけ一途に切り替わるんだったらなー、ミスったかなー」
「え、え、え?」
焦る俺を置き去りに、ケラケラ笑う松田さんは、正直予想外というか、見たことがない姿だった。
え、というか、待て、今なんて?
っていうか、え、松田さんって、こんな子だったっけ……!?
いや、でもこれ以上の言葉を言わせるわけには!
「あの――」
「あ、バス来た」
「あ、うん」
「ほら、乗って乗ってー」
だが俺の言葉は発せられることなく、彼女と話す間にそれなりの時間が進んだようで、駅へと向かいたい俺たちの前にやってくる市営バス。
この時間はうちの学校から下校する生徒が多いのは知れ渡ってるからね、一般客もまばらな、ほぼほぼスクールバス状態。
そのバスの到着に、松田さんが俺の背中を押してきた。
この前と違って直に触れられたわけではないけど、学ラン越しに接触されてるという状況に、俺はテンパり度がさらに上昇。
それでも足は動かして、なんとかバスに乗車する。
でも乗ってなお背中を押してくる松田さんの誘導で、俺は二人掛けの席に着席させられる羽目に。
これは、きっと彼女の戦略だったんだろうな。
「立ちの子もいるから、しょうがないよね?」
「あ、え?」
「お隣失礼しまーすっ」
そしてそのまま、俺の隣に松田さんも座ってくる。
バスの二人掛けの席に、隣とのスペースなどあるわけがなく、結果として俺はほぼほぼ松田さんとくっつく形で席に座ること。
いや、え、これどういう状況?
っていうか、松田さん、マジで何考えてんの?
いや……え、俺のこと……?
「北条くんて、意外と肩幅あるよねー」
「え、そりゃまぁ、小学校の時から野球やってるし」
「夏休み後ろ乗せてもらった時も、そこはちょっと好感度高かったんだよ?」
「はい?」
「見た目弱そうなのに、割とがっしりしてるなーって」
「いや、弱そうって」
「間違えた。じゃあ、優しそうに訂正しますっ」
「いや、じゃあって、って、松田さんっ!?」
先ほどから終始主導権は彼女の手に。
背中を押され、隣に座られ、そして今、まさかまさかの、俺の肩にこてんと頭を乗せてくるではありませんか。
「バスの中あったかいから、眠くなっちゃった」
「いや、これはさすがに……」
「人助けだと思って、肩貸してよ」
「いや、うーん……」
「……駅までの20分くらいだけでいいからさ」
俺の肩に頭を乗せてるから、松田さんの表情は見えなかったけど。
いつもより少しだけ落ち着いたような、そんな声音の彼女の言葉に、消え入りそうなほど本当に眠そうなその声に、俺は彼女を引き離すことが出来ず。
ていうかこんな光景見られたら、松田さんが勘違いされちゃうと思うんだけど……。
どうすればいいのか分からない、そんな状況に置かれた俺が思うことはただ一つ。
早くバスが駅に着きますように。
これから楽しみだったデートだというのに、その楽しみを思う余裕もなく。
俺はこの時間が早く終わること、それをただひたすらに願うのだった。
そして予定よりも少し遅れた25分後ほど、俺たちを乗せたバスは駅へと到着した。
「松田さん、着いたよ?」
「んー……ねむい……」
「いや、もうみんな降りてってるからっ」
「んー……」
俺の気も知らず、まさかの熟睡をしていた彼女はバスが着いてもすぐには起きず。
そんな彼女に声をかけ、どうにかやっと起きてもらったが、寝ぼけ
この様子に本当に眠かったから丁度良くそこにいた俺の肩を借りたのか、そんなことも思ったりもしたけど、それよりも寝ぼけた様子でバスの車内を歩く彼女の足取りが見ていて心配。
というかまだ少しおぼつかないような感じは、ちょっと見ていて冷や冷やした。
「ありがとうございました」
そして松田さんがバス代を払って、それに続けて俺もバス代を払って、俺の前にいる松田さんがバスのステップから降りようとした時。
「きゃっ!?」
「あぶないっ!」
案の定というべきか。
寝起きでまだ寝ぼけていたのか、ものの見事にバランスを崩した彼女が降車の際の段差に転びかけた。
小さい頃、バスから降りる時に同じ感じでよく真実が転んでいたので、何となく、何となくだけどそんな危険を今回も感じていた俺は、咄嗟に妹を助けていた時と同じように彼女の体に腕を回し、転倒を阻止。
「あ、ありがと……」
「気を付けてね?」
うん、ナイス俺の危機管理!
さすがにね、色々気まずかったり、何考えてるのか分かんなくても、知り合いが目の前で怪我をするのを見て見ぬふりはできないからね。
彼女の態勢を立て直させてから腕を離し、彼女がバスからちゃんと降りたのを確認してから、俺も降車。
色々あったけど、とりあえず彼女とはここまでだから、後はカナとのデートに頭を切り替えよう。
そう思った矢先だった。
「あ、北条くんの彼女さんだ」
「え?」
「じゃあまたね」と言おうと思った松田さんから聞こえた、まさかの言葉。
カナが学校から来るときに到着するバス停は俺が着く方と反対側だから、いつも駅の連絡通路で待ち合わせしてたんだけど、たしかに松田さんが言う通り、ほんの数メートル先に、見慣れたコートにもう見慣れたマフラーを巻いたカナは立っていた。
そのカナは、じっと俺たちの方を見つめたまま、動かない。
ま、まさか、今助けてたの、見られたっ!?
「待っててくれるなんて優しいねっ」
「う、うん……」
いやいやいやいや、あのカナの様子にそんなこと思えるって、マジかこの子!?
コートのポケットに手を入れ、ショルダーバッグを肩にかけてじっとこっちを見たまま動かないカナの表情は、下半分がマフラーに埋もれていて見えないのだけれど、その目つきからはやはりというか、どう考えても不機嫌を訴えてくる様子が窺えた。
とにかくちゃんと説明しないと。
そう思った俺がカナの方に向かうと。
「こんにちはっ」
なぜか松田さんもカナの方に近づいて、挨拶をするではありませんか。
いや、なんで!?
ややこしくなるから、今は帰って欲しいんだけど!?
「こ、こっちまで来てくれたんだね、ありがとう、お待たせ」
そんな松田さんを無視して俺もカナに声をかけるけど。
「なんか、この前会った時と雰囲気変わりましたねっ」
「……どーも」
松田さんも松田さんで、なぜか譲らずカナに話しかけ続ける。
俺の方に一瞬だけ視線を送ったカナは、すぐに俺から目を逸らし、「なんでいんの?」とでも言いたげにじっと松田さんの方を捉えていた。
ハッキリ言って、睨むに近い様子です。……怖い。
「前のメイク似合ってたのに。清楚にイメチェンですかー?」
だがそんな目線に怯むことなく、いつも通りのふわふわした笑顔を浮かべた松田さんがカナに対してさらに声をかけていく。
いや、何この空気。
え、俺どうすればいいの!?
「別に。関係ないですよね」
「えー、冷たーい」
まさに両者どっちも譲らず。
積もった雪も溶けるような、二人の視線の間にバチバチと火花散るのが見える気がする光景に、俺は凍りつくしかできず。
それほどまでに、二人の間にある空気は気まずかった。
「ここ寒いし、リン、行こ」
「う、うん。そうだね。それじゃ松田さん、じゃあね」
二人を前に俺が視線だけなんとか少しおろおろしていると、パッと松田さんから目を離したカナは俺の方に近づき、慣れた動きで俺の左腕をとって腕を絡ませた。
そしてそのまま駅の方へと向かおうとしたのだが。
「あ、北条くん待ってっ」
「え?」
呼びかけられた声に、俺は反射的に足を止め、半身で振り返る。
さすがに俺が止まったからカナも足を止めてくれたけど。
「ハッピーバレンタインっ」
「え?」
松田さんから差し出されてる、丁寧にラッピングされた箱。
それは明らかに手作りのチョコレートが入っていそうな、市販品ではない様子を漂わせる箱だったんだけど。
いやいやいやいや、なんで今!?
学校でも普通に渡すタイミングあったよね!?
その箱と彼女の顔と、交互に見ながら、俺はこの状況に大困惑。
「昨日作るのに時間かかっちゃってさ、それで眠かったんだっ。友好の印に受け取ってくださいっ」
「え……あ、いや」
友好の印、松田さんはそう言ったけど、さすがにこの状況の中で渡してくることの意味は、俺にだって分かった。
元旦の日の言動、さっきのバスに乗る前の言動、そしてバスの中。
もし学校の中で渡されていれば、何も考えずに受け取ってたと思うけど。
「ごめん、それは受け取れない、や」
「え?」
彼女が何を想おうとも。
今俺のすぐ隣には、一番大切な彼女がいる。
もうすでに十分不愉快な思いをさせているのに、今それを受け取ればカナがどう思うか。
そこを想像できない俺ではない。
ほんとのほんとに、松田さんが純粋に友好の印だとして渡してこようとしてるのだとしても。
その箱を受け取ることは、俺には出来なかった。
「……ダメ?」
だが、俺の答えを聞いた松田さんが、涙目になりながら上目遣いに俺を見てくると、何だかとてつもなく悪いことをしているような気がしてきて、胸が痛む。
その時、すっと俺の左腕が自由になった。
それとともに、パンッと乾いた音が聞こえ、ぽすっと何かが足元の雪たちに刺さる音が。
「あんたウザいんだけど?」
「カ、カナ!?」
「リンもいらないつってんじゃん。マジでこの前から何なの? リンの前でちょろちょろして、マジウザい」
「わっ、暴力的っ」
俺の腕を離し、松田さんの方へ振り返ったカナは、彼女が持っていた箱に対して平手打ち。
その勢いに箱が落ちてしまったので、俺は思わず慌ててそれを拾ったけど、当のカナと松田さんは、完全に睨み合い状態に。
背の高いカナの方が見下す感じで睨みつけ、背の低い松田さんは怯むことなくなぜか余裕そうな、そんな微笑みを浮かべているけど、正直、感情と行動が一致してるカナよりも、ここで微笑むことができる松田さんの方が、怖かった。
っていうかこの子、さっき涙目じゃなかったっけ……?
「自分でフったんでしょ? それなのに何なのいまさら」
「別に、好きだなんて言ってませんよ?」
「言う言わないの話じゃないの。あんたの行動がウザいって言ってんの」
「私からすれば、今の話は私と北条くんの話で、彼女さんが入ってくる話じゃないんですけど?」
「は? わざわざ私の前で渡しといてそれ言う?」
「別にあなたの前で渡すことになったのは、たまたまですけど?」
あわわわわわ……ど、どうする、どうする俺!?
ずいっとカナが松田さんに詰め寄るので、このままだと直接暴力を振るいかねない。
メイクは変わっても、やはり元々ギャルの気が強かったカナの圧はすごかったし。
そんな心配を抱いた俺は、とりあえず二人の間に割って入るように、松田さんに背を向けながら、カナの視線に割り込んだ。
「カ、カナ、落ち着いて」
「……なんでそれ拾ってんの?」
だが、俺の手に握られたものに視線を送るカナは、静かな声音でそう言ってきた。
それは今まで俺に向けられたことがなかった声。
「え、あ、いや! え、ええと、はい、松田さんこれ、ごめん、受け取れないから、さ」
その声に慌てて俺は振り返り、松田さんにカナが叩き落した箱を返そうと差し出すも。
「嫌です」
「はい?」
「北条くんが拾ってくれたなら、そのまま持ってってよ」
「え、いや、受け取れないんだって……」
「北条くんに捨てられるんだったら、いいから」
「いや、だから――」
「じゃあね、また学校でねっ」
「あっ」
差し出した箱を受け取ることなく、どこか拗ねた表情で俺に言い返した松田さんが、最後にはニコッと笑ってから小走りに俺たちの横を抜け、駅構内の方へと去っていく。
その小さくなっていく背中を俺は目で追いかけることしか出来ず。
なんてったって、
去っていってしまったものはしょうがない。心痛むが、これはどこかに捨てさせてもらおう、俺がそう思いながら、カナに視線を送ると。
「なんなのあの女……」
「ご、ごめんね、俺が同じバス乗ってきたせいで……」
「は? おんなじ学校なんだからそれはしょうがないじゃん。……なんで謝ってんの?」
「え、いや、そ、それは……」
「自分のせいにしとけばわたしが怒れないから?」
「そ、そういうことじゃないって!」
「じゃあ何? あの女庇ってんの?」
「違うって! 俺はただ、カナに嫌な思いさせたことが申し訳なくて――」
「悪くないのに謝られる方がウザい」
「っ!?」
「リンが優しいのは知ってるよ。そんなの中学の頃からだもんね。でも、その優しさが今はウザい」
真っ直ぐに俺を見つめる瞳に宿っていたのは怒りか悲しみか。
でもこの時の俺は、謝る以外何が出来るのか分からなくて。
俺のことをウザい、そう言ってくるカナを、ただただ悲しくて申し訳ない気持ちで、見つめるしか出来なかった。
寒空の下、通り過ぎる人たちのちらほらとした視線を受けながら立ち尽くす俺たち。
せっかくのバレンタインなのに、俺何してんだろうな、なんて。
見つめるカナの瞳を受けて、俺はそんなことを思いだす。
本当だったら今頃二人でデートしながら、笑い合ってたはずなのに。
どうしてこうも人の感情はままならないのか。
ほんとね、やんなっちゃうね。
右手で掴んだままの可愛いらしいラッピングのされた箱が、俺自身の心すらままならないぞってのを伝えてくるようで、余計に虚しさを募らせる。
この時カナに対して初めて、本当に僅かだけど、面倒くさいな、そんなこともね、普段なら思わなかったのに、思ってしまったんだったよな。
ほんと、ままならないもんだよ、人の心って。
「帰る」
「え?」
「帰るから。ついてこないで」
「いや、送る――」
「――こないで!」
「は、はい」
そしてこの場の空気に耐えかねたように、カナが俺に背を向け松田さんが消えた方、カナがやってきたであろうバス停の方に向かっていく。
もちろん帰るにせよ俺も方向は同じだから追いかけようとしたんだけど、バッと振り返ってきた強い剣幕のカナによってそれは止められた。
「え?」
でも、あの時たしかにカナは泣いていた。
一瞬だったけど、見間違いじゃなかったと思う。
寒風吹き荒ぶ2月の故郷は、一人になるとやけに寒さを感じさせるようで。
人生初の彼女がいる状態でのバレンタインデーは、楽しくなるはずだった期待も甘さも、全てがほろ苦い思い出を築いていった。
そしてこの日から、俺たちの関係は密かに、でも確実に、歪んでいったのである。
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
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私はこんな日になんという話を投稿しているのでしょうか……(※投稿2020/12/24)
お許しください。笑
そしてまだ現代に繋がりませんでした!!
(宣伝)
本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉が再開しております。
本編の回顧によろしければ~。
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