第254話 甘く切なく何より苦い4
「上手くなったねー」
「や、やめてよそういうこと言うの……」
「えー、だって事実だし?」
「誰のせいだって」
「んー? 誰のおかげ、の間違いじゃないのー?」
「あーもう、それも間違いじゃないのが腹立たしいなっ」
「だってまさかこの前まで童貞だったリンにいかされるなんてさー」
「童貞って強調すんな!」
「だって事実じゃーん」
「あー、もうほんとにカナはずっとそこいじってくるなぁ!」
あの日、まさかの告白を受けて、人生初の彼女と付き合って、約2週間。
付き合い始めたのが8月の2週目くらいだったので、俺とカナは夏休みという学生の特権をフル活用して、付き合いたてのバカップルを馬鹿にできないというか、俺たちがまさにそれ、という感じでずっと一緒にいるようになっていた。
基本的に俺は部活が午前中だったので、練習が終わって帰宅したら、シャワー浴びて着替えて、カナに会いに行くって感じの日々。
2週間前の自分を思うと信じられないような関係だけど、なんというか、彼女といるのは不思議と心地良かった。
ほんとね、ただ一緒にいるだけ、だったんだけどね。
お互いアルバイトもしていなかったので、夏休みを豪遊して過ごすような予算はない。なので、ショッピングモールに行ってお互いに似合う服を選ぶだけ選んで買わずに眺めたり、市営の動物園に行ったり、海に行ったり、フリータイムのカラオケでだらだらしたり、1回だけ映画を観に行ったりと、そんなデートをすることが多かった。
とはいえ、やはり1番多かったのは最もお金がかからない家デート。一人っ子の上、両親が共働きで帰宅の遅いカナの家は、何というか色んな意味でありがたかった。
俺んちだとね、
で、高校生のカップルが二人きりになれば、まぁ当然そういうことになるのは、普通だろう。
カナに誘われて初めて彼女の家を訪れたあの日、俺は約16年半の人生を共にしたあの肩書から卒業し、妖精や魔法使いになる資格を失った。
それからなんて、雨の日なんかは部活もなく出かける気にもならないので、カナの部屋で体力が続く限り、なんてこともあった。
初めてカナって呼び捨てに出来たのも、最中だったっけなー……。
今考えると、この時は相当元気だったな。
やっぱ年を取ると……って、いや、まだまだ若いつもりだけど、うん。
高校生の体力と比べるとね、やっぱそこはもう、認めざるを得ない衰えはあるよね!
とまぁそういうわけで、俺もそれなりに彼女を満足させられるくらいには、
レベル上げの基本は、反復なのはゲームもリアルも同じだな。
「もう、一人前の男だねー」
「ええ、はい、おかげさまですよ」
「えらいえらーい」
「って、どこ触ってんの!」
思ってたよりも女の子っぽい、ぬいぐるみやらが置いてある可愛らしいカナの部屋のベッドの上で、お互い何も身につけず、くっついて笑顔を浮かべる彼女に愛しさを覚えながら右腕を彼女の枕に差し出しつつ、俺が天井の方をぼーっと見ていると、今し方一仕事終えた俺の相棒に、そっと柔らかな手が触れてくる。
「えー、いいじゃん?」
「いや、さすがに今終わったばっかだし!?」
もうすっかり見慣れた天井から目を離し、隣にいる白い肌が際立つ彼女の表情に視線を送ると、そこには僅かに不満を伝えるような、「まだ足りないんですけど」とでも言いたげに頬を膨らました彼女の可愛い顔が。
ええ、黙ってれば綺麗とか、ちょっと怖そうとか、そんなイメージは最早ない。
相変わらずメイクはギャルっぽい雰囲気のまま、可愛い系のものではなく、2週間前に会った日から変わってないのだけど。
彼女、というステータスが付与されただけで、初めての人って肩書きになっただけで、なんでこんなにも可愛く見えるようになるのか、人間ってのは不思議なものだ。
「……んだよー、元気だせよー」
そして俺がそんなことを考えてると、俺の疲労へ不満を表すかのように彼女がもぞもぞと俺に密着してきて、彼女の頭頂部しか見えないようになるや否や、感じる首筋の小さな刺激。
って、はっ!
「ああもう、見えるとこはダメだって!」
そして彼女がやろうとしていることを気づいた俺は彼女を離そうとするも、離れてくれず。
時間にして10秒ほどだろうが、してやられたぜ……!
「えー、いいじゃん。リンもつけていいんだよ?」
「いや、恥ずかしいから……!」
「シャイだなー」
そう言ってあの魅力的な悪戯っぽい笑顔を見せるカナ。
わがまま、というほどでもないんだけど、ちょっと拗ねたり不満があったりすると、彼女はこうして俺にそれをぶつけてくる。
それもそれで可愛いんだけど、でもね。
首筋の見えるところに、あからさまな痕をつけるのは、ほんとにやめていただきたい。
でも彼女はこれが好きだったみたいで、俺は童貞喪失以降、常に何か所かその
これね、部活の連中に相当いじられてたからね!
とまぁ、傍から見ればただただイチャイチャしたりしていれば。
「あれー?」
「さ、さて?」
若さとはすごい。
否が応にもね、疲れたと脳が思ってんのに、身体は反応するものはするんだよね。
そして流れというか反応に任せるまま、再戦が始まったり。
ほんと、付き合って間もない夏休みの間は、ずっとこんな感じだった。
「中学のやつら、わたしらがこんな関係って知ったら、みんなびっくりするだろね」
「俺だってまだびっくりだよ」
「んー、まぁいいじゃん? 悪くないでしょ?」
「え、それは、うん」
そう言って、この日何度目か分からないキスをする。
彼女は、ずるいくらいに魅力的だった。
でもこんなに一緒にいるのに、まだお互い「好き」を口にしたことはない。
彼女が言うのはいつもこの「悪くない」って言葉。
俺はたぶん、彼女の笑顔を見るのが好きだったから、彼女のことを好きになってたんだと思うけど。
彼女が口にしないから、だったのだろうか、なぜかその言葉を口にできなかった。
松田さんには言えた、告白の際の「好き」が、なぜかカナの前では言えない。
もちろんもう彼女のことは大切なんだけど、どうしてか「好き」の2文字を言おうとすると、鼓動が早まって、言えなくなるのだ。
そんな、
俺とカナの交際は、夏休みを明けても順調なように進んでいったのだ。
「じゃ、俺彼女と帰るんで」
「いやー、いいなぁ倫、俺にも誰か紹介くれよ!」
「俺も俺も!」
「はいはい、聞いとくから」
「いやー、でも倫があんなギャルっぽい子と付き合うとは思わねがったなー」
「んだよな! 松田さんとタイプ違いすぎでね?」
「その名前は出すなって……」
「しかも告られたんだべ? いいなー、イケメンは!」
「やかましーわ! じゃ、まずな!」
「「お幸せに~」」
8月最終週に始まった新学期以降、当然だがカナの家に行く回数は減ったけど、俺の部活終わり頃に彼女が自転車でうちの学校の前まで来て、彼女を送って行くって日も多かったので、会うこと自体はそこまで減っていなかった。
彼女と帰ることも最初は友達にバレないようにしようと思ってたけど、今はそれもなし。
なんつったって、カナがつけてくるマーキングを夏休み中に散々いじられたからね。
それで開き直った俺は、もう彼女がいることを隠しもせず、部活終わりの仲間たちにこうして「彼女と帰る」と宣言出来るくらいには、堂々としてたっけな。
そして俺に彼女が出来たことは松田さんにも伝わったのだろう、教室内で一度まじまじと俺の首筋を見ながら、彼女が笑って「よかったね」と言ってきたこともあった。
あの時の教室内の空気ったら、なぜかもうそれはそれは気まずかったけど、俺はそれに「ありがとう」って、一応返したけど。
その笑顔はやはり俺のタイプの顔の笑顔なんだけど、カナの笑顔とは違い、何も胸に響かなかった笑顔だったのを覚えている。
「おそーい」
「いや、ごめんて」
そしてまだだらだらと部室で着替えたりと帰り自宅をする部活の仲間たちを置いて、手早く着替えて帰り支度を済ませた俺は、校門の前で待つカナと合流。
さすがに夏休みが明けたので茶髪は黒髪になってるけど、それでもメイクは変わりなし。
むしろなんか、黒髪なのが新鮮に感じたっけな。
中学時代も、黒髪だったはずなのにね。
「なんてね、嘘だよバーカ」
そして会って早々どれくらい待ってたのか分からないけど、不満げな目線と頬の膨らみに俺が謝るや、パッと彼女の魅力でもある、悪戯っぽい可愛い笑顔へと切り替わる。
「部活おつかれっ。でも久々にわたしもバット振りたくなったから、
「え、俺散々振って来たんだけど?」
「関係ありませーん。あ、でも1ゲームはリンもちね?」
「え、なんで?」
「5分待ったし」
「え、でも約束の時間には間に合って――」
「わたしが決めたのっ」
「え……ああ、はいはい。わかりましたよ」
「うむ。素直でよろしいっ」
結局ね、付き合って3週間ほどになるけど、交際人数の多い彼女が立場は上って感じは、付き合ってからずっと変わってない。
でもその関係も、悪くはない。
もっと彼氏っぽいこととか、色々してあげたいと思うけど。
そんなことを考えつつ、俺はカナとともに放課後の時間を楽しむべく、彼女と並んで自転車を漕ぐのだった。
新学期が始まって1か月半ほどが経ち、10月に入ると、高校生にはあるイベントが発生する。
それは多くの者が嫌がるものだが、避けては通れない強制イベント。
そう、テストだ。
『リンってさ、テスト勉強放課後図書館でやったりしないよね?』
『あ、うーん。家だと妹がいるから、残ること多いけど』
『じゃ、今回はそれなしでよろしくっ』
『え、なんで?』
『うちでやろっ』
『あ』
『んで、教えてっ』
『テスト範囲違うのに?』
『そこは頭良いんだから何とかしてよ』
『んー、まぁいいけど』
『じゃ、決まりねっ。明日学校終わったら、直でうちきてねー』
『おっけい』
明日からテスト前期間、部活もなしになるので、その前夜の夜にカナから電話でこんなことを頼まれた。
勉強を教えて、か。うん、意外とちゃんとしてるんだなぁ、ってこれはさすがに失礼か。
中学の印象とか、見た目であんまり勉強はしなそうって思ってたけど、どうやらそれは誤解だったらしい。
って、そういえば中学の時もテスト前勉強を聞きに来る女子集団の中にはいたんだったか。
うん、人は見た目で判断しちゃいけないね。
でも、彼女の家で、か……。
なんとなく、さっき言われた『うちでやろっ』の部分が、違うことをやるように思えて。
学校が始まって以来、俺は平日は部活があるから、夏休みみたいな時間は減ったのは当然。
土日にカナの家に行くこともあり、そういう機会がなくなってたわけじゃないけど、カナの親がいることもあったから、夏休みみたいに延々と、っていうのはなくなっていた。
でも明日は平日だし、もしかして……。
って、ええい、何考えてんだ俺!
勉強! そう、これは自分の未来のために取り組む努力。カナもそのために、俺に助力を願ってきたのではないか!
不純なことを考えるでない!
とまぁ、男子高校生らしいことを考えたり、そんなこともあったっけな。
「おじゃましまーす」
「おつかれっ」
そして始まったテスト前期間。いつも一緒に勉強していた仲間たちに別れを告げ、俺はカナが求めるまま、彼女の家にやってきた。
付き合って2か月ほど。もう来るのは完全に慣れたし、緊張もない。
ほんとね、人間の慣れる力ってのはすごいもんだ。
そしていつもなら校門前まで迎えに来てくれる彼女が、今日は在宅で俺を迎えてくれる。
玄関先で出迎えるや否や、ちょっとドキッとしたの、覚えてるな。
「よしっ、やるぞっ!」
「は、張り切ってるね」
思わず言葉が詰まったけど、それは彼女の見た目のせい。
普段は下ろしているストレートの髪が、その日はまさかのポニーテールになっていたから。
ただそれだけなのに、それがすごい新鮮で可愛いかったのだ。
もちろんメイクは相変わらずだけど、その姿はきっと彼女のやる気だったのだろう。
「1回くらいクラス1位取りたいかんねっ」
「え、1位?」
「ん? あ、もしやわたしのこと馬鹿だと思ってる?」
「え、あ、いや」
「顔に書いてるっつーのー。そりゃリンの学校からしたら下だけど、わたしこれでもクラスだと5位以内には入るからね?」
「あ、そ、そうなんだ」
「見た目で馬鹿そうって思われるのムカつくじゃん? だから、中学の時と違って今はちゃんとやってんの」
「偉いね」
「……なんか褒められても馬鹿にされてる気がするんですけど?」
「いや、純粋に褒めただけだからっ」
「ふーん……ま、いいやっ、時間は限られてるし、始めよっ」
「うん、頑張ろ」
ほんとね、色々意外だったけど、頑張ってる人を応援するのは当たり前だよな。
というかテスト勉強とか、1週間前からちゃんと勉強始めるの、けっこうレアだよね?
張り切ってる姿を見せるカナに俺も笑って答えたけど、実は真面目系ギャルだった、彼女の印象がそう変わったのは、彼女には秘密である。
「リンってさー」
「うん?」
「言われ慣れてると思うけど、優しいよねー」
「え? な、何急に」
勉強開始から1時間ほど。
昨夜俺が思っていた展開などなる気配もなく、カナの部屋で向かい合ってノートやら教科書、問題集を開きながら勉強をしていると、不意に彼女がそんなことを言い出した。
というか教えてって言ったくせに、ここまで何かを聞いてくることもなし。
どうやら授業もちゃんと受けてるようで、ちらっと見たノートは丁寧に書かれていて、自分なりにポイントをまとめたりもしてるようだったし、今教えてる奴らにもこのカナの姿勢は見せてやりたいほどだったな。
「わたしがしたいって言ったこと、全部いいよ、って言ってくれるじゃん」
「あー、そうかな?」
「うん、そうだよ。友達いないのー?」
俺は話しかけてきたカナの方を向いたけど、彼女は顔を上げることもなく、ひたすら手を動かしている。
でも何だろうか、何が言いたいのか分からず、俺は手を止めて彼女を見ていた。
「カナだって、ずっと俺といると思うけど」
「ん? でもリンに会いに行かない日は友達と遊んでるよ?」
「まぁ、そうだけどさ」
カナが部活終わりの俺に会いにきてくれるのは、週に3回から4回。
来ない日はメールで『友達と遊んでくる』って連絡ももらってたし、夏休みに一緒に花火をしていた友達たちと遊んでいるだろうってことは知っていた。
そんな日は俺は部活仲間と下校して、家に帰ってはゲームするか真実にじゃれつかれるかみたいな日々を送っていたのだ。
「ま、浮気しなそうだからいいんだけどねー」
「いや、しないって。カナがいるんだし」
「悪くない答えだねっ」
と、そこでようやく彼女が顔を上げてまた悪戯っぽく笑ってくれた。
その笑顔は、見るとやっぱりホッとするような、落ち着くような、そんな効果を俺にもたらす笑顔。
うん、やっぱり俺は彼女が好きなんだなって、この時ははっきりと分かっていた。
ただそういう雰囲気でもなかったし、まだそれを明確に口にはしてなかったんだけど、別に口にしなくてもいいんじゃないかなって思うくらい、彼女といる時の俺には不思議な安心感があったんだよな。
「でもフラれた子、同じクラスなんでしょ?」
「え、まぁそれはそうだけど……」
「気まずくないの?」
「うーん、別に普通だよ?」
「ふーん。ま、入る余地ないかっ。わたしら相性もいいもんねっ」
「あ、相性って……!?」
フラれた子、松田さんの話題になった時一瞬だけ何か彼女の表情に違和感があった気がしたけど、すぐにそれもまたいつも通りの彼女の表情にかき消され、彼女が口にした「相性」という言葉から、何だかそういう雰囲気へ。
「うちの親帰ってくるまで、2回くらい出来るかな?」
「え、あ、いや、勉強は!?」
「いいじゃん、休憩がてらの性教育のお勉強だって」
「いや、え? ええ!?」
そしてすーっと俺の方に近づいてきて、甘えてくるカナの瞳と言葉に、抗うことできず。
来た時からね、ちょっとそういう展開も考えてた俺だったりしたので、抗ったのは表面上だったんだけどね。
たぶんきっと彼女もキリがいいとこまで勉強進んだのもあったんだろうけど。
中学以降部活をやめてだいぶ華奢になった彼女が俺にもたれかかってくるだけで、もう後戻りはできない。
香水なのか何なのか、なんかすごいいい匂いがしてたのも、覚えてるな。
そしてその後、結局休憩は長期になり、勉強再開しなかったのもお約束。
こんな感じのテスト前期間を過ごしたカナが、結局目標のクラス1位を取れるはずがなく。
俺は現状維持、クラスで真ん中くらいの順位だったけど、クラス6位という結果になったらしいカナが悔しそうにしてたのは、言うまでもない。
期末テストこそは、そう言った彼女が、結局期末テストでも同じことになったのもご愛嬌。
でもね、カナと付き合えば付き合うほど、彼女にハマっていっていたのは、間違いなかったろうな。
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
回想続く。
もう開き直りました。笑
普段いないキャラなのと、男女2人しか出てこない状況は書きやすいですね……!
ちなみに【Teachers】のみんなに話してる様子としては
「けっこうまぁ、うん、仲良く過ごしてたと思う。学校終わって一緒に帰ったりとか、そんな感じの日々だったよ。たまに映画とかも行ったくらい。あ、テスト前に勉強とかも教えたかな」
くらいの発言のようです。
まぁ、言えるわけない話ばかりですしね!
(宣伝)
本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉が再開しております。
本編の回顧によろしければ~。
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