第253話 甘く切なく何より苦い3

「むむ、いきなりですか?」

「いやー、急展開だなっ」

「その子と会ったの、中学卒業以来だったんだよね~?」

「いや、そこでいきなり付き合うかね?」

「失恋直後に優しくされると惹かれやすいっては聞くけどね~~」

「でも初めての彼女が出来た話、だもんね」


 俺の初彼女との思い出に、正直みんな唖然茫然、大和はちょっと、引いてる気もする。

 たしかにね、うん、我ながらなんで付き合ったんだろうって、今でも思う。


 かといって付き合ってた頃の思い出が、全て悪いものってわけ、でもない。


 懐かしい、って表現が一番適切、かなぁ。

 あの終わりは、今でもちょっと思うところはあるんだけど。


「ああ、俺は結局この告白を受けて、太田さんと付き合ったんだ」


 だが、事実は事実。

 この告白を受けるという形で、結果として俺は人生初の彼女が出来た。

 もちろんずっと続いたわけではないから、今があるんだけどさ。


「ゼロやんは何て言ってOKしたの~?」

「え、あー……」

「そうだな! 付き合ってからの話も聞きたい!」

「うむ。気になってきた」

「ぜひお聞かせください」

「うん、私も知りたい」

「みんな前のめりだよ~~、これは付き合った経緯だけじゃ足りないね~~」

「……はいはい」


 そしてだいだけでなく、ジャックの言う通り全員が前のめりになる状況へ。


 ここまで来たら、あとはまぁ適当に、と流すことも出来ず。

 でも正直、俺のこの始まりはゆきむらにとって何にも参考にならないと思うけど。


 太田夏波さん、か。

 今何してんだろうな。風の噂で東京には出てるって聞いたけど。


 求められるがまま、話をするため、俺は最終的には終わりを迎える思い出を、三度出迎えに行くのだった。






「付き合ってみようよ、わたしと」

「……はい?」


 その突然の告白に、俺の脳は完全フリーズ。

 太田さんは見た目で言えば俺のタイプと真逆だし、中学1,3年で同じクラスで、放課後はお互いグラウンドで部活をやっていた仲間、二人で話したことなどない、それくらい、それだけの関係。

 なのになぜ俺と付き合おうと言うのか、正直彼女の意図するものが分からず、俺は理解に苦しんだ。


 だが、彼女の悪戯っぽい笑みに浮かんだ綺麗な瞳に真っ直ぐ見つめられると、俺はその視線から目を逸らすことが出来ず、すぐに断れなかったのも事実。


 俺が考えていたのは、なんと答えれば正解かということ。

 正解の答えなんて分かるはずもないのに、この時はその正解を考えてた気がするな。


 ちなみに彼女が好きなんて感情は、もちろんこの時はない。

 なぜか彼女の笑顔に惹かれているような気持ちはあったけど、それも今思えば、さっきジャックが言ってたように失恋直後だったからなんだと、思う。

 というか、彼女からこの後「なんてね」とか「冗談だよっ」とか、そんな言葉が続くんじゃないかと思ってた。

 

 だが、俺の沈黙をどう捉えたのか、不意に太田さんの笑みが、消えた。


「あ、もしかしてわたしのこと嫌い?」

「え? あ、いや! そんなことは、ない、ですけど……」

「あっ、よかったー」


 そして消えた笑みの代わりに一瞬浮かんだ不安そうな、悲し気な顔も、俺の返事によって即座に安心したような笑みに戻る。

 その変化に、なぜかホッとする俺。


 って、この反応……え、マジで言ってる、ってこと、だよな……?

 でも、いや、うーん……。


「ええとさ、太田さん、俺のこと、好きなの?」

「ん~、どうだろねー」

「へ?」

「北条くんの顔はタイプだよっ」

「か……っ!?」


 そして彼女の表情の変化を見て、少しだけ落ち着いた俺は彼女に告白してきたからには俺のことが好きだったのかを問うと、返って来たのは何とも清々しいほどの答えだった。


 いや、顔かーい。


「でも中身はどうだろなー。面白くはなさそう、かなっ」

「うわ、ばっさり」

「でも顔は大事じゃん? タイプの顔って見てて幸せになるし。それに別に結婚しようとか言ってるわけじゃないし、そんな重く考えなくていいんじゃん? 合わなかったら、それまでってことで」

「け、結婚っ!?」

「わーお。その単語にその反応、童貞っぽいなー」

「どっ!? いや、何言ってんの!?」

「図星かっ」

「いやっ、えっ、えっ!?」

「あ、もしや北条くん今まで彼女もいたことない?」

「え、な、ないけど……」

「おー、じゃあわたしが初彼女かー」

「は? え、初って、え?」


 そして俺の顔がタイプとはっきりと言ってのけた彼女は、その後も俺の予想だにしなかった言葉を続けていく。

 彼女のいたことがなかった俺からすれば、何となく付き合うの延長に結婚があると思い描いていたんだけど、どうにも彼女の考えは違うらしい。

 さらにこの時の俺の反応はたしかに男女交際経験がない童貞感を出していたとは思うけど、まさか女の子から童貞って言葉を言われるなんて思ってもなかった。

 

 なんかもう色々ね、俺の人生で向き合ったことがない人種だったのだ。


 それが少しだけ、新鮮な気もしたっけな。


「え、ダメ?」


 そんな恥じらいも何もない、ザ・ギャルっぽい彼女が、ここで不意に首を傾げて上目遣いに俺を見る。

 今思えばね、これは技術だったんだろうな。


 普段はサバサバしていてクールなようにも見える彼女が、この時ばかりは上目遣いに俺を見てくるのだ。

 その普段とのギャップに、綺麗だと思ってる子の可愛い素振りに、俺は思わず。


「ダ、ダメじゃないけど……」


 そう答えてしまっていた。


 そして俺のその言葉を聞くや。


「じゃあ付き合うってことねっ! じゃ、今日からよろしくっ」


 パッと笑顔に切り替わった彼女は、それを俺のOKと捉えるではありませんか。

 いや、たしかに流れとしては「付き合おう→ダメじゃない」だから、間違ってない流れなんだけど、そんな風に言ったつもりじゃなかったのに、彼女はもう交際決定のように、座る位置を俺と肩が触れ合う距離まで近づき、俺の膝に手を置いてきた。

 当然それに合わせて彼女の顔も近くなり、俺の動悸は人生最高速度を記録したような気がするね!


「え? あっ、え!?」


 甚兵衛越しに感じる彼女の手のぬくもりに、当然俺の脳は大混乱。

 いや、女の子に触られたことがないわけではない。この出来事の少し前に松田さんとニケツしてた時も、松田さんが俺に掴まってたので、女の子に触れられてたんだけど。

 彼女がそっと置いてきた手の感触は、なぜか松田さんに触られていた時よりも、ドキドキした。


「わたしのことはカナでいいよー。わたしも、リンって呼ぶねー」

「お、太田さん?」

「いや、カナって呼んでよ」

「え、あ、ごめん、カナ……さん」

「んー、まぁ童貞のリンにいきなり名前呼び捨ては難しいかっ」

「ど、童貞童貞うるさいなっ!?」

「えー、別に事実でしょー? あ、もう今日の内に捨てちゃう?」

「なっ!? そ、そんなこと軽々しく言っちゃダメだって!」

「はいはい、優等生くんだもんねー。でもさー、そんなんじゃ人生楽しめなくない?」

「いや、でもそういうのは順序がって――」


 もうね、何が起きてるのか俺にも分からなかった。

 付き合うっていう実感なんかあるわけないし、なんで彼女は俺と付き合おうと言ったのか、なんでいきなり馴れ馴れしいのか、なんでこんなに恥じらいがないのか、理解できないことだらけだったのに。


「……!?」


 彼女の顔の全部が見えないほどの近距離に、目を閉じた彼女の顔がある。というか、目を閉じてることくらいしか分からない。

 時間にしてどれくらいだったのか分からないけど、俺の脳はもう許容範囲を超えて、逆になぜか冷静になってきたような、もうそんな訳の分からない状態だったよね。


 だからもうね、俺は彼女の侵入さえも、ただただ受け入れるしかできなかった。


「初げーっと」


 そしてもの凄く長い時間だったような、一瞬だったような、もうそれさえも分からないほどの時間を置いて、再び彼女の顔が全て見える位置ほどまでに彼女が下がった。

 そこに見えたのは、目を細めて悪戯っぽくいひひと笑う彼女の笑顔。


 その笑顔を前に、恥ずかしさと驚きの極み状態の俺は、何も言えず。


「リンは今どんな気持ち?」

「え?」


 でも、そんな俺の内心などおかまいなしに、太田さんが俺に尋ねる。


「嫌な気持ちなった?」

「え、あ、いや、びっくりした、けど……嫌ってことは……」

「そうだよね、おっきくなってるし。さすが童貞」

「えっ!? いや、ちょ!? どこ触ってんの!?」


 嫌かどうかと問われれば、嫌という感覚はなく、あったのはほんと、驚き。


 ファーストキスというには激しすぎた気がするけど。

 あざとくもぺろっと舌なめずりして見せた彼女に俺の方が恥ずかしさを感じていると、今度は彼女の手が俺のあのあたりを触ってきたので、俺は咄嗟に彼女から離れるしかなかった。

 もう自分の理解できる範囲を色々飛び越えてたせいで気づいてなかったけど、こんな時でも反応ってするんだね!


「ってか、顔に似合わずリンのでか」

「え、そうなの? って、ああもう、聞いてないし!?」

「わたしの知ってる中じゃ1番かも?」

「だから、聞いてない……って、あ、太田さん、じゃなくて……カナさんって、今まで何人彼氏いたの?」


 今考えると、この流れでこんなこと聞いたの、ゲスいなー。


「4人だよ」

「あ、けっこういたんだね……」

「中学の時だと、尾形おがたとか」

「え、嘘?」

「あいつは2か月くらいだけどねー。あ、でもあいつとはヤってないから、安心して?」

「いや、それは聞いてないし!? ってか、あいつとはって……いや、分かってる! うん、分かってるからなんでもない!」

「ふふ、なんだ、思ったより面白い反応するねー、リンって」


 ちなみに尾形ってのは、俺と同じ野球部に入ってた陽キャ系男子で、カッコいいってよりは、みんなを笑わせるタイプのコミュ力溢れる奴だった。でも、付き合ってたなんて知らなかったな……。


「ごめんねー、わたしの初めてはあげらんなくて。でも初めて同士だときっとうまくいかないって、たぶん」

「いや、聞いてないからね!? というか、その話ばっかじゃんさっきから!」

「あれれ? もしや普通のデートのこと、もう考えてたりしたの~?」

「いや、だって付き合うって、そういうのが普通なんじゃないの……?」

「おー、よかった。わたしのことちゃんと彼女って認識してくれてんだ」


 と、ここでまた彼女が白い歯を見せて、ニッと笑う。

 その笑顔に、俺にもう何度目か分からない恥ずかしさが浮上してくるのは、俺がどうにかできることじゃなかったと思う。


「え? あ、そ、それは……」

「キスしただけでコロっていっちゃった?」

「そ、そんな単純な男じゃないし!?」

「図星じゃーん。ふふ、可愛いじゃん」

「あー、もう!」

「じゃ、もっかいちゃんとしよ?」

「え?」

「今度はリンからしてきてよ」

「え、あ、え? え?」

「はやくー」

 

 俺からって、え、そういうことですよね?

 え、でもどうやってすればいいの?

 あーもう、わかんねーけど! ええいままよ! どうとでもなれ!


 この時はなー、ほんと、勝てるわけがないのに、余裕持った彼女に対する対抗心が、なんか湧き出たんだよなー……。

 

 あの黙ってれば美人だけど、ちょっと怖そうな、ギャルっぽい太田さんが。

 俺の人生関わるなんて全然想像もしてなかった太田さんが。


 俺の目の前で、わざとらしくも可愛いキス待ち顔をしてきたのは、ずるかった。


 校則違反であろう染められた茶髪も、うちの学校では暗黙で禁止されているピアスも、清楚とは真逆な感じのメイクも、タイプではないはずなのに、俺のドキドキは止まらない。


 俺の持っていた彼女のイメージと、現在のギャップにかなり食らいつつ、今度は俺から、彼女の要望に応えた。


 そして、またそれなりの時間が、経過。


「よくできました」

「……偉そうだなぁ」

「わたしの方が優等生の君より経験値は高いからね」

「……むぅ」


 レベルが全てなんだ、じゃないけど、たしかに経験値は高い方が強いのはゲームの基本。

 その言葉に俺は反論できず。


「じゃ、今日からよろしくねっ」

「う、うん……こちらこそ」

「あ、メアド! 交換しよ!」

「あ、そう、だね。って、付き合ってから連絡先交換って、ほんと順序どうなってんの俺たち?」

「えー、別に他と比べる必要なんてないじゃんっ」


 普通の始まりではない、と今でも思う。

 「好きです」なんて、そんな言葉もない。

 思い描いていた恋愛の始まりでも、理想の彼女像でもない。

 でも、目の前で笑う彼女が、久々の再会直後よりも少しだけ愛しく思えたのは、やはり失恋直後という状態異常バッドステータスがあったからなのか。


 もう別れた今となってはそれももう有耶無耶だけど。


 こうして太田夏波さん、カナと俺の約1年に渡る男女交際が始まったのだった。






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以下作者の声です。

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 予想以上に意外と長くなってきました……! てへぺろ(古い)

 とはいえ最近主人公感0だったので、たまにはお許しください。笑


 ちなみに思い出ベースなので、この内容をオフ会メンバーに全てを語っているわけではありませんよ!

 語っているのは、大まかな経緯だけみたいです。

 彼女がいる場で、全てを語るほど彼も愚かではないので。笑



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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉が本編と交互に更新くらいのテンポで再開しております。

 本編の回顧によろしければ~。

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