第252話 甘く切なく何より苦い2

「フラれた直後だったからさ、俺はしばらくそのまま、座ったまま過ごしてたんだ」

「失恋だもんね~、甘酸っぱいね~」

「ゼロ様可哀想……」

「いや~~、もう過去の話だからね~~?」


 相変わらずなゆきむらは放っておきつつ、改めてみんなを見ればやはり俺の話の続きが気になるようで、飲むペースも抑えつつ、みんなが俺を見ている状況。

 しかしほんと、記憶ってのはよく出来てるもんで、あの当時はけっこうフラれてショックだったはずなのに、今じゃもう「あー、そんなことあったなー」くらいの気持ちだし、時の流れってのはすごいもんだよな。


「で、座ってたら何が起きたんだー?」

「そこに初彼女登場とか、さすがにそんな展開にはなんねーだろ?」

「帰り道とか~?」

「いや、ここは補導して来た婦警さんとの禁断の……」

「さすがにそれはありえねーだろっ」

「婦警さんの恰好は、ゼロ様の当たりじゃないですもんね」

「あ~、懐かしいね~」

「おい、それあたしへのディスだぞ!」


 そしてこの後の流れを予想しているであろう大和やゆめと異なり、ありえない設定のボケをしてくるぴょんがゆきむらによって撃墜される。

 そういえばぴょんが女性警官のコスプレしてたことあったなぁ、懐かしい。


「うん、それで何が起きたの?」

「あ、うん、えーと」


 だが、そんな脱線を許してくれない、安定のだいさん。

 正直ぴょんみたいに多少ふざけながら聞いてくれたほうが気が楽なんだけど、俺の愛しの彼女が、一番好奇心に満ちた視線を送ってくるんだよなぁ。

 

はぁ……。


「そのまま座って、30分くらいした頃だったんじゃないかな」


 そして再び俺の記憶は10年ほど前へ。

 我ながらあの時は平常心ではなかったんだと思うけど、よくあの展開になったもんだ。


 では、またあの頃に記憶を戻すとしますか……。






「……くん?」


 フラれたダメージと、新学期への憂鬱さを感じてそのまましばし動けなくなった俺は、その場にありながら誰にも気づかれないレベルで置物と化していたと思ったのに、何か聞き馴染みのあるフレーズが聞こえた気がして、ふと顔を上げた。


 気づけば先ほどまで近くで花火をして盛り上がっていた集団も帰宅したのかいなくなったようで、住宅地にある公園内には人影もなく、辺りは静寂に包まれていた。

 だからこそ、その声にも気づけたんだろうけど。


「北条くん?」

「……え?」

「あ、やっぱり北条くんじゃん! 何してんの? こんなとこで」

「え、あ、え?」


 そんな静寂の中で俺を見つけた声は、明らかに俺を知っていた。

 月明かりと離れたところの街灯の光しか頼りがない東屋の下で、その顔はぼんやりとしか見えなかったけど、俺と距離を置くこと3メートルほどの距離に、彼女はいた。


「えーっと……」

「あ、もしかして覚えてない?」

「え、あ……太田さん? え、なんでここに?」

「あ、よかった。覚えてた。ってかさ、「なんでここに」はお互い様じゃないのー?」

「え、あ、そ、それはそうだけど……」


 そして俺はようやく気付く。

 俺に声をかけてきた人物が俺を知っているだけでなく、俺もまた彼女を知っていたことに。


「さっきまで女の子といた気がしてたけど、なにー? まさか失恋したのー?」


 グサッ、とその音が聞こえるんじゃないかと思うほどに彼女の言葉を食らった俺は、せっかく上げた顔をまた伏せてしまい、その言葉に返事が出来なかった。


「え、図星?」


 沈黙というのは、時に雄弁に物を語る。

 そんな俺の様子に色々と察した様子の彼女は、落ち込む俺に同情するそぶりも見せずに、なぜか楽しそうに俺の方へ近づいて、俺のすぐ隣へと腰を下ろしてきた。


 たぶん、松田さんと座ってた時よりも近かった気がするな。


「甚兵衛ってことは、花火大会帰り?」

「……うん」

「おー、花火大会にデート行って、帰りに失恋かー。青春だねー」

「……グサグサ刺さって痛いんだけど?」

「だってフラれたもんはしょうがないじゃん。わたしが北条くんをフった子知ってるわけじゃないし、客観的ってやつだよ、客観的」

「まぁ、たしかに太田さんには関係ないけど……」

「え、なになにー? 慰めて欲しいの?」

「えっ? や、そんなことない、よ!」


 それまでずっとあからさまに落ち込んだ雰囲気を醸し出し、背中を曲げていた俺の背筋が、パッと伸びる。

 だってしょうがなくない? 

 「慰めて欲しいの?」って言ってきた彼女が、いきなり俺の頭撫でてきたんだから。


 その予想外の行動に、俺はパッと背筋を伸ばし頭の位置を上げ、飛びのくように彼女と少し距離を取ったのだ。


「北条くんも、そんな顔すんだね」

「え?」


 だが、俺が距離を取ったことの何がおかしかったのか、俺の顔を見てくる彼女は、笑っていた。

 さっきまで一緒にいた松田さんと違って、可愛いよりは綺麗系の顔立ちに浮かぶ、悪戯っぽい笑み。


 その笑みに、なぜか俺は視線を奪われた。


 彼女、太田さん、太田夏波おおたかなみさんは俺の中学の頃の同級生。1,3年の頃は同じクラスだったけど、正直仲が良い、ってほどの存在ではなかった。

 接点があるとすれば、俺が野球部で、彼女がソフトボール部だったこと。

 野球、ソフト、サッカーと3種類の部活が活動していたグラウンドで、たまにボールが転がっていってしまった時に、ボールを投げ返したり投げ返してもらったりする時に、「ごめんね」と「ありがとう」を言ってたくらいの関係。

 あとは、自分で言うのもなんだけどテストの成績が良かった俺と比べて、彼女はお勉強の方はそこそこ、って感じだったから、俺に勉強を聞きに来る女子集団の中の一人ではあったから、そこでも少し話したりしたくらい。

 でも俺のクラスには俺以外にもう一人野球部の仲間がいたから、どちらかといえば太田さんはそいつと話すことが多かったと思う。

 つまり知り合い、っていうのが一番適切な、そんな関係だった。


 正直ね、黙ってれば美人系な顔立ちなんだけど、見た目や性格がちょっとギャルっぽいイメージだったから、俺は一方的に苦手意識を持ってたのかもしれない。

 いわゆるザ・陽キャグループの彼女と、陰キャではないけど優等生グループにいた俺なので、あんまり関わらなかったんだよね。


 そしてあの時俺の目の前に現れた彼女も、その頃のイメージと正直あまり変わらなかった。

 胸元広めのTシャツにショートパンツと、恥ずかしげもなく日に焼けている細身の身体の肌を見せびらかす格好。そして夏休みだから染めていたのか、茶髪になって耳にはピアスをつけた色々とメイクもしている彼女は、先ほどまで一緒にいた松田さんとは完全にタイプが真逆。

 うん、俺の苦手とする雰囲気だったんだよね。


 でも、そんな彼女の笑みに、俺は視線を奪われた。


 失恋直後の心境だったから、ってのは、正直あったと思うけど。


「北条くんてさー、ザ・優等生だったじゃん? まさに委員長キャラってやつ?」

「いや、実際俺学級委員だったけど」

「いや、知ってるし」


 彼女が何を言おうとしてるのか全然分からなかったけど、それでも敵意とか悪意を感じなかったから、俺は彼女と少し距離を取ったまま、彼女と目を合わせたまま、話が出来た気がする。


「僕がみんなを見守ってますよ的な? 大人ぶってる子だったじゃん?」

「……そんな風に思ってたの?」

「うん。疲れそうなやつだなー、って思ってた」


 なんてズケズケと物を言う女なんだとね、ほんとあの時は思ったね。


 でも。


「でも、そんな子でも一丁前に失恋して落ち込むんだね、ウケるっ」

「いや、ウケんなしっ」


 裏表なさそうなその言葉に、失礼極まりない言葉に、俺はなぜかツッコみつつ笑ってしまったのだ。

 この時の笑いが本心の笑いだったのかは分からない。

 もしかしたら自分の自尊心キャラを守るために笑ったのかもしれないけど。


 でも、気持ちが沈んで、落ち込んでる時って誰にも関わって欲しくないとって思っちゃうけど、そうじゃないんだろうな。

 ほんとは誰かに愚痴りたい、何でもいいから話を聞いて欲しい、本心ではそんな気持ちなんだと思う。


 そして気持ちを、感情を外に出せば、中にたまっていた黒いものは、少しずつ空気に溶けて減っていくんだと思う。


「なんだ、笑えんじゃんっ」


 そして俺が笑ったのを見た太田さんは、ニカっと白い歯を見せて、目を細めて楽しそうに笑ってくれた。


 その笑顔はものすごく自然で、先ほどまで一緒にいた松田さんの、俺と同じように優等生な雰囲気を感じさせる笑みとは、全く異質。

 でも、なぜか人を惹きつけるような、そんな笑みだった。


「太田さん、さっきそこで花火してた人たちの中にいたの?」


 だが、このままだとずっと彼女の顔を見続けてしまう気がしたので、俺はなんとか話題を変えようとふと思ったことを口にした。

 彼女の笑顔を見たらね、ずっと落ち込んでるのがすごいダサい奴に思えてきたのは、なんでだったんだろうな。


「ん? そだよー。花火大会は混むけど花火はしたいじゃん? ってなって、高校のいつメンでやってたんだー」

「そうなんだ」

「花火なくなったから、今頃は家近くの子のとこで飲んでると思うけど、わたしはなんか座ってる奴見たことあるなーって思ってたから、みんなには先行ってもらってんの」

「え、飲んでるって……えっ?」


 だが、返って来た言葉に俺はびっくり。

 だって当時まだ、高2だぜ?


「おやおや、さすが優等生な反応ですなぁ?」

「え、いや、だって!?」

「バレないバレない。居酒屋とか行くわけじゃないだし」

「そ、そうかもしれないけど……」


 未成年の飲酒は法律で禁止されています。ちゃんと守れよ!

 って、大学入ったらなぜか解禁の空気だったのは秘密ですけどね!


「北条くんもいく?」

「いや、行かないよ! 全員知らない人だろうし」

「ま、そだねー。うちの学校の奴らだし」


 そう言いつつ、すっと彼女は距離を取っていた俺に少し近づいてきたのを、覚えている。


 ちなみに当時俺が通っていたのは県立城東じょうとう高校という、一応県内では一番の進学校。

 対して彼女が通っていたのは、県立城南じょうなん高校という、大学に進学する子は多いけど、そこまで偏差値が高くない、そんな学校だった。

 学歴がどうの言うわけじゃないし、学歴が人を決めるなんて思わないけど、当時の俺はちょっとここでね、彼女の学校を非常識って思ってしまったのは、否めなかったかな。

 学歴はその人のそれまでの努力を外面的に教えてくれるだけで、大事なのは人間性なのにね。


 でも当時の俺はそれに気づけず、やはり住む世界が違うな、そんなことを勝手に思っていた。

 それが、もしかしたら顔に出てたのかもしれない。


「北条くん、今うちらのことやべー奴らだって思ったでしょ?」

「え?」

「中学の時からそんな感じあったよねー、俺は出来る奴だから、みんなより偉い、みたいな?」

「そ、そんなことないよ?」

「いやいや、みんなに優しくしてたけど顔に書いてたってー」

「そんなことないってっ」

「ふーん?」

「な、なに?」


 自分の心を覗いてくるような、そんな彼女の視線に、なぜかドキドキ。

 ほとんど話したことがなかったのに、関わってこなかったと思ってたのに、予想以上に自分のことを見られていたという事実が、俺には驚きだった。


 この段階で、ちょっと彼女に興味が沸いていた、のかもしれない。


 さっきフラられたばかりだというのに、我ながら何という変わり身。


 でも、たしかに俺は彼女から目を離せなくなっていたのだ。


「お勉強できることよりもさ、大事なことってあると思うじゃん?」

「へ?」

「いや、これもお勉強かな……うーん、わかんないけど」

「いや、え、どういうこと?」

「付き合ってみようよ、わたしと」

「……はい?」


 そしてそれは、あまりにも突然の告白。

 「好きです」も何もない、ほぼ「無」から起きた出来事イベント


 彼女の表情には、魅力的な悪戯っぽい笑みが浮かんだまま。


 「付き合ってみようよ」ってなんだ? え、男女交際のことだよな?

 え? 俺と、太田さんが?

 え?

 

 俺はその笑みから視線を外すことができないまま、彼女が発した言葉の前に、先ほど失恋したばかりというショックも忘れて、ただただ頭の中が真っ白になったのを、覚えている。







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以下作者の声です。

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 中編でした……!

 回想話なので、ちょっとSideを置いてこちらを進めます。


 しかし師走は忙しい。+コロナ蔓延も泊まりませんので、皆さまもご自愛ください(記載2020/12/14)


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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉が本編と交互に更新くらいのテンポで再開しております。

 本編の回顧によろしければ~。

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