第248話 経験の差
「トイレ!」
先ほどのゆめの甘いものを食べたい発言があったからだろうか、急にぴょんが席を立つ。
いい年してトイレなんて大声で言うもんじゃないと思うけど、ぴょんだから別に違和感はない、っていうとちょっと失礼か。
オフ会スタートから間もなく90分ほど。コースってわけじゃないから時間制限があるわけじゃないけど、いやぁ、まだまだ楽しみは続きそうですなぁ。
「今日のぴょん可愛いね~」
「うん、ほんと幸せそう」
「幸せにしてあげてね~~?」
「おう、任せろっ」
そして室内からぴょんが出ていったからだろう、これまでは茶化すような言い方だったゆめの言葉が、優しさに満ちたトーンにチェンジし、それにだいもいい笑顔で同意。
そんな二人の発言を受けてか、ジャックが大和に笑いかけると、大和も頼もしい様子で答えてくれた。
本人がいる時にこんなこと言ったら、また普段では見られないような照れた姿のぴょんが見れて面白いだろうけど、やっぱみんな本当にぴょんの幸せを願ってる感じなんだよな。
素直に人の幸せを願う、うん、やっぱうちのギルドのメンバーはみんないい奴だ。
「俺らが出会えたのも、倫のおかげだなー」
「え? 俺?」
俺がしみじみいいギルドだなぁなんて思ってると、不意に大和が俺にいい笑顔で笑ってくれた。
でも、俺のおかげでって、どういうことだ?
「倫からオフ会の話聞かなかったら、LAに復帰しようなんざ欠片も思わなかっただろうからなー」
「というか、職場にいたのが元ギルメンってのが普通ありえないよね~~」
「相変わらずゼロやん周辺は奇跡が起きるんだね~」
「あ、そういうこと……」
ふむ、とはいえ全部偶然で片づけられること、じゃないかな。
あの日、第2回オフの移動の途中でたまたま大和に見られただけなんだし、うん。
大和とぴょんに運命があった、っていう方が適切なんじゃないか?
「ゼロ様が恋のキューピッドですね」
「へ?」
とか思ってた矢先、不意に隣からなぜかドヤ顔を向け、俺のことを似ても似つかぬキューピッドなどと言ってくるゆきむら。
いや、あいつ持ってるの弓じゃん、俺使うのは銃なんだけど……って違うか。
「じゃあわたしも誰かと幸せにしてほしいな~」
「触っとけばご利益あるかも~~?」
「むむ?」
「いや、ねーから! っておい、本気にすんな!」
だが、ゆきむらの発言を受けてジャックがふざけると、それを真に受けたゆきむらが俺の頬を軽くつねってくる始末。
ちょっとだけひんやりした手は触れられて気持ちいい気がしたけど……って違う違う!
当のゆきむらはいつもよりちょっと顔が赤い気がするのは、普段よりも飲んでるからか……!
って、あ、またグラス空いたから注文するのね。
うーん、ほんと、俺の分も飲もうを実践してるなこいつ……。
「はっはっは! いやー、相変わらず倫は面白いな!」
「いや、何もしてねーし!」
「そうね。そばにいて色々起きるなってのは、付き合ってても思うかも」
「そうなんだ~」
「セシルとの色々もあったしね~~」
あれ? 大和とぴょんの幸せを祝ってたはずなのに、なぜ気付けば俺にみんなのタゲが向いているのだろうか?
でもまさかだいもそんなことを思っていたなんて……俺からすれば起きるんじゃなくて、巻き込まれてることが多い気がするんだけど……!?
そしてジャックさん、今その名前はやめてください。
「そういえばこの前、ルチアーノさんともこさんに会ったよ」
と、セシルの名前に反応したか、だいが不意にジャックにそんな報告をし始めた。
たしかに俺らがあの最強夫婦と会った話はみんなにしてないけど、その辺のプライベートな話って、してもいいものなんだろうか?
「え、るっさんとだいが~~?」
「お会いしたって、LAの中ですか?」
「ううん。リアルで。私だけじゃなくて、ゼロやんも」
「えっ? 何繋がり~?」
このだいの発言にみんなも興味を持ったようだが、何となく関係経路を察したのはジャックのみ。他のみんなはそもそもルチアーノさんと亜衣菜の関係を知らないから、分かるはずないんだけど。
「繋がりは……」
「だよね~~」
そしてゆめから聞かれた何繋がりかを、言葉ではなく視線で答えるだい。
ええ、ばっちり俺のこと見てますね。
そりゃリアルで亜衣菜と接点あったの、元々は俺だけだからしょうがないけどさ!
「むむ、ゼロ様ですか?」
「っつーか、ルチアーノさんともこさんったら、ライバルギルドの関係じゃないのか?」
「ゼロやん何繋がり~?」
「え、あ、いやー……」
全ての道は元カノに通ず、とか言いたくないんですけど……!
とはいえ、不思議そうな顔を浮かべる大和、ゆめ、ゆきむらの視線から、逃れられる気がしない俺。
なんだか嫌な予感がぷんぷんしてきやがったぜ……!
「今日ジャックに会うって亜衣菜さんに伝えたら、ルチアーノさんともこさんがジャックによろしくって言ってる、って言われたよ」
って、名前出しちゃうんかい!!
っていうかまだ亜衣菜とそんな連絡取ってるのかーい!
あー……これは……はあ。
そんな俺の内心のため息に気づく様子もなく、だいはどんどんと戦線を拡大。
というか、ジャック以外みんな全然話についてけてないぞ?
「むむ? 亜衣菜さんって、セシルさんでしたよね?」
「ん~? どゆこと~?」
「あっ、そうか。ええとね、亜衣菜さんからあまり広めないようにしてくれれば、うちのギルド内には話してもいいよって言われたんだけど、亜衣菜さんとルチアーノさんは、兄妹なんだって」
「えっ?」
「なんと」
「びっくりですね……」
はい、1びっくり頂きました。
「で、ルチアーノさんともこさんは夫婦なんだって」
「ほんとに~?」
「夫婦でそれぞれギルドやってんのかー」
「つまりセシルさんは、もこさんの義妹ということですか」
あ、こちらのびっくり度はさっきよりも少な目、かな?
いやぁ、しかしぐいぐい言うな、だいのやつ……。
「うん、この前ゼロやん繋がりで亜衣菜さんのお家にお呼ばれして、実際に会ったけど、仲良さそうな夫婦だったよ」
「お家に~~?」
「ん~?」
「亜衣菜さんのお家に、お呼ばれ? それって、倫も?」
「お二人で行ったのですよね……むむ?」
はい、今度こそ2びっくり、って、いや、うん、そうなるよね……!
結果的にそこがみんなの疑問の終着点になるって、分かってたよね……!
いつの間に許可を取ったのかと思うところだが、つらつらと亜衣菜とルチアーノさんの関係、ルチアーノさんともこさんの関係を話した後、だいは亜衣菜の家に行った話までしてしまった。
となると、当然なぜ行ったのか、そこがみんなの疑問になるのは明白。
だと思うんだけど。
「今度【Vinchitore】とか【Mocomococlub】と合同で遊ぼうって言われたよ」
「お~~、それは楽しそうだね~~」
「え? あ、や~、だい待って待ってっ」
「ちょっと情報量が多すぎて整理できんっ」
「おお。もこさんとご一緒出来るなら、嬉しいですね」
さらに続けて話した内容に、ジャックとゆきむらは嬉しそうだけど、やはりその前の情報が気になるご様子の二人が静止をかけると、ようやくだいが不思議そうな顔を浮かべて話を止めた。
いや、っていうかこの話をしてみんなが不思議がると思わなかったのかこいつ……!?
可愛くきょとんとした感じ出してるけど、ここでこの天然出すかね……!?
ああもう、ぴょん早く戻ってきて!
そしてケーキの流れにもってこうぜ……!
こんな時、一人完全素面だとつらいな……!
「順を追って整理しよ~?」
「うむ。まずそうだな、セシルから聞いたってだいは言うけど、だいとセシルの関係は?」
だが、俺の願い虚しく今の話の一部に興味と疑問が留まっているであろうゆめと大和が仕切り出す。
そしてまずは大和がだいに質問をすると。
「お友達よ?」
「いや、そこがびっくりだよ~」
「むむ……ゼロ様の元カノ、ですよね、セシルさん」
「なるほど……倫、色々大変だな」
「いやぁ……まぁ、うん。そうだね……」
さらっと認めるだいに、みんなの驚きは大きそう。
そして何かを察したか、大和が俺に同情の視線を向けてきた。
分かってくれて嬉しいぞ、友よ。
「ゼロやんと付き合う前の、初めて会った時はライバルだねって話をしてたけど、そこから何回か二人でもご飯行ったりするくらいにはお友達なの」
「ライバル……むむ?」
「いや、え? う~ん、ごめん、ちょっとよくわかんない……」
「セシルもゼロやんのこと好きだったんだね~~」
みんながだいと亜衣菜の関係に疑問を持っていそうな雰囲気を察したのか、二人の関係をだいが話すも、どうやらその疑問はさらに深まった模様。
というかそうだよね、その感覚、普通だよね……!?
自分で言うのもなんだけど、未練残ったままの
だいの答えに、ゆめが一番混乱しているのがその表情から見て取れます。
「亜衣菜さん、すごく優しくていい子なのよ」
「可愛いだけじゃないんですね」
「ゼロやん今呼んでみたら~~?」
「呼ぶわけねーだろ!」
情報を整理するために話を聞いたはずなのに、整理しきれない様子のゆめと大和をよそに、だいが亜衣菜のことを楽しそうに話すと、さすがの天然ゆきむらはそれを額面通りに受け取り、ジャックに至っては呼べと言ってくる始末。
いや、冗談でも呼ばねーからな?
あいつなら、マジで来かねないし……!
「とりあえず、だいとセシルは友達、うん。納得は出来ないけど理解した。で、倫繋がりで、呼ばれたってのは?」
「というか、ゼロやんはまだセシルと繋がってたの~?」
そしてようやく多少整理できたのか、大和がさらに質問を続けると、ゆめはゆめで俺に亜衣菜との関係を聞いてきた。
でも繋がってた、って言われる語弊があるよね……!
「いや、俺はあの日繋がりを断つつもり、だったんだけど……」
「断つつもりが、お家にお呼ばれ~?」
「あ、ええと、あの日は亜衣菜さんに、ゼロやんが私と付き合ったって話を、伝える日だったんだ」
「ライバルだという発言もあったみたいですし、セシルさんもゼロ様のこと好きだった、ということですよね……」
「わ~お……」
「おいおい、修羅場じゃねーかそれ」
「いや、まぁ、うん……」
何となく状況を察してくれたゆめと大和は既に俺に同情の色を浮かべてくれるけど、事の大きさを理解してないゆきむらはまるで平常運転で、ジャックはあれだね、ただただ楽しんでるって感じですかね……。
くそう、飲まないって決めたけど、飲んじゃおうかな……!
「でもちゃんとお話はした、のよね?」
「いや、当たり前だろ。それは本人からも聞いてるだろうに……」
「え、あ、うん。そうよね……」
ここでようやく俺の疲労具合に気づいてくれたか、だいが少し語尾を濁すけど、うん。もうちょっと早く気づいて欲しかったかな!!
「その後にセシルんち行ったとか、すごいね~~」
「あ、それはほら、ジャックとくもんさんがお休みのお願いしたからみたい。それで二人も亜衣菜さんのところに遊びに来たんだって」
「なるほど~~」
「ん~、わたしなら気まずくて行けないな~」
「うむ。俺なら彼女出来た報告を、わざわざ会ってまではしないかな」
「でももこさんには昔お世話になったから……」
そしてゆめと大和の言葉に、あの日の俺たちの行動がちょっと一般的ではないのを理解してきてくれたか、だんだんとだいの言葉も自信を失くしていく。
いや、うん、会いたかった気持ちは分からなくないけど、ちょっとズレてるって、これでだいも少しは自覚してくれるかね……。
「でもまぁ、うん、なるほどね。そういう経緯ね。いやぁ、倫、おつかれ!」
「そだね~、ゼロやん頑張ったね~。とはいえ、モテる男は大変ですな~」
ゆめの言葉はスルーするとして、とりあえず俺を労ってくれる二人がいることに少しだけホッとしつつ、俺は二人に疲れた笑みを返すばかり。
しかし、まさかだいの話でこんな疲弊するとは、思ってもなかったぜ……。
「合同か~~。出来たら楽しそうだね~~」
そしてジャックの言葉に、この話題もようやく終わりかな、と思いかけた頃。
「彼女が出来たら、他の女性とは関係を断つんですか?」
不意に発せられた、ゆきむらの質問。
その質問者に、各々飲み物を飲みんだり注文したりし始めていたみんなの視線が向けられる。
だが、当の本人のその透き通るような目は真っ直ぐに俺を捉え、じーっと俺の心の中を探るように、ひたすらこちらを窺っていた。
ああ、ぴょん早く戻ってこないかな……!
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
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ゆきむらのターン!
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉が本編と隔日更新くらいのテンポで再開しております。
本編の回顧によろしければ~。
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