第10章
第238話 戻って来た日常感
「えー、倫くん帰るのー?」
「おい北条! もう1軒行こうぜ!」
「いや、俺飲んでないって分かってるでしょ……」
文化祭が終わり、名残惜しくも残り続ける生徒たちを下校させた後、俺たち教職員は文化祭の反省会という名の打ち上げのため、定番の居酒屋へ。
参加したのは管理職含めて30名ほどだったけど、3時間のコースが終了するやベテランたちはさっさと退散したようで、忘れ物の確認をしながら俺を含む若手チームが店外に出た頃には、気づけばもう残ってるのは若手中心の10名ほどだった。
とはいえ俺もね、今日は大事を取ってここで帰るんだけど。
そんな俺に帰るのかよと笹戸先生とか酔っぱらいの島田先生とかが引き留めようとしてくるけど、うん、今日は帰ります。
「頭の怪我、早く治るといいなっ」
「おう。ま、大和はまた明日だけどな」
だが笹戸先生や島田先生と違って、大和は上機嫌な感じで俺に気を遣ってくれた。
うん、やっぱこいつはいい奴だな。
大和は2次会も行くみたいだし、俺の分は大和に任せるとしよう。
そんな風に俺が大和と話していると。
「む、北条くんたち明日も会うの?」
俺たちの会話が聞こえたのか、宮内先生が話に入ってきた。
ちなみに文化祭中は島田先生のクラスはお化け屋敷を企画し、宮内先生のクラスは浴衣を着た和喫茶をやってたぞ。
宮内先生の浴衣姿はね、俺もちょっと写真撮りたかったくらい似合ってたなぁ。
「あ、明日はオフ会で、大和含む仲間の誕生日会なんすよ」
「お誕生日会ですか、仲良いですね」
そしてさらに加わる久川先生。彼女のクラスはたしか縁日だったかな。子どもがいっぱい来て、廊下を通った時けっこう賑わってたね。
「あ、じゃあ大和さんの気になる人もいる会っすか!?」
そしてそして加わる将斗。こいつは担任持ってないから本部とか受付での警備がメインだったみたいだけど、来年はきっと担任だろうし、頑張って欲しいね。
って、そんなおっきな声で言うことじゃねえだろこいつ。
「おうよ。倫の彼女も含めて7人の集まりだぞ」
だがそんな将斗を咎めることもなく、堂々と認めて笑う大和。
すごいなこいつのメンタル。男らしい……。
「神宮寺さんもとかだったり?」
「あ、察しがいいっすね」
「やっぱりー」
この会話に笹戸先生が加わってきたけど、どうやらもう俺を二次会に引っ張ろうっていう感じでは、ないかな?
「神宮寺さんって?」
「倫くんの彼女さんと来てた女の子だよー。可愛い子だったなー」
「マジすか! 倫さんたちずるいっすね!」
聞き馴染みのない名前に宮内先生が笹戸先生に聞き返し、それに笹戸先生が答えるや、大げさに羨ましがってくる将斗。
そういやあれだな、将斗とゆきむらは同い年か。
そう考えると、ゆきむらはやっぱ若いなぁ。
「男は俺らだけだからな! な? 倫」
「そうなー」
「え、男二人っすか!?」
「ゲームやってる女性って多いんですね」
男女比を聞いて驚く将斗に久川先生だけど、他のギルドは知らないけど、まぁたしかにうちは女性の割合が高いんだろうなぁ。
「ま、じゃあ俺らは二次会行くから、倫は早く傷治るように帰って早く寝ろよー」
「おつかれさまでした。また火曜日に」
「むー、倫くんまたねー」
「おつかれさまっす!」
「お大事にね」
「うーっす。おつかれっした!」
そんな会話の末、大和が俺の帰宅を促したのを皮切りにみんなも俺に別れを告げてくるので、これ幸いと俺は2次会に行くみんなと別れ改札方面へ。
ちなみに島田先生はあれね、もうきっと二次会の店に移動したんだろうな。
ほんとはもっとみんなと話したい気持ちもあるけど、今日は家に帰れば、ね。
土曜の夜の喧噪続く中、わずかばかりの後ろ髪引かれる思いを断ち切りつつ、俺は一人帰路に着くのだった。
中野駅から電車に乗って数分、そして歩いて10分ほど。
まもなく23時頃、俺は我が家が外から見えるくらいまで戻って来た。
お、電気ついてるな。
そして外から見た俺の部屋についている明かりを発見。
電気消し忘れて家出たとかね、普段だったら「あれ?」って思うとこかもしれないけど、今日はそうではない。
そして玄関に入ってすぐ、丁寧に揃えられた俺のではない靴にも、ちょっと気持ちが上がる感じ。
「ただいまー」
いつもなら言わない一言も、なんか新鮮だよなぁ。
これで「おかえり」って言葉が返ってくるとか、さらにテンション上がりそうだぜ。
とか思ってたんだけど。
「あれ?」
いくら待てども、そんな言葉はなし。
むむ? とゆきむらばかりに思いつつ、俺が部屋の方に向かうと。
「あ、おかえり」
やっと俺に気づいたか、ちらっと俺に視線を送ってきただいは、座椅子に座ってPCを前にヘッドホンを付けていた。
なるほど、ヘッドホン付けてたから俺が帰ってきたの気づかなかったのか。
って、それ今までつけてなかったよね?
というか、座椅子もいつの間に?
「あ、ううん、なんでもない。ゼロやんが帰ってきただけ」
「はい?」
そしてまただいの視線が画面へ戻る。
え、ていうか君誰と喋ってんの?
完全に意味が分からないまま俺がだいの方に近づき、画面を覗くと、そこには誰かとパーティを組んでいる光景が。
って、おいおいマジかよ。
「違うよ。休みの前の日くらいだって」
そしてちょっとだけ苦笑いを浮かべつつ、またもやだいの独り言。
あー……なるほど、そういうことか……。
いや、でもなんでこの二人? あれ、今日活動日だよね?
「うん、わかった。あとでアドレス送るね」
アドレス? 何の話してるんだ?
「あ、話す? そっか。わかった」
話すって、え、俺が、そいつと?
いや、それはいいです。うん。
「ううん、付き合ってくれてありがとね。うん、じゃあまたね」
何の話をしていたかはよく分からないが、「またね」と告げただいが、ようやくヘッドホンを外してコントローラーを置き、俺の方へ向き直る。
「文化祭おつかれさま。怪我の方は大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫、だけど……それ……」
先ほどまではあまり俺に興味なさそうに見えたけど、俺と向き合っただいの表情に少しだけ心配の色が浮かぶ。
そこに優しさを感じはしたけど、でもやはりヘッドホンと会話の内容が気になった俺は、ちょっと語尾を濁してしまった。
「ああ、うん。ゆっきーと新宿行った時に買ってみたの。ほら、秋に備えなきゃいけないでしょ? お試しだから私の分しか買ってないけどちゃんと使えそうだったし、今度ゼロやんの分も買いに行かないとね」
「お、おう。でも今の相手って」
「うん。亜衣菜さん。【Vinchitore】も導入が始まってるって聞いてたし、接続の練習させてもらったの」
「なるほど……」
今日は土曜日だから活動日だったと思うんだけど、まぁもう時間的に終わったのか。
で、そのあとに亜衣菜と、か。
たしかにさっきまでの画面を見た感じ、亜衣菜と二人パーティだったのは見えたから、予想はついてたんだけど。
「ちょっとだけ戦闘もしてみたけど、やっぱりログを見なくて言い分楽かも」
「ほう……」
秋の拡張でPvPが実装されるにあたり、ボイスチャットが推奨されるって話はだいにもしてたんだけど、どうやら今日はその練習をしてたらしい。
数分だけ、Talkのアプリ通話をしながらだいと遊んだことがあるけど、まぁたしかにね、意思伝達をするのにタイピングをはぶけば、目線もログに移す必要もないし、そりゃ楽だよね。
その分ちゃんと伝わらないと確実性に欠ける点はあるだろうけど。
「【Vinchitore】もけっこう賛否両論あるみたいだけど、少しずつ慣れてきたって感じだって」
「あー、まぁどこのギルドにもネカマとかやってた連中っているか」
「うん。亜衣菜さんのとこだと、幹部でもリチャードさんとせみまるさんが乗り気じゃないって言ってたよ」
「せみまるさんはロールプレイヤーっぽいもんなー。でもリチャードさんもか、話したことないけど、あの人ってルチアーノさんの右腕みたいな人だろ? 意外だな」
ウィザード部門統括の〈Semimaru〉さんも、ファイター部門統括の〈Richard〉さんも、一緒に組んだことはないけど、名前はもちろん知っているし、ゲーム内で見たことはある。
一人称が「わし」のせみまるさんはね、年寄りみたいな話し方する見た目が老人のキャラだから、実は中身が若いってのを知られたくないとか、そんな感じかね。
リチャードさんについてはよく知らんけど、まぁそれぞれの理由があるんだろう。まさか中身女とか?
「今度うちでも提案してみるね」
「おー。ま、うちは全員知り合いだし、そこのハードルはないもんな」
「うん」
そんな話をだいとしつつ、俺も自分の机へ。
「そういや、アドレス送るって?」
慣れた手つきでPCを起動させつつ、立ち上がるまでのまでの間にだいの方へ椅子を回転させて、先ほどの会話で気になったことを聞いてみる。
「あ、うん。ほら、前に亜衣菜さんのお家行った時に会った上杉さんっていたでしょ?」
「あ、あの編集者の人か」
「うん。あの時安請け合いで亜衣菜さんと一緒に写真撮るって話なってたの、決まった後に断っちゃったからさ、代わりに亜衣菜さんがフレンドとLAでの思い出を語るって対談企画に変えてもらったんだって」
あー、あったなそんな話。うん、俺が反省すべき思い出の一つだけど、しかし対談って、それは大丈夫なのか?
「写真が載るのは亜衣菜さんだけだから大丈夫よ。話した内容が記事になるだけで、私はフレンドのXさん、って形になるんだって」
と、どうやらそれは顔出しはないんだよな、という俺の心配が伝わったのだろう、俺を安心させるように微笑みながら答えるだい。
いや、でもだいは、亜衣菜とのフレンド歴長くはないような……?
まぁ亜衣菜は関係なく、LAの思い出だけなら古参プレイヤーのだいもたくさんあるとは思うけど。
「対談するのはもう少し先だけど、今度対談内容を記事にするにあたっての契約書をPDFで送ってもらうってことになったから、亜衣菜さんにアドレス送るねって話してたの。送られてきたら、ゼロやんにも見てもらうから、そこで気になることあったら言ってね」
「ほうほう。わかった」
まぁ、会話だけなら大丈夫、かな。さすがに亜衣菜もあれでプロったらプロだからな、関係ないことは話さないと思うし。
ということで気になった単語の理由も分かったところで、俺はLAへのログイン作業へと移行。
「少しだけスキル上げでもするか?」
「お疲れじゃないの? ゼロやんが眠くないならいいけど」
「んー、でも明日は休みだし?」
「じゃ、キャップ目指して頑張ろっか」
「おうよ。土曜夜だし、まだ起きてるやつも多いだろうし募集かけてみるか」
たしかにまぁ、だいとイチャイチャしたい気持ちもあるけど、なんというか
「今日はみんなで何かしたのか?」
「うん、真実ちゃんが持ってない装備取りってことで、ワシとかサメとか、前のコンテンツボス倒しに行ったよ」
「あ、真実のために行ってくれたのか」
「うん。それも1時間くらいで終わったから、明日も会うしってことで今日はそれで終わった感じ」
なるほどね。
ギルドのメンバーを確認すれば、もう活動を終えたのか意外にももう残ってるメンバーはジャックとあーすくらいなようで。
まぁきっと明日の話とかはね、活動中にぴょんとかが確認してたんだろ。
しかしこうしてLAやってると思うけど、なんていうか、やっぱこれが俺にとっての日常だなぁ。
文化祭っていう非日常があったからこそ、余計にそう思うね。
「そういえばゆっきーが少し驚いてたよ。文化祭って命がけですね、って」
「いや、あれは事故だろって……」
「ふふ、私もそう言っておいたけどね。でも生徒たちにとっても色んな意味で思い出に残ったでしょうね」
「そうなぁ……ま、でも最後はみんなで笑えたよ」
「そっか。よかったね」
パーティが集まるまでの間、少しだけ文化祭の話をしたりしながら、約10分ほどでパーティが集まり、スキル上げへ出発。
ちなみにこつこつと時間を見てはスキル上げはしてたからね、俺は間もなく銃スキルが340くらいにはなりそうなのだ。
武器が強い分倒すペースが早いから、思ってた以上に稼ぎがいいので、うまくいけば今月中には、350まで上げれる、かな。
新学期が始まって、バタバタしてたけど、とりあえず次の仕事の山場は新人戦か。
「そういや市原が言ってたけど、月見ヶ丘の部員って戻ってきたの?」
「あ、うーん。戻ってきたと言えば戻ってきた、かなぁ。全員ではないけど、そっちの4人と合わせて9人は集まると思う」
「ほうほう」
お互い画面上では同じパーティとしてモンスターを倒しつつ、歯切れの悪いだいに少し疑問も思ったり。
「そのうち合同の予定も立ててこうぜ」
「そうね」
でもま、お互いひと段落はしたんだし、だいと話す時間は増えるだろうか、細かいことはまたでいっか。
明日はいよいよオフ会だしな。
大和とぴょんがどんな感じか、ちょっと楽しみだ。
その後25時過ぎまでだいと一緒にスキル上げをした後、ぱぱっとシャワーを浴びて、だいとともに明日に向けて就寝。
とはいえ起きてもまた時間までスキル上げに行くんだろうけどね。
怪我したりとか予想外のことも多かったけど、戻って来た日常に俺は改めて少しほっとしながら、俺は長かった9月12日を終えるのだった。
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以下
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ここから第10章へ。
メインはオフ会2連発です!
キャラ紹介のところは、用意できたらこそっとUP予定です。
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉をゆっくり再開します。
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