第237話 見上げた夏花火
時計を見れば17時38分の夕暮れ、再び星見台高校へと到着。
1時間ほど前までは校門を着飾っていたであろう装飾も既に撤去され生徒玄関の方へ運ばれているし、受付となっていたテントも骨組みが畳まれ、既にあらかたの片付けが進んでいることを伝えていた。
だが今は片付けを進める生徒は一人もなし。
文化祭自体は16時までの一般公開で、その後17時まで看板やらテントやらの大きなものの片づけを行い、17時からは希望生徒による後夜祭が始まるのがうちの学校の慣例なのだ。
俺が学校へ向かう途中数人の生徒とすれちがったから、もちろん後夜祭に参加しない生徒もいるんだけど、文化祭中はなかなか各部や有志団体の発表を見れないこともあるからね、そんな内部の生徒や教員のために後夜祭は設けられている感じである。
そこでは軽音楽部やダンス部や吹奏楽部、さらには部活じゃないけどバンドをやったり手品や漫才を披露したり、尺は少し短くなるけど、校内向けの発表が今体育館で行われているはずだ。
ちなみにうちのクラスの演劇は、尺をカットする術が見当たらなかった関係で後夜祭での発表はなし。ほんと、なしでよかったと改めて思うところである。
とまぁ、そういうわけで校門付近にも、校内にも生徒の影はなく、祭りの余韻を残す細かい内装が残るのみ。
こういう細かいのはね、明後日の火曜日の午前中に片付けを行う予定である。
しかしまぁ、ほんとあとちょっとで終わっちゃうんだな。
全4回に渡る公演に向け、まともに活動したのは1週間だったけど、振り返ればなんというか、普段見れない生徒の姿も見れたし、教師冥利に尽きる1週間だった。
いや、最後に怪我しちゃうあたりね、ほんと情けないの一言なんだけど。
そんなちょっとだけセンチな気持ちになりつつも、病院で着替えた衣装を自席に置こうと体育館へ行く前に俺は職員室へ向かう。
「お騒がせしましたー」
そして一言詫びつつ入った職員室には、まぁ案の定全然人影が全然なかった。
が。
「あれ」
「お、大丈夫だったのか?」
「ホチキス3発って感じ」
「ホチキス? うわ、痛そ!」
「いや、もう痛いとかはほとんどないんだけど」
「いや、見た目めっちゃ痛そうだから! ガーゼとかで隠せ隠せ!」
「あ、そっか。じゃあそうすっかな……って、なんで大和ここにいんの?」
入口からは見えなかったが、職員室に入って自席の方に行くと、さらに奥側の3学年の席あたりで、一生懸命お金を数える大和を発見。
その大和が俺に気づいて俺の傷を見るや、ちょっとドン引きみたいな表情を見せた。
たしかに傷とかね、苦手な人は苦手だよね。
ということで俺は笹戸先生の机の上にある共用の救急箱から傷隠し用にガーゼを取りにいきつつ、大和がここにいる理由を尋ねた。
管理職含めてみんないないのに、なんでこいつだけいるんだろうか?
「やー、さっきまで生徒と会計報告作ってたんだけどさ、今日の途中で不足した材料買いに行かせた分のレシートと残金が全然あわねーんだよ」
「あー、あるある」
「うーん、残金不足なら少額だし俺が出せばいいけどさ、なぜか多いんだわこれ」
「買い出し行った生徒がお釣り減らそうと自分の財布からお金だして起きるやつだな」
「それしかないよなー。何度も言ったんだけどなー」
「買い出し言った子に聞くしかないってそれ。それよりも、最後の後夜祭だろ? 行かなくていいのか?」
「最初吹奏楽部の演奏だろ? 一般公開中に見に行ったからいいかなって思ったけど、まぁ倫が戻って来たなら俺も行くか。お金合わないのはもやもやするけど」
「ま、あとで生徒に聞いてみろって」
この残金合わない問題はね、文化祭あるあるだからね。
幸いにもうちのクラスは配布された予算管理を内装担当の生徒たちがちゃんとやってくれたので、会計報告は問題なさそうだけど、調理系やるとね、当日の急な買い出しも起きたりするし、売り上げで小銭じゃらじゃらなるし、大変なんだよね。
だが大和は今年で異動なんだし、最後の後夜祭は見に行ってあげてほしい。俺も一般公開中はあんまり生徒たちの発表見れなかったし、ダンス部にはうちのクラスでも入ってる女子いるからね、見に行ってあげたいのだ。
最後の文化祭は3年が主役だから、そこまで目立ったりはないだろうけど。
ということで、俺はガーゼを傷口の保護テープの上からそっと貼り、大和は鍵付きの引き出しにお金をしまって、いざ体育館へ。
「しかし今年の文化祭の話題は、倫のクラスが持ってったなー」
「え、そうなの?」
「SNSで投稿してる子多いみたいだぞ? #可愛すぎる姫、#闇堕ち教師、そして#謎の美人たち」
「は? っていうか、最後の何?」
いや、闇堕ち教師も納得はいかないけど、とりあえず謎の美女という言葉の意味が分からず、俺は大和へ聞き返す。
そして体育館へと向かう道中、おそらく大和のクラスの生徒のアカウントだろう、SNSに投稿されている写真を見せてもらったけど、たしかにそこにはいい具合に照明を浴びた市原や、どう見ても教師には見えない俺、そして体育館で俺が流血して座り込んでいた時に俺を介抱してくれていたマスクに眼鏡のだいやゆきむらの姿の写真が。
「って、だいとゆきむらじゃんこれ」
「生徒の中じゃけっこう噂なってるぞ? マスク美人は倫の彼女らしいって」
「マジか……」
「まー、だいもゆきむらも綺麗だもんなぁ」
「いや、まぁそうだけどさ……」
ううむ、これを聞くとちょっと体育館に行くの、気が引けるな。変な絡まれ方したりしないだろうか。
「しかし彼女の前で派手に怪我するとは、色々持ってるなぁ、倫は」
「いや、したくてしたわけじゃねーよ……」
捻挫の件も含めて最近ちょっと怪我が多いけど、もちろんしたくてしてる怪我なんか一つもない。
というか捻挫も今日の怪我も、俺は攻撃された側だからな?
どっちも、相手を責めるわけにはいかないけどさ。
もう吹奏楽部の発表は終わったのだろう、体育館に近づくにつれ聞こえてくる軽音楽部のバンド演奏の音が大きくなるのを感じながら、俺は大和に苦笑い。
まぁ怪我してしまった結果は変わらないからね、しばらくはちょっと、大人しくするしかないかな。
うん、明日もノンアルって決めたんだし。
今日の打ち上げも、後ろ髪引かれる思いはあるがそれでいこう。
「あ、倫くん大丈夫だったー?」
「北条先生大丈夫ですか?」
「北条くん災難だったわね」
そしてステージの照明を強調するため窓には暗幕をつけ、電気が消された薄暗い体育館に入るや、入口近くにいた女性陣に見つかる俺。
ステージ付近は生徒たちでわちゃわちゃしてるから、教師たちはだいたい体育館後方にいるんだよね。
「お心配おかけしまして、もう出血も止まったし、大丈夫っすよ」
うん、体育館の中は薄暗いんだし、ガーゼしてなくてもよかったかな?
白ガーゼが逆に怪我してるってアピールになってる気もするし。
「彼女さん来ててよかったねー。ちゃんとお礼言っとくんだぞー?」
「もう十分伝えましたって。笹戸先生も、ご迷惑おかけしました」
「ほんと、大人は別料金だよー?」
「え、そうなんですか?」
「いや、明日香。それ恵理華の冗談だからね?」
「え、あ、そうですよね……」
相変わらずな調子の笹戸先生に騙された久川先生が、呆れ顔の宮内先生にツッコまれるとかね、今日も女性陣はいつも通りだな。
「じゃあ倫くんはあそこ行ってあげなー」
「はい?」
そして笹戸先生が示す方向には、制服姿に戻った市原をはじめとするうちのクラスの女子集団が。
「市原さん、ずっと心配してたわよ」
「そうですね、2Eの子たちみんな不安そうでしたけど、市原さん泣きそうでしたもんね」
「マジすか」
「はい、そうと分かったら安心させてあげてこーい」
「女泣かせるのはほどほどになっ」
「いや、大和は変なこと言うな!」
そして笹戸先生が示した場所に気づいた宮内先生と久川先生も「早く市原のところに」と伝えてくる。
俺としては罪悪感に駆られているであろう谷本にも会いたいところだったがどこにいるかわからないし、市原がだいを見つけてくれてたから、少しでも早く対応してもらえたわけだからね。
お礼言わなきゃな。
ということで俺はひとまず笹戸先生が示した女子集団の方へ。
しかし泣きそうとかさ、大げさなんだよ市原のやつ。
あ、ってか十河も一緒じゃん。
うん、ほんとあいつら仲良くなれたみたいで、よかったなぁ。
「担任参上っ」
そして俺は体育館ステージの方に集中していた女子たちに後ろからそっと近づき、仕事モードで笑顔になって、一言。
「えっ!?」
「倫ちゃん!」
「おかえり!」
「心配してたよー」
「怪我大丈夫なの!?」
「しーっ! あんまり大きい声出すなって」
ある程度はびっくりしてくれるとは思いつつ声をかけたけど、その予想以上の声の大きさに俺は慌てて生徒たちに静かにするよう指示をする。
ほんとね、なんで女子高生はこんなに声がでかいのか、不思議だよ。
でもみんなほっとしたような感じもあるから、そこはちょっと嬉しいかな。
そして全員が声を抑えて色々聞いて来る中。
「ん?」
急に俺の両腕の自由が奪われるではありませんか。
そして。
「心配したっ」
「倫ちゃんがいなくなるのはダメっ」
それは、俺が声をかけた時に反応を見せなかった、二人の生徒たち。
それぞれ俺の腕を抱きしめるように、腕に顔を押し当ててくる。
その行動に俺と話してた女子たちは茶化すように楽しそうに笑うけど、俺にくっついてきた二人の心配の度合いが伝わり、俺は改めて罪悪感に駆られる気がした。
くっついてきたの誰かって? それはもうね、言わずもがなだよ。
っていうか市原だけじゃなかったのかよ。
「いや、悪かったって」
たじたじというかね、たぶん俺はそんな表情をしてると思うけど、こうしてダイレクトに心配を伝えられると、冗談も言いづらいね。
俺が謝るとさらに両サイドの生徒が距離を詰め、腕ごと俺に抱き着いて来たが、今ばかりは強く「やめろ」とも言えず、されるがまま。
「って、写真撮ってんじゃねえよっ」
だが両サイドからJKにハグされる担任の図を他の女子たちがニヤニヤして写真を撮り出したので、俺はそれに対してはすぐさま制止。
いや、カシゃって音が何回か聞こえたから撮られたんだろうけど、暗くて顔よく分からない写真でありますように!
「ほら、市原も十河も顔上げろって」
さすがにずっと抱き着いたままでいられても困るからね、俺は抱き着かれてから数十秒ほどで、そろそろ離れるよう右側の市原の左側の十河に声をかける。
というかこいつらさ、たぶん、あれだろ?
「心配してくれてありがとな。でも最後は笑って終わろうぜ?」
その声に促されたか、俺から一歩離れた二人の表情を見るや、うん、やはり二人とも予想通り泣いてたみたいです。
「あ、倫ちゃん女の子泣かしたーっ」
「やかましいってっ」
じっと俺のことを見てくる市原と十河の視線を受け止めつつ、俺は茶化してくる女子たちを注意する。
しかしまぁ、担任が怪我したからって泣くほどかね?
いや、まぁ、うん。この二人だからってのは、俺でもさすがに分かるけどさ……。
「ほら、二人もステージ見ろって。もうすぐダンス部だろ?
だがそのままじっと見られてる空気も耐え難いので、俺は二人の視線を動かすべく声をかける。
あ、皆藤ってのはうちのクラスのダンス部の生徒で、市原と仲のいいギャルっぽい子ね。
だが。
「倫ちゃん、最後の花火一緒に見よ?」
「あっ、菜々花ちゃんずるい! それ私も言おうと思ってたのに!」
「へ?」
俺の言葉を完全にスルーした十河が口を開くと、それを合図に一気に普段の市原に早変わり。
「あたしが先に言いました~」
「ずるい! 私も倫ちゃんと見たい!」
「いや、みんなで見ればいいじゃん、それくらい……」
何をそんなに競い合うことがあるというのか。
ちなみにこの体育館での発表が終わった後、校庭から30発程度の花火を打ち上げて文化祭は終了となるのが星見台の伝統なのだ。
文化祭のクライマックスなのだから、みんなで見た方が楽しいんじゃないかな。
ということで二人ではないにせよ、一緒に見ようという二人の要望を断らなかったら――
「「じゃあ一緒ね!?」」
完全にシンクロしてみせた二人に、俺は思わず気圧される羽目に。
「お、おう。みんなで見ような」
どちらだけと見るとか、そんなことが出来るはずもないので、改めてみんなで見ようと俺は言ったけど、その言葉が聞こえてたかどうかはちょっと怪しいくらいに、市原と十河は嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
その様子に、他の女子たちも楽しそうに笑ったり苦笑いしたりしている様子。
二人を見守る市原派の元気系女子集団と、十河派のいい子系女子たちも違和感なく混ざってるし、うーん、結果オーライ……?
そんなことを思いながら、俺はそのまま女子たちと床に座って、一緒にステージで行われている生徒たちの発表を見る流れに。
軽音楽部の途中で教員による有志バンドなんかも出てきたけど、楽器出来るってのは役得だなー。
ちなみにその登場に俺も出ないの? って生徒に聞かれたけど、楽器はできないからね、無理って言うしかありません。
そしてその後大半が3年生たちの有志団体によるバンド演奏やら手品やら漫才やらの単発系の出し物が行われ、3年生たちが大いに盛り上がりを見せ、いよいよトリを飾る発表へ。
ステージ上に露出多めの着飾った衣装姿の十数人の生徒たちが現れるや、体育館内では大きな歓声が上がった。
「やっぱダンス部は人気だねー」
「先輩たち可愛いなー」
「あ、りっちゃんいた!」
「相変わらずほっそいなー……羨ましい……」
その登場に、俺の周りの女子たちもテンション上げたり羨望の眼差しを送ったり。
そう、うちの学校でダンス部はけっこう人気の部活で、割とギャルっぽい女子やチャラい男子が入部する傾向にあるのだが、顧問の厳しい指導と管理があるため部活には真面目なようで、ダンス部が毎年後夜祭のトリを飾ることになっているのだ。
たぶん、楽器とか置いたりしないからだとも思うけどね。
そしていわゆるダンスミュージックが流れ出し、ステージ上で次々と披露されていくダンスたち。
まるでアイドルを見ているかのように、踊る生徒の名前を叫んだりする奴が出るのはほんと、祭りって感じだなー。
うちのクラスの
「次は新入部員3人によるダンスでーす!」
そしてMCを務める部長の女子生徒が、笑いながら告知をして、みんなが「ん?」みたいな空気になった直後。
ステージ上に赤黄青と異なる色の、まるでアイドルのような恰好に着替えた女性が3人登場。
リーダー感ある赤の衣装を着た女性が笑顔で手を振ると、男女問わず爆発的な歓声が。
たぶん、今日一番の歓声だった気がするね!
ちなみに女性ね、女子じゃないよ。
「わっ! 恵理華ちゃん可愛い!!」
「えー、明日香ちゃんも可愛い……」
「え、宮ちゃんだよね、あれ……?」
その姿に俺の周りの女子たちも驚きを隠せない様子だったが、そう、ステージにサプライズ要素を持って登場したのは、先ほどまで俺が話していた笹戸先生、久川先生、宮内先生の星見台の可愛いどころの先生3人組だった。
よく保健室に行く市原は笹戸先生に驚き、元久川クラスの十河は久川先生に驚き、バレー部の生徒なんかは宮内先生に信じられないというような表情を見せていた。
そういや笹戸先生がダンス部の顧問だったか……!
恥ずかしそうな表情を浮かべて久川先生と宮内先生は踊ってたけど、笹戸先生は完全にノリノリ、というか、圧倒的にキレキレダンスを笑顔で披露していて、きっと経験者なんだろうなということを思わせた。
いや、元アイドルとかそんなこと言われてもね、納得出来る感じだよ。
「倫ちゃんも踊ればいいのにー」
「いや、踊れねーから」
つーか、あの人たちいつ練習してたんだ?
アイドル調の衣装を着てた3人は、普段と違ってちょっと新鮮で思わず目を奪われたけど、それよりもこの多忙の中いつ練習したのかはね、本気で気になった。
週明けちょっとだけ、いじってみようかなと思ったりもするけど、これいじり方間違えると危険だから「おつかれさまでした」くらいにしとくかな……!
「じゃあ、最後は花火だ! みんな、中庭に行くぞー!」
そして教員ダンスが終わり、ダンス部の3年生たちのよる最後の発表も終わり、そのままダンス部のMC役の生徒が全員へ移動を促す。
その声に従うように、生徒たちが移動を開始。
するといつの間にか体育館入口には生活指導部の先生たちがスタンバってて、導線を示すように生徒たちを中庭へと誘導し始めていた。
いやぁ、最後までお疲れ様です、ほんと。
「先生! 大丈夫でした!?」
俺たちは集団での移動になるので、ある程度大きな流れが終わったら移動しようと思ってたところ、今度は谷本を先頭にクラスの男子集団が現れた。
みんな割と心配してたみたいで「大丈夫っすか?」とか「焦りましたよー」なんて言ってくるけど、谷本は特に不安だったみたいだね。
そりゃ自分が怪我させたみたいな感じだったから、不安にもなるのは分かるけど。
「おうよ。いい一撃だったぞ」
そんな谷本に俺は笑って答えると、他の生徒たちも笑っていた。
当の谷本もね、ふにゃふにゃと「あせったー」って言いながらも笑っていた。
「むしろ最後まで立ってらんなくてごめんって感じだし」
「先生いなくなったあと、うちのクラスお通夜みたいでしたよー」
「ねー、やっぱ倫ちゃんいないとあたしらダメだー」
そして逆に俺が謝ると、他の生徒たちも当時の状況がいかに絶望的だったかを教えてくれる。
いや、担任に頼りすぎだろって思うけど、まぁ、うん。悪い気もしない、かな。
「よし、じゃあ最後の花火みんなで見ようぜ!」
「「「はーい!」」」
そして俺の指示に応えて、ぞろぞろと移動していく2E集団。
きっとあれだな、クラスのみんなで集まってみるとか、うちのクラスくらいなんじゃないか?
……この辺が、一緒に演劇をやったっていう効果なのかもな。
なら、やってよかった、かな。
移動していく生徒たちの最後尾を移動しつつ、最後こそあれだったけど、この文化祭をやってよかったという手ごたえをなんとなく感じ出す俺。
生徒同士の距離感もね、だいぶ近づいた感じあるし、大変だったけど、乗り越えてよかったな
次の大イベントとなると3学期の修学旅行だけど、この感じならうまくいきそうかな。
そんなことを思いつつ、俺は生徒たちと笑い合いながら、中庭へと移動するのだった。
そして18時45分頃、中庭の一角に固まるうちのクラス集団。
俺の両サイドには、まぁ言わずもがな市原と十河。
ここだけはね、どうやら譲れないみたいである。
「倫ちゃんさ、あたし学校来るようにしてよかったよ」
「ん?」
そしてみんなで打ち上げの時を今か今かと待っている間、左隣にいる十河が小さな声で俺にそう言ってきた。
「喧嘩したりイライラしたり、そういうのもあるけど、みんなと文化祭参加するの、楽しかった」
「そうか。そりゃよかったな」
「うん。ありがとね」
「こちらこそ、色々助かったよ」
そう言って十河が可愛らしい満面の笑みを見せてくれたので、俺も思わずそれに笑い返す。
すると。
「私も楽しかったもんっ」
おそらく十河との会話が聞こえていたのだろう、今度は右隣から張り合うような感じで市原が俺の腕を引っ張ってきた。
いや、というかいちいち腕引っ張るでない。
「文化祭終わったら、今度は
そして十河にしか言えない復帰してよかったトークに対抗するように、部活トークを始める市原。
いや、それはそうなんだけどね。
……うん、そのために、俺も早く足も治さんといけないな。
「新人戦は私立もいるからきついぞ?」
「新キャプテンの私が頑張るし、月見ヶ丘の後輩の子も復帰してくれそうなこと話してたから、大丈夫!」
「あ、そうなの?」
相当な実力者っぽい、月見ヶ丘にいるという市原の後輩については新学期早々に聞いてみたんだけど、その時はまだなんともな返事だった。
でもそうか、ようやく動き出してくれる感じになったのか。
あとでだいにも聞かないとな。
「一緒にてっぺん目指そうねっ」
「志がでかいのはいいことだな」
そしてこれまた笑顔で高い目標を掲げる市原に、俺も笑って答える。
すると。
「倫ちゃんの彼女さん、お兄ちゃんからも聞いてたけど、すごい綺麗な人だったね」
なぜか今度は俺の左腕を引っ張りながら、話を変えてくる十河。
いや、言ってることとやってることがリンクしてないぞそれ?
しかしそうか、十河はお兄さんからだいが俺の彼女ってのは、ちゃんと聞いてたのか。
……なら、なぜそんなにくっついて来るのか、なおさら謎なんだけど?
って、それを言うと市原も同じか。
「里見先生すごい綺麗だよね! ほんと強敵だけど、倫ちゃん助けに来てくれたのカッコ良かったなー」
「いや、なんだ強敵って……」
「だよね! しかも一緒にいた人も綺麗な人だったし、倫ちゃんの周り女の人多いの?」
「あ、それ私も思った! 誰!」
「ただの友達だわ、友達」
そしてやはりあの時はみんな慌ててたから反応しなかったみたいだが、ゆきむらについても二人は気になってたようで、そこからあれこれとだいのことやゆきむらのことを聞かれ出す俺。
さっきまで張り合ってたのに、今度は一気に結託してるし、ほんと忙しいなこいつら。
そんな感じでちょっと俺が疲れてきた時。
ヒューーーーーーー
「あ」
バァァァァァァァン!!!!!
誰の耳にも聞こえるような音が響き、夜空を彩る光が、一瞬だけみんなの顔を照らし出す。
その瞬間は、みんなの視線が同じだった。
さっきまで張り合ったり結託したりと
そしてその後も、赤黄青と色とりどりの輝きを一瞬だけ示し、消えゆく花火たちが打ちあがり続ける。
それは今ばかりの特別な時間。
すごいだの、綺麗だの、感嘆の声が聞こえる中、みんなが楽しんでるという光景に、なんだか自然と嬉しい気持ちが込み上げてくる。
「文化祭、楽しかったね!」
「そうだな」
「来年も楽しもうね!」
「そうだな」
そしてこの気持ちは、両サイドにも伝播したようで。
ほんとね、なんだかんだ色々あったけどさ、やっぱりね、うん。
みんなで文化祭やってよかった、この思いに尽きるかな。
両腕を女子生徒に取られながら、グランドフィナーレを飾る花火を見上げるなんて思ってなかったけど。
「いい文化祭だったなぁ」
気づけば一人、そんなことを呟いていた。
その呟きが聞こえたのか、俺の両腕を抱く力が強くなった気もしたけど。
ま、終わりよければ全てよし。
だいやゆきむらにも助けられたけど、改めてね、生徒たち含めて人に恵まれてると実感するね。
周囲に浮かぶ様々な笑顔に、さらにその実感を強める俺。
ほんと、この仕事選んでよかったって思うなぁ。
まるで大団円のような温かな気持ちに包まれながら、俺たちは打ちあがる花火を見続けるのだった。
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
第9章仕事編はここまでになります。
気づけば最後はさらっと後夜祭について書こうと思ってたのに、気づけばかなりの長さになりました……。
今年は文化祭が中止となった学校も数多かったと思いますが、また普通に戻れる日が待ち遠しいですね。
しかしコロナの影響とは大きいもので、ここに来てちょっと仕事の多忙さが収まらない……!どちらかというと精神的な披露で、最近は帰宅すると寝てしまって書く時間減り、更新が隔日化しております。
それでも毎回コメントくださる方々、励まされております。ありがとうございます!!
更新頻度はしばらくこんな感じと思いますが、新章の久々のオフ会に入りつつ、止まっていたサイドも進めたいなー、と思っておりますので、本編の更新も合わせて少しゆっくりになるかもしれません。
気長にお付き合いいただければ幸いです。
頑張ります。
(宣伝)
本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉をそろそろ再開したい気持ちです。
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