第236話 可愛い気遣いは反則です。

「痛々しいですね……」

「でもすごいわね、医療の進歩って」


 タクシーで救急外来の病院に移動して、到着したのが15時半前。

 そして病院の先生に診てもらい、笹戸先生の言ってた通り縫合とかそんな処置だと思ってたんだけど、今ってあれなのね、麻酔無しで医療用ホチキスとかで処置できんのね。

 傷口をふさいだところは、まぁそれこそハロウィンメイクのような痛々しさはあるけど、こればかりはしょうがない。保護テープで隠してても、はっきりと怪我してるのは分かってしまうんだよな。

 でも処置してもらって出血が止まっただけでね、御の字だ。


「学校戻っても、あんまり激しく動いたりしたらダメよ?」

「うん、分かってる」


 そして現在午後16時47分。

 処置が終わり、学校にこれから戻る旨を伝えたところ、副校長から行きのタクシー代は出るけど帰りは出ないから、公共交通機関で戻ってくるようにと言われ、現在俺たちは病院から中野駅に向かうバスを待っているところ。

 だいとゆきむらはこのあと新宿に行って、ゆきむらが明日ゆめと大和にあげるプレゼントを買いに行くらしい。

 しかしプレゼント選びは一人でってルールだったけど、だいのやつめ。


 ……まぁ新宿にゆきむらを一人で行かせたら、一生帰れないんじゃないかって気もするし、ここは目をつぶることにしたのは秘密である。


「ごめんな、せっかく見に来てくれたのにこの様で」

「いえ、お昼過ぎから色々回らせていただいていましたので。おかげで現場に出たときのイメージができました」

「あ、そんな早く来てたんだ」

「はい。だいさんに無理を言って連れてきていただきました。ゼロさんにはサプライズでしたけど」


 俺が迷惑をかけてしまった旨を二人に謝ると、今さらながらサプライズだったんですよとちょっとどや顔のゆきむら。

 いや、たしかに現れた時は驚いたけど、でもそれどころじゃなかったからな。


「うん、結果的に来てくれて助かったよ。生徒たちもパニックだったろうし」

「とりあえず、脳も異状なくてよかったわね」

 

 そしてだいはだいで、淡々としてるというか、そんな感じで俺の傷に改めて視線を送りつつ一言。

 これが二人きりだったらもっと露骨に心配してくれる気がしなくもないけど、しょうがないか。


「明日のお誕生日会は来れそうですか?」

「うん、それは行く。でもあれかな、ちょっと酒飲むのは控えようかな。酔っぱらって転ぶとかしたら、もう目も当てられないし」

「そうね。それがいいと思う」

「じゃあ私がゼロさんの分も飲みますね」

「いや、お前そんなキャラじゃないだろ……」


 そう言って張り切る仕草を見せるゆきむら。

 ほんとね、こいつは相変わらずだなぁ……。

 と、おそらくだいとともに微笑ましい気持ちになっていると、バスが到着。


「足も痛むんですよね?」

「え?」


 そして真っ先にバスに乗ったゆきむらが、振り返って俺に手を伸ばす。

 いや、このくらいの段差大丈夫なんだけど……。


「そんな大げさな……」

「どうぞ?」


 だが、苦笑いを浮かべた俺をじっと見つめてくるその無垢な眼差しに負けた俺は、断ることも出来ずに結局ゆきむらの手を掴んでバスに乗る。

 後ろのだいは、これどんな様子で見てたんだろうか……? 怖くて振り向けん……!


 そしてそのまま俺の手を引いたゆきむらは最後列に着席し、その隣に俺が座り、ゆきむらと反対側の俺の隣にだいが座る。

 さすがに座ったら手は離してくれたけど……ゆきむらの手は何と言うか、ものすごく柔らかい女の子の手って感じで、ちょっとドキドキしたのは秘密な。


「着ていた衣装って、学校のものなんですか?」


 そんな俺のドキドキなど全く気にも留めないゆきむらは、文化祭で俺が着ていた衣装へと話題をチェンジ。

 ちなみに病院に着いた時の俺はまだ演技をしていた時の恰好とメイクのままだったけど、治療を終えた後はちゃんと着替えてメイクを落としたので今は普通の俺です。

 さすがにあの格好で出歩いてたらね、下手したら通報ものだしね。

 

「あー、全員分の衣装を予算で買うとか、予算オーバーすぎて出来なかったから、衣装は私物使ってる奴以外は自腹だったんだよね。だから終わったら一応私物なるかな。俺のは血ついちゃったから、学校に寄付するのもさすがに気が引けるし」

「ふむふむ」


 ちなみにあれね、衣装を小道具含めた買い出し班に頼んだ奴は、デザインを委任したやつね。もちろん自分で選びたいからってネット通販とかで買った奴もいたぞ。

 まぁ俺を含め大半はね、3000円以内の予算でお任せって感じだったんけど。


 ……ただまぁ、市原のドレスは予算オーバーとか気にせず、密かに男子たちで+αのお金出し合って、市原に着て欲しいのを買ったらしい。山中がこそっと教えてくれました。


「市原さんのドレス、可愛かったわね」


 っと、奇遇にもだな。


 俺がちょうど市原のドレスのことを考えていたら、だいがそのことについて触れるではありませんか。


「市原さんって、大会でピッチャーだった子ですか?」

「そうそう。顧問であり担任なんだ俺」

「なるほど。たしかにものすごく可愛い子でしたね……」

「あの子もゼロやんのこと好きなのよ?」


 はい!?


「え? ライバル……」

「いや、その発想はやめろ」


 ゆきむらの「むむ?」といった表情と共に発せられた「ライバル」発言に、間髪入れず発生した俺のツッコミは、もはや体感では音速レベル。


 つーか衣装の話だったはずなのに、市原が話題に出た途端これだよね。

 だいの奴め、それ完全に言わなくてもいい余計なことだぞ……?


 ああ、ほらもう、ゆきむらのやつなんか考えこんじゃってるじゃん。


「保健室の先生も、倫くんって親しそうに呼んでましたね」

「あ、それは私も思った」

「いや、笹戸さんはみんなにあんな感じだよ。大和のことも大和くんだし。年下のくせに、タメ口っていう、ちょっとお嬢様っぽい子だから」

「生徒さんたちからは倫ちゃんで、保健室の方からは倫くん……じゃあ私は倫さんって呼びましょうか?」

「いや、なんだその発想。ちなみに倫さんは、体育科の若いのがそうやって呼ぶよ」

「むむ」


 そしていつの間にか俺の呼び名へと話題がチェンジ。まぁ市原の話題じゃないだけまだマシだけど、ゆきむらに下の名前呼びされるのは、違和感がすごい。

 でもまぁ、たしかに笹戸先生みたいに職場の人が下の名前にくん付けしてたら、知らない人からしたら「ん? どんな関係?」ってなるかもしれないけど、俺がそう呼んでって言ったわけじゃないからな。

 しかしそれ以前にゆきむらの思考って、どうなってんだ?


「では、倫様?」


 嘘だろ!?


「なんでだよ!?」

「ふふ。ゆっきーはほんと面白いわね」

「むむ?」

「いや、何張り合ってるのか知らんけど、今まで通りでいいから。ゼロさんでいいから」

「分かりましたゼロ様」

「いや混ざってるって!?」


 そのゆきむらの天然に、だいは必死に口元を抑えて笑いを堪える始末。

 いや、様付けはやばいって。変な関係に思われるって!


 ああもう、ほんとなんというか、冗談を言ってる表情じゃないのが怖いよおじさんは……。




 その後バスが中野駅に着くまでは10分ほどだったのだが、その間もゆきむらのちょいちょい出る天然に俺が終始ツッコみ、だいが笑うという濃密な時間を過ごし、俺たちはようやく中野駅へと到着。

 

 あー、なんか変に疲れたな。


 だが仮にも俺は助けてもらった身なのでね、そんな文句は今日は言えない。


 そしてバスを降りた俺は、電車に乗る二人を見送るため改札前へ。俺はここから歩きだけど、付き添ってくれた二人を見送るくらいね、当たり前だよね。


「色々ありがとな」

「ううん。でもまたぶつけたりしないように気を付けてね?」

「おう。任せろ」

「ゼロ様に明日またお会いできるの、楽しみにしてますね」

「いやその呼び方やめろ」

「むむ?」

「でもまぁ、いい買い物できるといいな。じゃあだいも、ゆきむらのことよろしくな」

「うん、任せて」


 そんな会話をして、俺はだいとゆきむらに手を振って改札前から学校へと向かおうとすると。


「あ」


 何かが俺の移動を引き留めた。

 振り返れば、俺の服の裾を掴むゆきむらがいたので、俺は彼女に不思議そうな顔を向けたと思う。

 そんな俺の顔をじっと見てくるゆきむら。


 なんだ? 

 俺が不思議そうにゆきむらと見つめ合っていると、そっとゆきむらがこちらに手を伸ばし。


「痛いの痛いの、とんでけー」


 おっつ……!


「早く治りますように、おまじないです」


 そして少しだけ、柔らかい笑みを浮かべるゆきむら。


「あ、あ、ありがとう……!」

「何照れてるのよ?」

「て、照れてないし!?」


 そして俺の反応に「むむ?」と首を傾げるゆきむらだけど、いつものぽーっとした目で俺を見つつ、触れるか触れないかくらいの感じで俺の傷口に手を伸ばしたゆきむらのおまじないは、正直予想もしてなかったのもあり、食らってしまったクリティカルヒット

 いや……うん、今のはちょっとずるいって。


 たぶん顔を赤くしてしまったのだろう、そんな俺にだいが呆れた顔を向けてくるけど……でもさ、ねぇ?


「私もやってあげましょうか?」

「い、いや、恥ずかしいから大丈夫! 気持ちだけ! 気持ちだけもらっとくから!」

「道中気を付けてくださいね?」

「うん、ありがと。じゃあ、行ってくる!」


 そして逃げるように俺は二人に素早く手を振り、ささっと振り返って学校方面へ。

 だいの呆れるような冷たい視線は痛かったけど、今のゆきむらはちょっと可愛すぎた。


 いやいや、彼女の目の前で何してんだ俺。

 これあれかなぁ、後でなんか言われるかなぁ……。

 ああもう、反省! 反省しろ俺!


 そんな自問自答をしつつも、少し進んだ先でちらっと振り返ると、まだこちらを見ていた二人が俺に手を振ってくれた。

 いや、可愛いなあいつら!


 うん、ちょっと怪我してよかった、かも?

 いやいや、間違ってるぞ俺! 生徒たちは今は悲しみに明け暮れているだろうし!


 そんな不毛なことを考えながら俺は二人に手を振り返し、俺は本日二度目となる学校までの道を一人歩くのだった。







―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 ゆきむら回ですね、これ。

 ぼちぼち新章、オフ会2連発へと移行する予定です!


(宣伝)

本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る