第234話 好きな子の前でカッコつけるは普通のこと
「せーのっ」
「「「「「ありがとうございましたっ!!」」」」」
舞台に上がらなかった生徒も含めてクラス全員でステージ上で横1列になり、谷本の合図で一斉にお礼と共に礼をする。
それと同時起こる、わーっという歓声と大きな拍手。
それは他ならぬ、午前の舞台終了の合図。
緊張もあったし、ミスもあったし、まだまだセリフは棒読みな生徒もいたけど、やってる自分たちからしても、昨日よりは上手く出来た、そう思う。
生徒たちもそんな手ごたえがあったんだろう。ステージの幕が閉まり切るまで、生徒たちはみんなで観客の方へ手を振りながら笑っていた。
「おつかれー!」
「いやー、緊張したーっ」
「でも昨日よりよくない!?」
「けっこうお客さんいたねー」
「うちの親もきてたの見えたわー」
そして幕が閉まり切ると、ほっとした表情と共にそれまで堪えてた言葉が笑顔とともにこぼれだす。
もちろんほっとしたのは俺も同じ。
この気持ちは生徒が良い表情をしてくれたのと同時に、自分も何とか乗り切れたから。
最後の殺陣シーンはそれなりの速さの演技になるんだけど、若干右足の痛みがありつつも、それでも今回はなんとかやり切れた。
あともう1公演。なんとかなる、かな。
「セリフ飛んじゃったなぁ……ショック」
「あー、十河にしちゃ珍しかったな。緊張したのか?」
「うんー。お母さんたち来てるの見えちゃってさ、いいとこ見せなきゃって、素の自分に戻っちゃった。市原さんと谷本くんのおかげで助かったなー。ナイスアドリブだったよね」
みんながステージ袖へとはけ、次の団体の準備が始まる中、一人少し立ち止まったままの十河がいたので、俺は彼女の方へ近づき声をかける。
十河が言う通り、終盤の
見てる側からすれば緊張感の間合いに見えた可能性もなくはないが、そうなった時にあの市原が「お願い! もう誰も傷つかないで!」と予定にはないセリフを言うと、合わせたが谷本が「姫を守るためならば!」と次の殺陣シーンへと繋げたのだ。
それは山中もOKと言っていた流れあるアドリブだったと俺も思うし、見事だった。
「やっぱあいつも頑張ってただろ?」
「うん。倫ちゃんの言ってた通りだったね」
打ち解け始めたものの、まだまだセリフに感情が伴ってないような市原に対して思う所もあったのだろうが、それでも一応、市原のこと認めてくれたって感じかな。
喧嘩というか言い合いになった一昨日から比べればね、かなり良好な関係にはなったと思うぞ。
「ま、泣いても笑ってもあと1回。切り替えてこーぜ」
「うん。頑張る」
そんな会話を十河として、俺たちも先にはけていった生徒たちに続きステージ袖からステージ下へと移動し、ステージ下で色んな生徒やら保護者やらに写真を撮られたりしつつ、控室である教室へと戻るのだった。
12時25分、職員室にて。
「おつかれっ」
「んー?」
午前の舞台を終えて生徒たちと30分程度の振り返りを行ったあと、次の発表のスタンバイまでは各自文化祭を楽しんで来いと指示を出した俺は、くっついてくる市原やらの女子生徒たちと少しだけ校内を回ったあと、一度職員室の自分の席に戻ってきた。
さすがに職員室内には生徒たちも入りづらいのでね、大人が休憩するならここなんだよな。
もちろん職員室内に人はまばらで、有事の際に備える生活指導部の先生とか、担任を持ってない先生が数人いる程度だけど。
「しっかしすごいなそのメイク。なんか、病んでる奴みたいだな」
「一応これでも魔王だぞ?」
職員室で俺に話しかけてきたのはエプロンと三角巾を付けた大和だった。
何となく元々の顔立ちと相まって、夏祭りの的屋の兄ちゃん感が強いが、その手にはおそらくクラスで作ったであろうたこ焼きが。
「つか、調理室離れて大丈夫なのか?」
「おう。昨日の今日でだいぶ慣れてきたからなー。まぁまた戻るけど、とりあえずほれ、差し入れ」
「おお、さんきゅ」
「200円な」
「金とんのかよっ」
と、そんな詐欺まがいのやり取りをしつつ、俺は渋々代金を大和に払い、大和のクラスの子たちが作ったであろうたこ焼きを受け取る。
1個だけ頬張ると、なんというかまぁ、家庭で作りました感のあるたこ焼きの味わいが口の中に広がった。
「なんか倫のクラスの舞台、話題なってるみたいだな」
「クラスの出し物で演劇やってるのうちしかないからじゃないの?」
「やー、俺も生徒にSNSの画像見せてもらったけど、市原めっちゃ可愛くなってんじゃん」
「あ、それね。そうなー、たしかにあれは人気でそうだなー」
しかしまぁ、そんな広まってんのか。
笑いながらそんなことを言ってくる大和に、ふむ、と俺がなっていると。
「あ、北条先生、田村先生おつかれさまです」
「おー、久川先生もおつかれっ! 2Cはアイスの販売だっけ? どう? 順調?」
「そうですね。あと1時間もあれば、完売すると思います」
「おー、いいね」
おそらく午前中の売り上げを職員室に保管しに来たのだろう、じゃらじゃらとした音がする封筒を持って久川先生が職員室に登場。
しかしこの前のカミングアウトがあったというのに、二人とも平然としてるし、すげぇな。
「北条先生、メイクすごいですね……」
「あー、これ十河がやってくれたんすよ」
「あ、菜々花がですか。なるほど」
そしてまじまじと俺の方を見てくる久川先生に俺の顔が十河作であることを伝えると、さすが去年の担任。納得という表情を浮かべていた。
「菜々花はちゃんと馴染めてますか?」
「そっすね。大丈夫そうかな。一昨日はちょっと揉めたけど、今は一番演技上手ってみんなに認められてる感じっすかね」
「そうですか、よかったです」
十河が復帰してからちょくちょく気にかけてくれていた久川先生だったけど、文化祭という非日常の中でも十河が大丈夫か心配だったのだろう。
俺の答えに安心したように、久川先生が笑ってくれた。
何だかんだみんな気にかけてくれるし、うん、いい職場だな。
「じゃ、あと数時間頑張りますか」
「そうですね。頑張りましょう」
「うっす」
生徒が頑張ってるなら、楽しんでいるなら、大人はそれを全力でサポートするのが努めだからな。
それぞれ持ち場に戻って行った二人の背中を見送り、俺は大和からもらった残りのたこ焼きを食べ、午後の舞台、大げさに言えば千秋楽の舞台に向け、気持ちやらの準備をするのだった。
そして14時半。
最後の舞台のスタンバイも完了。谷本が合図を送り、ステージの幕が開く。
それと同時に、市原の姿に感動したであろう男子生徒たちから歓声が上がる。
いや、アイドルの登場かよおい。
「わぁ……」
「マジっすか……」
最初のシーンは
置いているパイプ椅子とか、空いているのを探すのが大変なほど。
「え、うちらの舞台そんな人気なのかな?」
「いやぁ、市原さん効果じゃない?」
「完売したクラスの子とかも来てそうだよねー」
なんとか驚きを言葉にしなかった俺だったが、やはり生徒たちはそうはいかないようで、その観客の数に各々驚きの声をもらす。
いや、しかし予想以上だな。
「あ、あれうちの親だ……」
「あ、中学の友達じゃん。うわ、緊張するー」
そしてその数に驚いたであろうが、なんとか頑張ってたどたどしくも市原と谷本が演技をする中、客席に知り合いを見つけては思わず報告してしまう生徒たち。
これが最後だから無事終えればと思ったけど、この数はちょっと予想以上だな……!
ちなみにパイプ椅子は20脚×10列で200席分用意してるんだけど、俺の位置から見える半分ほどがだいたい埋まってるから、着席できた一般客で200人近く、その後方の立ち見にもけっこう生徒やらが見えるから、400人近くの人間が今体育館に来ているように感じられた。
「大丈夫。みんな頑張ってきただろ? 最後なんだ楽しもうぜ?」
その数に俺もちょっと緊張するけど、ここは大人の余裕を見せるところ。
ということでぽんと生徒たちの肩を叩きつつ、俺は緊張する生徒たちに笑顔を見せてやる。
まぁ、このメイクで笑ってもね、どれほど伝わるか分かんないけど。
そして最初のシーンが終わり一度幕を閉め、次は市原が攫われるシーンへ。
いよいよ俺の最初の出番、だな!
「次のシーン準備おっけ!」
「幕開けるよー」
「倫ちゃん、頑張ろうね!」
「おうよ」
慌ただしく準備をする裏方の生徒たちの指示を聞きつつ、俺に笑顔を見せる市原に俺も笑顔で返す。
もうここまできたらやり切るだけ。
さぁ、どんとこいってんだ。
そして再び幕が開き。
「ご機嫌よう、お姫様」
「だ、誰!?」
ゆったりとした歩調でステージ袖から中央にいる市原の方へと歩きながら、俺はこれまでの練習の成果を発揮しつつ、はっきりと大きな声で舞台に登場。
俺の登場に客席の方から少し歓声や「倫ちゃーん!」と茶化すような声が聞こえたけど、今は無視無視。
ちらっと横目に見たパイプ椅子の客席には保護者っぽい人から兄姉っぽい年齢の人まで、年齢幅様々な姿が見えた。しかしほんと、よくもここまで埋まったものだ。
ちなみに俺と二人のシーンということもあり、市原の表情は怯えだけじゃなく、若干嬉しそうな気もするのはきっと気のせいだろう。うん。
「私は人々が魔王と呼ぶ存在。この世界に混沌を呼ぶ者。束の間の平和もここまでだよ」
「魔王ですって!? 立ち去りなさい!」
「そうはいかない。平和の終わりを告げる見せしめとして、姫には私と来てもらおうか」
しかしまぁ、殺すとかじゃなく攫うってあたりがね、なんでだろうなぁとか思うけど、台本だからしょうがないよね。
「い、いや! 誰か! 誰か来て!」
「誰も来ないさ。騎士の助けも、誰もね!」
そして中央まで進んだ俺はマントを
それと同時に幕が閉まり出し、シーンは次へと移るのだが。
「……いや、お前なにしてんの?」
「え、あ、思わず」
裏方の生徒からの移動の合図まで動けない俺に、何故か抱き着く市原さん。
いやたしかにマントにすっぽりでお前は客席から見えないとは思うけど。
「ちゃんと集中してんだよな?」
「それはもちろん。でもほら、最後だし?」
「ふざけてるとやらかすぞ?」
「気を付けまーす。っていうか、倫ちゃんさ……」
「ん?」
「あ、ううん。なんでもない!」
「なんだよ、変な奴だな」
と、呆れる俺から離れる様子もなく、小さな声で交わされる市原との会話。
しかしこいつ、何を言おうとしたんだろうか?
「次のシーン準備!」
「はい!」
そして背中側で幕が閉じたのだろう、生徒たちの慌ただしい声とともに俺は市原を引き離し市原共々、ステージ袖へ。
とりあえずこれで俺らの出番はいったん終了。あとはラストのね、姫を助けに来るシーンまで待機なのだ。
ふぅ。ひと段落。
ちなみにマントのおかげで市原が抱き着いていたのに気付いた生徒がいなかったのか、特に誰も何も言わなかったけど、次のシーンから出ずっぱりになる谷本が何故かやたらと緊張した表情を浮かべていた。
「谷本どうした?」
「あ、いや、その……同中だった今けっこういい感じの子が来てるの気づいちゃって……やばい、どうしよ先生! 緊張してきた!」
「おいおい、落ち着けって。カッコいいとこ見せる以外ねーだろそれ?」
「いや、そうなんすけど……」
「次のシーンいきます!」
「ああ! 始まっちゃう!」
「いいから落ち着け、大丈夫。お前はやればできる。カッコいいとこ見せてやれって」
「が、頑張ります……!」
おいおい主役大丈夫かよと思うような様子だが、時間は待ってくれるはずがない。
俺は軽くバンっと背中を叩いて谷本を送り出したけど、なんというか、不安だな。
「谷本くん大丈夫かな……」
「まぁ、信じるしかないだろ」
俺と谷本の会話を聞いていた市原も少し不安そうな表情を浮かべていたが、今はね、ほんと信じるしかないのだから。
「何かあれば、今度は十河がアドリブで乗り切ってくれるんじゃないか?」
「そっか、菜々花ちゃんなら安心だね!」
うん、きっと午前中見たならもう十河の保護者も帰っただろうし、きっと今回は大丈夫だろう。
再び幕が開き、魔王の城目指して旅をするシーンを演じる生徒たちを見守りつつ、俺は心の中で「頑張れ」と何回も唱えるのだった。
「ラストシーン準備おっけ!」
「頑張ろうね!」
「なんかあったらあたしに任せて!」
「おう。谷本も、最後なんだ。気合いれていけよ?」
「う、うす……!」
そして舞台も進み、いよいよラスト。魔王の城にて姫を救うべく、騎士一行が魔王と対峙するシーン。
結局緊張を隠し切れなかった谷本は、中盤のシーンで何回かセリフを飛ばし、その度に十河が代わりにセリフを言ったり、アドリブをいれたりしながらここまで辿り着いたのだ。
普段はお調子者の谷本がこうなるなんてちょっと予想外だったけど、誰かがダメなら他の奴がなんとかすればいい、見事な互助の精神だった。
自分がうまく出来ている自信があるのだろう。午前とは打って変わってノリノリの十河。
こうなってくると、どっちが主役かちょっと分かんないレベルだな。
「じゃ、笑って終われるよう、いこうぜ」
「うん!」
「がんばろ!」
本来なら谷本がまとめるべきところだが、本人ががたがたなので代わりに俺がみんなに声をかけ、俺たちはラストシーンの立ち位置へ。
「幕開けます!」
そしてその合図とともに、ラストシーンの幕が開く。
「ま、魔王! 姫を返してもらうぞ!」
「覚悟しろ!」
緊張に声を裏返しながらも、谷本のセリフに十河が続く。
騎士一行が構えた剣は、全てが俺に向いている、緊迫のシーンだ。
客席の方々も、きっと固唾を飲んで舞台に視線を送っているに違いない。
「脆弱な人間風情が、俺に勝てると思っているのか?」
そして騎士たちに言葉を返す俺のセリフの後に、何故か生まれた僅かな間。
「ここでお前を倒して、世界に平和を取り戻すんだ!」
その間に気づいた十河が、谷本に代わってセリフを言う。
いや、そこお前が言ったら主役どっちかわかんねーけど、まぁしょうがないか!
「出来るものならやってみろ!」
そして始まる殺陣のシーン。
こうなってくるとね、谷本の動きがちょっと怖いけど、右から来る剣を左手で止めつつ、俺も右手に持つ剣で騎士一行の従者を切ったりと、予定通りの殺陣を演じることに成功。
しかし谷本め、本気で振りすぎだろ……あぶねぇな……!
安っぽいプラスチックの剣だって、本気で叩けば棍棒と同じなんだからな?
だがそれが予想以上の迫力を与えたのか、客席からも歓声があがったようだった。
結果オーライって、こういうことなんだろうな。
「お、俺たちは平和を乱すお前なんか負けやしない!」
「そうだ! 魔族に家族を殺された私の怒り! 受けて見ろ!!」
「甘い!」
そしていったんの間合いを取って、1回目のシーンで倒れなかった
ここが正直一番右足に負担があるし、谷本の剣とかちょっと怖いけど、もうこうなったら勢いだな!
正面から切りかかってくる従者の剣を後方に跳躍し避ける俺。
さらに続いて来る騎士の剣を防ぎつつ、翻した剣を振るい、俺は騎士を後退させる。
そこに切り込んでくる従者と右、左、右と切り合いをし、俺が後方に一度引く予定だったのだが。
「っ!」
ズキッと傷んだ右足に、俺は即座に引くことが出来ず。
でもね、痛みに負けたりとか、今は出来ないからね!
「お願い! もうやめて!」
俺の動きが台本と違ったからか、そこで
そのセリフで一瞬間を作ろうとか、そういう意図なんだろうか。
でもナイス!
と思ったんだけど。
「うおおおお!!」
市原の意図が伝わらなかったか、俺に向かって全力で突っ込んでくる騎士。
もはや演技なのか本気なのか分からないくらいの迫真の表情は、鬼気迫るものを感じた。
なるほど、ここで気になってる子にいいとこ見せようってことね!
本当ならまた俺が避ける番だけど、ちょっと後ろにジャンプするのも怖いし、ここは防いで、次の切り合いで負けてやるか。
殺陣のシーンのアドリブとかね、よく考えれば危険極まりないんだけど、先ほどの痛みの余波を受ける俺の脳が、そんな判断を下す。
そして騎士が振るってきた頭部を狙った横なぎの一閃を、俺は縦に構えた剣で防ごうとしたのだが。
「あ!」
「え!?」
騎士の剣を面で受けた俺の剣が、ベコッと何とも情けない音とともに折れるのが、まるでスローモーションのようにはっきりと視認できた。
俺の
なんてね。なんで一瞬の間だったのに、そんな冷静に思えたのか不思議でならないけど。
ほぼ同時に耳に入った、市原やら客席やらの心配そうな声とともに。
俺の剣を折った谷本の気合の入った一撃は勢いを止めることなく。
魔王を倒さんと放たれた騎士の一撃は、見事なまでに俺の側頭部に直撃したのだった。
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以下
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ハロウィン前日(投稿2020/10/30)、内部日付違うけど、みんなコスプレしております。
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。
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