第233話 開演の時、迫る
9月12日、土曜日、午前7時。
さて、じゃあ行きますか。
ついに迎えた文化祭二日目、一般公開の日。
年に1度の多くの人々が学校に訪れる、文字通りのお祭りだ。
右足のテーピングはかなりしっかり巻いたし、これならきっと大丈夫だろう。
ちょっと歩きにくいけど、あとは気持ちでカバーだしな。
そんなことを考えながら靴を履き、家を出ようとしたところで。
「っと」
スマホを忘れたことに気づき、一度部屋に戻る俺。
忘れても問題ない日もあるけど、今日はどんな連絡が来るか分からないし、念のために、ね。
と、テーブルの上のスマホを確保したところで、誰かから連絡が来ていることに気づく。
えーっと。
里見菜月>北条倫『おはよ。文化祭頑張ってね。終わったらお家で待ってる』6:58
安定の愛しき人からの連絡に、朝からかなり元気が出る俺。
いやぁ、さすがマメだなぁ、こういうところ。
でもだいは今日休みのはずなのに、早起きだなー。
っと、もう1件は、誰だ?
神宮寺優姫>北条倫『おはようございます。今日は文化祭なんですよね?頑張ってください』6:58
神宮寺優姫>北条倫『明日お話聞かせてくださいね』6:58
ゆきむらも覚えててくれたのか、いい子だなぁ。
って、すげえな、受信時間一緒じゃん。
なんという奇跡。こんなの滅多にないだろうし、いいことがある予兆かもな。
と、今日の発表がうまくいくよう、俺はなるべく物事を前向きに考えるように努めつつ、土曜の朝の比較的空いた道を歩きながら、我が勤務地、都立星見台高校へと向かうのだった。
8時35分。
「おはよーっす」
「倫ちゃんおはよっ」
「おはよーございます!」
俺が教室に入ると、まだ着替え前ながら気合十分という生徒たちが既に揃っていた。
今日も市原は朝から元気いっぱい。うん、安定してるなぁ。
「おー、女子たちみんな気合入ってんなー」
そんな生徒たちを眺めて気づくことが一つ。
昨日もけっこうみんな気合入ったメイクだったけど、今日はそれ以上。目の周りキラキラな感じの子もけっこういるし、舞台上がるときもそのまんまでいくんだろうか。疑問です。
「みんなイメトレはばっちりか?」
だがまぁ、みんな楽しもうって気持ちなんだろう。
今日は特別なハレの日だからな。変に釘を刺したりなんかしない。
そう思って俺が笑ってみんなに声をかけると。
「ばっちりだよっ!」
真っ先に返事を返す市原さん。
その元気さにみんなお前が言うのかよ的な空気で笑ってたけど、うん。なんかいい感じだな。
「1回みんなで練習しましょ!」
「やるかー」
「おっけー」
そんないい雰囲気の中で谷本が明るくみんなに声をかけると、みんなもそれに了解。
俺たちの午前の発表は10時半で、午後の発表は14時半。
文化祭自体は10時に始まるので、それまではまだ少し時間あるしな。
「そうすっか。じゃあ1回練習やって、本番の準備に入るとするか」
ということで、昨日はぐだぐだになったクラスだったが、それを引きずらずに切り替えたみんなを心の中で称賛しつつ、俺たちは2時間後の舞台に向けて練習やら準備やらを始めるのだった。
「よし、これでおっけ!」
「十河さん手際いいねー」
「私人にメイクするのは自信ないな~……」
「ん~、これはお絵かきみたいなもんだし?」
「いや、人の顔に対して言うことかそれ」
そして間もなく10時。文化祭スタートの数分前。
きっと今頃は校門前には来場客がたまり、受付や警備の先生と生徒も少し緊張気味だと思われる頃、俺は女子たちの視線を浴びながら、じっと耐える時間を終えていた。
「SNSで昨日の倫ちゃんの写真上げてる子多かったよっ」
「うんうん。そらちゃんと倫ちゃんの写真上げてる子いっぱいいた!」
「おいおい肖像権肖像権」
いや、まぁそんな言葉で現役高校生のSNSを止められるとは思わないけど、ほんとすぐ画像拡散されるからなぁ、恐ろしいもんだよ今の時代は。
「昨日舞台観に来なかった子とか先輩とかでも今日は観る! って言ってる人も多かったよー」
「そっか、先輩たちは去年倫ちゃんの授業受けてるから、倫ちゃんのこと知ってるもんね」
「先輩たち来ると思うとちょっと緊張するなぁ」
「今日は前列が一般客ゾーンだから、見えないだろたぶん」
そんな誰が観に来るかトークを聞いていた俺は、緊張をほぐすためにそう説明したんだけど、これつまりあれだよね。
うちのクラスの生徒の保護者は、近くに来る可能性大ってことだよね。
うん、俺はそれの方が緊張するわ。
と、そんな話をしていると。
『おはようございます! 文化祭実行委員長の高岸です! 午前10時になりました!
時計を見れば10時ジャスト。
教室のスピーカーから、文化祭実行委員長の3年生からおふざけ気分満載な放送が入り、いよいよ文化祭2日目、そして最終日がスタートする。
3年生からすれば高校最後の文化祭だしね、きっと気合入ってるんだろうなぁ。
調理系の出し物の大和とかも昨日はかなり疲れた様子だったし、調理は売り切れまでずっと目が離せない感じあるからなー。大変そうだ。
もちろん俺らもね、頑張るのは同じだけどね。
「じゃ、役者組は体育館移動しよ! で、宣伝組は校内へのアピールよろしく!」
「おっけ!」
「がんばろー!」
そして谷本の指示に従い、俺たちも移動を開始。
すでに全員衣装に着替えてるから、これが一番の宣伝になると思うんだけど。
あ、ちなみに何故か移動の際、俺だけ仮面をつけさせられてます。
生徒たち曰く、まさか先生も出るとは思うまい、というサプライズのためとか言ってたけど、既にSNSで情報回ってんだよな……?
そして銀色の無表情みたいな仮面つけさせられる人の気持ちも、是非考えてもらいたいものです。
しかもあんまり周り見えないし。
まぁ生徒の発案だからね、今日は従うんだけどさ。
と、出演するクラスの約半数に導かれながら、周囲のざわつきやシャッター音を聞きつつ、俺たちは廊下を進んでいく。
ざわつきの中で一番聞こえてくるのはあれだね、「市原可愛い」っていう声だね。
俺と違ってあえて市原は見せることで、集客率をあげようとか、そんなことなんだろうな。
……集めすぎてぐだったら目も当てられないけど、誰も何も言わないってことは、今日は自信あるのかな……?
いや、何も考えてない気がしなくもないけど。
そんなことを考えながら俺たちは体育館フロアに到着。
「あ、倫ちゃん段差だよー」
「ん、おお。さんきゅ」
「あれ、それ倫くんなのー?」
「あ、恵理華ちゃんおはよ!」
「そらおはよー」
そして体育館フロアの入口に着くや、聞き馴染みのある声が聞こえた。
ここまで俺の前を歩いてくれた市原の反応や「倫くん」という呼び名を聞く、笹戸先生か。
しかしほんと、恵理華ちゃんとそらって呼び合ってる声だけ聞いたら、普通の友達みたいだなこいつら。
「倫くんちょっと来てー」
「なんすか?」
仮面のせいであまり視界が開けていないのでどこにいるのかよくわかんなかったが、笹戸先生が俺の袖を引いた方向に俺も合わせて移動する。
そして少しだけ生徒から離れたところで。
「足大丈夫?」
昨日の今日だからか、そんな心配の声が耳打ちされる。
生徒達には聞こえないようにという配慮、ありがたいね。
「大丈夫っすよ。けっこうきつく巻いてきたんで」
「んー、きつすぎてもそれはそれで大変そうだけど、もし痛んだらアイシング職員室に運んどいたから、使ってね」
「マジ? あざす」
さらにそんな配慮まで。
いやぁ、何だかんだ普段は自由な人だけど、頼りなるとこもあるな、笹戸先生。
そんな彼女に俺を小さくお礼を言いつつ、体育館の入口で待っていてくれた市原と合流し、先に体育館のステージ脇の待機ゾーンへ移動したみんなを追う。
「恵理華ちゃんなんだってー?」
「高校生と一緒にやってるからって、身体はおじさんなんだから無理すんなよ、ってさ」
「えー、倫ちゃんまだまだおじさんじゃないよー」
「それはどうだろうな」
とまぁ、正直なことを言うほど俺も馬鹿じゃないので、適当な嘘をつきつつ市原と歩く俺。
でもほんと、今日だけはなんとかやり切らないと。
ま、なんとかなるだろう。
俺は既に客席に待機している保護者っぽい人たちを前に少しだけ緊張を覚えつつ、あと25分ほどで迎える開演に向け、俺は出演する生徒たちともに、気持ちを作るのだった。
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以下
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このくらいの文字数、久々ですね……!
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。
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