第230話 空回りするやる気

 9月10日、木曜日。文化祭本番前日。


「市原さんまたセリフ間違えたよー」

「あう……ごめんなさい」


 今日は文化祭前日ということもあり、1限から終日文化祭準備。

 午前中はクラスの全員で内装の小物やら背景に使う絵をベニヤ板に描いたりとか、そういう準備をして過ごし、そして今は体育館ステージの練習に割り当ての時間になったため、出演する生徒たちと共に俺は内装準備をそちらの担当リーダーの生徒に任せ、体育館へとやってきた。


 そして今週頭からちょっとずつ練習を重ね、演技はまだまだながらとりあえずセリフは覚えてきた生徒も多い中、まだまだセリフ覚えに苦戦する生徒が一人、という状況が、今。


「細かいとこはアドリブでやってもいいからねー」


 とりあえず通しでやろうということで、俺たちは台本を考えた生徒、山中やまなかの指示で練習を開始。

 しかし今のがTake3なんだけど、開始の開始、姫と騎士の会話のシーンから既に先に進まない。

 市原魔王に攫われて物語はスタートだというのに、攫われるまでもいかないのである。


 ミスを連発する市原にさすがに苦笑いを浮かべながら山中が救いの手を差し伸べるが――。


「え、ええと、アドリブって何?」


 当の本人がこれだからな。

 申し訳なさそうな顔を浮かべる市原だから、みんなもあまり強くは言えないようだが、頭の方の残念さにさすがに全員苦笑いのようだだ。


「えーっと、その場の流れで、それっぽいセリフだったらOKってこと!」

「わ、わかった! 流れだね!」


 分かりやすい説明をもらって、ステージ上で市原が「よし!」と意気込む。

 しかし、山中も普通の男子だからなー……基本的に市原には甘いなー。


「じゃあもっかいやってみよ!」

「任せろ!」


 そして始まるTake4。


 場面は恋仲にある騎士と姫の会話から。

 本番はちゃんと衣装着るみたいだけど、今日はまだ制服だから、背景もなんもない状態だとただただ男女の高校生がいるだけにしか見えないんだけどね。


「姫! 最近魔王が復活したという噂ですが、お聞きしましたか?」

「えっ! ま、魔王が復活したですって!? ど、どうしよう」

「ご安心ください! 何があっても、私が姫をお守りしますから!」

「あ、あああありがとう!?」


 あー……。


「い、いったん止めよっか……!」


 ステージ脇で眺める俺が二人、というか市原の演技を見て額に手を当てるのと、ストップがかかったのはほぼ同時だった。

 細かいセリフはアドリブで、ってことだからまぁセリフは置いておくにしても、たったこの2フレーズでも間違えてるからな、こいつ。

 その上緊張か何か知らんが噛み噛みだし。


「市原さん、もうちょっと感情とか込めれるかな……?」

「え、あ、ええと、こもって、なかった?」

「そ、そうだね……。一応騎士役の谷本たにもとくんとは恋人同士っていう設定だから、手を握られてすぐ離すのもだめだし、声裏返るのは、さすがに……」

「あ、あああごめんね!」


 そう、セリフだけならまだしもね。

 今はステージ上の練習だから、ちゃんと動きを付けてやろうとした騎士役のクラス委員長でもある谷本は悪くない。

 恋人役だってのはずっと説明してたんだけどなぁ……。


 ちなみに今は、谷本が「お守りしますから!」の言葉のあと市原の手を取ろうとして、市原が驚いてばっと手を引いてしまったのだ。

 

 まぁ、高校生の男女で手を繋ぐとか、恥ずかしいのかもしんないけどさ。


「で、でもその、私別に谷本くんのこと好きじゃないから、びっくりしちゃった……」

「えっ!? そんなドストレートに!?」

「あ、嫌いってことじゃないよ!?」

「追い打ちだー!」

「谷本どんまい!!」


 そして悪意のない天然なのだろうが、市原の好きじゃない発言に大げさに嘆いて見せる谷本に、それを囃し立てる他の男子たち。

 ここらへんは谷本が大人だからか、市原の言葉に本気で落ち込んでないのは分かるけど……ちょっとみんな緊張感が足りねーなー……。


「とりあえず次のシーンいったらー?」

「時間もいっぱいあるわけじゃないしさー」

「そらはあとで練習ね!」


 そんな男子たちの様子に呆れた様子で、ステージ下から十河を含め出番が先の女子生徒たちからの声が上がる。

 たしかに1時間しかない練習時間の内、もう15分が経ってるし、そうするしかあるまい。


 しかしほんと「ちょっと男子ちゃんとやってよ!」的な展開ってのはいつの時代も一緒かなぁ……。

 俺が中学生の頃の合唱コンクールの練習もこんな感じなってたっけなぁ。


「女子の言う通りだな。山中、とりあえず先に進めよう。俺の出番のとこも後回しでいいから、姫が攫われた後のシーンからやろう」


 女子たちの発言を受け、俺もステージ脇から指示を出す。


「あ、そっすね! じゃあScene3からやろう!」


 俺の指示に従い、山中が全体へ指示を出し、結局俺は出番なく一度ステージ下へ。


「市原ちょっとこい」

「え、あ、うん」


 そして俺同様終盤まで出番がない市原をみんなから離れたところに呼び出す。

 ステージ上では他の出演者たちよる魔王の城に行く道中の練習が続くが、とりあえず俺はこのままだとまずい市原に指導をすることに。


 ちなみに市原って呼んだけど、基本クラスの奴らは名字呼びだから、部活の時以外は「そら」とは呼んでません。

 本人は不服な感じもあったけど、一人だけ特別扱いはできないからね、ここは譲れません。


「セリフ覚えるのは苦手か?」

「うーん、そうみたい……です」

「さっき山中も言ってたけど、だいたいのニュアンスが同じならいいんだって。話の流れは、わかってるよな?」

「それは分かってる、つもりだけど……。でもさ、倫ちゃんが私を攫ってくれるって思ったら、怖いとか思わないんだもん……」

「いや、俺に攫われるって考えがまず間違ってるから……」


 目の前で可愛い困り顔を見せる市原に、俺は思わずため息をつく。

 こいつはあれだな、作品に感情移入とか、苦手なタイプなのかな。


「みんなで作り上げる舞台をさ、いいものしたいとは思うだろ?」

「それはもちろん! 大事な役を任されてるんだから、気持ちはあるよ!」

「うんうん、それはいいことだ。その気持ちをさ、舞台に出すためには、市原そらじゃなく、姫になり切らないと」

「……うん、そうだよね」

「俺も舞台の上では先生じゃなく、魔王なんだしさ。生徒と先生じゃなく、舞台の上では姫と魔王。いいか、そう思い込めよ?」

「生徒と先生じゃなく、姫と魔王……」

「そう。お前は姫。はい、リピートして」

「お前は姫」

「なんでだよ!? 姫はお前な、自分な?」

「あ、そういうことかっ。うん、私は姫、私は姫、私は姫……」

「そう、しっかり頭に入れとけよ?」


 そう言ってぽんと市原の肩を叩くと、市原も「うん」と頷いてくれた。

 技術的な指導とかは俺だってよく分かんないので、精神論的にこんな指導しかできないけど、とりあえず市原の表情が真面目になってきたのでよしとしよう。


 そして再びステージの方に目を向けると、ステージ上ではシーンが進んでいて、市原以外はセリフに感情がこもってるかどうかは別として、みんな流れはちゃんと分かって演技をしているのが見えた。

 十河なんかも2年になってから欠席が多かったけれど、今週の復帰からはちゃんとみんなの輪に入って練習できるし、安心安心。


 舞台で使う小物とか背景とか含めて、プロの劇団とかと比べたら月とスッポン、天と地だろうけど、ステージ上でああだこうだ言いながらやってる奴らも、教室で色々と作ってる奴らも楽しそうだったし、なんとかいい舞台にしたい、改めてそう思うね。




「じゃ、ラストシーン!」


 練習開始から45分、俺と市原は再びステージの上へ。

 場面としては、魔王の城に苦難の末辿り着いた騎士一行が、俺との最後の戦いに挑み俺を倒し姫を救ってハッピーエンドという場面。

 なんちゃって殺陣シーンがあるからな、怪我とかは気を付けないと。するより、されるのが怖いし。

 いや、俺も右足はちょっとまだ怖いけどね。


「魔王! 姫を返してもらいにきたぞ!!」

「覚悟しろ!」


 そして舞台上で、市原を後ろに置き、俺は向かってくる4人の生徒と対峙した。

 さすが主役級を演じる生徒だけあり、騎士の谷本も従者を演じる十河も、感情のこもったセリフとともにやる気を伝えてくる。


「脆弱な人間風情が、俺に勝てると思っているのか?」


 それに対して俺は見下すような目線を見せつつ、出来る限りの余裕のあるような、悪役っぽい声に努める。

 初日こそ迫力がないとか色々言われたけど、密かにそれが癪だったのでね、昨日だいとご飯行ったあと、だいの家でけっこうな練習を詰んだのだ。

 意外にもだいが指導にノリノリで「そんなダメよ」とか「声が大きければいいってもんじゃないの」とか、マジでスパルタ指導だったからな。

 おかげで、今はね、割といい感じだと自分でも思うよ。


 昨日の放課後までとは全然違う俺の発生に、ステージ下で眺めていた山中たちなんかもちょっと驚いたようである。


「ここでお前を倒して、世界に平和を取り戻すんだ!」

「出来るものならやってみろ!」


 今日は武器とかの小道具がないので、殺陣のシーンは動きだけだけど、俺の言葉をきっかけに生徒たちと武器を持っているつもりで演技を開始。

 この辺はね、教室でも何回もやってるから余裕余裕……っと。


「あっ!」

「ああっ! ごめんなさい!」

「ここ間違えるとあぶねーぞ」


 生徒たちと入り乱れる動きの中、十河が左右のステップを間違えて俺と衝突。

 バランスを崩しそうになった十河が倒れないように俺が腕を回して支えたところで、背後から市原の声が響く。


 このシーンは舞台の最後の見せ場だから、山中をはじめ男子諸君がああでもないこうでもないで考えた力の入ったシーン。そのためけっこう動きが複雑だからか、十河は間違えてしまったみたいだな。


「倫ちゃんごめんね、ありがと!」

「気をつけろよ」

「……いいなぁ」


 態勢を崩したまま、俺に支えられる十河が照れ笑いを浮かべながら謝ってくると、またしても背後から小さな囁きが聞こえる。

 心の声なんだろうけど、漏れてるからな市原よ。

 

「今のシーンもう1回いきましょう!」

「おっけ!」


 そしていったん止まったシーンを再開するべくステージ下から山中の指示が届く。

 一番元気よく返事をする谷本は、ほんと頼りなるなぁ。お調子者だけど、やっぱさすが委員長ってことか。


「次は気をつけろよ?」

「うん、気を付ける!」


 パッと俺の腕から離れた十河に一声かけると、元気のいい返事が返って来た。

 これなら次は大丈夫そう、かな?


「先生のセリフからお願いします!」

「おっけい。じゃあ、改めて。……出来るものならやってみろ!」


 再び生徒たちと距離を取り、気を取り直して表情と気持ちを作る俺のセリフからシーン再開。

 順調に動きの確認が進んだ、と思ったのだが。


「谷本くん早い!」

「うわっ!?」

「あぶね!!」


 今度は十河の動きのあとに動くはずの谷本が早く動きすぎたせいで二人が衝突。そしてバランスを崩した十河が転倒しかけたところを、寸での所で俺が一歩右足で踏み込んで腕を回して転倒を防ぐ。

 一瞬右足に違和感があった気がしたけど、今はそれどころじゃなかったな!


「ご、ごめんね、ありがと……」

「教室だとちゃんとやれてたんだから、落ち着いてやれって」

「うん、ごめん」

 

 俺の身のこなしに生徒たちから密かに歓声の声が上がったりするが、当の十河はミスが恥ずかしかったのか顔を赤らめて俺に謝ってきた。

 いや、別に本番で成功すりゃいいんだから、練習はね、怪我しなければいいんだけどね。


 だが。


「菜々花ちゃんずるい! ちゃんと気を付けてよ!」


 どんな感情が炸裂したのか、後方から市原の声が響く。


「いや、ずるいって何だ――」

「は? セリフも覚えらんない人に言われたくないんですけど?」


 そんな市原に呆れた声で反応した俺の声をかき消すように、俺の腕の支えから立ち上がった十河が声をあげた市原に詰め寄る。


「ずるいって何? 私は文化祭成功させたいだけなんだけど」

「でも倫ちゃんとくっついてばっかでずるい!」

「落ち着けい――」

「今のは私がミスしたわけじゃないし。倫ちゃんは私が転びそうだから助けてくれただけじゃん」


 そして俺の言葉を遮るように、詰め寄った十河と市原が睨み合う。

 明らかに表情を出して悔しさというか、怒ってる空気を出す市原に対し、十河は冷たい無表情。


 まるでバチバチと二人の間に火花が見えそうな空気に、体育館内を静寂が包み込む。

 特に男子たちなんて、完全にビビってるなこれ。


「私に何か言う暇があったら、ちゃんとセリフ覚えてよ」

「私だって頑張ってるよ!」

「全然伝わってこないんですけど? 可愛いからってちやほやされて、やる気ないなら迷惑なんだけど」


 おそらくぐだぐだな市原へ、積もり積もった感情が爆発してしまったのだろう。

 市原に対して一歩も引かない十河は、迫力があった。


 そしてどうすればいいか困惑する生徒たちから、ちらちらと俺へ視線が送られてくる。

 まぁこうなってしまっては練習どころじゃない。

 大人の出番だな。


「言い合うのもそこまでにしろ。今のは市原の言いがかりだぞ」 


 俺が間に入ったことで睨み合う二人の視線が俺に向くが、俺にも注意されて市原は露骨にショックというか、悲しそうな表情に変化。

 その表情に、少し罪悪感が募ったので。


「でも十河も言い過ぎだぞ? 市原だって自分なりに頑張ろうとしてんだって」


 さっき頑張ろうとしていた姿を見ていたのでね、もちろん市原へのフォローも忘れない。

 分かりやすいやつなだけあり、俺の言葉で一点して市原の表情が嬉しそうなものに変わる。


 しかし。


「倫ちゃんまで市原さんの肩持つの? 他の子に比べて全然出来てないじゃん!」

「肩持つとかそういう話じゃないって」

「だって全然出来てないじゃん!」


 予想以上にヒートアップする十河に、舞台上の生徒も、ステージ下の生徒も困惑してるに違いない。

 これだけ感情を露わにするってことは、それだけ十河は頑張ろうとしてたってことには違いないんだろうけど……。


 ……まずいな。


「そこまでそらに強く言わなくてもよくない?」

「そうじゃん。菜々花ちゃん1学期も先週も全然学校いなかったのに、いきなりきて何なの?」

「でも確かに市原さんちょっと下手すぎっていうか――」

「は?」

「す、すみません……」


 案の定、ステージ下から届く生徒たちの声。

 今体育館にいる女子は舞台に出演する、どちらかと言えば市原と仲が良い元気めな子たちが多いから、市原と十河なら市原の味方が多いだろう。

 1学期から市原は体育祭でも活躍し、何かとクラスを和ませたり笑わせたりしてきたのに対し、十河は休みが多くてクラスでも日陰キャラだったからな。

 気を遣った男子が十河のフォローしようとしたみたいだけど、一太刀で切り捨てられてるし、これでは十河が正論でも分が悪い。


 大人同士ならね、正論が正しいで収めればいいんだけど、高校生だからなぁ。普段の人間関係がこういう場面でも色濃く出て、感情が優先されちゃうんだよな。


「せ、先生どうしよ」


 市原と十河の間に割って入る俺に、谷本から不安そうな声が届く。

 完全に喧嘩ムードだし、うちのクラスでこんな場面初めてだもんな。そりゃ困るよな。


「練習はここまでで切り上げるぞ!」

「え、で、でも――」

「最後のシーンは殺陣が終わったら、あとは大した動きはないだろ? それだけなら教室でも出来るさ。とりあえず今は移動しよう。次のクラスが来る時間も近づいてるし。教室戻って、いったんみんな落ち着こう!」


 俺の指示に困惑したのは台本を考えた山中だが、俺は続けて理由を説明し、全員に移動を促す。

 そして不穏な空気の中、ステージ下の生徒たちが体育館出口へと向かいだす。

 

「ほら、戻るぞ」


 だがまだ何か言いたげな十河は市原を睨んだまま動き出そうとしなかったので、俺は有無を言わさず方向を変えさせ、十河の肩を押し教室に戻るように促す。

それでようやく渋々十河もステージから降りて移動を開始。


「倫ちゃん……」

「お前も戻るぞ」

「でも、私……」

「話は戻ってからだ。そらだって頑張ろうとしてるの、俺は分かってる。とりあえずまずは戻るぞ」

「あ……うん」


 市原の感情を利用するみたいで、ちょっとこれはずるい気もしたけど、他に生徒がいなくなったので、俺はあえて市原を下の名前で呼んだけど、これがどうやら効果てきめん。

 俺が教室に向かって歩き出すと、市原も続いて歩き出す。


 しかし戻ってもまだ空気は悪いだろうなぁ。

 さて、どうするか。


 市原を連れて歩きながら、このあとどうクラスを立て直すか、俺はフル回転で頭を動かし、クラスのみんなに伝える言葉を探すのだった。






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以下作者の声です。

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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。

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