第229話 「善処します」って先に言いたい
9月5日、月曜日、18時半過ぎ。
「あー……疲れた」
「どうした? そんなぐったりして」
ざわめきのホームルームを終え、1日の授業をこなし、放課後の文化祭での演劇練習を終えた俺は、社会科準備室でぐったりと机につっぷしていた。
もう定時を過ぎて1時間半も経っているため、もう残ってるのは俺と大和のみ。
だからまぁ、素を出せる状況ではある。
「演劇って疲れるな……」
「あー、文化祭か。結局2Eはどんな劇やるんだ? 創作演劇って聞いてるけど」
「王道ファンタジーだってさ。魔王に攫われた囚われの姫を救う騎士の物語、らしい」
「ほほう。またえらい小道具とか大変そうなのにしたなー」
「まぁそこらへんは、段ボールと百均で買ったのでどうにかするっぽいよ」
「衣装は?」
「市販のコスプレ衣装探すらしい」
「まぁ、作るなら夏休みから動いてないとだもんなー。しかし「っぽい」だの「らしい」だの、色々後手後手っぽいけど、そのせいで気疲れか?」
「気疲れならまだよかったわ……」
茶化すような口調の大和にあたってもしょうがないのだが、今はとりあえず誰かに愚痴を言いたい気分。
ほんとね、気疲れだけならどれほどよかっただろうか。
というかほんと、俺は監督として見てるだけだと思ったのに。
「え、まさか倫も出るの?」
「そーだよ……」
先週に台本が出来たって報告を受けた時に俺にも配役があるとは聞いていたのだが、まさかの俺の配役は魔王。衝撃すぎる配役だったのだ。
つまり、序盤に姫を攫い、最後に主人公にやられるという役。
舞台の掴みである序盤と、クライマックスである終盤に登場するという手の抜けない配役がまさかの
しかし自分で言うのもなんだが、俺のどこに迫力があるというのか。
そんな自覚は自分でもあったが、先ほどまでの放課後、台本をみんなで読んで少し練習してみようという流れの中で、生徒たちは面白がるように「倫ちゃん迫力が足りないよ」なんて言ってきた。
結果としてそのせいで何度も大声を出す羽目になり、今に至るのである。
こんなことなら木Bとかそんな役がよかったなマジで。いや、そんな役なかったけど。
「いやぁ、青春の1ページを一緒に刻めるなんて、担任冥利じゃんか」
「……他人事だと思いよって」
色々言いたいことはまだある。
攫われる姫役は、結局そこが可愛かったらお客さん納得するんじゃね? という台本を考えた生徒の雑な意見がまさかの満場一致で通り、市原に決まったのだ。
今朝の十河のこともあったせいか、俺に攫われるところの練習なんかノリノリでくっついてきたからな。
お前攫われる側だってわかってんのかよと何回ツッコんだかわかったものではないぞ、まったく。
まぁ、ネタバレだから大和には細かく言えないけどさ……。
「ま、何だかんだ準備と練習が生徒からしたら楽しいもんだろうし、協力してやれよ」
「わかってるっつーの……」
疲労により返事がやさぐれるが、今日ばかりはね、許してほしいところである。
あ、ちなみに大和のクラスはタコ焼き屋をやるらしいよ。
「そういや2学年の会話ちらっと聞こえたけど、十河も今日から来たんだろ?」
「おう。まぁそれはそれでまた、ちょっと面倒だったけどな……」
姫が市原で魔王が俺というのは既定路線だったわけが、それ以外の配役は帰りのホームルームで決めた。結果、主役はクラス委員長の目立ちたがり男子が、その仲間の3人の従者の内一人が十河になった。つまり、終盤のシーンなんかでは二人が同時に出演する状況になるのである。
それもあってかね、台本読みでセリフ合わせした時に、妙に十河が張り切り、それに市原が対抗するという不毛な一幕もあったのだ。
結果だけ見れば、朝の十河の行動により、謎にライバル意識を持った市原に振り回される練習初日だった感じである。
あ、ちなみに演じるのは生徒の約半分で、残りの半分が小道具作りや宣伝、音響等を担当することになっているぞ。
どうしても人前に出たがらない子っているからね、そういう配慮らしい。
「でも来てくれたならよかっただろ」
「まぁ、そうだけどさ」
「じゃあ、この前の飲み代3千円ってことで」
「じゃあって、何だそのタイミング。まぁ払うけどさ」
と、毒を吐きつつも、こうやって大和に愚痴れたので、少しだけ元気が出た気はする。
ということで、大和の言葉に従い財布からお金を取り出して大和に渡しに行く俺。
「まいどー」
「そういやあの後は、平穏無事に終わったのか?」
「あー、島田さんがちょっと荒れてたのと、宮ちゃんがやけ酒し始めたくらいかな」
「わーお……それはなかなか、ハードだったな」
「まぁでもそんくらいだよ。あとは笹戸さんが起きてから、だい見たかったーって言ってたくらいかな」
「ほうほう」
……うん、帰ってよかった展開だな。
いつかだいも参加することがあれば、メンバーは見計らうようにしよう。
「倫はあのあと、ちゃんと二人の時間大切にできたか?」
「……なんかその見透かした感じ、むかつくな……」
お金を渡しに大和のそばまで行ったため、顔が見える位置に移動した結果、俺は大和のにやにやした顔を見る羽目に。
結果的に、会えてよかったなとは思ったけどさ……!
「人の彼女勝手に呼ぶなよ。ったく」
「いやぁ、応援したいだけだって俺は」
「よく言うぜ……」
「でもほんと、だいは倫のこと好きなんだろうなぁ」
「いや、そう言われると恥ずかしいんだけど」」
「色々ぴょんのこと相談乗ってもらう度に倫のことも聞かれたりするからさ。ほんといつでも会いたいって思ってるんだなーって、文字だけでも伝わってくるぞ」
「ほう……」
「大事にしてやれよ?」
「分かってるし、大事にしてるよ……でももっかい言うけど、もうああいうのやめろよ?」
「はいはい、悪かったって」
俺が疲れた顔で注意するや、悪びれた表情も見せずに笑う大和。
俺のことはいいから、自分が幸せになってくれる方が俺は嬉しいんだけどなぁ。
「むしろ大和は自分のことに集中しろよ」
「大丈夫。そこは別腹、ちゃんと考えてっから」
「ならいいけど……」
13日はぴょんと二人じゃなくみんなで会うことになって、二人でのデートはまたの機会になってしまったわけだし。
……いや、俺があれこれ考えるのはお節介だけどさ。
「ま、文化祭まであと1週間。頑張ろうぜ?」
「気が重いけどなー……」
爽やかな笑顔を浮かべる大和とそんな会話をしつつ、俺も大和も帰宅の準備を開始。
今週は土曜の文化祭までの週6勤務だからね、初日からなるべく遅くならないように俺たちは久々に一緒に学校を後にするのだった。
9月8日、火曜日。22時10分頃。
〈Jack〉『おっつかれーーーーwいっちゃんだいぶ動きよくなってきたねーーーーw』
〈Hitotsu〉『い、いえ!ジャックさんの指示のおかげです!』
〈Daikon〉『その調子でいけば、サポーター一人でもいけるかもね』
〈Gen〉『おwだいはスパルタか?w』
〈Pyonkichi〉『じゃあ盾もあーす一人でやってみる日も近いかw』
〈Earth〉『望むところだぜっ☆』
〈Senkan〉『みんな違う武器でキングサウルス戦も面白そうだなw』
〈Zero〉『上手く編成できりゃいいけどな』
〈Soulking〉『わたしはヒーラーがいいなーw他の出すのはちょっとしんどいw』
〈Yume〉『おなじく~。他の武器、ちゃんと鍛えてないし~』
〈Yukimura〉『私は槍でもOKですよ』
火曜日なので今日は活動日。
ということで、最近色々と修行した真実の実力判定も兼ね、今日は安定のメンバー構成でキングサウルス討伐を行った。
残念ながら武器のドロップはなかったわけだが、今回の成果はそこではない。真実に対するジャックの指示が前回よりも少なめになったことが成果なのだ。
その事実に、兄としてもちょっと嬉しかったり。
〈Hitotsu〉『またスキル上げておきますね!』
〈Pyonkichi〉『いっちゃんは真面目だなー。兄に似て本質的にはゲーマーだったかww』
〈Yume〉『お兄ちゃんの域に達するのは大変だよ~?』
〈Pyonkichi〉『うむ。知り合いのレベルも高いからなwww』
〈Zero〉『暗に特定の人物を連想させるのはやめろ』
と、ちょっと喜んでる隙に相変わらずの二人による相変わらずのログが続き、俺は一人ノートPCの画面を見ながらツッコミの
まぁ、これも含めて活動日と諦めてはいるんだけどさ!
あ、ちなみに昨日今日と休みだっただいは、昨日はうちにいたけど、さすがに明日が通常勤務ということで今日はいない。
でも昨日は俺が帰ると夕飯が作ってあったり、お風呂を沸かしてくれたりと、疑似夫婦生活を満喫できた。
俺が働いてる間、連休に真実が来た時用の布団も頼んできたって言ってたし、後日うちに送られてくるらしい。……もちろんその数2セット。だいも泊まる気満々ってことですね。いや、いいんだけどね?
しかしあれだね、一昨日昨日と二日連続でだいがいた家に一人というのは、ちょっと寂しい気もする今だったりはするね。
なんかすっかり、二人でいること俺も慣れたってことなんだろうな。
〈Pyonkichi〉『みんな日曜日の準備は万端か!w』
〈Jack〉『あたしはもう用意したよーーーーw』
〈Daikon〉『私も』
〈Yukimura〉『ジャックさんお早いですね。私はまだ検討中です』
そして気づけば話題が今週末のオフ会でのプレゼントについてへ。
この点に関しては俺はもう用意済みだからちょっと優越感だな。
ちなみにみんなのログを見るに、購入済が俺とだい、ジャック、大和で、まだなのがぴょん、ゆめ、ゆきむららしい。
万端か! とか言っておきつつ自分がまだなのがね、ぴょんらしいったららしいね。
そんな感じで、今日もコンテンツ終了後もだらだらとみんなでの会話が続きそうだったのだが。
〈Soulking〉『じゃあわたしは先に落ちるねー』
〈Zero〉『俺も今日は眠いから寝るわー』
今日の放課後も演劇の練習という普段しないことをしたせいか、今日は正直コンテンツ途中から睡魔との戦いがやばかった。
ということで俺は会話もそこそこに、いつもログアウト一番乗りの嫁キングに合わせて
いかんほんと、あくび止まらんな。
〈Jack〉『おっつかれーーーーw』
〈Yukimura〉『おやすみなさい』
〈Daikon〉『おつかれさま』
〈Gen〉『なんだゼロやん今日は早いな!w』
〈Yume〉『嫁キングおやすみ~。でもゼロやんは珍しいね~』
〈Pyonkichi〉『おつおつ!いつも夜更かしっ子のくせに!』
〈Hitotsu〉『おつかれさまです!お兄ちゃんは、お疲れなの?』
〈Earth〉『お疲れ?ゆっくり休んでね☆』
〈Senkan〉『うちの学校文化祭前だからなw色々お疲れみたいだぞw』
嫁キングに対してはみんないつも通りだからか普通に対応するけど、やはり俺が早く落ちるのが珍しいのか、みんなそれぞれに言葉をかけてくる。
とはいえ、普通に心配してくれるのは妹とあーすだけってあたり、俺の扱いとはって思うね……!
〈Pyonkichi〉『なるほど、文化祭かー』
〈Gen〉『さすが高校、青春だなw』
〈Yume〉『この前はだいがいなかったもんね~。今週はゼロやんか~』
〈Yukimura〉『何をやられるんですか?』
〈Zero〉『演劇』
〈Jack〉『おーーーーw文化祭っぽいねーーーーw』
〈Hitotsu〉『え、お兄ちゃん演劇の指導とかできるの?』
〈Pyonkichi〉『演劇指導は大変だぞ!』
〈Gen〉『全くだぞ!w』
〈Daikon〉『義務教育だと、そういう発表会もあるもんね』
〈Zero〉『そこら辺の感覚は生徒任せだよ・・・』
そして話題が俺の文化祭絡みになったせいで、寝ようと思ったのに寝られず、俺は最後の気力を振り絞ってもう少しだけ会話をすることに。
〈Senkan〉『なんでも倫も出演するらしいからなwww』
〈Yume〉『え、担任も出るの~?』
〈Yukimura〉『珍しいような気がしますけど、見てみたい気もしますね』
〈Zero〉『いや、俺も出るのは予想外だったから。しかも今のとこ、グダる未来しか見えないな・・・』
〈Earth〉『でも練習中が一番楽しいよね、そういうの☆』
〈Senkan〉『そうなー祭りは準備が楽しいからなw』
〈Daikon〉『頑張ってね』
〈Zero〉『おう。ということでおやすみ』
文化祭という火種が入ったから、きっとこのあともみんなはそれをテーマに会話が続くのだろう。
どんな会話になるか見届けたい気もするけど、それ以上に睡魔が強い。
ということで俺は名残惜しさを感じつつもログアウトとPCのシャットダウンをし、いそいそとベッドの上へ移動する。
そしてスマホに明日の朝のアラームをセットしようとしたところで。
Prrrr.Prrrr.
あ、やっぱきたか。
「ん~?」
『あ、すごい眠そう』
「そらそうだって、今言ったばっかじゃん」
『お疲れ様。ゆっくり寝てね』
「うん。ありがとな……」
『ううん。声聞けてよかったよ。おやすみなさい』
「うん、おやすみ……」
ものすごく簡単で、短い電話となったが、ログアウト前にだいと話さない日はだいたいこうして電話が来る。
前にそのことについて話した時には、一日の終わりの最後には、俺と話したいからなんて可愛い言葉が返って来たんだよな。
うん、ほんと、愛おしいってこういうことなんだろうな。
明日からもまた頑張ろう。
明日の練習ではこんなことをやって……。
と、考える間もなく、電気を消せばあっという間。
明日からのまた忙しい日々に向けて、俺は疲労と睡魔により眠りの国へと誘われるのだった……Zzz
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
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前話ではカレートークありがとうございました。笑
その後カレー食べに行きました。笑
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。
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