第223話 言葉にすることの大切さ

「よし、じゃあその話をしてみよう」

「うーん……聞いてくれるかな?」

「大丈夫。俺も間に入るからさ」

「うん……わかった」


 話を聞くこと10分ほど、俺は十河から将来の目標についての話を聞きだした。

 それはちゃんと明確な目標で、楽な道ではないだろうけど、本人が強くそれを望むのであれば背中を押してあげたくなるような、真剣な思いを込めた話だった。


 うん、この話を聞けただけでも、今日来た甲斐があったな。


「その目標のために、高校はちゃんと卒業しないとだな」

「うん……分かってる」

「なら、いつまでもゲームやってちゃダメだぞ?」

「そう……だよね」


 そしてその話を聞いたからこそ、やらなきゃいけないこともはっきりしたのだから、俺は十河に笑ってゲーム離れをするように伝えてみた。

 だがまだ少し抵抗というか、名残惜しさを見せる十河。

 まぁね、ここまでほぼ毎日ずっとやってたんだし、気持ちは分からなくはないけど。


 その末路は、必ずしもいいものとは限らないのだ。


「今の生活楽しいかもしれないけどさ、その生活はリアルでの関係を失い兼ねないぞ?」

「え……」

「家族の信用は失うだろうし、友達も失うかもしれない。オンラインゲームは楽しいかもしれないけどさ、リアルでの生活があるから楽しめると思うんだよ。どんなにそこに熱中したとしても、いつか終わりは来るんだし。あの世界はあくまで仮想現実で、本物にはなりえない。もちろんオンラインで出会った人との関係だって大事だけど、リアルの生活が成り立たなくなったら、そもそもログインすることすらままならなくなる。絶対的にバランスは大事だぞ」

「……経験談?」

「……それは秘密」

「……なんか説得力ある気がするんだけど」


 まぁ、LAMMORPGを始めたからこそ昔の彼女と別れて、今の彼女出来た俺ですからね。

 色々あったのさ、うん。

 詳細なんか言わないけど。


「やるべきことは、間違えちゃいけないって」


 もちろんMMO全般を絶対悪だなんて言わないけどな。そこから生まれる出会いもあるのもまた事実だし。

 とはいえ、変な奴もいるからな。

 十河はまだ高校生なんだし、まずはしっかり学校通うことが優先だろう。


「よし、じゃあ話に行くか」

「うん……頑張る」


 そして俺と十河は一度頷き合ってから立ち上がり、リビングに待つ十河のお母さんの所へ移動するのだった。




「お母さん、ちょっと話したいことがある」

「な、なに?」


 十河の部屋を出て再びリビングに戻ると、既に時刻は17時半を過ぎていた。

 勤務時間はもう終了しているわけだが、もちろんここで帰るわけにはいかない。


 お兄さんである宗史くんの姿はないけど、彼は自室で勉強してるか、塾でも行ったのかな?


「菜々花さんのお話、聞いてもらってくれませんか? 彼女なりに、やりたいことがあるみたいですから」

「え?」


 緊張した面持ちの親子を前に、俺も少し緊張する。

 もし、十河が上手く話せなかったらもあるし、何よりお母さんが彼女の話を遮ってしまわないか、話の途中で何言ってるのと切り捨てないか、そちらの不安が大きい。

 実際、子どもよりも大人の方が自分を変えられないものだから。

 まして自分の子に自分の考えを否定されるとなれば、相応のストレスがかかるだろうし。

 

 でも、やるしかない。


「菜々花さんのお話、最後まで聞いてもらってもいいですか?」

「え、ええ。分かりました……」


 俺に出来るのは場を作るアシストだけ。

 本人がどう伝えるか、親子間ですれ違っている想いを、どう受け止め合うか。


 十河とお母さんが向かい合って座る中、俺は下座に座り、二人の会話を見守ることにした。


「勝手に学校休んでごめんなさい。これは私が悪いから、謝ります」


 そして口火を切ったのはもちろん十河。

 その表情は固く強張っており、さきほどまで俺に見せていた笑顔の欠片もないが、その分彼女が真剣に話そうとしているのが伝わるような、そんな表情だった。

 でもまず謝ったの、立派だぞ!


「学校はちゃんと行く。心配かけてごめんなさい」

「ほんとに? 来週からちゃんと行くのね?」

「うん。行くってば……。でも、お兄ちゃんみたいに大学に進学するかは、約束しない」

「どうして? 今の時代、女も学歴がないといい仕事に就けないのよ? お父さんだって――」


 っと、早くもか!


「お母さん! まずは菜々花さんのお話、最後まで聞いてあげてください」


 十河の話が最後まで出来なかったら意味はない。

 十河のお母さんが途中で話を遮らないように俺がいて正解だったな。


 うん、今の反応に十河もちょっとうんざりしてるみたいだし。

 でもここで諦めたら、そこで試合終了だぞ……!


 俺の言葉にお母さんも吐き出そうとした言葉を飲み込んでくれたみたいで、一安心。


 俺はやる気をなくしかけた十河の目をみて、頷いてみせた。

 それに十河も頷いてくれたから、たぶんまだ大丈夫、だろう。


「それで? どうして大学に行かないの?」

「行かない、とは言ってないよ。大学に進学するかどうか、まだ決めてないだけ」

「どうして?」

「私にはやりたいことがあるから」

「え?」


 要領を得ない十河の言葉にお母さんがまた少しヒートアップしかけたが、負けじと十河は「やりたいことがある」とはっきり言いきってくれた。

 よし、偉いぞ!


「私……その」


 だがここで急に話しづらくなったのか、言い淀む十河。

 それに対しお母さんが怪訝そうな表情を浮かべるも、俺はもう一度、十河に対して頷いてやった。

 

 大丈夫、大丈夫だから。

 そう伝わるように。


「私ね……デザインの勉強がしたいの」


 よし!


「え?」

「グラフィックデザイナーになりたいって思ってる。もちろん、それがお母さんたちが望む安定した仕事じゃないのは分かってる。でも、やりたいの」


 そう、これが先ほど俺が聞いた、十河の将来何になりたいか、の答えだった。

 どうやら彼女の考えは、去年から変わってなかったらしい。

 とはいえ今年の面談で俺にそれを言ってくれなかったのは、久川先生に「厳しい世界だよ」って言われたからだとか。

 だから密かに胸の内に秘めてたみたいだけど、思い起こせば授業中にプリントやノートの余白によく絵を描く子だったし、部屋に飾ってあった絵もね、綺麗に描かれた絵だったが、自分で描いたとのこと。

 その道は俺の専門ではないが、十分に上手いと言える部類だとは思った。


「デザイナー?」

「うん。私、絵を描くのが好きだから」

「……そうね、昔からよく絵を描いてたものね」

「うん。昔はよくお父さんもお母さんも、上手いねって褒めてくれてたもんね」

「あ……」


 その言葉に、お母さんの表情がはっとする。


「お母さんたちが褒めてくれるから、私は絵を描くのが好きになった。将来は画家さんだねって、小さい頃言ってもらったの今でもはっきりと覚えてる。あの頃は私が絵を描くと、お母さんたち喜んでくれたよね」

「……そうね」

「でも、大きくなるにつれて、勉強しなさい、絵ばっかり描いてても何にもならないって、言われるようになっちゃったけどさ」


 沈痛な表情を浮かべる母親に対し、十河は過去を懐かしむように、だが少し寂しそうに笑っていた。

 だがそれも束の間、十河の表情はすぐに真剣な顔つきへと戻る。


「そう言われるようになってからはさ、あたし家では絵を描かなくなったけど、やっぱり私は絵を描くのが好き。お母さん知ってる? あたし去年、うちの学校の文化祭ポスターの絵描いたんだよ?」

「え……」

「知らないよね。お母さんたち見に来なかったもん。あたしも言わなかったし」

「こちらです」


 知ってるか知らなかったなんて、表情を見れば分かる。

 残念な気持ちになりつつも、俺は事前に用意していた、学校のホームページに掲載されている去年の文化祭ポスターの画像を自分のスマホに表示させ、十河のお母さんの前に差し出した。

 下の方には、『表紙絵:1年C組十河菜々花』とはっきりと書いてある。


 その絵をまじまじと眺めるお母さんの方から、ぼそっと「すごい……」と小さな声が聞こえる。


「お母さんたちがどう思おうと、あたし、絵を描くのが、デザインを考えるのが好きなんだ」


 去年の文化祭ポスターには、色彩豊かな背景をバックに、複数の生徒たちが笑い合いながらおもてなしの意を表すような、そんな絵が描かれている。

 もちろん手書きではなく、パソコンのソフトを使って描いたものだろうが、そのクオリティは美大とかデザインの専門学校のパンフレットかと思うほどのクオリティ。

 作り手の楽しそうな気持ちまで伝わってきそうな、俺が作れと言われても一生作れいであろう、活き活きとした作品だった。


「お兄ちゃんのとこの文化祭は見に行ってたし、うちにも来てくれるかも、見てくれたらまた褒めてくれるかもって、去年頑張ったんだよ。……結局見てもらえなかったけど」


 その言葉に、複雑そうな表情を浮かべるお母さん。

 たぶん、高校生になってから十河の本音を聞くのは、初めてなのかもしれないな。


「中学の時あたし成績悪かったけどさ、あたしの描いた絵、賞取ったじゃん? その時お父さんは「勉強も頑張りなさい」って言うだけで、褒めてくれなかった。だから余計勉強する気なくなったんだ」


 一言、すごいね、頑張ったね、って言ってあげるだけでよかったのに。

 それだけで彼女の道は違ったかもしれないのに。

 すれ違った家族の感情は、きっとその頃からどんどん大きくなっていってたんだろうな。


「馬鹿なのはあたしが悪いよ? 成績もよくないし、頭のいい高校にも入れなかった。あたしと比べてお兄ちゃんは頭いいし、要領もいいし、自慢の息子なのかもしれないけど……あたしだって、自分なりに頑張ろうとしたことはあったもん……。だから、少しくらいあたしのこと褒めてくれたってよかったじゃん……っ」


 そしてついに感情が昂ったか、十河の目に涙が滲み始める。

 それは小さな子どものようなわがままかもしれないけれども、ずっと彼女が胸の内に留めていた、言いたくてもずっと我慢していたわがままなのだろう。


 少しでも彼女のことを理解しようとしていたならば、優れた才能を褒めてあげていれば、彼女の自尊心は傷つくこともなく、勉強も含めてより多くのことに努力しようとしていたに違いない。


 もちろん保護者が悪いだけじゃなく、十河だって、もっと早くにやりたいことを伝えてたら、両親の見る目も変わってたのかもしれないけど。


 いずれにせよ、言葉が足りなかったんだよな、この家族は。


「あたしがやりたいことを頑張るのはダメなの!? 言われたこと以外やっちゃダメなの!? ……あたしだって、何も考えてないわけじゃないの……っ」

「菜々花……」

「あたしは自分のやりたいことがある。もしそれがダメって言うなら、自分でお金貯めて、高校出たら家を出る。お母さんたちには迷惑かけないように、一人で生きてくから」


 そして、両頬に涙を伝わせながらも、十河は真っ直ぐにお母さんの目を見つめ、そう言い切った。

 もちろんそれが簡単な生き方じゃないのは本人だって分かっているだろう。

 だが、これが彼女の気持ちなのだ。


 もしこれが届かなかったら……。


 果たして母親は、娘の想いをどう受け止めるだろうか。

 俺も十河と同じく緊張した心地の中、彼女の親として、お母さんはどんなことを言うのか、その言葉を待つのだった。







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以下作者の声です。

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 1話で納めるつもりが長くなりすぎたので、分割しました……!

 後編に続きます!


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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。

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