第222話 大事なのは聞くことなんだよな
「え、なんでうちいんの!?」
まさか担任が家に来てるとは露ほども思っていなかったのだろう、十河は完全にびっくりした表情を浮かべていた。
でも、元気そうには違いない、かな。
しかしこうやって家族といるの見ると、親子だなぁ。
お母さんやお兄さんと似た系統の、整った顔立ちの少女の顔を見て、改めて血縁関係を感じる俺。
俺もよく兄妹似てるって言われて育ったけど、この兄妹も言われてそうだなよなぁ。
「来てくんないからさ、来てやったぞ」
「え、聞いてないんだけど!?」
そう言って不満そうな十河の目線がお母さんに移るが、その視線を受けお母さんが目を逸らす。
どうやら気まずさを強く感じてるのは、お母さんの方みたいだ。
「菜々花が学校に行かないから、北条先生にも心配かけちゃったんだろ? ちゃんと話しなよ」
「……倫ちゃんこっち来て」
「菜々花、その態度は失礼だろ」
「……ちっ」
そしてお母さんの代わりに宗史くんが十河と話すが、十河の目つきは兄である宗史くんに対してもかなり冷たいものだった。
というか、態度に対して言われた後、舌打ちしなかったかこいつ?
「北条先生、あたしの部屋に来てください」
「お、おう。じゃあ、ちょっと話してきますね」
「はい、お願いします」
「お母さんたちは入ってこないでね!」
嫌々というか、渋々俺のことを「北条先生」と呼んで敬語を使った十河だったけど、月見ヶ丘の子からしたら違和感あるみたいだが、星見台だとこの
なんて、今は言いづらいけど。
ということで俺はお母さんと宗史くん二人に一言告げ、十河が向かった部屋へ移動する。
俺が部屋に入ると、十河が力強めにバタンッとドアを閉めた。その感じから家族に対して少しイラっとしているのは、よくわかる。
でも怒ってる姿とか、初めて見たなぁ。
十河の自室は一人部屋で、女の子部屋らしさはあまり感じられない、シンプルな感じの部屋だった。
壁にはいくつか額に入った綺麗な風景画や人物画がかけられているが、室内には漫画ばかりの本棚と、パソコン等が置いてある勉強机、ベッドとベッドの横のサイドテーブルくらい。閉まっているクローゼットの中には色々あるのかもしれないが。
そして俺の目は、机の上をはっきりととらえていた。
「まさか倫ちゃんが家庭訪問してくるなんて思わなかったさー。しかも何それ、足怪我してんの?」
「足は治りかけだから大丈夫。それよりほら、生徒が全然顔見せないんだ。心配だろ」
「えー、何それ? あたし推し?」
「おい。そんなわけあるか」
「だよねー。倫ちゃんには市原さんがいるもんなー」
「いや、それもちげーからな?」
俺が机の上にあったパソコン周辺を見ていた間にベッドに腰かけた十河は、先ほどまでイライラしてたように思えたのに、いつの間にか笑っていた。
いや、発言内容はひどいけどね!
でもその表情に、色々想像していた最悪のケースが消え去っていき改めて安堵する俺。
この表情こそ俺のイメージする十河で、さきほどの家族に対するつんけんした態度の方が俺にとって意外だったのだ。
とりあえず一安心ということで、俺は机の前にある椅子に腰かける。
「いやぁ、でも家族以外を部屋にいれたの初めてだよー」
「それは光栄なこった」
「しかもそれが担任の先生とかねー。え、これはもしや……禁断の関係フラグ?」
「やめい。そんなフラグ立つ要因どこにもねーから」
「えー。よくあるエロ展開じゃん? あ、でもあたし未経験だから優しくしてね?」
「いや、知らねーしそんなイベント発生してねーから! つーか、お前どこでそんなこと覚えてくんだよ……」
「それは秘密ー」
「ったく……心配して来たのに、全然元気じゃねえか……。いや、元気ならまずはよかったけどさ」
「あはは、だから言ったじゃん。行く気がでれば行くつもりだったよって」
こんな会話に十河は目を細めてニッと笑い、対して俺は苦笑い。
なんともしょうもない会話だし、保護者の方々には聞かせらんない内容だが、こういった会話からも彼女の精神状態が平常時であることが確認出来た。
でもこいつ、彼氏とか出来たことないのか。
まぁたしかに学校で男子と二人でいるとかは見たことないし、俺が担任をしてからのこいつは、不登校気味でどこかぼーっとしたような、心ここにあらずな状態が多かったから、みんな話しかけづらかったのかな。
見た目は母親譲りで整っているし、胸の高さくらいまで伸ばしたさらさらストレートの黒髪は綺麗だし、奥二重ながらけっこう大きめの、好奇心に溢れた目も可愛らしい。
よく笑ってノリもよく人懐っこい、それが欠席が増える前の十河のイメージで、まさに今のこの感じ。これをクラスで出せば、男子の何人かはいいなって思ってくれるんじゃないだろうか?
派手さはないけど、もっと化粧とか学んだら、かなり化けそうな素材だと思う。
まぁ、今は関係ない話ですが。
「で、お前が学校来ない理由は、これか?」
密かに十河について脳内分析をしつつも、普通に話せそうだなと確信した俺は話題を本題に変え、机の上にあるパソコンを指さしてみせた。
そう、そこにあるのはパソコンに接続されたヘッドホンと、割とよさげなパソコン用のゲームコントローラー。
そのセットとお母さんの話していた「ヘッドホンをして会話もしてた」って情報から、こいつがやっていたのは何かしらのオンラインゲームが濃厚だろう。
そんな確信めいた感覚を持って聞いた俺に、十河はバツが悪そうに目を細めて苦笑いを浮かべていた。
「いやぁ、お察しの通り」
「オンラインか?」
「いえす」
「ったく、高校生が一日中ゲームするために不登校とは、ちょっといい身分過ぎないかね?」
「いや、あたしだって寝る前は明日は学校行こうって思うんだよ? でもさ、朝は眠いし、起きたら起きたで誰かフレログインしてるかなー、とか。今の時間なら狩場空いてるかなーとか、ちょっとだけ、ちょっとだけって思ううちに、ねぇ?」
「いいか? そういうのを廃人って言うんだぞ?」
「いやいや、あたしなんてまだまだ駆け出しだし、累積1000時間くらいしかやってないし!」
「せ、1000!?」
おいおい、めっちゃやってるやないか!!
……え、俺のLAの累積? 秘密です。
「1000時間ってお前、1か月以上の現実の時間だぞ?」
「え、そんなになるの!?」
「24で割れば日数になるだろって……っていうか、もしかして1学期の頃からずっとそれか?」
「え、あー……うん。あたしもこんなハマると思ってなかったんだけどさー、ゲーム内で友達出来るとさ、楽しくなっちゃって」
「はぁ……だいたいどのゲームの規約にも書いてんだろ、現実を大事にしてくださいって」
「あはは……うん、それは分かってるんだけど、ねぇ?」
笑って誤魔化そうとする十河に対し、俺は大きくため息をついてから指導を開始。
まぁオンラインゲームの中毒性は分かるけど、家族に迷惑かけてまでやるのは、絶対間違ってるからな。
そこのモラルを持つことは、ゲーマーとしての最低限だろう。
そして当たり前のこととして、このままだとよくない的なことを話していると。
「あ、あのさ! GL、『
注意から逃れたかったか、俺の言葉を遮るように十河が話題を変えてきた。
もちろんここで「話を逸らすな」って言うのは簡単だけど、表情的に本人も自分のやってることがまずいってのは自覚もありそうだし、ここは話聞いてるやるか……。
自分の話を聞いてくれない、って思われるのは、得策じゃないしな。
「ん? ああ、今年の春にサービス始まったMMOだろ? 何、それやってんの?」
「あ、知ってるか! さすが倫ちゃん。ゲーマーって噂は伊達じゃないねー」
「いや、やかましいわ」
そしてそんな説教から逃れたいためか、十河が急に自分がやっているであろうゲームのタイトルを教えてくれた。
って、俺がゲーマーって噂なってんのか。いや、まぁそれは一切隠してはないけどさ!
ちなみに『Ghost of Labyrinth』、通称GLはそのタイトル通り、プレイヤーが迷宮に発生したゴーストと呼ばれるモンスターを倒しながら進むという作品で、春先にはけっこう地上波でCMを流していたから、俺もその存在は知っていた。
迷宮攻略中は他のプレイヤーと協力するMMOFPSに、迷宮外の街やフィールドなど、戦闘が発生しないエリアではMMORPGになるという、そんな作品だ。
詳細は知らないが、けっこうバイオレンスでド派手な戦闘が売りで、公式サイトのPVなんかはけっこう迫力があった。
薄暗い迷宮の中を進むと、いきなりリアルにけっこう怖いグラフィックのゴーストがいきなり出てきたりするから、心臓に悪い系のゲームという記憶だな。
もちろんFPS作品としてPvPコンテンツもあり、サービス開始後LAからもそれなりの人数が流れた作品だ。
「GLってリアルタイム連動で出てくるゴースト違ったりしてさー。全ゴースト討伐が今のあたしの目標なんだけど、学校行っちゃうと出会えないレアもいるからさ、それ倒しにいきたいって思うと、学校休まなきゃいけなくなっちゃうんだよねー……」
「いや、休まなきゃいけない、ってことはないだろ。それは決して義務ではないぞ」
「いやぁ、狩猟本能っていうの? そこに敵がいるなら、倒したいじゃん?」
「山みたいに言うなよ……。いやさ、気持ちは分からなくないけどさ、それは自分のこと、自分で責任取れるようになってから許される選択だぞ?」
目をキラキラさせて楽しそうに話す十河から、ほんとにそのゲームが好きなんだなぁという想いが伝わってきたが、その気持ちは分からなくはなくても、俺はそれを認めてやることはできなかった。
彼女の生活は、家族がいてこそのもの。
その家族に心配や迷惑をかけるのは、いかに楽しいからといって認められるものではない。
やるべきことをやって、そこで初めて自由にゲームをする権利を手に入れられるはずなんだから。
……亜衣菜みたいなタイプは、スーパーレアケースなんだよな。
「自分の金で生活できるようになってから、自分の時間を好きにしろよ。お母さんもお兄さんも、心配してんぞ?」
「……心配なんかしてないよ」
「え?」
そして原因が分かったことで、改めてこれから取るべき道を示そうと思った矢先。
十河の表情に、陰が落ちた。
「お母さんもお父さんも、世間体気にしてあたしに大学行って欲しいだけだから。あたしの話なんかちゃんと聞いてくれたことなんかない。あたしがやりたいことも、言いたいことも、全部ちゃんと聞かないで勉強しなさい、お兄ちゃんはちゃんとやってる、そればっか。……ほんとウザい」
あー……なるほどね。
「そうだったのか」
「そうだよ! お兄ちゃんが月見ヶ丘受かった時は喜んでたけど、あたしが星見台に受かった時は「おめでとう」の1つもなかったし。お父さんなんかそんな偏差値低い高校でどうすんだ、だよ? お兄ちゃんは中学の時ずっと成績よかったけど、あたしはそこまでじゃなかったから、ずっと比べられて1回も褒められたこともない。塾行かせてるのに何で出来ないんだって怒られてばっか。やる気なくすっつーの……」
「なるほどね」
なんだ、こうなった理由あったんじゃん。
さっきの家族の前での態度も含め、ここが問題の根っこだな。
この立地のマンションに住めるくらいだし、十河のお父さんもいい会社で働いてるんだろうけど……いやぁ、コミュニケーション不足だな。
「高校入ってもさ、去年は
明日香ちゃん……って、あ、久川先生のことか。
うーん、なるほど。去年担任じゃなかったから気づかなかったけど、笑って過ごしつつも、十河はプレッシャー感じてたわけね。
……これ、久川先生気づいてたのかな。
「あたしだって高卒くらい取らないとダメだってのは分かってる。でも、その先もその先もって色んなこと言われたら、疲れてくるって」
「そりゃそうだよなぁ。自分が頑張ってるつもりなのに認めてもらえなきゃ、心折れるよなぁ」
「うん。……でも、倫ちゃんと三者面談した時、環境変えるか? って言われたのもそれはそれでショックだったんだけどね」
「え、そうなの?」
「うん。あたしの周りの大人たちは、みんなもっと頑張れ、もっともっと頑張れ、って言ってくる人ばっかだったから、なんか頑張らなくてもいいよって言われたの、ちょっとショックだった。……あたしめんどい性格だよね」
そう言ってまた十河が苦笑。
ふむ……いやぁ、難しい年頃だなほんと。
「いやいや。気づかなくてごめんな」
「ううん。でもそういう道を認めてくれる人もいるんだってのは、ショックだったけど、少し嬉しかったのもたしか。……お母さんはダメって言ってたけどね」
「でもあれだな。十河は、期待されるのほんとは嫌いじゃないんだな」
「え?」
「それに応えようとして頑張ろうとしてきたんだもんな。頑張ろうとしてんのに褒めてもらえないのは、それは周りが悪い。そんな気持ちに気づけなかった俺も悪い。ごめんな、そんな風になりながら頑張ってるって気づかなくて」
「え、え? なんで倫ちゃんが謝ってるの?」
「だって俺担任だし」
「え、それはそうだけど……。だってあたし、こんなこと誰にも言ったことないんだよ?」
「言われなくてもさ、生徒が悩んでるなーとか、困ってるなーっての、気づいてあげるべきなのが先生だろ」
「さすがに全部は無理でしょ……」
「無理って思われても、俺はそうできるようになりたいって思って、先生やってるよ」
「……頑張ってんだ」
「当たり前だろ。大人が頑張らないで、どうやって子どもが頑張れるんだよ。俺たちは生徒の見本だぞ?」
「……ゲーマー部分も?」
「おい。そこは今はいいだろ……ったく。俺の理想は、みんなが頑張ってて、それを認め合って、そしてみんなが笑っていられる世界だからな」
「……変な先生だね、倫ちゃん」
話してる途中で顔をあげてくれた十河が、ようやくまた笑ってくれた。
その笑顔は、俺の言葉が少しでも届いたかなって小さな実感を与えてくれる。
俺が話したのは、もちろん俺の本音。俺だって全然まだまだで、出来ないことや分かんないことだらけだけど、それでも生徒一人一人が卒業してからもいい人生を送れるように、それを応援してあげたい。
その応援の仕方は人によって様々だけど、先生って、そういう立場だと思うし。
一緒に悩んで、どの道を進めばいいか一緒に考えて、頑張ったら褒めて、背中を押す。
それが先生という仕事の、俺のやるべきことだと、思う。
そして今十河に足りないのは、一緒に考えてくれる家族の存在なのだろう。
彼女を認めて彼女の話を聞き、兄妹で比べるのではなく、彼女に親の理想を押し付けないで、考えを持った一人の人間として認めてくれる家族の存在。
問題があるのは、こいつだけじゃなかったんだな。
むしろゲームはただの逃げ場にしてただけで、本当は本気で怒って、話を聞いて欲しかっただけなのかもしれない。
腫れもののように家族の中で扱われるうちに、十河もどんどん引っ込みがつかなくなってしまったんだろう。
「十河は将来何がやりたいんだ?」
「え……」
だからこそ、問題解決のために彼女と家族を向き合わせる必要がある。
話を聞いてくれないなら、聞かせるまで。
でもいきなり話しても、上手く言えないかもしれないから。
俺はゆっくりと、十河が何をやりたいか、何のために努力をしたいか、その答えを待つのだった。
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以下
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現代の教育問題です。
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。
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