第220話 プレゼント大作戦

里見菜月>北条倫『遅くなってごめん。今から帰るね』20:16


 お、だいからだ。


北条倫>里見菜月『遅くまでお疲れ様!じゃあ今から向かっておくな』20:17


 だいからの指示通りの買い物と、目的だった買い物を終えた俺は自宅で着替えを済ませ、のんびりとだいからの連絡を待っていた。

 そしてようやくだいも仕事を終えたようなので、俺は再び食材とあるものを持参し、だいの家へ向かうことに。


 ほんと、来週は我が身なわけだけど、この文化祭前ってのはかなり忙しいんだよな。

 生徒主体に色々進めるとはいえ、通常業務を並行しつつ担任として見守り助言する立場もあるし、当日は当日で不測の事態が起きないように気を張る必要もある。

 1年に1度の大イベントだからこそ、意味あるものにしてもらいたいからこそ、大人は大人で気を抜けないのだ。


 ちなみに俺がその頑張りをこの目で見る予定はない。

 生徒同士ならね、友達の学校の文化祭に行ったりもするとこだろうけど、教員同士となるとこちらはオフであちらが勤務中ということになり、変に気を遣わせたくないので、お互いに見に行くのはやめようという話になったのだ。


 ちなみにだいのクラスは昭和レトロを意識した喫茶店を模して、パンケーキを作って売るらしい。

 調理をするとなるときっとだいもそこに加わる時間もあるだろうし、なおさら忙しそうだからね。

 残念ながらだいの文化祭の話は写真と思い出話を聞くだけだ。


 うちの文化祭は金曜の校内発表と土曜の一般公開だけど、だいのとこは土日で両日一般公開みたいだから、7連勤が確定してるし、大変そうだよなぁ……。


 ん? 俺のクラスの文化祭?

 俺のクラスは今年は創作演劇をやる、らしい。

 ……らしいって言うのは、うん。台本を担当する生徒たちが色々ああでもないこうでもないと意見をぶつけあって、まだ途中までしか出来てないから。

 予定だと夏休みには集まって練習しようとか言ってたくせに、何だかんだこうなるんだから、ほんと見通しの甘い奴らだよな。

 間に合いそうになかったら夏休み中に相談の一つでもしてくればよかったのに。


 とはいえこのままだとさすがにまずいので、今週中に台本が出来なかったら担任の独断と好みで『走れメロス』やらせるぞ、とは伝えてある。

 これに発破をかけられて、きっと台本を完成させてくれると信じるばかりなのだ。


 ま、成功するも失敗するも、それはそれで思い出にはなるだろう。

 演劇指導とかやったことないから、とりあえず差し入れとかね、俺の役割はそこらへんかな。


 と、そんなことを考えているうちにだいの家が見えてきた。

 

 そしてそれとほぼ同時に、向かい側から向かってくる女性が漕いでいる一台のチャリ。

 向こうも俺に気づいたであろう、少しの間ハンドルから片手を離し手を振ってくれた。


 うん、ナイスタイミングだな!


「おかえり」

「ただいま。ちょうどよかったねって……え、どうしたのそれ?」


 そして駐輪場に自転車を停めただいが、オートロックの前にいた俺の前で不思議そうな顔を浮かべる。

 まぁ、そりゃ気になるか。


 俺が今持っているのは、だいに頼まれた食材に加え、包装紙にくるまれた80cmほどはある大きな物体。

 これが俺が思いついただいへのプレゼント。

 いやぁ、高円寺から帰る時も、すれ違う人々の視線を集めたってもんだ。


「疲れてそうだなぁって思ったから、プレゼント」

「え?」

「とりあえず、家の中入ってからにしようぜ」

「え、あ、うん。でも今日って何かの日だっけ……?」


 オートロックをいつもの番号で解除し、3階にあるだいの家に向かう途中もだいはちらちらと俺の持つ物体に視線を送ってくる。

 その感じが可愛くて、俺は内心ご満悦。


「別に何かの日じゃなきゃプレゼントしちゃいけない決まりなんてないだろ?」

「え、そ、そうだけど……」

「夕飯作るのも手伝うよ」

「あ、ううん。すぐできるからそれは平気」

「じゃあ、野菜切ったりとかの下ごしらえは俺がやっとくから、とりあえずだいは着替えたり化粧落としたり、ゆっくりしなよ」

「え、でもゼロやんだって足まだ治ってないのに……」

「立って歩いてんだから、もうほぼほぼ大丈夫だろって」


 と、ちょっと困惑気味のだいと話しつつ、家に到着。

 

 靴を脱いで、一緒に手洗いうがいをして、部屋の方で着替えたりしてるだいに代わって、ついに俺はだいの家のキッチンに立つことに成功した。

 たぶん、これもプレゼント効果だな。

 あれによりだいに混乱を与えたことで、俺は「キッチンは戦場」という言葉を言わせずに今に至ったのである。


「これ、開けてもいいの?」

「おう。もちろんだぞ」


 そして部屋の方から聞こえるだいの声に答えつつ、俺はまず玉ねぎからカットを開始。

 久々の作業に涙が出てくるけど、何だかだいの家で料理をしていると思うと楽しくなってくるから不思議である。


「えっ! 可愛い!」


 そして開けていいかの許可から数秒後、だいにしては珍しい、大きな声が聞こえてきた。

 その声に俺は内心でガッツポーズ。

 うん、包丁使ってなかったら、普通にポーズも取ってた気がするな。


「ありがとう。すごい可愛い……」


 よほど嬉しかったのか、俺があげたプレゼントを用途通りに抱えただいが、キッチンに立つ俺の方にやってくる。

 さすがにすぐそばまで来てくれたとなると俺も無視するわけにはいかず、やってきただいに視線を向け――


「……おっつ……!!」


 それ抱いてるお前が可愛いなおい。

 いや、うん。買ってよかった。


 ちょっと手元の集中が途切れそうだったため、俺は一度包丁を置いて俺のそばにやってきただいに向き合った。

 まだ玉ねぎが沁みて涙目だけど、今の俺は間違いなくいい笑顔をしていることだろう。


「気に入った?」

「うん、すごい可愛い……もふもふ……」


 そう言って俺があげたプレゼントを抱きしめ、顔をうずめるだい。

 ああもう、その姿だけで俺も幸せです。


 そう、俺がだいにあげたのはだいが実家で飼っている愛猫、よもぎちゃんと似た色の猫の抱き枕。

 顔はものすごいデフォルメされたゆるい感じだし、胴はバランスを考えたらありえないくらい長くなってるけど、猫好きのだいにとっては当たりだったみたいで、正直俺もホッとした。


 前来た時にね、猫好きって言う割には猫グッズとかないなって思ってたんだよね。

 最近は仕事で疲れるだろうし、せめて家でゆっくり休んで欲しいという俺の願いも込めた、だいへの安眠グッズである。


「ありがとね」


 そして埋めていた顔をあげただいは、上目遣いに俺に視線を送ってくる。

 うん、これは完全に甘えたモードに入ってますね。

 今すぐ抱きしめたい気持ちにさせてくるけど、でもさっきまで玉ねぎ切ってた俺だから、それは我慢。

 買ってあげた抱き枕にいきなり玉ねぎ臭とかつけたら申し訳ないしな!


「喜んでくれたなら何より。まぁでもほら、俺が松葉杖ついてた時はだいがいっぱい支えてくれたしさ。そのお礼も兼ねてね」

「別に、それは好きでやってたんだからいいのに……」

「んー、でも何か感謝を伝えたくてさ」

「……うん。嬉しい」

「うん、よかった」


 もふもふ感を味わいたいのだろう、顔の下半分を抱き枕に埋めつつこちらを見てくるだいを見て、俺も自然と満面の笑みがこぼれただろう。

 いやぁ、マジで買ってよかったわ。


「じゃ、もうけっこう遅いから、さっさと野菜切っちゃうな」

「あ、そっか……うん、ありがと。化粧落としてくるね」

「おう」


 なんとなくだいがギュってして欲しそうだったのは感じたけど、それは後でということで俺は料理というか、準備再開。

 おそらく食べ始める頃には21時過ぎだろうし、ゆったりするのは食後になってから、だな。


 俺はだいが喜んでくれたことに満足を覚えつつ、再び包丁を握り、野菜のカットをするのだった。




 そして21時半過ぎ。


「ご馳走様でした。今日も美味かったなぁ」

「ごちそうさまでした。なんか、今日はいっぱいありがとね」

「いやいや。結局作ったのはだいじゃん」

「ううん。買い物も下ごしらえもゼロやんだし、プレゼントまでもらっちゃって……今幸せだなって思う」

「だいが喜んでくれるのが、嬉しいから」


 さすがに食事中は抱いていられないので、抱き枕さんは今はベッドの上にある。

 しかしほんと、昔じゃ考えられないくらい素直になってきたなぁ。


 夕飯を食べ終え、一緒に食器を下げつつ、俺は猫なら間違いなく尻尾がぴーんとなっているだいに笑顔を向ける。

 

 仕事遅い時はさ、家事とかやる気でないだろうし、今は俺の方が負担が少ないから、俺が色々やってあげるのが道理だろう。


 あ、なんかこれちょっと同棲カップルみたいな感じあるかも?

 うん、場所は違えど同じ仕事してんだからさ、分担できることは分担したいもんな。

 

 俺の優先順位1位はこいつなんだから、ちゃんと二人で幸せになりたいし。


「洗い物は後でやるね」

「いやいや、今俺がやっちゃうって」

「やだ。くっついてたい」

「え」


 そしてそんなやり取りが、流し台の前で勃発。

 洗い物をしようとした俺の腕を、だいが部屋の方へ引っ張ろうとしてくる。


 いや、後回しにすると面倒だと思うけど――


「夏休みいっぱい一緒にいれた分、一緒の時間減ったの寂しいから……」

「……っ!! お、おおう……!」


 恥じらいながらそんなことを言ってくるだいを前に、俺は危うくノックアウト寸前。

 いや、どうしたお前!

 

 いくら俺の前では可愛い姿をたくさん見せてくれるとはいえ、やはり普段の黙っていればクールっぽい美人のだいが見せる、完全に甘えたモードに俺の理性は崩壊寸前。

 いや、でもここはビシッとね! 俺もカッコよく決めたいところ、だったんだけど。


 甘えたモードのだいほど、強いものはないのだ。

 腕を引かれるまま、俺は結局だい諸共ベッドにごろんとする羽目に。

 

 あ、このベッドすごいだいの匂いがする……。


「嬉しい」

「え?」

「好き」

「あ……うん」


 そして一緒にベッドに横になっては、もうそれ以上くっつけないよー、ってくらいにだいが密着してくる。

 その姿があまりにも可愛かったので、俺はぽんぽんとだいの頭を撫でてあげた。


 ああもう! ほんと幸せだね!

 

 俺も何か喜ばせるようなこと言ってあげたいところだけど、今はきっと、言葉よりも触れ合う身体が、一番のメッセージだと思いたい。


 ちなみに今は俺らがベッドに来てしまったせいで、抱き枕のにゃんこさんは壁に追いやられてしまった。

 そして俺は壁際のにゃんこさんと目が合う形になり、何かちょっと気恥ずかしい。


 でもね、ずっとくっついてくるだいが愛おしすぎるので、心の中でにゃんこさんに「ごめん」とだけ言っておく。


「ねぇ」

「うん?」


 俺の胸辺りに顔を当てていただいが、不意に顔をあげたので俺が目を合わせると。


 チュッと軽いキスをされた。


 そしてこれ以上ないくらいの、幸せそうな笑顔。


 いや、ちょっとそれはずるい。ずるいですって。

 鬼に金棒、美人に笑顔。


 しかもそれは、俺が一番好きな人の笑顔。

 どんなレアアイテムなんかよりも嬉しいものです。


「あ」


 そんな状況に、理性が保てるわけもなく。

 何かに気づいただいが、小さく声を漏らしたあと、ふふっと俺に向かって笑ってくる。


 その姿がまた色っぽいというか、ちょっと悪戯っぽいというか、そんな雰囲気に自分でも自分がはっきりと反応しているのを自覚し、俺は一気に恥ずかしくなってきた。


 いやでもね、これはもう耐えらんないって……!


「……電気消そ?」

「え、いや、でもまだ風呂も入ってないし!?」

「いいよ。私も同じだし、ゼロやんならいい」

「いや、っていうか、アレもないし!」

「大丈夫」

「いや、大丈夫ばないだろっ」

「そろそろだから、平気」

「え、いやさ!?」

「……ダメ?」


 ぐはっ!!

 そのダメはずるいって! 反則級だって!


 何故だか今日はやたらと積極的なだいに刺激され、俺の理性と本能が揺れ動く。

 でもこの状況で、こんなにだいの匂いいっぱいの中で、どうやって理性を保てばいいというのだろうか。


 抱き枕のにゃんこさんが、俺に理性を保てと訴えてくるような、そんな錯覚を覚えつつも――


「可愛すぎるだろ……」


 ベッドサイドに置いてある照明のリモコンを、だいが操作するのを俺は止められなかった。


 明日も仕事とか、まだ風呂も済ませてないのにとか、色々考えていることも、全て目の前の愛しい存在の前には些末なことに思えて。


「私は倫のもので、倫は私のだから」


 そんな甘い言葉に、今は溺れる他道はなく。


 何かあったら責任取ります。


 言葉にはしないけれど、そんな気持ちを胸に抱き、俺は大切な人との幸せな時間に酔いしれるのだった。






―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 最近色んな女性キャラの前に霞みつつあるメインヒロインさんに水やりを。

 え、液体違い?やだなぁ、やめてくださいよ。


 内容が内容だけに、少しだけいつもより遅い時間の更新にさせていただきました。

 読まれる時間は読者様次第なんですけどね!


 あ、ちなみに小さな理性により「外」に出したみたいです。

 意味が分からない場合は気にしないでください!

 大きくなれば分かります……たぶん。

 

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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。

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