第219話 思い立ったが吉日です

 9月2日水曜日。


「……来ませんでしたね」

「そうっすね。まぁ俺が話してる時もその時の気分次第って言ってたし、朝起きてやる気出なかったのかもしんないっすよ」

「そんな子じゃなかったはずなんですけど……」


 放課後の職員室の自席に座り、俺は隣の席の久川先生と話していた。


 その表情に、いつもの元気さというか強さはなし。

 まぁね、始業式が明けた翌日の今日は、実力テストという名の夏休みの宿題確認テストだったんだけど、案の定十河は現れなかったからね。

 

 あまりにも向こうの元気がないから俺はなんとか愛想笑いしているけど、まぁ、こうなることは予想できてた、よね。


 久川先生もうちのクラスの試験監督に当たってたから、その欠席を目の当たりにしたはずだし、それもあってのこの元気のなさなんだろうなぁ。


「やっぱ悩みがあるんですかね……」

「そっすねー。でもそこが分かんないで、向こうが来ないなら、こっちから聞きにいってみようかなって思います」

「え? 家庭訪問ですか?」

「そそ。三竹先生に相談して、OKもらったら管理職に許可取ろうかなって」


 そして俺はここで昨日ギルドのみんなとの話の中で出た案を伝えてみる。

 一応ね、俺がこうするから大丈夫だよって、伝わればいいと思ったからね。


「なるほど。それはありですね」


 だが、俺の考えに反応したのは背中側に座る島田先生だった。

 彼の声が聞こえて、俺も久川先生も椅子を半回転させそちらを向く。


 俺たちの視線を受け、島田先生は一度眼鏡の位置を直し。


「問題の防止が出来なかった以上、早期解決が重要ですからね」


 とのこと。


 うん、俺もそれには賛成だ。

 とはいえ「防止出来なかった」と言われると正直何とも言えない気分にはなるんだけどね。

 1学期の欠席が増えだした頃からなるべく声をかけたり様子を伺ったり、やるべきことはやってきたつもりだし。


 だがそれでもこうなってしまった以上切り替えて一刻も早い原因究明と解決が急務なのは違いない。


「ですよね。じゃあ俺、三竹先生と話してこようかな」


 基本的に三竹先生は放課後体育科準備室の方にいるから、そちらに向かおうと俺が立ち上がった時。


「私も行っていいですか?」


 とまさかの発言が隣から聞こえてきた。


 え、三竹先生のとこに?

 ……いや、彼女の様子からして、そうじゃなさそうだよな……。


「えっと、それは、どういう意味で?」


 いや、でもね、もしかしたら彼女も学年主任である三竹先生に何か話したいのかも、そう思って俺はそう聞き返したのだが――


「家庭訪問です」


 やっぱりそうきたかああああああ!!!


「いや、それは……」

「私も去年担任として、菜々花とは何度も話をしてきましたし」

「いや、そうかもしんないですけど、ここはまず俺が行きますから……」


 真剣な顔でこちらを見てくる久川先生に、俺はもうため息を隠せなかった。

 本気で心配してくれてるのは分かるけどさ……君の出番は今じゃないんだよ。というか理由が分からってない以上、昨日の十河の反応から考えるにむしろ関わらないで欲しい、それくらいの気持ちなんだけどな、こっちとしては。


 それをどう伝えたものか俺が迷っていると。


「もし十河が鬱とかそういう状況だとしたら、いきなり二人も先生が来たらそれがプレッシャーになるかもしれません。昨日も言ったけど、ここは北条先生に任せるべきです」

「でも――」

「島田先生の言う通りっすから。もし俺がダメだったら頼るんで、ここはまず俺に任せてくださいよ」


 生徒指導をする時のような表情を浮かべる島田先生に対し、俺は苦笑いって感じだけど、俺たちにそう言われた久川先生はどこか納得いかないというような表情を浮かべていた。


 でもね、これは俺の仕事だから。

 俺も引くわけにはいかない。


「まずは担任が対応。そのための役割分担っすから」

「うん、北条先生の言う通りですよ」

「……分かりました」

「じゃ、俺三竹先生んとこ行ってきます」


 またしても昨日と同じ雰囲気になってしまったが、今は彼女と話している場面ではない。

 優先順位は自分のクラスの生徒。大人相手に時間を使ってられないし。


 きっとまだ島田先生が色々言うんだろうなぁと思いつつ、俺はさっさと席を立ち、三竹先生のいるであろう体育科準備室へ向かうのだった。




「ということで、保護者と日程調整できたら、家庭訪問行ってもいいですか?」

「おう、行ってこい行ってこい! 放課後なら出張直帰で行けるから、終わったらそのまま遊んで来いよ!」


 予想通り体育科準備室に移動した俺は、目的の相手と会うことが出来た。

 状況説明をして、家庭訪問の許可を取りに来たらね、二つ返事のOKと、さらには余計な一言である。


 この反応は予想もしてたくらいのいつもながらだけど、ほんと緊迫感とかそういう感じはないんだよなぁ。

 経験からくる余裕というか、見通しなのか分かんないけど、三竹先生はいつもこう。若手教員がやろうとすることに対し基本的に反対せず、後押しをしてくれる。

 それが学年の親父的な頼もしさでもあるんだけどね。


 きっと、不登校の生徒なんて何十人と見てきてるんだろうなぁ。


「そうだな。アドバイスするなら、十河の顔をよく見てくるといいぞ」

「顔、ですか?」

「ああ。北条先生が、あ、これはやばいなってピンとくるようなら、カウンセラーとか連携先を増やす必要もあるだろうからな」

「やばいなって……そういうケースですか?」

「おう。自殺とか考えてそうかどうかってことだ。もし虐待の気配を感じたら児相児童相談所の管轄にもなるしな」


 さらさらと三竹先生は話してるけど、自殺に虐待、その重たいワードに俺の中の緊張感が増したのが分かった。

 1学期の三者面談の時は協力的で子どものことを考えている保護者だなって思ったけど、家の中はその家族だけの空間だからな。

 万が一ってことも、想定しておく必要があるか。


「大人と違って高校生はまだ子どもだからな。そういうのは普段顔を見てる担任なら、生徒の顔を見れば何となく分かる。もし杞憂に終わったとしても心配しすぎるに越したことはない。でも北条先生の方が深刻そうな顔して会いに行ったら、十河も心配になるだろうから、そこは上手くやってくれよ」

「なるほど。分かりました」

「ま、今回は何となくそういう案件じゃない気はしてるけどな!」

「え?」


 そう言って三竹先生は笑ってくれた。

 が、長年の経験からくる勘なんだろうけど、俺にはその言葉の意味はいまいちピンとこない。

 うーん、あと20年くらいやってけば、見える世界も変わるんだろうか。


 そんなことを考えつつ、学年主任の同意も得られたので、俺は管理職に家庭訪問実施の許可を取るべく再び来た道を戻り、職員室へと向かうのだった。






 そして同日19時前。

 あの後管理職の「行ってらっしゃい。出張申請だけ忘れずに!」の返事をもらい、再び十河の保護者と連絡を取るべく18時過ぎまで残業し、明日は都合が悪いけれども金曜日なら、ということで明後日の家庭訪問の予定をつけた。

 もちろん明日か金曜に十河が登校すればこの話はなしになるわけだけど、俺の勘がきっと家庭訪問することになるだろうな、という予想をさせていた。

 

 ちなみに今日は十河本人とは話をしていない。

 家にはいたみたいだが、昨日の今日でちょっと親子でケンカ状態らしく、下手に刺激しない方がいいだろうということで無理に代わってもらわなかったのだ。

 なので木金を欠席すれば、金曜に俺が行くことも十河本人は知らないまま。


 まぁその方がね、逃げられる心配もないから好都合だろう。


 彼女が何を思ってるのかはまだ分からないけど、とりあえず金曜にはそれを判明させたい。


 そんなことを考えながら、現在俺はだいから来ていた指示通りに高円寺駅前で買い物中。


 今週末がだいのとこは文化祭だから、やっぱり今日は遅くなるんだろうな。

 となると疲れてるだろうし、むしろ俺がご飯作ってあげた方がいいと思うんだけど……。

 とはいえ俺の料理がだいの料理に及ぶはずもないし……うーむ。


 怪我してからの2週間弱、俺のことを労わってくれただいに対する感謝はものすごく大きい。ほんとね、ほぼ毎日一緒にいて気遣ってくれたわけなんだから。

 だから付き合ってるからとか以前に、人として受けた恩を返すのが当然のことだろう。

 

 じゃあ俺は何をしてあげればいいか。


 まだ数回だが、だいの部屋を訪れた時の記憶を辿る俺。


 そして辿り着いた一つの考え。


 まだ、時間的に間に合うかな……?


 腕時計を確認し、俺はぱっぱと食材を購入した後、駅周辺のある場所へと向かうのだった。






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以下作者の声です。

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 タイトル通りにいつも違う時間ながら更新を……。

 (公開ボタン押すの忘れてました……!)

 

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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。

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