第9章

第213話 これが日常

 8月28日、23時58分。まもなく日付変更になりそうな時間。


「ごめんね~、いつの間にか寝ちゃってたや」

「いやいや、頑張って疲れてたんだろ。送ってくれて助かったし、ゆめも帰ってゆっくり休めよ」

「うん~。今日は色々ありがとね」

「いやいや、俺こそありがとな」


 我が家に到着し、車のドアを開けてもらった俺は車を降りて、座ったままのゆめと少し言葉を交わす。

 結局ゆめはうちにつくまでの間ずっと俺の肩に寄りかかったまま眠っていたんだけど、まだその表情は眠そうで、睡魔と戦ってるその感じが子どもみたいで可愛かった。


「じゃあまたLAで、か?」

「うん~。今夜から復帰するぜ~」


 あ、もう日付変わったか?

 ってなると、今日は活動日だもんな。久々にゆめがくると、ぴょんも喜ぶだろうなぁ。


「おう。楽しみにしてるよ」

「音羽さんと話したら、連絡するね~」

「ん、わかった。そっちも頑張ってな」

「うん。じゃあまたね~」

「おう、おやすみ」


 そして笑って手を振るゆめに手を振り返し、運転手さんの一礼のあと、ゆめを乗せた車が走り出す。


 いや~……長い一日だったなぁ。


 一段ずつ階段を登りながら、今日あったことを振り返る俺。

 この前の風見さんもそうだけど、今日の小野寺さんもなかなかパンチの効いた人だったなぁ。

 ……みんな、個性的な知り合いがいるもんだ。


 そんなことを考えつつ、地味に階段を登り切ったあたりで通路に誰もいないかを恐る恐る確認してしまう。

 うん、風見さんはいないみたいだな。


 ってまぁそうそうばったりなんてことね、あるわけでもないか。


北条倫>里見菜月『俺も帰宅したよ。明日今日のこと話すな』0:06


 あ、もう日付変わったか。


 家の中に入ってだいに連絡を送り、ようやく一息。


里見菜月>北条倫『おかえりなさい。明日はお家でゆっくりしよっか』0:08


 そして返って来た返事になんだかほっとする俺。

 足の痛みは固定してればもうほとんど感じないけど、医者からは2週間は固定って言われてるしな。だいの提案はありがたい。


 だいの提案に『ありがとう』って返しつつ、俺は手早くシャワーを済ませ、さっさとベッドへダイブする。

 

 とりあえず小野寺さん問題はいったんゆめに任せよう。


 そう考えている間に、俺は気づけば夢の世界へといざなわれていくのだった。






8月29日土曜日。


「なるほど。そんなことがあったんだ」

「いやぁ、ほんとね、すごい迫力だったよ」


 昼過ぎにうちにやってきただいと昼食を食べつつ、俺は昨日のゆめの演奏や、小野寺さんについての話をだいにしていた。

 もちろん――


「でもまた言い負けたんだ」

「え、あ、いや……」


 勘違いされた件も含めて。


 それを聞いただいは少し苦笑い。

 いや、でもあの割り込む余地もないラッシュを見てればきっとわかったはずだって……!

 って言ったところで、言い訳にしかならないんだろうけど……。


「ゆめが言うんだからそういう人なんだろうけど、たまにはビシって決めるとこも見せて欲しいんですけど?」

「す、すみません……」


 そして悪戯っぽい顔を浮かべて笑うだい。

 その顔はきっと俺の前でしかしないだろう、すごく自然というか、素を感じるような雰囲気でめちゃくちゃ可愛かった。

 俺には気を許してるから、なんだろうなぁ。


 うん、期待に応えられるよう、善処します。


「そういえば、ゼロやんのところは文化祭いつだっけ?」


 そして変わる話題。


「うちは新学期の2週目だけど、だいのとこは来週すぐだっけ?」

「うん。じゃあゼロやんのところが終わったら、新人戦に向けて動き出そっか。もう1校どこか組んでくれるとこ探さないと」

「あー、もうそんな季節かー。って、そういえば辞めた1年たちに動きってないのか?」

「え、特にないけど、どうして?」

「いや、そらがなんか月見ヶ丘に中学時代バッテリー組んでた後輩がいるとかって言ってたんだけど……」

「市原さんの?」


 あれ、たしかなんかそんなこと言ってたよな……?

 うーむ、でもまだ動きがないのか?


「新学期なったらまた聞いてみるよ」

「うん、わかった。もしやめた子たちが戻ってくるなら、人数は足りるわね」

「そうなるといいな」


 だいはいまいち何とも言えない表情をしていた気がしたけど、とりあえずここは市原頼みか。

 しかし、今回の新人戦は来年へのステップにするしかないかなー……。

 ポジションとかまた色々動かさないとだし。


「2学期は長丁場だし、頑張らないとね」

「だなー」


 そう、夏休み期間も今日をいれてあと3日。

 これが終われば長い長い2学期が始まるのだ。

 文化祭に秋の新人戦、だいの学校だと修学旅行もあるのかな。


 まぁ毎年のルーティーンっていったらそうなんだけど、生徒にとってはかけがえのない行事だし、俺らも当然頑張らないといけない。


「ま、今までの2学期と違って今はだいがいるんだし、今年は疲れても頑張れる気がするよ」


 そう、これまでの5年間と今年は違う。

 俺には美人で優しい彼女がいるんだから。


 昼食を終えてだいが食器を下げてくれた後、一緒にお茶を飲みながら、何気なく浮かんだ言葉を俺が言うと。


「……急にはやめて……」

「あれ?」


 予想外に俺の言葉が嬉しかったのか何なのか、恥ずかしそうに俺から目を逸らしつつ、だいは頬を赤らめていた。

 猫ならば完全に尻尾がぴーんって伸びてる感じ。


 その様がとてもとても可愛かったので。


「おいで?」


 ちょっと俺のS心が点火されてしまいました。


 俺の言葉にテーブルの向かい側に腰を下ろしていただいは少しだけ躊躇ったものの、一層恥ずかしそうにしながらも俺の方に寄ってきた。


 そして俺にくっつくようにもたれかかってくるだいを優しく抱きしめながら、頭を撫でたり、色々なところを撫でたり。

 時折ビクッとした反応を見せつつも、逃げることのないだいがあまりにも可愛かったので、さらにそっと優しくキスしたり。


「……まだお昼だよ?」


 そう言ってくるくせに、どう見ても君は甘えたそうじゃないですか。

 分かりやすいほどにいつもより高い声のだいが、愛おしすぎて。


「今日は一日ゆっくりするんだろ?」


 うん、そう言ってくれたの、こいつだし。

 

 まだ明るいのが恥ずかしいのだろう、俺の身体に顔を押し付けてだいが表情を隠してくるけど。


 夏休みもあとちょっとなんだし、こんな風にゆっくりする日があってもいいよね!


「そっち行こ?」


 耳元でそう囁いて、テーブルの隣にあるベッドを示す。

 ほんとならね、ここで抱きかかえてあげたいんだけど、ちょっとまだ足首に不安があるので出来ないのが悲しい。


「カ、カーテン! カーテン閉める!」


 そして観念した――というか元々乗り気だったとは思うけど――だいがパッと立ち上がってシャッっと外からの光の侵入をふさぎに行く。

 その間に俺はベッドの方に移動し。


「菜月おいでー」


 カーテンを閉めて、振り返っただいに両手を広げて名前を呼ぶ。


 カーテンを閉めれば、万が一にも外から見えることはないからか。


「ずるいっ」


 そう言いながらも、だいは嬉し恥ずかしな表情でにゃんこのように俺の方に飛びついてくる。

 その様子もやっぱり可愛い。


 うん、これが一番の癒しだなぁ、マジで。


「菜月がいれば頑張れるよ」

「……うん、私も」


 だいとの幸せを最優先に。

 大和にも言われたけど、やっぱりそれが1番だなって再確認できる瞬間が、今まさにやってきていた。


「好きだよ?」

「俺も好きだよ」


 まだまだ明るい時間なんだけどね、この感じになったらもう、止められまい。

 

 その後の展開は言わずもがな。

 

ゆったりとした時間の中、俺はだいとの幸せな時間を、だいとともに過ごすのだった。






 そして甘々な時間を過ごしたあと、気づけば夕方前まで一緒に眠ってしまった俺たちだったが、起きたあとは恒例のLAデートという名のログインから、これまた恒例のスキル上げを行った。


 ちなみに今日はだいが持ってきたPCが前のやつとは変わっていた。

 だいが持ってきたのは、俺が最近メインで使っているノートPCと色違いのやつみたいで、曰く「本当に送られてきちゃった」とのこと。

 送り主はもちろん北海道にいるであろうあの夫婦。


 だいは届いてすぐもこさんに連絡したみたいだけど、まるで野菜でも送ったくらいのラフな感じで『使ってねー』と、『これからも亜衣菜をよろしくねー』って言われたらしい。

 いや、大富豪恐るべし……。



 そんなこんなでスキル上げもひと段落し、一緒に夕飯を食べ、入浴も済ませた21時前。


〈Yume〉『ゆめちゃんふっかーつ!!』


 懐かしい名前の緑色の文字ギルドチャットが、俺たちの画面に表示された。


〈Pyonkichi〉『お!おかえり!!』

〈Yukimura〉『お久しぶりです』

〈Hitotsu〉『おひさしですー』

〈Daikon〉『おかえりなさい』

〈Senkan〉『おーっすw』

〈Gen〉『ようw』

〈Zero〉『演奏会お疲れさん!』


 そのログ挨拶に中身がいたメンバーたちも続々と反応。

 嫁キングが今はちょっと放置中みたいだけど、インしてないジャックとあーす以外は、みんな反応したみたいだな。


〈Yume〉『あ、ゼロやん昨日はありがとね~』

〈Zero〉『いえいえ。ほんと、みんなも来るべきだったと思ったよ』


 そして俺の演奏会発言にゆめが改めてお礼を言ってくる。

 この話は昨日散々したのにね、まぁ所変わればってことだよな。


〈Pyonkichi〉『くそう行きたかった・・・次はいつあんのー?』

〈Yume〉『んー、同じのは年1だけど、冬休み入った直後くらいに仲間内で小さい発表会はやるかもー』

〈Senkan〉『お、冬休みなら行けそうじゃん』

〈Daikon〉『うん、それなら私も行きたいな』

〈Yukimura〉『ご予定が早く分かれば知りたいです』


 そして俺の発言を羨ましく思ったか、次回を聞いたぴょんのログへの回答に、みんなも続々と反応。

 仲間内ってことは、あれかな、花宮さんとか仲いいメンバーだけでやるとかかな?

 それはそれでピアノ以外もあるってことだろうし、楽しそうだなぁ。


〈Hitotsu〉『いいなぁ・・・』

〈Gen〉『いっちゃんのその気持ちわかるぞww』

〈Gen〉『首都圏民どもめ!w』

〈Hitotsu〉『ですよね!』


 そしてそれに羨望の声をあげる遠方の者たち。

 まぁリダは本気出せば来れない距離じゃないけど、さすがに真実はなぁ。遠いもんなー。


〈Yume〉『その日がきたら頑張るぜ~』

〈Zero〉『また楽しみにしてるよ』

〈Yume〉『うん!絶対来てね!』


 うん、次も行きたいと思うよほんと。きっとその時はまた、レベルアップしたゆめに会える気がするから。

 戻ってきたゆめの元気さに、次はみんなで行けたらいいなって俺が思っていると。


〈Pyonkichi〉『お、なんだなんだー?どんな演奏会だったんだー?w』

〈Yukimura〉『なんだかゆめさん、ご機嫌な感じですね』


 え、そうか……? と思うような二人の言葉ログ


〈Yume〉『秘密で~す』

〈Senkan〉『おwwwなんだなんだ?あやしい関係か!?www』

〈Hitotsu〉『え、お兄ちゃん何かしたの!?』


 いや、何もねえよ! ただ聴きに行って、色々話しただけだわ!

 っていうかゆめも『秘密』とかわけわかんねぇこと言うんじゃねえよ!!


〈Zero〉『普通に聴いてきただけだから!』


「何焦ってるのよ?」

「焦ってませんし!?」


 まさかの展開に動揺してしまったのか、背中側から聞こえるだいの声に、思わず大きな声で返してしまった。

 

 ちなみに二人ともノートPCになったから、一緒にテーブルでやることもできるんだけど、ベッドを背もたれにできるのは一人だけということで、俺は変わらず机の方でプレイ中です。

 今度座椅子でも買ったら、一緒にテーブルでやろうねって話はしたけどさ。


〈Yume〉『思ったよりゼロやん頼もしいと思ったよ~』

〈Pyonkichi〉『ほー?』

〈Senkan〉『なんだなんだ?不穏な事態かー?w』

〈Gen〉『イケメンってのは罪深いなwww』

〈Yukimura〉『むむ・・・罪を犯したのですか?』

〈Hitotsu〉『ええ!?お兄ちゃんまさか!?』

〈Zero〉『ああもうめんどくせえな!』


 勢いよくタイピングする俺の後ろから聞こえるわざとらしいため息に、俺の動揺は続く。

 何があったかはだいには話してるから、ゆめの言っている言葉の意味は分かってると思うけど――


「ちゃんとツッコミやりなさいよ。仕事でしょ?」

「仕事じゃねえから!」


 悪意のある言い方に俺が振り返ってツッコむと、だいは悪戯っぽい笑みを浮かべて笑っていた。

 

 ああもう、四面楚歌かよ!


「ゆめが戻ってきて、賑やかになったわね」

「ああもうほんとね、いきなりとは思わなかったわ」


 モニター上ではまだまだ俺をいじるようなログが続き、ゆきむらだけでなく真実までも天然な返しをしたりと、その後も俺は延々とツッコミを入れ続けなければならない状況が続く。


 でも、まぁこれがうちのギルドの日常と言えば日常、かなー……はあ。


 そしてもう少し後になって嫁キングとあーすが来てようやくゆめの悪ふざけも収まり、俺たちはまた適当にみんなで遊びつつ、ゆめの復帰初日の活動を終えるのだった。






―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 新章スタートは穏やかなところから。

 ログの会話は、書いていて楽しいですねー……。


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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。 

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