第212話 選ぶ権利は自分の権利

「話戻しますけどー、音楽やってる人からすれば小野寺さんの実力は十分にわかっちゃうので、小野寺さんが夢華に強く言っても何か言い返す人なんていないんですよー」


 そして俺の方に笑顔でそう言って花宮さん。


「いやー、あの瞬間思いましたね。惜しい! って」

「へ? な、何が?」

「決まってるじゃないですかー。北条さんに彼女さんいなかったら、ほんとに夢華のことお任せしたいな! ですよっ」


 ……はい?


「いやいや!?」

「由香までやめてよもう~……。でも、俺はどう言われてもいいけど、わたしのことを悪く言うな的なー? あんなの言われたのは初めてだったな~」


 だが何故か、ちょっとにやにやというか、冷やかす感じの目線を送ってくるゆめ。


 やめて! 自分が言ったこと掘り返されるとか、恥ずかしさの極みだから……!


 そんなゆめの視線に、自分の顔が赤くなっていくのが自覚出来ていく俺。


「スカッとしたのもそうだし、ほんとにゼロやんも怒るんだな~って、ちょっとびっくりしたのはほんとだよ」

「いや、俺だって友達悪く言われたら怒るって……」

「でもゼロやん怒ってるのわたしが見たのは初めてだし~? だいからあーすの話聞いてる時に怒ってたっては聞いてたけど~」


 だがなかなか話題を変えてくれないようで、ゆめの言葉は続く。


 いや、でも、うん。俺自身に対することなら何言われても大概のことは笑ってスルーできるけど、友達とか仲間とか、そういう関係の人に迷惑かけたり、悪く言われたりするのは、ちょっと耐えらんないんだよな。

 みんなで笑っていられるに越したことはないんだから。


「北条さんなら夢華を輝かせられるかもー?」

「いや、友達として応援はするけど、俺彼女いますから……」


 そしてゆめと違って楽しそうな表情のまま、ぐいぐいと花宮さんがとんでもないこと言ってくる。

 でも俺には小野寺さんが勘違いしているような立場に俺はなることはできないからね!

 友達として応援、これが俺の限界なんだから。


「わたしもだいのこと応援してるからね~。でも今日は、ちょっとだけゼロやんのこと見直したや~」


 花宮さんの言動にゆめも思うところがあったのか、彼女が悪ノリしないように制止しつつも、珍しくゆめに褒められた俺。

 いや、ちょっとだけとか、見直したって言われるあたり元々の評価が相当だったんだろうけど……。


 いや、うん。ゆめの評価が低いことはね、分かってるからね!

 「ちょっと」を示す親指と人差し指、ほぼほぼくっつきそうですしね!


「まぁでも、ゆめのことすごいなって思ったのはほんとだし。小野寺さんとの関係を聞いても、やっぱりさっきの言い分は間違ってると思うよ俺は」


 でも、二人からどう言われようがこれが俺の本音。


「俺はゆめのピアノ好きだったし、ピアノ弾いてるとこ見て、カッコいいなって思ったからな。誰かの価値観に影響される必要なんてない。ゆめはゆめらしくやってけばいいと思うよ。……素人意見だけどさ」


 うん、素人意見だから何の参考にもならないだろうけど。

 偉そうだな、とか言われるかなぁとかね、言ってから俺だって思ってるからね!


 だが。


 なぜか二人とも、じーっと俺を見たまま、何故か反応がない……え?


「どう思いますかね由香ちゃん?」

「いやぁ、そんなことさらっと言っちゃうんだぁ。すごいなぁ……」


 そして何故か何とも言えない表情のゆめとちょっとびっくり顔を浮かべる花宮さんが顔を見合わせる。

 

 ……え? な、何? 思った反応と違うんだけど……?


「北条さん、彼女さんともし別れたら教えてくださいね? あ、連絡先交換してもらってもいいですかー?」

「へ?」

「あ、こらこらこらっ。やめなさいって」

「えー、でも私も夢華みたいにたまには素直に褒められたいんだけどー」

「いいとこばっかじゃないから、ゼロやんは~。……悪い人ではないけど」


 え、何? どういうこと? え、俺何故か高評価?

 っても、ゆめの言葉の最後聞き取れなかったけど、いいとこばっかじゃないって言われてたし、高評価ではないですね! すみません、調子乗りました……。


「元廃人のゲーマーだよ~?」

「あっ、そうだったっ」


 そしてゆめの指摘に笑う花宮さん。


「って、それ私たちからすれば、別に問題じゃないじゃん?」

「あ、気づいたか~」


 だが逆に指摘され、今度はゆめが笑う。

 ……いや、ちょっとどういう空気なんだ? これ。


「いいなぁ、なんか本音で褒めてるなーって感じ。久々に聞いたかも」

「研究会のみんなプライド高いもんね~。でも、気持ちはわかるけど、ゼロやんはだーめ」

「はーい」


 え、すごかったら褒めるって、普通じゃないの……?

 音楽科って、そんな世界なのか……?


「わたしさ~、最初は音羽さんから逃げるために今の仕事選んだけど、なんだかんだ今の仕事好きなんだよね~。大変だし、むかつくこともいっぱいあるけど。色んな家庭があって、色んな生徒がいて、そういう子と関わるの、大変が99%だけど、信頼してもらえたら嬉しいし」


 そして話題を変えるためか、少しだけ真面目な空気で話し出すゆめ。

 その雰囲気は、間違いなく本音、だと思った。


「今の仕事も好き。もちろんピアノだって好き。でも、LAで出会ったみんなも好きだしLAも好き。だから、今のバランスの生活って悪くないんだよね~」


 その言葉を聞く花宮さんも、今ゆめが話すことは初めて聞く言葉なのか、ちょっと意外そうに聞き入っていた。


「音羽さんのピアノへの想いは尊敬してるし、期待されてるのも嫌ってわけじゃないけどさ、そこに全振りするのはね~。でも音羽さんには逃げてるって思われてるんだろうなぁ~……」


 自分で言っていて、色々と思うところがあったのか、くたっとテーブルにつっぷすゆめ。そんなゆめの頭を花宮さんが優しく撫でる。


 でも……逃げてる、か?


「別に俺は逃げてないと思うけど」

「んー?」


 その俺の言葉に、ゆめの視線だけが俺を向いた。

 いや、君の上目遣いは可愛いから、ちょっとやめてね。


 だがそんなことは表情に出さないように、俺は言葉を続ける。


「小野寺さんの期待から逃げたいがきっかけだったとしてもさ、今のゆめは、全部好きでやってるわけじゃん? 好きなこと、やりたいことがいっぱいって葛藤があって、全部自分なりにやろうとしてる。それのどこが逃げなんだ?」


 俺の言葉を聞いてか、花宮さんの視線も再び俺に戻ってきた。


「自分の人生を決めるのは自分だろ。小野寺さんに振り回される必要なんてない。むしろ必要なのは、小野寺さんに本音でぶつかることなんじゃないかなって、俺は思うけど」


 って、ちょっと説教っぽくなったか!?

 いや、でも俺年上だし……こ、このくらいなら平気だよね……?


「……簡単に言ってくれるなぁ、ゼロやんは」


 そして身体を起こしたゆめは、ちょっと仏頂面というか、やれやれみたいな表情を俺に向けてきた。

 あ、ちょっと人の事情に踏み込みすぎた、か……?


 色んな記憶が蘇り、どうしてもゆめに対して委縮してしまう俺。


 だが。


「ありがとね。うん、ありがと」

「え?」

「わたしの人生、わたしが好きにして何が悪いじゃ~って話だもんね~」


 すぐにまたいつものゆるい雰囲気のゆめに戻ったけど……2回目の「ありがと」を言った時のゆめの表情は、一瞬、ほんの一瞬だったけど、今まで見たことがないくらいに優しく、綺麗な微笑みだった気がした。


「今度話してみるよ~。でももしわたしがソロで勝てなかったら、ゼロやんパーティ組んで攻略説得いってくれる~?」

「あ、私だって協力するよ?」

「由香はサーバー違うからな~」

「あ、こらっ」


 そして訪れた、和やかというか、平和な空気。

 ゆめにはいい仲間がもういるじゃんかって、そうも思ったけど。


「もちろん。最近俺も盾鍛えてるからな。タゲキープくらいやってやるよ」


 俺も笑ってゆめに答える。


 まぁ俺の本職はガンナーですけどね!


 でも、仲間を守るのは当たり前だろ?


「あ、なんかえらそうだな~。そだそだ、由香聞いてよ~?」

「え、なになにー?」

「いつぞやのゼロやんったらね~」


 そして完全にいつも通りに戻ったゆめが、色々と俺の失態なんかを話し始めるという負け確イベントが発生し、俺が必死に弁明するという時間が訪れた。


 でも、ゆめはいつもの感じで笑えている。

 その表情にちょっと安心する俺。


 うん、この感じがゆめなんだよな。

 我がギルドの賑やかし担当の一角なんだから、ゆめにはいつも笑ってて欲しいもんだ。



 その後も俺とゆめと花宮さんという不思議なメンバーによる会話は仕事、プライベート、音楽関係、そして何よりLAと話題に尽きることなく進み、時間はあっという間に過ぎていくのだった。






 そして22時半頃。


「あっ、やばっ、もうこんな時間じゃん」


 終始みんな笑顔で盛り上がった会話も、テーブルの上に置いた俺のスマホに何か通知が来たことで画面が明るくなり、その時間を見てゆめがはっとした表情に変化した。


「そろそろ帰ろっか~」

「えー、私まだ話してたいのにー」

「だーめ。ゼロやんにはそれはそれは美人で一途な彼女さんがいるんだから、あんまり心配かけさせちゃいけないの~」

「じゃあ今度私も夢華たちのオフ会呼んでよー。ね、いいですよね北条さんっ」

「え、やー、そこはゆめにお任せかな……」


 自分のスマホを確認すれば、だいからの『今私は帰宅したよ』っていう連絡だった。

 それを確認にしつつ、急に振られた話に答える俺。


 まぁ同業者だし、LAプレイヤーだし、花宮さん自身の感じの良さ的に呼んでも大丈夫だとは思うけど、オフ会にさらに女性が増えるのはちょっとなぁ、っていうのも正直な気持ちではある。

 レギュラーで参加できる男、俺と大和しかいないんだし。


「わたしたちはギルドのオフ会だから、だめで~す」

「えー、ひどー」


 ギルドのオフ会だから、うん、それは正論だな。……でももし花宮さんもサーバー移ってくるなんてことがあれば、って可能性はあるのか。

 まぁ01サーバーは人気だし、普通にしてたらそうそう移転できるわけじゃないからな。

 真実みたいなのは、レアケースだろうし。


 俺がそんなことを考えている間に、再びゆめがどこかに電話。

 そしてそれが終わると。


「じゃ、すぐお迎え来るから帰ろー。ゼロやんは足大変そうだし、お家まで送るよー」

「え、いや大丈夫だって。さすがにそこまで迷惑かけらんないし」

「迷惑じゃなくてお礼です~。怪我を押してまで来てくれるとか、わたしだって嬉しかったからね~?」

「いや、でも――」

「ごちゃごちゃ言わないの。若者は好意を素直に受け取るべきだぞ~?」

「いや、俺の方が年上だからな!?」


 相変わらずのゆめのペースに結局押し切られた俺は、食事をご馳走してもらった挙句、家まで送ってもらうことが決定。


 うーん……先週の武田家の方々といい、お金持ちの方々は二つの意味で懐が広いな……!


 そして会計を終えたゆめを先頭に従業員の方々の一礼を受けつつ俺たちが店外へ出ると、そこには来るときにも乗った黒塗りの車が待機していた。


 来た時同様の流れでそれに乗車し、まずは近所に住んでいる花宮さんを送るべく、車は発進するのだった。



「私もドライブしたかったなー」

「女の子なんだから、あんまり遅くまで外で歩いちゃダメでしょ~?」

「むー、しょうがないなぁ。夢華も北条さんも、またご飯行きましょーねっ」

「はい、今日は色々ありがとうございました。ゆめのこと、今後もよろしくお願いしますね」

「色々ありがとね~。ばいば~い」


 そして15分くらい夜道を走った車は、住宅街にある普通の一軒屋の前に止まり、そこで花宮さんが下車していく。

 その一軒家を見て、俺は少し安心。彼女も実はお嬢様だったりするのかとか、ちょっとドキドキしてたから。

 とはいえ、十分に立派な戸建てであることには間違いないんだけどね!


 でも、ほんとゆめと花宮さんは仲が良いんだろうなってのが今日一日でよくわかった。

 うん、いい友達って大事だからな。

 今後ともゆめとは仲良くしてあげてほしいもんだ。


 そして花宮さんが自宅の中に入っていくと。


「ゼロやん後ろおいでよ~。そこだと話しづらいから~」

「ん? おお、わかった」


 たしかに席が前後だと話しづらいもんな。


 ということで、ゆめの指示に従い俺は助手席から後部座席の、助手席の後ろ側に移動。

 ご丁寧に運転手の方は俺より先に降りて助手席のドアを開け、俺が移動するのを手伝ってくれた。

 近距離の移動だと松葉杖を使わない方が早いから、ひょこひょこと片足で移動する時に松葉杖を代わりにもってくれたのだ。

 いやぁ、すごいな、これがプロの気配りってやつか……!?


 そして俺が後部座席に座ると、俺が伝えた住所に向けて車が再発進。

 閑静な住宅街の中を、俺とゆめを乗せた車が進んでいく。


「遅くまでありがとね~」

「いやいや、むしろ演奏おつかれさまだろ」

「あ、そっか」


 ここで謙遜しないあたりがゆめらしいよなぁ。

 その言葉に俺は思わず笑ってしまった。


「わたし、今のまま全部頑張ってみるよ~」

「おう。それがいいと思うよ。ゆめがやりたいようにやるのが一番だろうし」

「うん。ほんとは仕事好きだけど、やっぱしんどいことが多すぎてね~、続けられるか悩んでたとこもあったんだよね~」

「え? そうなのか?」


 そして花宮さんがいなくなったからか、ゆめは落ち着いたトーンでぽつりぽつりと話し出す。

 その言葉は、珍しくもゆめの弱気だった。


「パパもママもやりたいようにやっていいよって言うけど、うちも一応音楽一家でね、心のどこかでは、音羽さんの言う通りにした方がいいんじゃないかって思ってたんだ~」

「ほう」

「でも、わたしの人生だもんね。うん、なんかちょっとすっきりした」

「そうか、うん、それならよかった」

「うん、ありがとね」


 仲間想いでみんなを引っ張り、あざと可愛くも時々恐ろしさを見せる存在。

 それが俺の中でのゆめのイメージだったんだけど、ゆっくりと自分の考えを話してくれるゆめは、なんだかいつもと違って少し幼く感じた。


 でも、彼女の中で考えが落ち着いたなら何よりだ。


 あれもしたい、これもしたいって思っても、身体は1つしかないんだから、出来ることは限られている。

 だからと言ってその中の1つに絞る必要性があるわけじゃない。

 挑戦できるだけ全部に挑戦してみようとするのも自由。個人の価値観だろう。


 そんな中で、ゆめは今の仕事も頑張る、ピアノも頑張る。LAも楽しむ。そんな選択肢を選ぼうとしているわけだ。

 それでもし後悔する日が来ることがあっても、それを選んだのが自分なら、その後悔は乗り越えられるはずだから。


 決められた道を進むのは失敗しても誰かに責任転嫁出来るから、ある意味では楽な道かもしれないけど、それは違うと思う。受け入れた段階で、責任は自分に来るんだから。

 他人が他人の人生に対して取れる責任なんて、たかが知れてるし。


 だったら、自分で自分の道を決める方がいい。

 俺はそう思うね、ほんと。


 俺が東京で働くことを決めたように、そしてだいといる道を選んだように。

 自分で選ぶから、人生は難しくも面白いんだと思う。


 もしゆめがあれはしたくない、これもしたくないって言うタイプだったら、ゆめに対しても怒ってたと思うし。


 でもちゃんとゆめは自分で決めた。

 だから俺はそれを応援する。

 

 そして疲れた時があったら、みんなで遊んで発散する。

 それが仲間ってもんだろう。


「頑張れよ……ってっ!?」


 しみじみと考え事をしてから、ちらっとゆめの方を向いた矢先。

 俺が「頑張れよ」とエールを送るのとほぼ同時に、右肩にぽすっと重みが訪れた。


「……おつかれさん」


 そして聞こえ出す、可愛らしくも小さな寝息。

 それはここ最近ずっとピアノに打ち込もうとしてきたゆめの努力の跡に見えたから。


 あえて起こすこともなく、俺は静かな車内で静寂を保ちながら、我が家へ車が到着するのをじっと待つのだった。








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以下作者の声です。

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 種まきの8章を越え、次話から9章スタート。

 ゲームパートメインの秋までが待ち遠しいですが、お仕事パートをメインにお送りする予定です。

 今月を乗り切れば少し仕事も楽になるので、今月はゆったりと更新を待ってくださるとうれしいです!


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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。 

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