第211話 それもう文字化けしてますよ

「ごめん。なんか変な勘違いさせちゃって……」


 なんだか変な空気になった場の中で、俺はとにかくゆめに頭を下げて謝罪した。

 俺の言葉なんか聞く耳持たなかった小野寺さんだけど、結果的に壮絶な勘違いを生んでしまったわけだし。


「ま~、しょうがないよ~」

「え?」

「わたしの説明不足もあったし。うん、とりあえず、お腹空いたからご飯いこ~」

「そうだね。いやー、ほんと小野寺さん、相変わらずだったなぁ」


 だが、謝る俺に対してゆめも花宮さんも切り替えたというか、予想外にもそこまで焦ってはいないような、そんな感じ。

 いや、しかしちゃんと説明しないとまずいんじゃないのかこれ……!?


「いや、でもさ!?」

「いいからいいから~。いま車呼ぶね~」


 だが焦る俺を置き去りにするかのようにどこかに電話をかけ始めるゆめ。


「まぁまぁ、北条さん。ご飯食べてる時に色々説明しますから」

「色々?」

「はい。夢華からも説明あるでしょうし」

「はぁ」


 そしてゆめが電話している間に花宮さんが俺にそう言ってくれたけど……うーん、どんな説明があるってんだ?


「おっけ~。じゃあすぐ車来るから、待ってよ~」


 しかし、俺の疑問に答える者がいない。

 おそらくタクシーを手配したのだろう。そのまま外へ向かうゆめと花宮さんに続き、俺は釈然としないまま松葉杖をついて二人についていく。


 っていうか小野寺さんに対して何か言いに行くとかないの!?

 いや、どこいるかなんてわかんないけど!


「あ、いたいた」


 もやもやした俺の気持ちとは裏腹に、完全にマイペースに戻ったゆめが1台の車に近づいていく。

 え、車ってタクシーじゃないの!?


「おつかれさまでした」

「うん~。お腹空いたから、いつものとこに向かってもらえる?」

「かしこまりました」


 そこにあったのは、1台の黒塗りの乗用車。

 そしてその車から降りてきたスーツ姿の中年男性が、ゆめに対して恭しく礼をしてから、後部座席のドアを開ける。


 ……え? どういうこと?


「相変わらずお嬢様ですよねー」

「え? お、お嬢様?」

「あれ? 知らなかったんですか? 夢華ってけっこうなお嬢様なんですよ?」

「え?」


 そ、そうだったの!?


 そして後部座席に一番最初にゆめが乗り、続いて花宮さんが乗る。

 残された俺はというと。


「ゼロやん助手席で~」

「は、はい……」


 スーツ姿の男性に開けてもらったドアへ、言われるがまま俺はひょこひょこと乗り込み全員が乗車完了。

 それと同時に行先も分からぬまま、俺たちを乗せた車が発進していく。


「え、どこ行くんですか……?」

「どこって、ご飯食べよ~って言ったじゃん」


 ちょっと予想してなかった事態に俺は思わずゆめに対して敬語発動。

 え、なにこれ? 専属ハイヤーってやつ!?


「夢華、北条さんに全然話してないんだねー」

「ん~、別に言うほどのもんじゃないからね~」


 俺一人緊張と混乱に支配される中、ゆめはまたどこかに電話をかけたあと、後部座席でまるで世間話でもするかのように二人の会話が行われ、運転手の男性は静かに車を運転し続ける。


 果たしてどこへ行くというのか……?


 小野寺さんとの一件の混乱も冷めやらぬまま。俺はされるがままにどこかへと連れて行かれるのだった。




 そしておよそ20時頃。


「じゃあ2時間後くらいにまた呼ぶね~」

「かしこまりました」


 そして辿り着いたのは、どう見ても高そうな料亭だった。

 パッと見一見さんお断りみたいな、そんな感じ。いや、知らないけど。


「じゃ、行こ~。今日はわたしが奢るからさ~」

「え? いや、それはさすがに……」

「ごちそうさまでーす」


 笑顔でお礼を言う花宮さんとは対照的に俺はちょっと困惑する。

 

 でも「出すよ」と簡単に言えなかったあたりね、ちょっと自分が情けない。

 だっていくらかかるか分かんないし!

 予想してたお店と違いすぎるし……!


「大丈夫大丈夫~。わたしたちが誘って連れてきたんだから~」


 そう言って車を降りたゆめを先頭に、俺たちもその料亭の中へと入っていくことに。

 花宮さんは慣れているのか、特に不思議そうな様子もない。

 

 え、何これ? どう見てもここふらっとくるようなとこじゃないよね!? え、ゆめも亜衣菜と同じくらいお嬢様だったの!?


 訳が分からない状況の連続に、俺の脳はショート寸前。いや今すぐ誰かに会いたいわけじゃないけど!



「や~、色々ごめんね~、お花ありがと~」


 そして案内された個室に入るや、俺の正面に座ったゆめが俺に軽めの謝罪とお礼をしてきた。

 その隣に座る花宮さんはマイペースにスマホをいじったり。


 あ、ちなみに俺の足に配慮してか、掘りごたつ式に座れる部屋に案内してもらえたので、うん、これはありがたい。


 って、違う違う!


 一体全体何がどうなって今に至っているというのか。

 いや、花宮さんにゆめと3人でご飯行こうって言われて、OKしただけなんだけど……!?

 俺としては普通の居酒屋とか、そういうの予想してたんだけど!?


「あ、まず最初にわたしのことお嬢様って思ったと思うけど、音羽さんほどじゃないからね~? さっきの車も、手配してくれてたのは音羽さんだし」

「へ?」

「ここはわたし持ちだけどね~」


 小野寺さんはもっと上!?

 いや、たしかにそんな気品はあったけど……。

 でもゆめだって慣れた感じでハイヤー乗って高そうな料亭へって、ちょっと上流階級すぎやしませんかね!?


「じゃぁまずどこから話そうかな~」

「夢華と小野寺さんの関係からでいいんじゃない?」

「そっか、おっけ~。そうしよっか~。じゃあさ、わたしと音羽さんの関係、ゼロやんにはどう見えてた~?」


 ぽかーんとしたままの俺に振られるゆめの質問。

 え、でもなんか小野寺さんはすごいゆめに期待してたみたいだし……。


「え、ええと、ピアノ教室かなんかの、先輩後輩とか……?」

「ん~、同じ先生に習ったのは間違ってないけど、△かな~」


 絞り出した俺の答えを受け、ゆめは口元に指を当て少しだけ考えるような仕草をしたあと、正解とも不正解とも言ってこなかった。


 では、何だろうか……?


「わたしと音羽さんね~、実は従姉妹なんだ~」

「え、そうなの?」

「うん~。お父さん同士が兄弟でね~。音羽さんが4つ年上で、子どもの頃は同じ先生っていうか、音羽さんのお母さんにピアノ習ってたんだ~」

「ほー……」


 4つ上の従姉妹、か。となると俺の1つ年上で、ジャックとタメってことか。

 うーん、しかしあんまり似てる気はしなかったけど、まぁ母親が違うんだしな。そりゃ見た目も変わるか。

 でも、従姉妹だからって、あんな空気出すか普通?


「家も近くて、子どもの頃から一緒にいることも多かったし、姉妹みたいな感じで育ったんだよね~。昔は仲良かったんだけどねぇ~」


 そう言ってゆめがちょっと疲れたような笑みを見せた頃、山海の食材を多種多様に用いているであろう、彩り豊かな会席料理がぞろぞろと運ばれてきた。

 量自体はたぶんそこまででもないんだろうけど、品数の多さに、正直びっくり。


 だがゆめも花宮さんも慣れているのか驚いた様子もなく、というか花宮さんに至っては何故か平然と笑ってる。

 この人も、メンタルすげぇなぁ……。


「今も小野寺さんは仲良しだと思ってるんじゃないのー?」


 そう言ってくすくす笑う花宮さん。


「由香ってばやめてよ~……」


 それに対し少しだけ頬を膨らませてじとっと上目遣いに睨むゆめ。

 その姿は、あざと可愛い感じで……あ、いつものゆめだって気がして何故か少し安心した。


「さっき色々厳しいこと言われたけどさ~、毎回ああなんだよね~」

「え、そうだったの?」

「うん。わたしと音羽さんじゃ生まれ持った才能が違うのに、分かってくれないんだよね~。1回だけ。1回だけだよ? わたしが中1の時にジュニアコンクールで、音羽さんに勝っちゃったことがあるんだけど、そこからもう音羽さんのわたしを見る目が変わったんだよね~。でもほんとその1回だけなんだよ~? それ以外全部音羽さんが勝ってるのに。今でもあの感じ。……マジめんどくさい」


 最後にぼそっと呟いたゆめは、ちょっと本性というか、素が出ている感じがして何だか少し笑えた。

 でも、なるほど。そういう関係だったのか……。


「ライバルって思われてるのか?」

「そうなって欲しいんだろうね~。でもそれ以降音羽さんが出てないコンクールでも、わたしが1位取ったことなんてないんだよ? つまりわたしより上手い人なんていっぱいいるんだしさ~。わたしばっかに期待するのやめてほしいんだよね~」


 そういや次第に書いてたゆめの略歴に、コンクールの結果なんて1つも書いてなかったけど、それは書くと変に小野寺さんを刺激するからとか、そういう意味だったのかな。


 うーん、でもあれだけの人に期待されるって、ゆめも相当すごいんじゃって思うんだけど……。


 各々自分のペースで食事をしつつ、ぐったりするゆめの話を聞き続ける俺。

 花宮さんに至っては料理の写真撮ったり、ゆめの写真撮ったり、かなり自由だなおい。


「わたしが公立校の先生なるってバレた時も、めんどかったんだよね~」

「ほう」

「それじゃピアノに専念できないでしょって、長々とお説教された後に、音羽さんも聖フィリアで先生なるって言いだすし。そのせいで、今日の演奏会で一緒になるわけでしょ~? ほんともうね~……」

「あ、ちなみに小野寺さんのおじい様は、聖フィリアの理事長さんで、音楽科研究会の後援者でもあるんですよ」

「ほうほう」


 聖フィリアって、ちょっと俺知らなかったんだけど……っと、なるほど、お嬢様学校なのか。予測検索のとこに「聖フィリア お嬢様」って出てくるくらいには、なんかそういう感じっぽい。

 そして学校HPにアクセスしてみれば、音楽教育に力を入れた私立の女子校ということもすぐ分かった。

 在校生が個人で各種音楽コンクールで賞を取りました、とかそういう結果報告も載ってるし、そこで先生やってるのか、すごいな……。

 俺とは無縁の世界だなー。


「それまでは海外拠点に音楽活動してくれてたから楽だったのにな~」


 なるほど。ゆめとしてはかけられる期待が苦手というか、ちょっと鬱陶しいって感じなのね。


「でも聞いてる感じ、ゆめだって小野寺さんのこと嫌いじゃあないんだろ?」

「ん~。そりゃ嫌いじゃないよ~。あんなにピアノ上手いんだもん。尊敬してるとこはあるよ~。でもさ~、わたしが先に提出した演奏予定曲かぶせてくるのはさすがにやめてほしいかな~」

「今回で3回目だもんね」


 小野寺さんのことを考えれば考えるほど疲れてくるのか、相変わらずぐったりした様子のゆめに、マイペースに食事を続ける花宮さんが笑ってみせる。


 あれか、小野寺さんはゆめと同じ曲弾いて、勝負してるつもりなのかな……。


「役員のおじいちゃんたちも同じ曲はやめさせろってほんと……」


 そしてそれを止めない役員、ってことは……あれか? 美人な後援者の孫だし、すごい経歴の人だしで、忖度していいなりになってんのか? いや典型的な日本の組織っぽいけど……それ組織としてどうなんだ……?

 って、美人なのは関係ない、か?

 でもゆめよ、お偉い方の先生に「おじいちゃんたち」は失礼だぞ。


「これがあるから、夢華は音楽関係の知り合いを今まで1回も呼んだことなかったんですよー」

「あ、そうなんだ」

「うん~。でもだいとぴょんならいいかなって誘ってみてたんだけどね~。来たのゼロやんだったけど」


 そこでようやく久々にゆめが笑ってくれた。

 いや、まだまだ力ない感じではあるけど、その表情に俺もちょっと安堵の気分。


「いや~、でもまさかだったね~」

「ん?」

「あの集まりで音羽さんに何か言い返せる人なんていないからさ~。言い返してるゼロやん見て、ちょっとだけスカッとはしたんだよ~?」

「え? でも俺、余計な勘違いのままにしちゃったけど……」


 そしてそのまま少しにやにや顔になっていくゆめ。それに合わせて、花宮さんもちょっと楽しそうな表情に変化していく。


「ん~、初めてじゃないんだよね~。わたしに近づく男子いたら、毎回あんな感じだから~」

「え?」

「そだねー。夢華に近づくためには、まず小野寺さんチェックを通過しなきゃいけないって、割と学内だと有名だったもんねー」

「や~、マジうざいよね」


 あ、でた悪ゆめ……って、いや、いくらなんでもそれは過保護というか、過干渉じゃないか……!?


「この前付き合ってた人はピアノ関係の、大学の先輩だったから何も言ってこなかったけど、昔は自由に付き合えたのに、なんか気づくとLAやっちゃダメみたいな空気に変わってくんだよね~」

「裏で小野寺さん動いてそうだよねー」


 な、なんという……。いや、うん、さすがにそれはダメだろ……。


「小野寺さん、国内のコンクールで唯一負けたのが夢華だし、夢華のこと大好きだしで期待がすごいんですよー」

「え、大好き?」

「夢華がいるといっつも夢華のこと見てるもんねー」

「マジ迷惑だっての~」


 はぁ、と一度ため息をつくゆめ。


 いや、え? あれ愛情の裏返しだったの……?

 いやいやいやいや!? もはやそれ裏返りすぎて、文字化けしてたって!

 全然伝わってこないって!


「ちなみに私はもう敵じゃないというか、NPC枠に入ったみたいなので、夢華と私と小野寺さんの3人の時なんかもう、私そっちのけで『お菓子食べる?』とか『今日も可愛いわね』とかって頭撫でたり、夢華にデレデレなんですよ~」

「嘘だろ!?」


 いやいや、全然イメージつかないって! めっちゃスパルタ感でてたじゃん!


「基本距離近いもんね」

「もう子どもじゃないんだからやめてほしいね~……」


 そしてまた小野寺さんの話題が続き、ゆめがぐったりアゲイン。

 でもその反応的に、どうやらこの話が嘘偽りないってのは、伝わってきた。


 けっこう苦労してきたんだなぁ……。


 色々と不可解な関係だったけど、ゆめと花宮さんの話を聞いて、ようやく色んなことへの整理がついた。


 全ては小野寺さんのゆめへの愛と期待が生み出した暴走、ってことか。

 そしてピアノへの集中を阻害するものは、全て敵、と。


 いや、うん。才能とかすごいんだろうけど、人としてどうなのよって感じだね!

 ゆめにだって自分のプライバシーとかプライベートはあるんだし。


 でもそんな人に勘違いされたままだと、色々まずいじゃないか……?

 なんとか誤解を解くチャンスがあればいいけど……。

 

「あ、でも話戻しますけどー」

 

 ん?


 一人頭の中を整理していた俺に、じっと花宮さんが視線を送ってくる。

 戻すって、どの話題に戻すんだ?


 俺はその視線を受けながら、続く彼女の言葉を待つのだった。





―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 解説回ということで……。


 ここのくだりを書いていたら気づいたら1万字越えてました。

 なのでいったんここで一区切り。

 次話で第8章終了の予定です。

 第9章は新学期スタート前後からの内容の予定です!


(宣伝)

本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る