第210話 アンストッパブルウーマン

 一人で待つこと50分ほど、外はもう完全に真っ暗になった19時半過ぎ。

 反省会を終えたであろう年齢幅も様々な音楽科教員たちがぞろぞろと外へ出ていく流れが発生。もちろんほぼ全員が、不思議そうに俺に一瞥をくれるおまけつき。


 そりゃね、もう終わってだいぶ経つし、誰だよって感じだよね……!

 

 にこやかに会釈ラッシュをしつつ、俺は送られる視線に耐え続ける。


 そしてそんな一団を見送ってから、俺の待ち人が現れるまではもうしばし時を要した。


「ごめんね~。お待たせ~」

「お待たせしました」

「ううん、大丈夫……って……」


 そしてやってきた女性たち。

 その登場に、俺はちょっとびっくりというか……。


 マジすか。


「はじめまして。小野寺音羽と申します」

「は、はじめまして……。北条倫、です……」


 ゆめと花宮さんに加え、もう一人。


 近くに来て気づいたけど、この人俺と身長同じくらいなんだな……!

 さきほど会った時よりは少しだけとげがない気はするけど、それでもかなり力強さを感じる目力に、俺は無意識にちょっと委縮してしまった。

 はっきりした顔立ちの美人の目力って、半端ねぇ……!


 でも、なんでこの人もいるんだろうか……?


「いつも夢華がお世話になっているそうで」

「え? あ、いや、そんなそんな……」


 って、お世話になっておりますって……え? 俺とゆめの関係知ってるのか……?


 その言葉を受け俺はちらっと小野寺さんの横に立つゆめに視線を送るも、何やらゆめは困り顔というか、いつもの元気さがない感じ。

 そして言葉の割に小野寺さんも、目が笑っていない。


 なんだ? え、いったい何の話をしたんだ……?


「でもあまり遊びにかまけられても困るというところもあるのですが」

「はい?」

「それがさっきの体たらくですし」

「お、小野寺さんまぁまぁ」


 そして何故か少しヒートアップというか、少しずつ感情を露わに声を大きくしていく小野寺さん。その彼女を諫めようと、花宮さんが割って入ってきた。

 俺からすれば、正直全く状況が分からないんだけど……。


「今日の夢華の演奏を聴いて、どう思われましたか?」

「え、上手かったなって思いましたけど……」


 しかし花宮さんを完全に無視しつつ、俺に振られる質問。

 その質問に俺が答えるや、小野寺さんは露骨にため息をついてくれた。


「北条さんは音楽の経験はお有りですか?」

「いや、ないですけ――」

「でしょうね」


 食い気味!?

 っていうか「でしょうね」って、え、なんか失礼じゃね……!? え、待て!? 何でヘイト高めなの!?


「今日の夢華の演奏は0点です。付け焼刃のように練習はしたんでしょうけど、普段からの練習不足を隠しきれてませんでしたし。2曲目はまだしも、1曲目なんか途中で僅かに走ったり、曲想への理解が甘すぎです」


 その言葉に、ゆめも花宮さんも苦笑い。

 だが俺からすれば、たしかに小野寺さんの演奏はすごかったなって思ったけど、ゆめだって十分上手いなって思えたものだったのに。


「いつまでもゲームばかりしているから、そうなるんです」


 だが、どうやら何かのスイッチが入ったのか小野寺さんは止まらない。


「もっと本気でやってくれたら、夢華ならもっと上を目指せるはずなのに。だから北条さん、この子と遊んでくれるのはありがたいことですが、あまりこの子を引っ張りまわさないでくれませんか?」

「へ?」


 何となく、小野寺さんがゆめに大きな期待を持っているのは分かったけど、それと俺がどう繋がるっていうんだ?

 というか俺が引っ張りまわしたことなんてないんですけど……?

 むしろ俺の方が……?


 だが何だかさらに小野寺さんの視線は圧を増し、もはや不揮発性のヘイトがMAXになっているような状態に。


「それとも何か? あなたは夢華のことが好きで、添い遂げたいとでもお考えなんですか?」

「……へ?」

「いや、音羽さん――」

「夢華は黙ってなさい!」


 ……はい?


 そしてまさかの勘違いに、俺は何と言えばいいのかもわからず、ただただぽかーんとしてしまった。

 しかしゆめの静止など聞く耳持たないようで、小野寺さんの一喝によりゆめは再び閉口。


 小野寺さんの視線が相変わらず真っ直ぐ俺に向けられている状況の中、彼女に見えないように諦めたような表情でゆめが目で「ごめんね」と言っているのが、なんとなく分かった。


 いや、俺彼女いるんですけど!?!?!?


「でも残念ですが、夢華にはもっと自覚を強めてもらって、いずれはもっと大きな舞台で演奏をする人になってほしいんです。そのためにはもっと音楽の造詣に深い方とお付き合いしていただかないと」

「え、ええと、仰ってる言葉の意味が――」

「それだけの実力が、夢華にはあるはずなんですから!」


 どんどんと一人声を大にしていく小野寺さんに、おずおずとその意味を問い直す俺。

 だがそんな俺の言葉は通じやしない。

 

 いかんな……!

 と、とにかくまず彼女がいることは伝えないと……!


「あの、俺には――」

「とにかく、これ以上夢華を振り回すのはやめてください!」


 しかしやはり俺の言葉すら耳に入らないように、反省会前に向けられた時の数倍の怒りを感じるような睨み顔で一喝される俺。


「夢華のことを想うなら、なおさらです! いつまでもゲームなんかで振り回さないで!」


 静まり返ったロビー内に響く小野寺さんの声。

 その声は怒りに満ちていて、小さい子どもなんかだったら泣いてたんじゃないかなってほどだった。


 だが。


 その言葉を受け、俺の中でも何かが切れたような気がした。


「お言葉を返すようですが、それはゆめの気持ちを汲んだ上でのお言葉ですか?」

「え?」


 さっきまでどうしたものかと困っていた俺だったが、今は何故か落ち着いている。

 そしてその俺の様子に異変を感じたのか、ゆめが驚いたような顔を浮かべているのが目に入った。


 でも俺が向き合うのは、目の前に立つ強気な女性のみ。


「たしかに俺は音楽に詳しくないですし、小野寺さんの演奏とゆめの演奏、同じ曲を弾いてくださったからこそ、小野寺さんの方が上手いなとは思いました。でもゆめだって人前で演奏するために仕事後にいつもやってるゲームもやらないで、一生懸命練習したから、あれだけの演奏が出来たわけでしょう?」

「ちょっとゼロやんっ」

「たしかにあなたはすごい経歴があるのかもしれないっすけど、ゆめだって頑張ったんだなって俺は思います。俺に対して何か言うのは構わないっすけど、ゆめの努力をそんな風に切り捨てるのは、違うんじゃないですか?」


 睨んでくる小野寺さんに負けないくらい、俺も真っ直ぐに彼女を見据える。

 間を取り持とうとゆめが入ってきたけど、俺からすればゆめを馬鹿にされた気がして、正直かなり不愉快だったから、自分を止めることができなかった。


「あの程度の演奏でまだそんなことを」


 だが俺の言葉に、小野寺さんが鼻で笑った。

 その姿に俺のヘイトも急上昇。


「あなたに夢華の何が分かるっていうんですか!?」

「あなたこそ、ゆめの何が分かるんですか?」


 そして引かない彼女は、一歩前に出て強い剣幕で俺に迫る。

 そうなったとて、俺も引くわけにいかない。


「少なくとも、好きなことを我慢して練習に打ち込むくらい、ピアノも好きなんだってことは俺には伝わってきましたよ」

「そんな二つを追うようなことじゃ、もっと上を目指せないでしょ!?」

「だからって、ピアノやるだけが人生じゃないでしょうに。なんだってあなたがそんなにゆめのことをあれこれ決めるんですか?」


 小野寺さんとゆめの関係は知らないけど、彼女の言い分は間違っていると思う。

 ゆめの本職は先生なんだし、ゆめの人生にとやかく言うのは違うだろう。

 

 俺からすれば、あなたにゆめの何が分かるんだって話だよ!


 睨み合う俺たちに、何も言えないままゆめと花宮さんもちょっとどうすればいいか分からないような、戸惑いの表情を浮かべていた。


 うん、あとで謝るから、今は言わせてくれ。


「そこまで言うなら、あなたはゆめの人生を支えてあげられるとでも?」

「ゆめだって頑張ってるんですから……って、へ!?」

「わかりました。あなたが夢華をもっと輝かせてくれるというのなら、もう少し時間をあげましょう」

「いや、ちょ、え!?」

「お、音羽さん!?」


 し、しまった!!!

 そんなこと言われるなんて思ってなくて、返事ミスった!!

 ま、待って!?

 というかこの人何言ってんすか!?


 苦虫を噛み潰したような表情で俺を睨んでくる小野寺さんの言葉に俺は完全に臨戦モードが解除され、テンパりモード。

 同様に、今ばかりはさすがのゆめも動揺しているようで。


「夢華。次の演奏会の時、私を納得させる演奏をしてみなさい」

「え、あの、音羽さん! 待ってって!」

「北条さんがどこまで夢華を伸ばせるか、楽しみにしていますから」

「いや、え!?」


 そしてふんっとばかりに俺たちに背を向け、小野寺さんは去って行く。


「いや、違うんですってっ!?」


 そして虚しく響く俺の声。


 そこに残されたのは、茫然と立ち尽くす3人のみ。


 いや、マジで待てって!

 え、あの人絶対何か勘違いしたままだよね!?

 俺そんな意図で話してたわけじゃないんだけど!?


 ま、まずい!?

 誤解レベルがひどすぎる!!


 そして足早に去って行く小野寺さんの姿が見えなくなってから、茫然と立ち尽くす俺に対してゆめと花宮さんは、ただただ苦笑いを浮かべていた。






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以下作者の声です。

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 展開もClassic風に。

 そして関係解説、すみません次話に持ち越しで……!


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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。 

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