第207話 隣人との邂逅
「うし、じゃあ倫はまた明日! だいは倫のことをしっかり守ってあげてくれよ」
「任せて」
「いや、俺の立つ瀬がないんだが……」
そして相談に乗ってくれた分のお礼ということで、だいの分を大和が、大和の分を俺が払って俺たちは店を出た。
あ、俺の分? そりゃもちろん俺持ちですよ、当たり前だろ。
しかし、俺が奢るって言ってもなかなか「うん」とは言わないくせに、大和相手にはあっさり引き下がってたなー。
「じゃ、また何かあったらよろしく!」
「おーう」
「またね」
そして高円寺駅の改札まで大和を見送り、俺たちはだいが停めた自転車を取ってから、二人で我が家までの道のりを歩き始めた。
もちろんそのペースは、いつもよりかなり遅い。
「せんかんって、思ったよりも落ち着いた人なんだね」
「そうだなー。みんなといるとノリがいい感じだけど、普通に話してる時は裏表ないっていうのかな。嘘つかない、いいやつだよ」
「うん。そんな感じした」
「ちなみに、ぴょんは大和のこと何か言ってたりするの?」
「んー、せんかんと同じ感じかな。見た目はそこまでタイプってわけでもないけど、話しやすくていいかなとは思ってるって、一緒に温泉入ってる時言ってたよ」
「あ、そうなんだ」
「うん。あ、でもせんかんには秘密よ?」
「そりゃもちろん。大和もそこは聞きたがってなかったしな」
しかし、なるほどねー。
恐ろしいほどに思ってること同じやん、二人とも。
でも、ぴょんから誘ったってことは、ぴょんの方がその気持ちはちょっと強め、なのかな?
だんだんと駅から離れるほどに人影も少なくなる中、そんな会話をだいとする。
「せんかんくらい、ゼロやんも包み隠さず言ってくれると嬉しいんだけど?」
「え? あ、はい……気を付けます……」
「言ったからね?」
「わ、わかってるって」
そして不意に切り替えられる話題に、俺はちょっと委縮気味。
いや、うん、俺も見習わなきゃなってのは、思ったからね?
だいとの幸せのために、それは大事なことだし。
考えは、単純に、だろ。
「風見さんから連絡来たら何時でもいいからちゃんと言ってね? 私も行くから」
「おう。分かってるって」
そして風見さん問題へと話題が転換。
ファミレスで飯を食ってる時に、風見さんが今度来るときはちゃんと連絡すると言っていたのを利用して、彼女がそうしようとしたタイミングでだいを呼び、二人が話すという計画を立てたのだ。
連絡がいつくるかは全く分からないから、いつになるかはわからんけど。
「すぐ来ないようなら、私が202号室の人に言いにいこうかしら」
「いや、さすがにだいが行くのは不自然だろ。行くなら俺が行くって。……でもその人と付き合ってるわけでもないみたいだから、効果あればいいけど」
「あ、そっか。そういう関係ではないんだっけ」
「うん、そう言ってたよな。でも何なんだろうな、同じ趣味の知り合いみたいだけど。正直俺のイメージで、接点なんか浮かばねーんだよなー」
「さぁ? じゃあ明日にでも話に行ってみよっか」
「うん、そうだな。明日ご飯終わって帰ってきたら話に行くか」
「うん、そうしましょ」
明日は水曜日だから、だいとの外食の日。
これはね、外せない約束なので最優先。
でも問題を後回しにも出来ないから、風見さんから連絡がなくとも202号室の人に話をしに行くことも決定する。風見さんがいればなおよしってとこだしな。
しかしまさかね、住んで6年目になるけど、ここで隣人トラブルとはね。
いや、風見さん自体は隣人じゃないんだけど、まぁ風見さんが関わってるから、同罪ということでいいだろう。
頼りになる人だったらいいけど、すれ違った時の印象とか風見さんの話を聞く限りでは、頼りにならないような気もするけど、やらないよりはましだろう。
何とか早く落ち着いて欲しいものだ。
そう思いながら、俺は一歩一歩確実に、松葉杖をつきながらだいとの帰路を歩くのだった。
「じゃあ、またあとでね」
「おう。帰り気を付けてな」
「うん。……ゼロやんは私のなんだからね。ゼロやんも気を付けてね?」
「あ、そっちの気を付けてか。うん、大丈夫、同じ轍は踏まないから、安心してくれって」
「うん、分かった。じゃあバイバイ」
「おう。またLAで」
そうして俺の家の玄関まで確実に俺を送り届けただいにハグをしてからバイバイをする。
階段前まででいいよって言ったけど、もし階段を上がったところに風見さんがいたらとだいは警戒モードだったので、結局玄関に入ったところまでだいは来てくれたというね。
ほんと、大和の言う通り、俺が守られる側の姫扱いだなこりゃ。
しかし俺はだいのもの、か。
我ながら愛されてるなぁ、ふふふ。
でも、口に出されるってのは心配の裏返しでもあるのだろう。
何も言わずとも、当たり前にそばにいて、安心できるように。
そうなっていけるように、頑張らないと。
そんなことを考えつつ、俺はぱっぱと着替え、いつものルーティンのようにPCを起動し、俺の居場所である【Teachers】の活動日へと備えるのだった。
そして翌日、8月26日水曜日、午後7時32分。
恒例となっただいとの外食を終え、俺とだいは昨日と同じく、ゆっくりと歩きながら我が家へと向かっていた。
ちなみに今日行ったのは、原点回帰とも言える、初めてだいと二人で行ったスープカレーのお店。
相変わらずの安定感で、うん。美味かったぜ。
「結局昨日は動きなしだったのよね?」
「そうな。何て言うか、久々に穏やかな夜だったよ」
「あ、そっか。日月とバタバタだったもんね」
「そうそう」
思い返せば日曜の夜は亜衣菜の家で色々あり、月曜の夜は風見さんの襲撃。
ほんと、バタバタしすぎだったもんだ。
「とりあえず、早く確実な平和を手に入れないとね」
「そうだなぁ」
そのためには、まずね。
隣人さんが話の分かる人だといいなぁ。
風見さんの評価は馬鹿みたいに低いみたいだけど。
どうかいい方向にいきますように、そう願いつつ、俺はだいとともに我が家の隣、202号室を目指すのだった。
そして歩くこと20分ほど、20時前に俺たちは目的の部屋の前に到着した。
ピンポーン
この前は全く反応してもらえなかったインターホンを鳴らす俺。
でもさすがに平日の20時前だし、普通に考えて起きてる時間では、あるよな?
『はい』
そして待つこと数秒、インターホン越しの声が聞こえてきた。
「こんばんは。203号室の者なんですけど、今少しお時間よろしいでしょうか?」
なるべく丁寧に、余所行きの声で話す俺。
半歩下がったところでは、だいが俺の会話を見守ってくれていた。
『お隣さん? なんですか?』
「そちらを時々訪れている風見さんという方について少しお話したいんですけど?」
俺が隣人と知ってか、不思議そうに問いかけてくる声。
そりゃね、今まで1回もまともに話したことない人が訪ねてきたら、なんだって思うよね。
『風見? ……誰っすか?』
「え?」
な、なんだと……!?
どういうことだ!?
まさかの答えにだいと顔を合わせるも、だいも驚いたのか、かなり怪訝そうな表情を浮かべていた。
「え、ええと、茶髪の女性なんですけど」
だがここで引き下がるわけにもいかない。
俺は戸惑いつつも、何とか風見さんの見た目を伝えてみるが、それと同時に募る不安。
もし彼女が202号室の人と知り合いじゃなかったら、全部嘘を言ってたんだとしたら……。
まぁそうだとしたら、この前ばったり会った説明がつかなくなるんだけど。
『茶髪? あー、あいつか。そいつが何か?』
「先日夜中にうちの部屋を訪ねて来られまして、ちょっと迷惑を受けたというか、色々困らされたもので。その件について少しお話したいことがあるので、お時間よろしいですか?」
どうやら名前は知らないが、茶髪の女性に心当たりはあるようでホッとする俺。
だがなかなか姿を現さない202号室の人と、俺はインターホン越しに会話を継続する。
『別に、俺はあいつが何をしてようが関係ないんですけど』
だが、やっぱりなかなか出てこない隣人さん。
っていうか何それ? え、関係ないってどういうこと? 少なくとも知り合いだよね? 家にあげる仲なんだよね?
『というか、ほんとに203号室の人なんですか?』
そしてだんだんとインターホン越しの声が怪訝さを帯びていく。
いや、お前がドア開ければ1発で分かるからな!?
「何度かお会いしてるじゃないですか。出てきてくださればわかりますよ」
だが、ここでキレては何の意味もない。
俺は努めて冷静に、ドアが開くのを待った。
『ああ、そうか。はいはい、今行きますよ』
くっ……!
だがやっぱこいつなんかイライラするな……!
お前の知り合いの話なんだからさっさと出てこんかい!
なんて言わないけどさ!
ガチャ
「こんばんは」
「あ、こんばんは」
そしてようやく少しだけ開いたドアから、見覚えのある顔がちらっとこちらを覗いてくる。
用心深くドアチェーンはつけっぱなしというあたりに隣人さんの警戒っぷりが伝わってきたが、にこやかに挨拶した俺に、隣人さんも気だるげそうに挨拶をしてくれた。
そして1度ドアが閉まってから、再び開かれる。
「改めまして、203号室の北条と申します」
「どーも」
そして俺が名乗ったのに対しても隣人さんは名乗りもせず。
うん、じゃあまだあなたは隣人さんとしか呼べないね。
姿を見せた隣人さんは、上下黒のジャージ姿で、無造作に伸びた髪が目元までかかっており、ちゃんと立てば俺より背は高いのだろうが、ガリガリというのが相応しい細身で猫背な姿も相まってなんだか少し小さく見えた。
いつも見ていたスーツ姿でも陰気な印象は受けていたが、この格好だとまるで引きこもりとか、そんな感じを受けてしまいそうである。
そして俺に「どーも」と言ったあと、隣人さんの視線が俺の斜め後ろに動いた。
その視線の先は、もちろんだいだろう。
「初めまして。北条さんとお付き合いしている里見と申します」
「あ、はい。初めまして、
その視線に気づいたからか、一歩前に出て俺の横に立っただいが名を名乗り、それに合わせて隣人さんも小さく会釈……ってだいには名乗るんかい!
なんだそれ? だいが美人だからか!?
……いや、この際それは置いておこう。そうか、水上さんっていうのか。
「お時間をいただきありがとうございます。一昨日の夜、彼の部屋に風見さんが強引に入ってきたということで、この度は少しお話をさせていただきに参りました」
「はあ」
「はあ」て!? え、まさかの「はあ」って何!?
いや、あなたの知り合いなんだよね!?
名を名乗っただいがそのまま今回の訪問の用件を伝えても、水上さんはさっき言った通り、我関せずという空気を隠しもしない。
ううむ……一体どういうことなんだ……!?
「月曜日の夜……もう日付は火曜日になった頃、仕事終わりの風見さんが水上さんのお部屋を訪ねたけれどもドアを開けてもらえなかったということで、風見さんが彼の部屋に来たんです。失礼ながらお尋ねしますが、先日の夜は何をなさっていたんですか?」
「一昨日の夜っすか? あー、狩り行ってそのまま寝落ちしてた日かな。たぶん寝てたんだと思いますけど」
ん? 狩り……?
なんだ、狩りって? 鷹狩……なんて現代でやるわけないし、狩りったら、なんかのゲームか?
「狩り……? あ、ええと、その日、風見さんが来ることは知ってらっしゃったんですか?」
「あー、そういや家出てく前にまた戻ってくるって言ってたっけな……」
そして俺と同じく「狩り」という言葉が気になったであろうだいだったが、その言葉を深掘りせずに、本題を続ける。
いや、でもさ!? え、戻って来るって聞いてたのに、寝落ちしてたの!?
いやそれはダメだろ! 家にあげるような仲なら、ちゃんと責任取って迎え入れてやれよ!?
あんた俺よりも年上だろたぶん!
「失礼ながら、風見さんとはどういうご関係なんですか?」
だんだんとイライラしてきた俺だが、なるべくその感情は出さないように風見さんとの関係を聞く俺。
だが、俺の質問に対して水上さんは何か動じた様子もなかった。
「ただの遊び仲間ですよ。北条さんたちみたいな関係じゃないです。だからあいつが何してようが、俺は別にって感じですから」
「遊び仲間……」
「それだけですって。仕事終わりに、実家戻るよりうちが近いからってたまに来るくらいだけですから。だから別に北条さんが好きにしても何も思わないですって」
「いや、好きにって!?」
そしてそのまま続けられる俺には関係ないことなんで、みたいな態度。
その態度が、正直に俺には理解できなかった。
遊び仲間だろうが、自分の仲間には違いないだろうに。そんな女性に対して男の俺に好きにしていいなんて、マジでどういう神経してるんだ……?
そして思い出す、風見さんの「尊敬度マイナス5万」という言葉。
たしかに他人なんてどうでもいいとか、そんな風に思ってそうな感じだな……!
「あ、彼女さんの前でこれは失礼」
そして思ってもなさそうな感じのまま、会釈する程度に頭を下げてくる水上さん。
「いや、でも風見さんはあなたの家に行くことを目的に来てるんですよね? だったら少しくらい面倒見てあげてもいいんじゃないですか?」
「別に俺が来いっつってるわけでもないですし、あいつが勝手に来てるだけなんで。あいつ来たけど俺が寝てたことも初めてじゃないし」
「でも、共通の趣味で知り合った仲間なんですよね?」
俺の問いにひたすら「俺は関係ない」とでも言いたげな答えを続ける水上さんに、今度はだいも詰め寄る。
口調は穏やかだけど、その声にはやはり苛立ちが感じられた。
「仲間たって、ただのオフ会で出会った顔見知り程度ですって。俺からすればオンなら仲間だけど、オフには興味ないんで」
オフ会、だと?
イラっとする答えが続く中、その言葉が俺の脳裏に引っかかった。
そして思い出す、風見さんから送られてきていたスタンプ。
彼女が俺に連絡先登録よろしくって意味で送ってきていたスタンプはうさ耳の女の子のキャラクターだったのだが……そう、それは俺もだいも知っている、LAを題材にした漫画の登場人物だったのだ。
そして先ほど言っていた「狩り」という単語。
ってことは、まさか……!?
「オンの仲間ならオフでも仲間でしょう? オフで関係が悪化したら、オンの関係も悪くなるに決まってるじゃないですか」
俺がまさかな、という想像している間に、だいが水上さんに少し強く口調でそう言い放つ。
きっとだいも水上さんの言葉に思うところはあったのだろう。
MMORPGの世界にいるプレイヤーキャラには皆中の人がいて、動かすのが人間であるならば、当然オンとオフは切り離すことはできない。
オフの不調はそのままオンの不調になりかねないし、オフの関係がオンの関係に響くこともある。ひどい場合なんかそれで居場所を失うこともあるのだ。
自身の経験や、ジャックの話なんかを聞いているだいからすれば、水上さんの発言は理解しがたいものだったに違いない。
もちろん俺も、水上さんの言葉は受け入れがたいものだった。
「別にそれならそれで仕方ないかなって……って、あー、そっか。今あいついなくなるとちょっと面倒か……」
「ん?」
別に関係が悪くなっても気にしない、そんな感じだった水上さんが、急に声を小さくして何か考えるような仕草を見せた。
語尾が小さくてあまり聞き取れなかったけど、今いなくなると面倒って、言ったんだよな?
「あー、わかりましたって。一応気を付けるようにして、あいつに北条さんに迷惑かけんなって言えばいいんですよね? 今度来たら言っときますって」
そして急に言うことが変わったせいで、俺とだいは少し拍子抜けというか、唐突な変化にびっくり。
「うちの仲間がご迷惑おかけしました。これでいいですか?」
「え? あ、分かってくれたなら、いいんですけど……」
態度はふてぶてしいというか、気持ちはこもってないままだったけど、とりあえず言葉だけは謝罪をしてくる水上さん。
「とりあえず、年末か年明けまではちゃんとさせますから。じゃ、失礼します」
「あ」
そして俺らが挨拶をする間もなく、お前らの要求には応えるからとでも言わんばかりに、バタンと扉が閉められる。
そのまましばし、202号室の前で立ち尽くす俺とだい。
そして気になった、「年末か年明けまでは」という言葉。
短い時間だったが、所々で飛び出してきた気になる単語が、俺の脳内で繋がり出す。
「とりあえず、伝えてくれるのかしら……」
扉が閉まってから数秒後、隣に立つだいが俺に声をかけてきたが、俺はそれに反応せず。
「じゃあ、お家もどろっか……って、どうかしたの?」
そして俺に声をかけただいが、何やら俺が考え事をしているのに気付く。
だいが俺の肩に手を置いてくれるまで、声かけられてることにも気づかなかったんだけど。
俺の脳内には、一つの可能性が浮かんでいた。
「あのさ、確定したわけでもないんだけど」
「うん?」
そして俺は、ポケットにいれたままだったスマホを取り出し、ある画面を開いてだいに見せる。
「え? これって……」
「もしかしたらってこと、あるかもな」
俺に画面を見せられただいは驚いた表情を浮かべ、しばし俺と顔を見合わせるのだった。
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以下
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プレイヤーキャラの中にはみんな中の人がいる→え、BOTは?
と思われる方もいると思いますが、一応それを管理している人を中の人ということでご理解ください……。
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉はちょっと途中で停止状態ですが、1,2作目掲載中です。
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