第203話 落ち続けるも這い上がるもその人次第
「あたし菜月のことは嫌いだったんすけどねー。でもどっかで菜月みたいだったらって、思ってた部分もあったのかもしんないんすよね」
「え?」
そこそこの時間スマホとにらめっこしていた風見さんだったが、何を見つけたのか、彼女は俺に向かってスマホの画面を見せてきた。
そこにいたのは、いわゆるナチュラルメイクっぽい、黒髪をセミロングに伸ばした笑顔の清楚系美人。
かなり可愛いし、どことなくちょっと笑ってる時のだいに似てる気もした。
「これ、大学の時のあたしっす」
「ええ!?」
いやいやいや!? え、何がどうなって今こうなった!?
いや、よく見れば顔のパーツとかは同じっぽいけど、ギャルっぽい雰囲気の今とその写真とでは、イメージが全然違う。
今はかなり明るめの茶髪だし、髪も割と短めに切ってるし……。
「この見た目してる時は高校生の時よりも長く続く恋愛もあったし、就職もすんなり決まったんすよねー」
そう言った風見さんの表情は、ちょっと疲れたような、何かに諦めたような、今にもため息をつきそうな雰囲気に変化。
なんとなく、これは彼女にとっての黒歴史なのかもしれない、そんな感情が伝わってきた。
でも疲れてるのは俺も一緒なんすけど。ため息だったら俺もう何回ついたかわかんないぞ……?
そう思うけど、昼間にだいと話していた時の雰囲気が100%嘘だったとは思えない部分も感じていたので、彼女が何を聞いてほしいのか、俺は彼女の後続の言葉を待った。
「菜月っぽく清楚を意識して、言葉遣いも綺麗にして、そうやってあたし大学の頃も就職してからも過ごしてたんすよ」
「ほう……」
「みんなに笑顔振りまいて、気を遣って。菜月は愛想も何もない奴でしたけど、まぁ見た目だけは菜月をイメージしちゃってたんすよねー」
「ふむ……」
たしかにその見た目でそんな振る舞いをしてたら、色んな男が寄ってくるだろう。
この夜中の襲撃前まで、よく笑う、感じのいい子だなーって俺だって思ってたし。
「でも、そうやって過ごしてる内に、なんか急に疲れちゃって」
「え?」
「毎日毎日同じ仕事して、同じ愛想笑いして。ふと家帰って鏡見た時すごい疲れた顔してて、これでいいのかな? って思ったんすよ。なんか、らしくないなって。あたしが普通だと思う生き方、出来てないなって」
俺に見せていたスマホを手元に戻し、自嘲気味に今度は自分でその画面を見入りながら、彼女はなんとも言えない表情へと変化した。
「だから、あたし去年の3月で仕事やめたんすよ。自分作って、男社員に気を遣ってにこにこしたりとか、めんどくなっちゃって」
「そう、なんだ……」
「で、しばらく目的もなくふらふら遊んでました。ほんとザ・くずの生活っすよ? 実家だったから貯金は貯まってたし、仕事もしないでふらふらーってね。で、そんな時に出会ったのが
「ふむ……」
「同じ趣味の繋がりだったんすけど、初めて会ったのが去年の暮れだったかなー」
そして今度は何かを懐かしむような表情へ。
こいつ、表情のレパートリー豊かだな……!
「あ、北条さん会ったことあります?」
「え、そりゃ202号室の人は俺より前から住んでるし、すれ違って挨拶するくらいには……」
「あ、挨拶できるんだあいつ」
「へ?」
まさか、みたいな驚きの表情を浮かべる風見さんに、俺は逆にびっくり。
いや、君より全然社会人っぽいっていうか、真面目そうな人だと思うけど……。
「あいつ、マジで周りのこと気にしないで、生きたいように生きてるんすよ」
「え?」
「そんな奴見て、イラっともしたんすけど、それも突き抜けてなんか笑っちゃったんすよねー」
「ほほう……。そんな人なんだ」
うん、人は見た目によらねぇな。
俺の隣人のイメージは暗そうな人、だからね。ちょっと偏見だけど、対人関係なんかでびくびくしたりとか、そんな感じの人かと思っていたのに。
「あ、人としての尊敬度で言えば、初対面の人を1として上限を10としたら、あいつはマイナス5万くらいっすよ。言っとくけど」
「いや、振り切れすぎだろ!?」
ピンと人差し指を立てて、何故かちょっと自慢気に笑いながら風見さんがそう話す。
いや、何それ!? どんだけだよ!
「ちなみに北条さんは5くらいっすかね、今んとこ」
「いや、それ個人の感覚だからわかんねーよ……」
「理由は先生やってるってのと、あたしの誘いに乗らなかったからっす」
「だいたいの奴は乗らねーだろ!」
「えー、そんなことないっすよ?」
「え? ってやめろ! その話広げなくていい!」
ふらふら遊んでた時そういうこともあったってことだろそれ!
そんなこと言いながら彼女は今度はケラケラと笑い出すのだが、いや、でもこいつの話どこまでほんとなんだ……?
ほんとだとしたら、なんかちょっと……。
「ま、今日の北条さんはもう弾切れなのかもっすけど」
「いや、ちげーわ!」
たぶん、たぶん、たぶん……。
「ま、そーいうことにしときましょうか。でね」
「ん?」
「あのダメ人間と会ってから、あたしも周りとか気にしないで、あたしらしく生きればいいのかもなーって思ったんすよ」
そしてまた少し落ち着いたトーンに戻った風見さんは、目を閉じて何かを思い出すように、穏やかな表情に変化。
さっきからの変化は、まるで彼女の人生がアップダウンを繰り返していたのを代弁するような、そんな気がした。
「だから思いっきり髪も染めて、メイクも高校時代の雰囲気に戻して、そんで色んな人とあたしらしく関わってみよっかなって。だから人と話す仕事ってことで今バーで働いてるんすけど」
「ふむ」
「ね? あたし可哀想だったでしょ? 慰めてくれてもいいんすよ?」
「いや、同情を強要すんな。それこそお前の主観だろ」
「うわ、つめたっ」
「普通だわ普通」
「また言ってるし」
「やかましいわ!」
今さらながらなんでだいの友達……じゃなくて知り合いの侵入者の身の上話なんか聞かなきゃならんのだと思いつつも、今まで俺の周りにいたことがないような存在の話は、ちょっとだけ興味深くもあった。
つまりだいへの負の感情で迷走して、仕事もやめて惨めな頃があった、ってことか。
しかしだいが元凶って思うのは、違うと思うけど……。
でもそれは置いといても、今は前向けてるんじゃん。
病んでるというか、そんなメンタルのままで今日のだいを見て、もやもやしたとかならまだ分からないこともないけど、せっかく前向こうとしてんならさ、ね。
自分を下げようとするような、こんなことする必要ないよな。
「仕事辞める時とかは相当追い込まれてたんだろうけど、でもそっからお前はこうやって生きていこうとか、ちゃんと社会復帰に向けて頑張りだしたってことだろ? だったら別に同情なんかいらねーだろ」
「え?」
「むしろ偉いな、頑張ったなって言葉のが合ってるんじゃないか?」
「えらい……?」
「一度落ちたまま、そのまま落ちっぱなしで世の中をヘイトしてるやつだっていっぱいいるだろうしさ。悩んで苦しんで、でも頑張ろうとしたから今そうやって笑えてるんじゃないのかよ?」
俺の言葉を聞く風見さんは、ちょっとぽかーんというか、何言ってんだこいつみたいな顔をしていた。
いや、ちゃんと聞いてんのかおい?
「だったら尚更、人の足引っ張るようなことしようとすんじゃねえよ。菜月を見てお前がどう思ったとしてもさ、人の足を引っ張る奴は自分も下に落ちることになるんだから。結局なりたくない自分にしかならないぞ。せっかく前向こうとしたのに意味ねえだろそれじゃ」
「え……あたし褒められてるんすか?」
あ、ちゃんと聞いてたか。
目をぱちぱちさせて俺を見てくる風見さんは、なんかちょっと普段相手にしてる生徒みたいだった。
だいと同じ高校で、ちゃんと大学も出てるからうちのやつらよりも学力は高いんだろうけど、中身が変なまま年を重ねてしまった、そんな感じ。
「全部じゃないけど、そういう部分もあるだろ。だからこそ君が今やろうとしたことは間違ってる」
「……そっか。あたし、頑張れてたんだ……」
ちょっとだけ俺の言葉が届いた様子に、気づけば「お前」呼びからまた「君」呼びをしていた俺。
そんな俺の言葉に、風見さんの反応は自分に対して言い聞かせるような、そんな言い方だった。
「普通に考えて、頑張ろうとしたんだなっては思うよ」
「でた普通」
「おい」
でもすぐにふざけてくるとは、つかみどころがねーなほんと……!
だが、もう何度目か分からない俺のツッコみに、彼女は「ししし」と印象的な八重歯を見せつつ笑っていた。
「北条さんなんか、先生みたいっすね」
「いや先生なんだわ」
お前俺の尊敬ポイントで先生って言ってたやないか!
「でもそっか。あたし偉いのかー」
「おい聞いてんのか?」
「莉々亜偉いぞって、褒めてくれてもいいんすよ?」
「は?」
「むしろ褒めろ」
「なんでだよ」
謎の称賛の強要を求めながら、ぴょんとベッドから降りてくる風見さん。
そして彼女は片膝を立てて座る俺の伸ばしていた右足をまたぎ、俺の左膝に手を置いて、ぐいっと顔を寄せてきた。
「褒めろ」と訴えてくるその目はまるで甘えてくるような小さな子ども。
いや近い近い近いって!
見た目が良い分ちょっと恥ずかしいから、そんなこっちくんな!
だがさっき強引に奪われる形だったとはいえ、触れ合ってしまった口元にも無意識に目がいってしまい、変な汗がじんわりと。
「褒めろっ」
「あーもうめんどくせえな」
そして再びの強要。足を抑えられてて動けない俺は、このままだと延々と繰り返されそうな雰囲気に俺は心無い「えらいねー」を言いながら、渋々彼女の頭を撫ででやった。
なんだこいつ、なんでこんな懐いてんだ?
「莉々亜偉いぞはー?」
「いや、調子乗んな」
「えー、けちー」
せっかく形だけでも褒めてやったというのにちょっと不服そうな風見さんだったが、とりあえずは満足したのか再びベッドの上に戻っていく。
いや、というかそもそも褒めろって、何歳児だお前は。
俺がそんな風に呆れた様子で彼女を眺めていると。
「なるほどねー」
「いや何がだよ」
謎の言葉を呟く風見さん。
そのまま彼女の様子を伺っていると、突然彼女の顔がぱっと見えなくなり、同時にぼふっ、という鈍い音が響く。
「おい!」
「眠くなったっす! 仕事頑張ったから! あたし偉いから!」
「ほんとに偉い奴はそんなこと言わねえわ!」
枕の向きとは直角に、ベッドを横断する形で仰向けに倒れられ、俺は安息の地を奪われた心地。
いや、そもそも彼女が侵入してきた時点で安息の地ではなくなってんだけど。
マジでこいついつ帰るんだ……?
「あ、そうだ」
「うお!? な、何だよ?」
俺が困り果てた感じでどうしたものかと考えていると、いきなり風見さんが身体を起こしてきた。
そしてじっと俺の目を見てくる。
な、なんだ……?
「チューより先のお礼は、また今度に取っとくっすね!」
ペロッと舌を出してそう言ってきた表情は、正直かなり可愛かった……。
いや、違うだろって!
「いやそんな必要ねーから!」
「さらに今日褒めてもらったのもプラスしてー、いつでも呼んでくれていいっすよ?」
「呼ばねーし!」
「無料デリヘルみたいな?」
「女の子がそんな言葉口にするもんじゃありません!」
「えー。でもほら、風俗は浮気にならないって言うし?」
「なるから! ダメだから!」
いやマジでこの女どんな思考回路してんだよ!!
「ふふふ。でもあたし弱味写真持ってるんで。別に今日のこと菜月に言ってもいいんすけど、どうなるかなー?」
「ひ、卑怯だぞおい! ちゃんと消せって!」
「女に恥かかせたんだから、嫌でーす」
「おい!?」
「あ、もう3時なるじゃないっすか。じゃあおやすみなさい!」
「寝んな! 帰れ!」
「あ、起きる時起こしてくださいねー」
「は!?」
そして再びばたんと倒れた風見さん。
「お、おい!?」
そしてあっという間に聞こえてきた、穏やかな呼吸音。
「え、マジで寝たの!? いや、マジで帰れって!!」
202号室の人! 早く連絡してあげてよ!!
そんな俺の声も思いも虚しく。
自由すぎる彼女に、俺は為す術なし。
そこまで悪い子じゃないとは思ったけど、さすがにさっさと帰って欲しい。
まるで迷子を拾った心地。
襲来からの侵入事件、さらに逆セクハラに脅迫と、散々な目に合わされた相手と予想外に長々と話をしてしまったが、俺は目の前で横になってしまった風見さんを前に、大きくため息をつくしかないのだった。
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以下
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。
お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!
更新は亀の如く。いや、かたつむり……。
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