第202話 そんなことで
「その普通って、北条さんの普通でしょ?」
「え?」
ベッドの上に腰かけつつ、いつの間にか足を組んだ姿勢で床に座った俺を見下ろす風見さん。
なんで知り合ったばっかの年下の女に見下されにゃならんのだとは思いつつも、俺は彼女の放つ雰囲気に、少し気圧されていた。
「あたしの普通は、北条さんのとは違うんだよ。相対主義ってやつ? 少なくともあたしの人生じゃ、普通に菜月を友達っていう風には思ってないかな」
「え、じゃあだ……菜月のこと、嫌いなのか?」
俺が聞くと、彼女はどこか自嘲的な笑みを浮かべた。
「嫌いかどうか、ねー。好きか嫌いかの二者択一なら嫌い。でも最後に会ってからもう何年も経ってるし、もう昔ほどじゃないけどさ」
「え、でも今日会った時、普通に話してたじゃん?」
「はい、でた北条さんの普通。何? 北条さん職場に嫌いな人とか苦手な人いて、その人にその感情出しながら話すの?」
「え、いや、そんなことはないけど……」
「でしょ? もうガキじゃないんだし、1対1ならまだしも
そう言われて俺は押し黙らざるを得なくなる……。
しかし、何故こんな夜中にいきなりやってきた年下の女に論破されかけているのだろうか?
でも、そうか。だいが仲良くはないって言ってたのはこのことだったのか……?
「ま、久々に会った時はほんともうどうでもいいかなって思ってたんだけどねー」
「え?」
「でもさ、あの真面目で愛想もなかった菜月が、北条さんの前だと明らかに楽しそうだったから、ちょっとむかついたんだよね」
「え、な、なんで?」
「菜月から、ほんとに何も聞いてないの?」
「……部活でエースの座を奪われたって話は、聞いたけど」
だいから聞いた話を思い出しながら、変わらず不敵な笑みを浮かべている風見さんに答える俺。
だが、その俺の言葉に風見さんは何故か爆笑。
「マジかー。あいつそんな風に思ってたんだ。……あー、やっぱ嫌い」
「え?」
「そりゃたしかにあたしは菜月にエース取られたけどさ、自分の実力くらい分かってたっつーの。2年の時はあたしの方が顧問に全力でアピってたからエースナンバーもらえたけど、チームのみんな全員があたしより菜月の方が上だって思ってたと思うよ」
「え、じゃ、じゃあなんで……?」
あっさりと部活が理由ではないと語る風見さん。
久しぶりに昔を思い出したのか、彼女はちょっとだけ過去を懐かしむような顔になった。
「あマジで気づいてなかったんだ」
だが、その顔は一瞬にして不機嫌全開モードに変わる。
「3人」
「え?」
「取られた男の数」
「はい?」
え、どういうこと?
だいが男を、取った?
いやいやいやいや! あいつは付き合ったの、俺が初めてって言ってたぞ!?
「高校3年間あたしと菜月は同じクラスだったけど、一人目は高1の時。あたしはクラスに付き合ってた男がいたけど、そいつは文化祭準備でちょっとだけ菜月と話したのがきっかけで舞い上がりやがって、あたしはフラれた」
「……へ?」
「高2の時は中学同じだったやつと付き合ったけど、あたしの試合応援に来て、そこで菜月を見て一目惚れしたとかぬかしやがってあたしはフラれた」
「おおう……」
「高3の時は同じ塾の奴と付き合った。で、そいつとはセンター試験の会場が一緒だったから、休み時間にそいつがあたしに会いに来た時に、同じ教室で受験してた菜月を見て一目惚れしたとかぬかしやがってまたフラれた。まぁあの男は大学落ちたから、いい気味だったけど」
「なんと……」
そういう意味の3人、ね……。
「一人目と二人目は菜月に告ってたけどあっさりフラれやがって、結局あたしのとこに戻ろうとしてきてあたしにキレられてるっていうマジくそ男たちだったけどね。でも分かる? あたしのプライドがどんだけ傷つけられたか」
「いやぁ……」
な、なるほど……。
風見さんも十分綺麗な人だけど、ちょっと勝気っていうか、ギャルっぽい感じだから、真逆の清楚っぽいだいに男たちは惹かれたのか。
……うん、高校で働いてるから思うけど、男子高校生たちからするとギャルっぽい子より清楚な子の方が人気だったりするもんな。
きっと当時もそういう感じだったんだろう……。
でもそれって……。
「別にあいつは君を傷つけようとか、そんなこと思ってないだろ……?」
「それが余計むかつくんじゃん」
「おおう……」
火に油を注いでしまった。
「菜月がどう思ってたのにせよ、あたしがあいつを嫌いになる理由には十分でしょ。そりゃ今だったらあたしがもっと相手の好みに合わせてたらよかったのかなとか思うけどさ、こんな記憶があったら、菜月のこと好きで友達だよって風にはならないって」
そう力強く言い切る風見さんに、俺はなんと言えばいいのやら。
でもだからって、ねぇ?
今君がしようとしてることは間違ってるぞとは伝えたい。
「うん、とりあえず君が言いたいことは分かった。普通に友達って言った俺の言葉は撤回する。でも、それと今君がやろうとしてることは違うだろ」
「違わないし」
え、即答!?
「いや、何でだよ?」
「あたしからすれば菜月には大きな借りがある。たとえそれが一方的だとしても、あたしがそう思ってんだったらそれは消えないし。で、その菜月が北条さんと付き合ってて、北条さんといるのが幸せそうだった」
だいへの借り。なるほど、プライドを傷つけられたって部分か。
うーん、なんというか……理由が子どもだな……。
そこで一度言葉を切った風見さんが、印象的な八重歯を見せてにかっと笑う。
「だから北条さんがあたしとヤっちゃえば、北条さん菜月に対して気まずくなるでしょ? 直接菜月に言わなくても、その気まずさを北条さんがずっと持ってくれれば、ちょっとは気も晴れるじゃないっすか」
「いや、おい!?」
言いたいことを言いきって少し落ち着いたのか、風見さんは再び不思議な敬語混じりの言葉遣いに戻ったけど、その発言は問題だぞ!?
「やー、まぁ正直シよって言ったら即ベッド連れ込むような、気まずさも何も感じなさそうな人だったらどうしようかなとは思ったっすけど、北条さんはちゃんとそこらへん気にしてくれそうな人みたいだし?」
「するわけねーだろ普通! っていうか、お前の感情に俺を巻き込むなって!」
とんでもないことを言い出す風見さんに、俺は再び「お前」呼びに戻ってしまった。
いや、でもこれはしょうがないって。
マジで何なんだこの女……!?
「はいでた普通ー」
「今のは一般論だ!」
「あー、まぁ今のはそうっすね。でもさー、やっぱ嫌いな奴が幸せだと、ムカつかないっすか?」
いやそんなこと、天気の話するくらい簡単に言うって、いやいやおかしいだろ!
「人を呪わば穴二つだぞ……」
因果応報。
人を傷つけたいなら、傷つく覚悟は絶対に必要だ。
人間関係ってどこでどう繋がるかわかんないし、人を傷つける人は、そういう人だって思われてくから。
逆に人の幸せを願える人には、いいことが起こると思うし。
「別にこっちの穴はいつでもOKなんすけどねー」
「そういう意味じゃねえ!」
なんだこいつ!? 人の話聞いてんのか!?
「いやーでもほんとにヤんないんすか?」
「やんないわ! というかこの流れでそんな風になると思う方がどうかしてるぞ……」
「えー……あ、北条さんっていくつっすか?」
「え? 俺はまだ27だけど、年明けたらすぐ28になる年だけど……それがどうしたよ」
「そのくらいの年だと、もう今日は元気でないのかー」
「おい!?」
どんな脈絡でその発想なるんだおい!
俺だってまだまだ元気……いや、連続とかそういうのは学生の頃と違って絶対無理だけど……って、ああもう、今それは関係ねぇだろ!
「あ。別に病気持ちとかじゃなきゃ、つけなくてもいいっすよー?」
「なっ!? ふざけんな! いやマジでもっと自分を大事にした方がいいって……」
あー……疲れる。この女と話すのはマジで疲れる。
だいと同級生ったら今年26歳だろ?
その年でそんな考えって、マジでどうなってんだよ……。
「あはは、やっさしー」
そう言って笑いながら足を組み替える風見さん。
何が楽しくてこいつ笑ってんだよおい。
「つーかさ、菜月に対して恨みっつーか、不幸を願うくらいなら、普通に自分の幸せを掴もうとすればいいじゃん」
「北条さん普通って好きっすねー」
「話を逸らすな!」
「あたしの幸せは、あたしが決めるんで」
「いや、だってそんだけ美人だったらふ……すぐ彼氏くらい出来るだろ。高校生の頃だって、3人も彼氏いたっていうし」
あっぶね、また「普通」っていうとこだった。
「普通」って言葉に対してこんなに面倒な奴、初めてだぞ。
「おー。さらっと人のこと美人とか言っちゃうんだ。なるほど、悪い男っすねー」
「あっ!?」
俺の言葉をどう思ったかは分からないが、俺の失言を捉えた風見さんがあざとくもウィンクをかましてくる。
いや、どこぞの女子アナか何かかお前……。
まぁ、状況抜きに絵面だけで考えれば可愛いと思わせる仕草だったけど……。
「ちなみに菜月に取られた男含めて高校生の時付き合ったのは5人っす」
「ご、5人!?」
いや、多いな! でもそれ、一つ一つ短すぎだろ!
あっけらかんと答える風見さんに、俺は目が点。
え、そんな頻繁に変わるもん!?
って、あーでも高校生の恋愛って、生徒見てると3か月以内に別れる奴ら、けっこういるか……。
「大学の時も5人は付き合ったから、トータルだと10人? そんくらいっすかね」
「じゅっ!? いや、そんだけすぐできるんだったら、今だって――」
「聞いてくれますー?」
「へ?」
あまりの数の多さに驚く俺だったが、そんな俺の様子など一切気にならないように、俺の言葉を遮ってまでいきなり何かの話題を振ろうとしてくる風見さん。
そして彼女は、さっき放り投げたスマホに手を伸ばし、何やら指先で素早く操作を始める。
これ以上何を聞けというのだろうか?
とりあえず、俺としては早くご退場願いたい。
この子がやろうとしたことに俺が乗ることなんてないんだから。
でも、そんな俺の気持ちはおかまいなし。
なにやら「どこかなー」とか呟きながらスマホをいじり続ける彼女に対し、俺は大きなため息をつくしかできないのだった。
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以下
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この二人の会話シーン、ほんとは一気にいくつもりでしたが長くなったので2分割に。
後半に続きます。
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。
お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!
更新は亀の如く。いや、かたつむり……。
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