第200話 君が思うよりも世界は狭い
里見菜月>北条倫『今から帰るから、18時くらいには行くね』17:12
お、もうこんな時間か。
北条倫>里見菜月『了解。ありがとな』17:14
返信、っと。
ちなみにあの後無事に買い物を終えた俺は、階段の上りは難なくこなし帰宅した。
そして作り置きしてもらった飯を食った後は、再度ログインしたり、仮眠を取ったりと、まぁだらだらした時間を過ごして今に至る。
まぁ一朝一夕で治るようなもんでもないだろうし、少しずつ慣れていくしかあるまい。
部活のことは、普段ノータッチの副顧問の先生にも協力を仰ぐしかないかな。
そんな感じで明日以降のことを考えたりしつつ、だいから連絡を受けてからも適当に時間を過ごし。
里見菜月>北条倫『買い物終了。あと5分くらいで着く』17:48
あと5分……ってことは、あれかな。学校から直で買い物行って、そのままチャリで来るってことか。そっか、だいも午後からの出勤だったから、あの頃には雨止んでたか。
でもチャリなのは、あれか。さすがにこの足じゃ俺は帰り道を送ることもできないって思われてんだよな。
しょうがないとはいえ、だいを家に送るくらいは彼氏としてしてあげたいとこなのに、無念。
そんな連絡を受けて、ちょっと経った頃。
ピンポーン。
聞き慣れた我が家のインターホンが鳴らされる。
あと5分って言ってたし、間違いなくだいだよな。
そう思って俺が玄関の方へひょこひょこ移動していくと。
「あれっ!? え、うっそ!? 菜月じゃーん!」
玄関のドア越しに、聞きなれない声が聞こえてきた。
でも、この声どこかで……?
「えっ? あっ、えっ?」
「こんなとこで会うなんてっ! ひっさしぶりっ!」
「う、うん……久しぶり、だね」
その声に反応するだいの声が、同じくドア越しに聞こえてくる。
雰囲気的に、知り合いってことだよな……?
でも、誰だ?
そう思って俺が玄関のドアを開けると。
「えっ、そこの
「え、あ、うん……」
扉を開いた先にいたのはもちろんだい。夏休みだからか割とラフ気味にベージュのパンツに白のブラウス姿で、手には野菜類が入ったスーパーの袋を持っている。
そしてだいは、俺からすると開いたドアで遮られた方向、202号室の方を向いて話していた。
その表情は、ちょっと緊張気味っぽい。
「えー、マジびっくりなんだけど! え、何々? 彼氏さんー?」
「あ、う、うん。そう、だよ」
「わーお! あの菜月に彼氏かっ! びっくりだっ!」
ドアが開いて俺が見えただいは、ちらっとだけこっちを見てきたけど、すぐに視線を202号室側へ戻す。
話してる口ぶり的に、だいを大人しい性格だと思ってるっぽいから……高校か大学の知り合いか……?
ん、待てよ……?
だいの高校か大学の知り合い……この声……だいの家で見た卒アル……202号室……。
あっ!!
そこで俺の中に、電撃が走ったようにある答えが浮かんだ。
そうじゃん!! 今日の昼過ぎに助けてもらった八重歯さん、だいの卒アルで見た人と似てるじゃん!!
ってことは、えーっと……なんだっけかな、名前……。
「
「そだよー。まぁあたしの場合は彼氏とかそんな関係じゃなく、ただの遊び仲間だけどねー」
それだ! 風見さんだ!
ってことは、だいの高校の部活仲間か!!
って、あれ!? 彼女じゃなかっただと!?
「菜月は今仕事終わり? 恰好的に、どっかのOLさん?」
「あ、私今高校の先生やってるんだ。だからさっき仕事が終わったところ」
「えっ? あの菜月が先生!? あー、でもたしかに頭は良かったか……」
ほうほう。先生なったことにびっくりされるような高校時代でしたか。
まぁ、なんとなく話は聞いてるけどさ。
と、そこまで色々と話を聞いたところで、俺は一歩だいに近づき、だいの手からスーパーの袋を預かって家の中に置いてから、少しだけ玄関先の外に出てだいが話している人がいる方向へ顔を出した。
もちろんそこにいたのは想像通りの人物。
昼過ぎの時はダメージジーンズにちょっと大きめのTシャツだった気がするけど、今は肩を出した黒のトップスにカーキのパンツを合わせて、なんだかメイクも気合入ってる感じに。
これから出かけるとこなのかな?
「どーも。さっきはありがとうございました。だ……菜月の知り合いなんですか?」
あっぶね!! あやうくだいって言いかけたわ!
知らない人からしたら、里見菜月でだいって意味わかんねーもんな!
っても、やっぱ下の名前で呼ぶの、ちょっと恥ずかしいんだけど……。
あ、俺に久々に「菜月」と呼ばれただいは、俺が恥ずかしがるのと同様に一瞬びくっとしていたのは、見逃してないからな。
「さっき?」
「どーいたしましてー。やー、まさかの菜月の彼氏さんだったとは、びっくりっすねー」
俺の言葉にだいが一瞬不思議そうな顔をしたが、それに答える間もなく八重歯さん、じゃなくて風見さんが話しかけてきたので、俺はとりあえずそちらを向いたままにすることに。
「あたしは
「あ、そうなんだ」
ほうほう。やっぱりドンピシャだったか。
だいも久々の再会なのか、風見さんの職業を聞いてちょっとびっくりしてたけど、相変わらずな八重歯を見せながら屈託なく笑って話す風見さんに、俺もだいに合わせて「そうなんすか」と相槌を打つ。
しかしまさか元行員だと? 全然そんなイメージわかないんだけど。
「あ、俺は北条倫っていいます。菜月の彼氏で、都立高校の先生やってます。今日はちょっと怪我したばっかで、仕事休んだんですけど」
「わーお!
そう言って風見さんはまた楽しそうに笑ってたけど、だいとは系統は違うけど風見さんもかなり綺麗な美人さんだし、愛嬌もあるから彼氏とかすぐできそうな気がするんだけど……。
でも彼氏でもない202号室の人の家に遊びに来る辺り、ちょっと複雑そうな気はするけど。
「誰かいい人いたら紹介してくださいね! あ、菜月もね!」
「う、うん。風見さんは、バーで働いてるってことはこれから仕事?」
「あっ! そうだった! やー、18時からのシフトなんだけど、もう遅刻確定なんだよねーあははっ」
「えっ!?」
「い、急がないと!」
いや、笑ってる場合じゃねーだろおい!
「遊んでるとついつい、ねっ。じゃああたしは仕事行ってくるんで、お二人はごゆっくりー。北条さん、菜月のことよろしくっすー」
「あ、はい。風見さんもお気をつけて」
「お仕事頑張ってね」
「あいあーい。まったねー」
そして風見さんは俺らの横を通り過ぎ、少し小走りに階段を降りて行った。
その姿が見えなくなるまで見送った俺とだいは、そこでようやく我が家の中へと入ることに。
いや、しかしまさかあの日の酔っぱらいさんがだいの知り合いとは、世の中狭いなぁ……。
「びっくりしちゃった。割とゼロやんのお家来てるのに、ここで会ったの初めてだったし」
「そうな、俺も初めてあの人見たのは、最近かな。いやぁ、てっきり202号室の人の彼女さんだと思ってたんだけどなー」
「んー、私が朝に見た黒髪の人が彼女なのかも?」
「あー、だとしたら複雑すぎだな、その関係」
このアパートは1Kの間取りなので、同棲とかはさすがにしてないんだろうけど……。女性二人が訪れるって、202号室の人、何者だ……?
てっきり普通のリーマンだと思ってたんだけど……。
「ゼロやんは何回か会ったことあったの?」
「ん? 会ったのは今のが3回目、かな。1回目は酔っぱらって隣とうち間違えてた時で、2回目が今日のお昼過ぎ。で3回目が今」
「え、今日のお昼?」
「あ、雨も止んだしさ、ちょっとコンビニ行ってみようと思いまして……」
「コンビニ?」
「そこでばったり」
「でも、「さっきはありがとうございました」って言ってたよね?」
「あ」
バレたか……!
だいが買ってきた食材を仕分けてる間、俺はそばに立って話してたんだけど、今は完全に俺を怪しむ目線で固定されました。
いや、嘘はついてないぞ? 情報が少ないだけで。
「あーっとね、ちょっと転びかけまして、ちょうどよく助けてもらったんだ……」
「は? ふーん……そういうことね」
「え、あ、いや……」
「もう……安静にしてなさいって言ったでしょ?」
「あ、いや、はい……」
呆れたような目を向けるだいに、まるで親か学校の先生に怒られている気分です。
って学校の先生は間違ってないけど。
「そ、そういやさ、風見さんはだいのこと菜月って言ってたけど、だいは風見さん呼びなの?」
「え? あ、う、うん」
なんとか話題を変えるべく、俺はさっきの会話中ちょっと気になってたことを尋ねてみた。
たぶん二人の性格の違いだとは思うけど、同じ部活の仲間だった同級生なら下の名前で呼び合うそうな気はするんだよなぁ。特に女の子なんてさ。
「私あんまり明るい方じゃなかったから……」
「にしてもちょっと他人行儀すぎだろ。まぁ卒アル載ってた頃の見た目だと、全然タイプ違ったんだろうけど」
「え、卒アル?」
「あ、うん。ほらこの前見せてもらったとき、なんか見たことあるなーって思ってたんだよ。その時は思い出せなくてスルーしたけど、ようやくなんかスッキリしたわ」
「あ、そうなんだ。……じゃあ見たなら分かるかもだけど、あんまり仲良い方ではなかった、かな」
「あ、そうなの? 風見さんは全然そんな感じなかったけど」
たしかに見た目も真逆だったし、集合写真の位置は対角線だったか。
まぁ女子部って色々あるからな。っても、だいがそういう女子のいざこざに関わるイメージ、あんまりないんだけど。
「んーとね、私は一応高3の時はエースだったんだけど」
「ほうほう。そりゃあれだけの球投げるもんな」
「風見さんも元々中学時代エースだったみたいでね、高校でも高2の新人戦までは風見さんがエースで私が2番手だったんだ」
「あ、そうなの?」
となると、風見さんもなかなかの剛の者……。
いやぁ、ただのギャルじゃなかったんだな。
「でも3年生になったら、私がエースになって、風見さんが外野に回ったの。だからライバル的な感じはあったと思う」
「あー、それで敵対視されてたのか?」
「そこまでって感じじゃなかったと思うけど、色々張り合ったりとかはされてたかな。で、私たちの学校は県大会の準決勝で負けてインターハイに行けなかったんだけど、負けた後、自分が投げてれば負けなかったって仲良い子たちに言ってるの聞こえちゃって。私が直接言われたわけじゃないんだけど、そこで部活も引退だったし、元から一緒にいるグループとかでもなかったから、卒業までほとんど話さなかったんだよね」
「ほうほう。だいとしてはなんとなく気まずいって感じなのか」
「うん」
「なるほどね。でもそれたぶんあれだろ、その時の感情の高ぶりが言わせた言葉で、本人は意外ともう覚えてないかもよ?」
「そ、そうかな?」
「まーその頃のだいが、影で言われてることに敏感だったのは知ってるけどさ」
「う、うん……」
「そうそう会うこともないだろうけど、今度会ったら普通に話してみろって。さっきのだい、めっちゃ緊張してたぞ?」
「うん……そうしてみるね」
「おう」
そんな感じねー。
思い出を話してくれただいは、ちょっと複雑そうな顔をしてたけど、うん。きっとだいの気にしすぎだと思うんだよな。
そんな表情のだいを安心させるように、俺はひょこひょこ動いてだいの頭をぽんぽんとしてやると、少しだけ嬉しそうな表情に変わるだい。
でもま、だいたいこういうのって、言われた側が気にするもんだし、もう卒業して何年も経ってるわけだし、もう今さらだろ。
「じゃあ、ご飯作っちゃうね」
「ん、いつもありがとな」
「ううん、じゃあいつも通り」
「向こうで待ってます」
「よろしい」
もはや言われなくても分かる。
ひょこひょこと移動し、俺はだいの料理が出来るのをテレビを見ながら待つのだった。
そして22時半頃。
「じゃあ明日から色々気を付けてね?」
「おう。ありがとな」
だいが作ってくれた夕飯を一緒に食べた後、一人だと大変だろうからという好意を断るのも気が引けたのでだいと一緒にお風呂に入り、まぁ一緒にお風呂入ったりしたら何となくそんな感じにもなるというもので、色々と二人で甘い時間を過ごし、名残惜しくもあっという間にこの時間。
そのまま泊まろうかと聞いてくるだいだったけど、明日は朝から補講あるって聞いてたし、その提案は断った。
俺も一人で生活できるように慣れておくべきだしね。
え、色々って何かって? 「い」じゃなくて「え」じゃないかって?
そこは黙秘権を行使します。
分からない人は分からなくてよろしい!
「何かあったら呼んでね」
「うん、頼りにしてる」
「うん。じゃあおやすみなさい」
「おう、気を付けて帰ってな」
さすがに夜の階段を下りるのはちょっと怖かったので、だいを見送るのは玄関まで。
最後に甘えたい空気を出すだいの要望に応えてハグとキスをしてあげ、だいは名残惜しそうに帰宅していった。
昨日ぶつけた後頭部もまだこぶにはなってて押せば痛いけど、まぁ昨日ほどではない。
なんだか満身創痍だなぁと我ながら自嘲気味に思いつつ、俺はだいから帰宅した旨の連絡を待つ。
そして。
里見菜月>北条倫『帰宅したよ。明日から気をつけてね』22:43
北条倫>里見菜月『おかえり。気を付けます』22:44
無事にだいも帰宅できたようで、一安心。
いやぁ、ほんとに何から何まで頼りになるなぁ。
風見さんと話してる時の雰囲気は気まずそうでちょっと気になったけど。
まぁでもそんな頻繁に会うこともないだろう。
そんな風に簡単に今日を振り返り。
早く怪我を治すためには早寝だよなということで、俺はさっさとベッドに横になり、予定外にも全休となった月曜日を終えるのだった。
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
200話記念(?)に、久々の女性キャラ投入です……!
勘付かれてる方はたくさんいたのはコメント欄で伝わってましたが。笑
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。
お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!
更新は亀の如く。いや、かたつむり……。
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