第198話 僕が何をしたって言うんだ

「ち、違うよ!? 違うからね!?」


 相変わらず俺の上に乗ったままだが、上半身を起こした亜衣菜がベッドの方へ身体を捻って全力で手と首を振ってだいに「違うよ」アピール。

 その声は珍しくかなり慌てた様子で、いつもの余裕たっぷりというか、いつでもおふざけモード全開な亜衣菜とは思えなかった。

 でもまぁ、亜衣菜が身体を起こしてくれたから、俺はようやく満足に呼吸ができたわけだな。

 でもまだね、君俺の上だからね?


「いいからまずどけ……」

「あっ、ご、ごめんねっ!!?」


 そこでようやく亜衣菜がどいてくれたので、俺はまず上体を起こして、思いきりぶつけた後頭部をさするように確認する。

 あー、これ腫れてるじゃん……くそ、いてぇなしかし……。


「菜月ちゃん、これは事故! 事故だったからね!?」


 俺が怪我の具合を確認していると、俺から離れた亜衣菜はベッドに向かって正座をしつつ、必死にだいに弁明をしていた。

 その光景を不思議と俺が冷静に見てられるのは、亜衣菜が俺以上に焦っていたからだろう。


 そんな亜衣菜に対して、上半身を起こしてこちらを向くだいは、いつもの亜衣菜に対する目線とは思えないほど冷たい目を向けていた。


「事故で、抱き合ってたの?」

「違うよ!? 抱き合ってたわけじゃないよ!? いや、結果的にそうなってたかもしれないけど!?」


 いや、その「結果的に」のくだりいるかね君?

 というか俺だって抱きめようとしたわけではない、転びかけた亜衣菜を抱きめようとしただけ。

 うん、100%人命救助の正当防衛。あ、正当防衛はちょっと意味が違うか。


「転んだあたしをりんりんが助けてくれたの! それだけ! それだけだよ!?」

「……そう」


 こわっ!!


 床に座ったままの俺にはだいに向けている亜衣菜の表情は見えないが、きっと酔いも完全に醒めてしまったことだろう。

 それくらい焦っている感じがあるし、そうさせるくらい今のだいの表情は怖い。


 何だかんだ亜衣菜が何しても笑ってたのに、これはあれか? 寝起きのせいか、飲みすぎの頭痛とかか……?


「っつ……亜衣菜の言ってることは本当だよ。おかげで俺はこのざまだ」


 でもさすがに誤解されたまま、亜衣菜が冷たい視線を受け続けるのも可哀想になってきたし、いらぬ誤解を俺までかけられたくないので援護開始。

 でもけっこう強く頭を打ったのか、ちょっと頭を動かしただけでも割と痛い……。


 だが状況が状況だったからか、俺の方へ移ってきただいの目線も、亜衣菜に対するものと同じように冷たかった。


「あっ、りんりん大丈夫!?」


 だが痛がる俺の様子に気づいた亜衣菜。


「え、怪我してるの?」


 そしてその言葉に、だいの表情も変化。

 一瞬にして心配そうな視線が俺に集まり、さっきまでの体感温度―10度くらいはありそうな雰囲気が消え去っていく。


「あー……なんか冷やすものあると嬉しいかな……」

「わ、わかった! 取って来るね!」


 でも脳内体感温度じゃ、ぶつけた部分は冷えないからね。


 俺の言葉に即座に立ち上がって亜衣菜が部屋を出ていった。


 打った瞬間はね、ちょっとしたラッキー……じゃなくて事故もあって気づかなかったけど、うん。これけっこう痛いわ。

 とりあえず頭打った時は安静にっていうし、亜衣菜が氷かなんか持ってくるのを待つとしよう。


「大丈夫? どこが痛いの?」

「頭」

「えっ!?」

「亜衣菜の言ってた通りなんだって。転びかけたあいつをかばって、支えきれずに俺が押しつぶされたんだって」


 ベッドの上から身を乗り出して心配してくれただいは、亜衣菜への怒りか何かよりも俺への心配が勝ったのか、さっきまでの冷たさが完全に消えていた。

 うん、ちょっと安心。


 そして俺はなるべく頭を動かさないように、でもなるべくだいを不安にさせないように笑ってみせたつもりだったけど、うん、ちょっとうまく笑えたかは自信ないな。


 いやー……これこぶなるかなー……頭にこぶつくるとか、いつぶりだろうなぁ……。


「大丈夫……?」


 だが俺の笑みはどうやら効果がなかったようで、より一層心配そうなだいの声が届く。

 そのまま俺の方へだいも来ようとしたであろう、その時。


「きゃっ!?」

「いっつっっっ!!!」


 うおおおおおおおおおおおおい!?!?


「ごめんごめんごめんごめんね!? だ、大丈夫!?」

「……泣きそう」

「どうしたのっ!? って、えっ!?」


 あー……電気つけておけばよかった、マジで。


 大きな音と俺とだいの声に驚いたのであろう、扉の方から聞こえた亜衣菜の驚く声。


「な、菜月ちゃん大胆……っ」

「ツッコむ力もでねーわ……ってぇ……」

「ごめんごめんごめん!」


 いや、マジでこんなことあるかね、おい……。


 ベッドから降りようとしただいが踏み出した先にあったのは、まさかの俺の右足首。

 いくらだいが重くないとはいえね、全体重を足首にかけられたら、めちゃくちゃ痛いよね。

 しかもね、当然そんなところを踏んだらね、もちろんだいだって体勢を崩すのは当たり前だよね。


 それでもなんとか上から降ってきただいを抱きとめてみせた俺を誰か褒めてほしい。

 まぁ、押される勢いのままに再び後頭部をごっつんこしたんだけど。

 泣きっ面に蜂とはこのことか。


 しかも残念ながら今回はラッキーはなし。

 まぁだいの胸はいつでもダイブできるし……って違うよ!? 

 まずそもそもさっきのはラッキーじゃなく、さっきのは事故! 事故だからね!?


 と、俺が一人脳内で弁明していることに気づくわけもない亜衣菜からすれば、ちょっと目を離した隙に俺がだいと抱き合うような恰好になっているなんて、全く予想していなかった事態だろう。


 まぁでもあれだな。

 結果的に俺は二人の女性を怪我から救ったってことで、めでたしめでたし!


 とまぁあれこれふざけたこと考えてるみるけど、マジで痛くて、俺今本気で泣きそうだからね?


 亜衣菜と違ってだいはすぐに俺の上からどいてくれたけど、追撃を受けた俺の後頭部の痛みがすさまじい。


「だ、大丈夫……?」

「たぶん……」

「とりあえず冷やそっ! 保冷剤持ってきたっ」


 完全に痛みにダウン状態の俺の頭をそっとだいが上げてくれて、俺はだいに膝枕される形となり、隣に座った亜衣菜が俺の後頭部に持ってきてくれた保冷剤をタオルに巻いて当ててくれるというW介抱スタイル。

 

 すごいな、だいが前かがみに俺の顔を覗こうとすればするほど、幸せの詰まってそうな膨らみの主張が強まるぞ。

 うん、痛みさえなければね、これは完全に羨ましがられる光景なんだろうけど。


 あー……保冷剤当たるのすら、ちょっと痛いわ……。


「とりあえず、しばらくこのまま安静にしてましょ」

「うん、りんりんほんとごめんね……」

「まぁ、大丈夫さ。二人が怪我してないならそれでいいから」


 電気もつけてないままだから、俺を覗き込む二人の顔は暗くてはっきり見えるわけではないけれど。

 少なくとも本気で心配してくれてるのは伝わってきた。


「まー、お前ら飲みすぎには気をつけろよ?」

「うん、ごめんなさい……」

「ごめんね……」


 二人の様子から、すっかり酔いも醒めたことだろう。


 人間ってすげえよな。あんだけ飲んでたのに、それを上回る何かが起きたら酔いも吹っ飛ぶんだから。


「あとあれな、さっき上杉さんと話してた、だいのコスプレ写真を記事にするのはなしな」

「え?」


 この隙にしれっとこの話題を差し込んでみたり。


「やっぱリスク大きすぎるよ。亜衣菜と違って、だいは先生がメインなんだから」

「……うん、わかった。ごめんね」

「私も、変に安請け合いしてごめんなさい……」

「いや、俺が最初っからちゃんと止めてればよかったんだけどな。とりあえず、なしって伝えたたからな?」

「うん、わかった、ごめんね」

「ごめんなさい……」

「何回も謝んなくていいって。あ、亜衣菜は上杉さんにもちゃんと話しといてくれよ?」

「うん、わかった」


 どさくさ紛れではあるが、とりあえずこのタイミングで言わなきゃいけなかったこともさっさと伝えることに成功。上杉さんにはルチアーノさんからも言うって話だったけど、亜衣菜からも言ってもらえれば確実だろうし。 

 さらに自分のせいで相手を怪我させたとかね、亜衣菜はそう思ってそうだから、このタイミングで言えばごねられることもないだろう。

 って、ちょっとずるい考えか。

 まぁ言うのが早いか遅いかの違いだし、別にこれくらいいいだろう。


 あー、でも冷やしてもらうと、ちょっと楽なってきたかなぁ……。


 少しずつ引いていく気がする痛みと、言わなきゃいけないことを言えた安心感。

 その2つを自覚した途端、こんな状況なのになんだかめちゃくちゃ眠くなってきた。


 ほんと今日は濃い一日だったなぁ……。


 ぼーっとしていく頭の中で、今日という日を振り返る。


 そしてそのまま、心配そうな2つの顔に見守られたまま。


 俺はゆっくりゆっくりと、意識を失うのだった。






「……ん」


 カーテンの隙間から見えた景色はどんより天気だが、どうやらもう夜は明けたようで。

 いつ眠ってしまったのか思い出そうとしつつ、身体を起こすため手を着くと、なぜかそこが柔らかい。

 あ、柔らかいたってあれな、昨日顔面に感じた柔らかさと言うか、それとは違うからね。


 って、あれ? 俺床に転がってなかったっけ……って、あれ?


 ……いつの間に俺はベッドに来たんだ?


 考えながら昨日あれほど痛かった後頭部をさわると、まぁしっかりとしたこぶにはなっていたが、頭と枕の間に保冷剤を入れておいてくれたのだろう、痛みはだいぶ引いていた。


 そのまま周囲を見渡すと。


「あ……」


 ベッドに突っ伏す、黒髪と茶髪の女性たち。

 どうやらいつの間にか眠ってしまった俺のために、二人は床に座ったまま、ベッドに寄りかかる体勢で一夜を明かすことになってしまったのだろう。


 なんかちょっと申し訳ないな……。

 そう思いつつ、俺は今何時か確認するべく時計を探すも、見つからず。

 たしかスマホはダイニングテーブルの上のままだったか、とりあえずそちらへ向かおうとベッドから降りようとした、のだが。


「いっ!!?」


 ベッドに寄りかかっている二人の邪魔をしないように気を付けながらベッドから降りた一歩目、右足を床につけた時、ピキーンとほとばしる激痛。

 その痛みに耐えかねて、そのまま俺は一人で床ダイブへ一直線。


 亜衣菜とだいはね、俺が守ってあげたけど。

 俺を守ってくれる人なんているはずもなく、俺はそのまま為す術なく転倒。

 なんとか手をついて顔をぶつけたりはしないで済んだけど、しかし、ほんと昨日から散々だなおい……。


「えっ!? 何っ!? って、ど、どうしたの!?」

「んやー……って、りんりん大丈夫!?」

「おー……」


 けっこうな音を出してしまったため、結局二人の眠りを妨げてしまった。

 それに加え床に四つん這いになった格好を朝から目撃されるとは、なんとも情けない……というか恥ずかしい。


 でも、痛いもんは痛いし。


 この足の痛みは、あれか。

 昨日だいに踏まれた時か? たしかに思い出せば、なんか踏まれた時にめちゃくちゃ捻ったようなそんな記憶も……頭の痛みで忘れてたけど、きっとあの時に捻挫でもしたんだろうな。


 右足を引きずりながら立ち上がろうとする俺を、だいよりも早く起き上がった亜衣菜が肩を貸して助けてくれた。


「足、痛いの?」

「うむ。ちょっと捻った感じかな」

「え、もしかしてあたしが転んだ時かな!?」

「え、それなら私も転んだ時、支えてもらったし……」


 そして遅れて起き上がっただいが、心配そうに俺に聞いてきたけど、そうか、だいは何で自分が転んだかは分かってないのか。

 まぁ知ったら余計申し訳なくなるだろうし、あえて言う必要もないな。


「いやぁ、いつの間にかは俺もわかんねーや。でも、頭の方はこぶなってるみたいだけどだいぶ痛みも引いたし。俺のことベッドに運んでくれたんだろ? ありがとな」

「え、ううん、あたしたちが転んじゃったせいだし……」

「うん、ごめんね……」

「だから大丈夫だって。とりあえず、今何時だ……っつ!?」


 そしてまた試しに右足にちょっと体重を乗せてみたところ、乗せ切る手前で既に激痛。

 そのせいで完全に語尾が痛みに奪われる。


 うん、これはちょっと今日部活やるとか、それどころじゃないかも。


「病院! 病院行かなきゃ!」

「うん、かかりつけのお医者さんとかいる?」

「え? あー……整形外科なら、家の近くのとこには行ったことあるけど」

「じゃあ朝一で見てもらいにいきましょ」

「うん、それがいいよっ」

「いやテーピングしてりゃ大丈夫だって」

「でももし折れてたらどうするの?」

「そうだよっ! ちゃんと病院行って!」


 安静にしとけばいいだろとか思う俺にかけられるプレッシャー。

 いや折れてたらもっと腫れるんじゃないかな……骨折したことないからわかんないけど。


「私もついてくから」

「あたしもっ」

「いや、病院くらい一人で行けるって……っつ!」


 いや、ごめんなさい。一人だときついかもしれません。


「あー、とりあえず湿布とかある?」

「あ、それはないかも……買ってくる!?」

「いや、わざわざはいいよ。じゃあ一旦家帰ってから、病院行くわ」

「でも、その足でゼロやん階段上がれる?」

「あー……」

「私がついていくよ」

「あたしもっ」

「いや、だいは方向一緒だけど、亜衣菜はまた戻らなきゃだし、気持ちだけで大丈夫だって」

「え、でも……」

「きっとまたルチアーノさんたち戻って来るんだろ? せっかく来てるんだ。亜衣菜は二人のために残っとけって」

「……うん、わかった」


 ということで、俺とだいはここで帰宅することに決定。

 

 俺をダイニングの椅子に座らせた後は、だいと亜衣菜がテキパキと俺の帰る準備をしてくれた。

 その間に俺は市原にメールを作成。情けないけど、『顧問負傷。悪いけど今日の練習はなしで』って旨の内容ね。

 ちなみに時間を見ればまだ6時になったばかりくらい。

 病院の診察開始がたしか8時からだったから、割と余裕はあるか。


 

 そして、諸々の準備を終えて、亜衣菜のマンション入り口にて。


 結局駅まで歩くのも時間がかかりそうということで、ここはセレブにもタクシーを呼ばせていただきました。

 ちなみに亜衣菜がタクシー代持つよって言ってたけど、それは全力で断った。

 ルチアーノさんからPCもらったりお寿司をご馳走になったからって言ったけど、ほら、間接的な関与はあってもさ、俺の足をやったのは亜衣菜じゃなく、だいだから。

 

 まぁ、言わないけど。


「じゃあ、色々とありがとな」

「ううん! せっかく来てくれたのに、怪我させちゃってごめんね……」

「いいって。事故だろこんなの」

「うん……菜月ちゃん、りんりんのことよろしくね」

「うん、任せて」

「じゃあ、ルチアーノさんたちや上杉さんにも連絡よろしくな」

「うん、わかった。またね!」

「おう」

「うん、亜衣菜さんまたね」


 そして俺とだいはタクシーに乗り込み、何だかんだ長く滞在してしまった亜衣菜の家を離れ、我が家へと向かっていく。


 ルチアーノさんたちからは亜衣菜とだいが心配だからって任されたけど、結局心配されたのが俺っていうね。そんな事故もあったけど、なんだかんだ楽しかった、かな。

 

 隣に座るだいの心配そうな顔になるべく笑ってやりつつ、なるべく自分の足に衝撃を与えないないように気を付けながら、俺はだいと杉並区の我が家を目指すのだった。







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以下作者の声です。

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 古典的展開からの修羅場というテンプレートにはいかず、リアルに負傷するという天罰展開に……。

 ちなみにこの酔っぱらった人がベッドから降りてきて、足を踏まれて負傷という展開は作者の学生時代の実体験です。笑

 踏む側も踏まれる側もリスクありますからね。

 足元にはぜひお気を付けください……!


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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。

 お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!

 更新は亀の如く。いや、かたつむり……。

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