第197話 幸運と不運は表裏一体
「ちゃんと叱られてきたかな?」
「あ……ご心配おかけしました……」
「いえいえ。亜衣菜の話は聞いてたからね。だいもだいだけど、軽はずみなことは気を付けてね?」
「はい、すみません……」
部屋に戻るとそこにはもこさんだけがいた。
だいはたぶん寝てしまったのかもしれないが、亜衣菜はどうしたんだろうと思った矢先、少し楽しそうな表情のもこさんの言葉に俺は苦笑い。
どうやらルチアーノさんが何を言いたかったかは、夫婦で共有だったようで。
「写真撮るもコスプレするも個人の範囲で十分でしょうに」
「そうですね……」
「だいも亜衣菜と張り合う必要ないのにね」
そう言ってもこさんがまた笑う。
いや、それは思います。ほんとに。
「ほんとは純也さんも亜衣菜に普通のお仕事して欲しいって思ってるんだけどね」
「あ、そうなんですか?」
「ああ。いつまでも出来る仕事でもないだろうからな」
「あー……そうですよね」
LAもいつかは終わりを迎えるだろうし、亜衣菜だって年を取る。
いわゆる自分を見せる仕事をいつまでも続けられるわけではないだろう。
残酷な話、需要というものがいつまでもあるわけじゃないだろうから。
そうなったときあいつはどうやって生きていくのだろうか?
実家に戻れば、何とでもなるんだろうけど……。
「ゼロとだいみたいに安定職についてくれるとよかったんだけどね」
「上杉のとこに編集者として雇ってくれないかは頼んではいるんだがな」
「あー、なるほど」
少し困り顔な二人に、兄・義姉としての本音が垣間見えた気がした。
やっぱり家族だもんな。先々のこと考えて心配するよな。
「あ、っていうか二人は?」
「だいを亜衣菜のベッドに寝かせに行ったら、そのまま亜衣菜も横になっちゃったの」
「あー……やっぱり寝ちゃったんすか」
「たくさん飲んでたからね」
「だいさんも巻き込んで申し訳ないな」
「あ、いえいえ。勝手にあいつが飲んだだけっすから」
亜衣菜が飲みたくなったのは、俺にも理由の一端があるし……。むしろだいは勝手にって感じだったけど。
うーん、さてどうしたものか。
明日は朝から仕事だけど、やっぱりだいを置いて帰るのは気が引けるんだよなぁ……。
「明日、ゼロもだいと同じく午前中休んだりって出来るのかな? もし出来るなら二人のこと見ててくれると嬉しいんだけど……」
「え? どういうことですか?」
「桃子をそろそろ休ませたいからな。俺たちもそろそろ出ようと思うんだが」
「え? ……え?」
あれ、ここに泊まるんじゃないの?
「あ、言ってなかったかしら? ほら、このおうちって三部屋あるけど、一部屋は撮影用の仕事部屋で、もう一部屋はやまちゃんのお部屋でしょ? 今日は空けてもらってるとはいえ、やまちゃんのプライベートを覗くわけにはいかないし。だから泊まるところは亜衣菜の部屋しかないんだけど、1つのベッドに3人では寝られないでしょ? だから私たち駅の方にホテル取ってるのよ」
「あ……そう、なんですか」
「純也さんの足のこともあるから、お布団で休むのは避けたいしね。そもそも布団自体ないんだけど」
「ああ。だいさんのことも心配だろう? 二人まとめて面倒みてもらえるとありがたいのだが」
「え、でも、その……俺男ですけど、気にしないんですか?」
いや、だいもいるとはいえさ。
妹に何かあったらとか、ないのかね?
まして亜衣菜が酔っぱらいモードなんだし。
だが。
「亜衣菜の様子からして、むしろ何かあってもいいかなって」
「はいっ!?」
笑いながらとんでもないことを言い出すもこさん。
いや、それ義姉のあなたが言います!?
「彼女もいるのに何かするわけないだろ、なぁゼロくん」
「あ、当たり前じゃないすか!」
「明日のお仕事は部活なんだったよね? 明日の天気は雨予報だしさ、甘えるみたいで申し訳ないけど、なんとかならないかしら」
「え、雨?」
「ああ、さっき上杉を見送った時は既に降り出してたぞ?」
「え、マジすか」
雨か……。たしかにあの市原ですら、雨の中わざわざ夏休みの学校行くのやだって言い出して部活なしになった日あったんだよなぁ……。
しかも今から降り出したとなれば、明日の朝に止んでいたとしても午前中のグラウンドは使えないだろう。
……それなら明日の練習は午後からって変えても、大丈夫かな。
なんだったらオフってパターンも……?
まぁ起きてカンカン照りでもね、6時台の電車で帰れば間に合うか。
「それなら何とかなるかもしれません」
「おお」
「じゃあお願いしてもいいかな? 亜衣菜が起きたらさっきの話も直接言えるだろうし」
「あ、そうっすね。たしかに」
「じゃあすまないが、よろしく頼むよ」
そう言ってルチアーノさんはスマホを使って何か操作をし出す。
まさか亜衣菜の家に泊まるというか、そんなことになろうとは。
うん、でもだいとのコスプレ写真企画は中止だって、俺が言わなきゃだしな。
それを話すにしても、亜衣菜が酔ってる今じゃ意味ないし。
「うん、じゃあテーブル片付けたら私たち出るから、よろしくね」
「あ、片付けくらい俺がやりますよ。お寿司もお酒も、ご馳走になったんですし」
「あら、いいの?」
「任せてくださいって」
「じゃあお言葉に甘えて。二人のことよろしくね? あ、だいにご飯すごい美味しかったよ、ありがとうねって伝えてもらえる?」
「了解っす」
身重のもこさんを夜遅くまで働かせるわけにもいかないしね。働かざる者食うべからず。それくらいはさせていただきます。
ちなみに俺がもこさんと話してる間にルチアーノさんが誰かと電話していたけど、たぶんタクシーの手配だったと思われる。
「じゃあまたLAの中で会おう」
「はい、色々とありがとうございました」
「プレゼントのPCも有効に使ってくれよ?」
「え、あ、ほんとにいいんですか?」
「ああ。ほんのお礼さ」
いや、お礼されるほどのことなんて何もしてないんだけど……。
「ではお言葉に甘えて。大事に使わせていただきます」
恐れ多いけど、ありがたくということで俺は深々とお辞儀する。
「ああ。それがあれば北海道に来た時も、うちでログインできるぞ?」
「え、いや……!?」
それはほんとに恐れ多いって!
「じゃあな」
「はい、お気を付けて」
「二人のことよろしくね」
そして玄関先まで二人を見送り、亜衣菜の家の中で起きているのは俺一人という不思議な状況へ。
しかし、この状況ってほんと、わけわかんねーよな……。
時刻は23時32分。
この時間ならまだ家に帰ることは出来る。
でも、たぶんだいが起きないよなぁ……。
ということで、中途半端な片付け具合だったテーブルの上の片づけ開始。
寿司桶とかメインの食事系のはね、みんなで話してる途中でもこさんが片付けたり洗ってくれたりしてたけど、グラスとか取り皿とかはまだそのまんまだからな。
どこに何あるかとかわかんないけど、とりあえず出来る範囲で片づけますか。
そして黙々と片付け、20分くらいが経過。
まもなく日付が変わる頃、一人テーブルに座って洗ったコップで水を飲む俺。
当然二人が起きる気配はない。
……ちらっとくらいなら、様子見ても大丈夫かな。
今のところ何か物音があったりもしないから、たぶん二人はぐっすりなんだろうけど。
女性の寝室だからちょっと気を遣うけど、一応ね、かなり酔ってたから、念のためね?
誰に言い訳してるんだって話だが、ということで俺はさっきもこさんがだいを連れて行った部屋の扉をそーっとオープン。
二人に気を遣ってか、扉の先の部屋は電気が消してあって暗かった。
うん、もこさん完全に寝かせにいったんですね、これは。
暗闇の中の部屋は6畳ほどの広さで、扉から見て部屋の奥の壁際にベッドがある配置。
逆光のせいで、人が横になってるのは分かったけどどっちがだいでどっちが亜衣菜かはいまいち分からなかった。
電気をつけて起こすのもあれなので、後方から入ってくるリビングの明かりを頼りにそろそろと二人の様子を伺いに行くと、どうやら扉側から見て手前に亜衣菜、奥にだいが横になっているようだ。
仲良しの二人だからくっついて寝ているのかと思えば、意外にもだいは壁の方を、亜衣菜は扉の方を向いて、二人とも背中を向け合う形で横向きになっている。
おかげで亜衣菜の顔は見えたけど、だいの顔は見えず。
あれだけ飲んでいたからね、亜衣菜はもう熟睡モードなのかな。
目を閉じて眠っている姿を見ては、やはり可愛いと思う。
それは昔LAを始める前はよく見ていた姿で、俺がバイト終わりに帰宅するとだいたい亜衣菜はこの姿だった。
そりゃ今よりもっと若くて、メイクなんてほぼなしのすっぴんに近い感じだったけど。
でもやっぱね、10年くらい経っても、あんまし変わんねーな。
……あ、胸は学生の頃も大きかったけど、今の方が大きい気はするけど……。
って、いかんいかん。
足を止めて
まるで覗きに来たみたいだけど、だいもあんなに飲んでるの初めて見たし。
少しくらい水も飲ませておきたいんだけど……。
と、俺がだいの顔も見れるくらいまで近づいた時。
「えっ?」
俺の右手が、何かに捕まる。
「……つかまえたっ」
完全に寝ているものだと思ってたのに、いつの間にか目を開けていた亜衣菜は、いたずらっぽい笑みを浮かべながらひそひそ声で話しかけてきた。
なんと……。
その笑みを前に俺は一度小さくため息をつく。
「……起きてたのか?」
「ううん、今起きた」
寝ているだいを起こさないように気を遣いつつ、俺も亜衣菜のトーンに合わせて小さな声で話しかける。
今起きたって亜衣菜は言うけど、その声の感じはとても今起きたようには感じないんだけど……。
つーか一番飲んでたのが亜衣菜だったのに、よく起きたなこいつ。
やっぱ元々起きてたんじゃ……?
「そうか。じゃあ手を離せ」
「えー、いいじゃん」
「いや、よくねーだろ」
ひそひそ声で続く会話。
でもやっぱまだ酔ってるな、これは……。
「はぁ……。とりあえず起きたなら水飲んでメイクでも落としたらどうだ?」
「一緒に寝ないの?」
「寝ねーよ。寝れるか、こんなとこで」
「えー、じゃあ起こしてよー」
「いや、お前絶対一人で起きれんだろ」
「むりー。おきれませーん」
「起きろって」
「むーりー」
ああもう、なんて不毛な会話なんだこれ。
「はあ……」
しょうがねぇな……っと!
一度大きくため息をついてから、少しだけ右手に力をいれて亜衣菜の身体を引っ張り上げると、呼応するように亜衣菜も上半身を起こしてくれた。
だが、起こしてやったというのに、どうやら亜衣菜は不機嫌顔。
「……なんだよ?」
「そこはさー、普通抱きかかえてくれるもんじゃないのー?」
「馬鹿かね君は? いいから起きたなら、とりあえず動かんかい」
「はいはいわかりましたよーだ」
俺の態度に何が不満なのか、そっぽを向く亜衣菜さん。
でも俺からすればようやく手を離してくれたので、これでいいのだ。
って!?
「わっ!?」
「おいっ!?」
身体を起こしてベッドから立とうとした矢先。
やはりまだ酔っぱらっていたのか、ベッドから降りようとした一歩目でバランスを崩した亜衣菜が大きく体勢を崩す。
その様子を眺めていた俺の反応はもう反射。
脳が考えるよりも先に、顔から落ちそうな亜衣菜をかばうように俺は自分の身を差し出して。
「うわっ! っっっ!!?」
「ご、ごめん!! りんりん大丈夫!?」
情けなくも倒れ込んでくる亜衣菜の勢いを支えきれず、亜衣菜の下敷きとなった俺は思い切り後頭部を床に打ち付ける結果となるも、とりあえず亜衣菜が床に顔を打つのは防ぐことができた。
いてぇ……! けど……え!?
床に仰向けに倒れている中、俺の脳は今後頭部の痛みと顔面に感じる柔らかな感触とで、ちょっとプチパニック。
……これ、あれだよね。
今俺の顔に当たってるの、亜衣菜の……だよね……!
後頭部はものすごく痛いのに、ちょうど谷間に挟まれる形となっている顔面はぬくもりを感じたりとか……って違うわ!
「いいから早くどけ……」
押し付けられる圧倒的な圧力に、ごにょごにょした声しか発することはできなかったが、いつまでも押しつぶされていては呼吸困難まったなしなので。
「あっ、ご、ごめんねっ!」
「何をしているのかしら?」
「えっ!?」
……え?
視界が遮られているせいで、何も見えないけれど。
その声に亜衣菜も驚いたのか、俺の上に乗ったまま亜衣菜も驚きの声を出したようで。
あー……嫌な予感がするなー。
これ、不可抗力なんだけどなぁ……。
当然その声の主が誰かなど、見なくても分かる。
だんだん息苦しくなってきた圧力に耐えながら、どこか少しだけ他人事のように冷静に、俺は心の中で大きくため息をつくのだった。
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以下
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(宣伝)
本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。
お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!
更新は亀の如く。いや、かたつむり……。
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