第196話 どちらが先生か分からない
「ねー、今日泊まっていきなよーっ」
「うんー……」
「いや、ルチアーノさんたちも泊まってるだろうにさすがにそれは迷惑だろ」
盛り上がる会も気づけば23時を回り、最早亜衣菜は完全に酒に飲まれた状態に。
付き合うように飲んでいただいも既に限界値を超えているのだろう、さっきからずっとふにゃふにゃ状態。
俺もそれなりに酒を飲んでるけど、何だろうね、自分以上の酔っぱらいがいると妙に酔いが醒めていくことってあるじゃん?
それに加えてまた亜衣菜が何を言い出すかという不安もあり、俺はどこか冷静な部分を保ったまま、寂しがり全開モードな酔っぱらいの相手を続けていた。
うん、一周回って冷静になるとさ、やっぱ明日部活だもんな、って意識が戻ってきたよね。
「っと、もう23時過ぎか。じゃあ僕はそろそろお暇しようかな」
「ああ、忙しいのに来てくれてありがとな」
「北海道に来ることがあれば、いつでも言ってくださいね」
「ああ。久々に純也と桃子さんに会えて楽しかったよ。じゃあ、里見さんには亜衣菜ちゃん伝てに今後の連絡をするね」
あ、上杉さんはお帰りか。
今俺も思ってたけど、明日からまた仕事なんだし、夏休みという特殊な期間を迎えている俺たちと違って、そうそう休んだりとかね、出来るもんじゃないよね。
でも、たぶんだいにはその言葉届いてませんよ。
「上杉さんばいばーいっ」
「亜衣菜ちゃん、お酒はほどほどにね?」
「お会いできてよかったです。色々と情報ありがとうございました」
「いやいや、僕もこんな楽しそうな亜衣菜ちゃんを見たのは初めてで楽しかったよ。まぁ、北条くんからすると色々気まずい関係もあるだろうけど、うちの大事なコラムニストの一人なんだ、今後ともよろしく頼むよ」
「あ、はい……」
いや、頼まれても、ねぇ……。
言われても少し困る言葉を残されつつも、席を立った上杉さんを見送るべく、もこさんがルチアーノさんの車椅子を押して、千鳥足の亜衣菜と一緒に玄関へ見送りに行く。
しかしだいときたらどうやら立つこともままならないようで、そっちが心配のため俺は見送りにはいかず。
というかこいつ、もうほぼ寝落ち寸前だな……。
ついにうとうと顔で身体をゆらゆらさせ始めるだい。
倒れて転んだりしないように、俺は先ほどまで亜衣菜が座っていた椅子に移り、さらにだいの方に椅子を近づけ、とりあえずいつでも俺の方に寄りかかれるくらいのポジションへ移動。
そんな俺の接近に気づいたのか、俺が移動するやあっという間にだいは俺の左肩によりかかってきました。
ひと様の家に来て飲みすぎだろとかって注意もしたいとこだが、この甘えてくる感じが可愛かったので、ついつい空いた右手でだいの髪を撫でたりとかしちゃったり。
「あっ、いちゃいちゃしてるーっ」
むっ!? しまった!!
見送りから戻ってきたであろう亜衣菜の声が背中側から届き、俺はぱっと右手を下げたけど、まぁ時既に遅しだよね!
「菜月ちゃん完全におねむじゃーん。これは泊まってくしかないってー」
「いや、言ってることとやってること!?」
俺とだいがくっついていることに何を思ったか、俺が下げた右手に抱き着くように亜衣菜までくっついてくる始末。
俺はだいが倒れないように動ける状態じゃなかったので、当然自由に動ける亜衣菜の動きから逃れる術はなかった。
「菜月ちゃんと写真撮るの楽しみだなー」
だが俺の言葉なんか全く聞いていない酔っぱらい亜衣菜はこんなことを言うレベルなので……さて困った。
俺もさすがに明日の出勤に備えて帰らないとなんだけど……だい一人ここに置いていくのも、いかがなものか。
というかこれ、明日起きて俺だけ帰ってたら、絶対拗ねるやつだよね……!
そんな風に文字通りの両手に花状態の中俺が頭を回転させていると。
「ゼロくん、ちょっといいか?」
「え?」
玄関の方へと通じる廊下の手前に止まったままのルチアーノさんが、俺に声をかけてきた。
いや、この状況的にちょっと動けないんですけど……。
「あ、だいは寝ちゃったのね。じゃあちょっとだけ休ませておくから、ゼロは純也さんと話しておいで。亜衣菜もだいを運ぶの手伝ってね」
「わかったー」
どうやらルチアーノさんの話とやらは俺と二人でしたい様子なのか、最早自分で動く気配のないだいをもこさんが手際よくおんぶする形にもっていく。
その手際の良さは「手伝ってね」と言われた亜衣菜が何もする必要がないレベル。
そしてあっという間に、だいを背負ったもこさんが別の部屋へと亜衣菜とともに移動していく。
その様子を眺めたあと、自由を取り戻した俺はルチアーノさんの方へ。
俺が立ち上がって移動すると、ルチアーノさんも自分で車椅子を方向転換させ、さらに玄関の方へと進んでいく。
その動作は長年車椅子生活なんだということを改めて感じさせた。
同じ家の中とはいえ、これだけ離れるともこさんたちが何を話していても聞こえないし、俺たちの会話も聞こえないだろう。
しかし何だろうか、ルチアーノさんの話って……。
亜衣菜絡み、か……?
俺がちょっと緊張を覚える中、玄関先で向き合った俺たちだったが、ルチアーノさんは少し目を細めながら俺を見上げていた。
「さっきの雰囲気の中だから言わなかったが、君は本気か?」
「え、ええと、何のことでしょうか?」
「だいさんの写真を商用に掲載させるという話だ」
「あ……いや、俺も心配ではあるんですけど……本人が乗り気なら、いいかなと……」
「それを本気で言っているのか?」
「え」
ルチアーノさんは決して声を荒げたりしているわけではないのに、その声の迫力に俺は完全に圧倒された。
酔いとか疲れとか、そういうのを全て忘れてしまえそうなほどに、その声は不思議な力を持っているように感じられた。
「酒の席だし、亜衣菜も悪ノリで言ったんだろうが、あいつだってまともな状態だったらさすがにあんなことは言わなかっただろう」
ルチアーノさんの真剣な視線を受けながら、俺はその言葉を聞き続ける。
「SNSで自ら自分の写真を公開するのと、商業誌に掲載されるのは訳が違う。ギャラがあるとかないとか関係なく、その写真に載った人物は利益のために自分を公開していると世間は認知する。そして記事を見た人からは、自分は金を払った側で、掲載された人物はその金を受け取っている側だと思われる。そこに掲載された側の考えや事情が汲み取られることはない。その人物に対することをあれこれ言い出し、特定して、近づくことで有名人に近づいたと錯覚しようとする奴もきっと出てくる。どんなに写真を加工しても、分析に分析を重ねれば普段の見た目は特定されるだろう。そうなればどうなるか、想像はできるだろう?」
淡々と、だが真剣な眼差しで言ってくるルチアーノさんの言葉は、圧倒的な正論だった。
その言葉に、アルコールのせいではなく動悸が激しくなるのが自覚されていく。
想像できるかと言われれば、もちろん出来る。
勢いとか、そんなことで認めてしまっていい話ではなかった。
俺だって分かっていたつもりだったのに。
いや、分かった気に、なっていたつもりだったんだろうな……。
「もちろん亜衣菜は職業としてそれを選択しているから、リスクは承知の上のようだが、だいさんはそうではないだろう? 見る人間が多いとか少ないとか、そんなのは関係ない。そのリスクを自分の大切な人に背負わせる覚悟が、君にはあるのか?」
覚悟。
その言葉は俺の胸に強く突き刺さった。
俺がリスクを背負うんじゃない、だいが背負うんだ。
まだだいと付き合う前、たしかに俺は亜衣菜から聞いたじゃないか。
知らない人に声をかけられることもあるし、触ってこようとする奴もいるって。
だから亜衣菜は外出の時変装してるんだし、俺はそれを何回も見てきている。
亜衣菜はそれを仕事として、覚悟してやってるんだろうけど、だいは違う。
あいつの職業は教師で、見られる仕事なんかではない。
リスクを背負わせて、いいわけがない。
「俺が馬鹿でした。ルチアーノさん、ありがとうございます」
「分かってくれたようだな。もし亜衣菜が桃子に同じ提案をしてきたら、俺は全力で止めるぞ」
そう言って、ルチアーノさんは優しく微笑んでくれた。
酔っていたからとか、そんな言い訳は通用しない。
あー、ほんとこれ、俺が自分で気づいて止めなきゃダメだったことだろ……。
亜衣菜と俺の立場は違う。俺がだいを、守ってあげなきゃいけないのに。
本人が乗り気になってたからとか、彼氏として無責任すぎだろ俺……。
ルチアーノさんの言葉が胸に刺さりまくって、俺は激しい自己嫌悪状態に。
「男児たるもの、愛する者は自分で守る覚悟を持ちたまえ」
「は、はい! 肝に銘じます」
さらっと男としての在り方を伝えてくるルチアーノさん、カッコよすぎっす……!
でも、子どもの頃から誰かの介助を受けながら生きてきたからこそ、そういう自覚が強いのかもな。
いや、マジで今この人と話せてよかった。
危うく一生後悔するとこだったし……。
「上杉には俺から連絡しておく。あいつもサラリーマンだからな、会社の利益として亜衣菜の提案に乗ったんだろうが、さすがに人の人生を左右する可能性がある話だ。言えば分かってくれるだろう。ただ社会人として一度した約束を反故にするんだ。一般プレイヤーとしてインタビューに答えるとか、そういった写真以外の何かしらの協力は求められるかもしれないが、そこは覚えておいてくれよ?」
「はい、ありがとうございます。すみません、何から何まで」
「いや、俺も妹と妻の共通の友人を危険な目に合わせたくないだけさ」
ほんと、カッコいいなぁこの人。
俺もこうありたい。
そんなに長く話したわけではないのに、ルチアーノさんは確かにそう思わせる人だった。
「まぁ一つ苦言を呈すなら」
「え?」
「君が亜衣菜と別れてくれていてよかった、かな。今の世の中は他人に無関心であるように見えるが、君が思っているほど優しくもない。甘い考えの男に、妹は任せられん」
「……ご教授痛み入ります」
そう言ってくるルチアーノさんは優しい笑顔で、優しい声だったのが余計に胸に刺さった。
でも、それに対する反論なんか、俺には一つもないから。
「亜衣菜とだいさんには、君からちゃんと説明出来るか?」
「あ、はい。それくらいはもちろん」
「ああ。だがこちらとしても妹があそこまで酔うと面倒だとは思っていなかったからな。迷惑をかけたことお詫びしよう」
「いやいや、俺にも要因はあるので……」
「むしろ、一番の迷惑は俺が亜衣菜をLAに誘ったことか?」
「え?」
ありがたいルチアーノさんからのお叱りタイムも終わった感じになった時、ふと言われた言葉が俺の中で引っかかった。
もし、ルチアーノさんが亜衣菜をLAに誘っていなかったら。
それはずっと、考えては考えるのをやめてを繰り返していたこと。
もし、亜衣菜がLAを始めていなかったら……。
「やめましょう、その話は。結果的にそれがあって、今があるんですから」
俺が亜衣菜と別れたのも、だいと出会ったのも、【Teachers】のみんなと出会えたの、今ここでルチアーノさんたちに出会えたのも。
全部が俺の人生なのだから。
「そうか」
「ええ、そうですよ。LAにはたくさん楽しませてもらってる、それでいいんです」
「そうか。まぁあいつはあまり友達が多くないみたいだからな。これからも亜衣菜と仲良くしてやってくれるか?」
「それは……善処します」
そんな話をしながら、俺はルチアーノさんの車椅子のハンドルを持って部屋の方へ押して行く。
亜衣菜のことは何とも言えないけど、だいと亜衣菜が仲良くするなら、昔みたいには戻れなくともこれからも何かしら関わりはあるのだろう。
亜衣菜にはちゃんと「もう気持ちには応えられない」は伝えたんだし、時間が経てばあいつもまた変わっていくと思う。
だから俺が考えるべきは、だいとのこと。
さっきは俺の油断というか、危機意識がひどすぎたから。
年上なんだし、俺がもっとしっかりしないと。
後悔しない人生は無理でも、後悔を減らそうとすることは大事なことだし。
ルチアーノさんの言葉を胸に刻みつつ、まずはもこさんたちに預けてきただいの様子を見るべく、部屋の方へと戻るのだった。
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以下
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前話ではたくさんのご心配コメントをいただきましたが、ご心配おかけしましたことお詫び申し上げます。こういう流れでした!
相変わらずの主人公下げみたいな展開ですが、ルチアーノ上げというか、まだ恋人同士の覚悟ない男と一児のパパになる男との対比となりました。
前々から思っていたことというか、オンラインゲームを題材にしている手前オンとオフの境、顔の見えない繋がり、そう言った点に対することを書きたいなぁとちょっと作中で書いてみた次第です。もちろんただそれだけではないですけど。
美人すぎる〇〇だの可愛すぎる〇〇だの、そういうのが取り上げられることもありますが、生中継とかのたまたまとかそういうのではない限り、ちゃんとした判断で同意の上での色々があるでしょうし、SNS全盛期の今、個々人がある程度の危機感を持つことは大事だと思っています。
デジタルタトゥーを刻むくらいなら、自分の中だけで写真データ持ってればいいんじゃないかなぁというのが自分の感覚です。承認欲求って、正直あんまりピンとこないんですよね。
いや、小説で☆いただいたりコメントいただいたりPV伸びるのはめちゃくちゃ嬉しいんですけど。笑
前話にコメントいただいた方たちの、リアルにそれはダメだよ、ということの多さになんて返事すればいいか戸惑いましたので、お返事はこの投稿時間が過ぎてからさせていただきたく思います。
フィクションなんだからある程度ご都合主義になることはあっても、現実に起こり得る余地は残すバランスを意識したいと思いますので、今後ともお付き合いいただければ幸いです。
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。
お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!
更新は亀の如く。いや、かたつむり……。
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