第194話 楽しみが増えるのはいいことだ!
「たっだいまーっ」
20時15分頃、俺たちは再び亜衣菜の家に帰宅。
亜衣菜を筆頭に部屋の中に戻ると、部屋の中では穏やかな大人な空気の中でルチアーノさんたちが談笑していた。
2つあった寿司桶の内片方は亜衣菜の要望通りにラップがしてあり全く手がつけられていないようだし、俺らが戻ってくるのに気を遣ってゆっくり食べたり飲んだりしてたって感じなのかな。
あ、でも二人が飲んでるのビールじゃなくて日本酒じゃん。
どこのだろう?
「おかえりなさい、わざわざありがとうね」
「いえ、すぐに作りますね。もこさんたちはそのままくつろいでいてください」
「ううん、私のためなんだし手伝うよ」
「あたしもっ! お手伝いするっ」
席を立ち、帰って来た俺たちの方に来てくれたもこさんがだいに協力を申し出ると、それに亜衣菜も追随。
だがな、キッチンは戦場だからな。簡単には手伝わせてくれないんだぜ……!?
「あ、じゃあ亜衣菜さんだけ、お願いしようかな」
「まっかせろーっ」
「あら、私は?」
「もこさんのために作るんですし、できるのゆっくり待っていてください」
「いいの? じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
そう言ってもこさんが再び席に戻るけど、……あれ?
亜衣菜はいいの?
俺が少しぽかーんとその光景を見ていると。
「材料、こっちまで持ってきてもらえる?」
「あ、はい」
キッチンの方に向かっていくだいの指示に、とりあえず買ってきたものを運ぶ俺。
そしてそれをだいに手渡すと。
「うん、ありがと。じゃあゼロやんも向こうでゆっくりしてていいよ」
「あ、俺も手伝うけど」
「亜衣菜さんがいるから大丈夫」
「え、いや、でも俺の方がまだ役に立つと思うけど……」
「あっ、また亜衣菜ちゃんを馬鹿にしたなー?」
「ここは亜衣菜さんのお家のキッチンだし、さっき教えるって約束もしたからね。とりあえずゼロやんは邪魔だから、向こう行ってて」
邪魔!?
「菜月ちゃん辛辣―っ」
だいの言葉に思い切り笑う亜衣菜を尻目に、結局俺はすごすごと引き下がることに。
っていうか亜衣菜の家のキッチンだからって、お前うちのキッチン普通に一人で使ってたやんけ。
なんだろう、釈然としない……。
だが、そのまま粘るのもほんとに邪魔だろうから、俺は買い物前に座っていた席へと戻る。
でもその席もね、やっぱちょっと、緊張するよね。
俺側は一人に対して、反対側には3人。
いや、ルチアーノさんはあれにしても、俺らが買い物行ってる間も横並びだったんかい。
テーブルに腰かけるや、3人の視線が俺に集まったようで、若干手に汗かいてくる気持ちです。
全員年上だし、なんだろ、面接受けるみたいだな……!
「ゼロも買い物ありがとね」
「あ、いえいえ。俺は荷物持ちしてただけですから」
「いやぁ、それにしても亜衣菜ちゃんの元カレとは、よくここに来たね。しかも彼女連れでとは。そのメンタルちょっと尊敬するよ」
「え? あ、いや、俺はその、成り行きというか、もこさんが会いたがってるって聞いたからなんですけど……」
「ちなみにどうしてゼロくんは亜衣菜を捨ててだいさんを選んだんだい?」
「いっ!? え、あ、えーと……」
案の定ですよ。
俺が席につくや、投げかけられる3人の言葉。
それはまるで後輩をいじる大学の先輩とか、そんな感じ。
というかルチアーノさんってすごいクールな人ってイメージだったけど、そんなニヤニヤ顔もするんですね……!
上杉さんも元々の渋い顔がすっかり楽しそうだし、うわ、これきつ!
「亜衣菜ちゃんだって可愛い子だろ? 別れてもなお仲良さそうだし、いいね。両手に花なんて男の夢じゃないか」
「え、あ、いやー……」
両手に花。うん、傍から見ればね、そう見えるかもしれないけど。
でも俺としてはルチアーノさんの言葉通り、亜衣菜を捨ててだいを選んだつもりなんだけど、仲良く見えるのは全部亜衣菜のせいですからね?
って、上杉さんには言えたとしても、ルチアーノさんに言いづれえええええええ!!
「二人が出会ったのってLAの中だったんだよね? たしかにLAの中だとずっと一緒ってイメージだったけど、それで付き合うまでいくって、すごいよね」
「おお、そんなこと本当にあるんだね!」
「うちのギルドでも、この前1組夫婦が誕生したぞ?」
「え、そうなのかい?」
「ええ。片方はギルド幹部で、片方は元幹部だったんですけど。その二人が新婚旅行に行きたいって言うので、少しギルドの活動をお休みにしたんです」
「なるほど。だから急にこっち来るなんて連絡してきたのか」
俺がルチアーノさんに何と説明しようかと迷ってる内に、もこさん参戦。
だがもこさんのおかげで、少し話題が逸れた、かな!?
「出会いがネット上というのも最近は増えてるっていうからなぁ。いやぁ、今度オンラインで出会ったカップルや夫婦の特集なんかしてみても面白いかもしれないね!」
「ゲーム内だとうちの幹部と元幹部は男同士だけどな」
「それを言うなら、ゼロとだいもそうだよね」
「え、あ、はい」
って、そう簡単にいかないよね!
再び向かい側に座る3人の視線が俺に集まり、冷や汗アゲイン。
「あ、そうなんだ。でも北条くんは、里見さんのこと女性だとは思ってたんだよね?」
「え、あ、俺はずっと男だと思ってたんですけどね……ははは……」
「ほお」
「そうだったの……?」
「え、あ、いや、はい。オフ会で会うまで、気づきませんでした……」
「そりゃすごいね! ゲーム内で出会った仲良しさんとオフ会で出会って、異性と知って、そこから交際かぁ……いやぁ、世の中何が起こるかわからないもんだ」
「あ、でも初対面は仕事というか、部活の合同練習だったんですけど」
「ほお?」
「えっ、そんなこと、あるの……?」
「ほんとですって。初めて会った日の次の日がオフ会だったんですけど、おかげで二重に驚きましたから」
「いやぁ……すごいな。信じがたいけど、そんな奇跡が起こるものなんだなぁ」
「いや、俺だってほんとに驚きでしたよ」
俺がだいを男だと思ってたという話にもこさんが少し驚いた顔をしたから、もこさんもだいが女だと気づいていたんだろうか?
でも、そこから俺が続けただいとの出会いに、上杉さんはかなりびっくりの様子。
いや俺だってね、相当びっくりでしたからね。
「なるほど。ゼロとだいは運命だったのかもね」
「だとすると、亜衣菜に勝ち目はなかったか」
「あ、あはは……」
……なんか、そう言われると恥ずかしいし、なんて返せばいいか分かんねぇな……!
でも、運命かぁ……俺とだいがそうだったら、いいなぁ、なんて。
「ちなみに確かな筋の情報によれば、次の拡張でキャラクターの変身アイテムが実装されるらしいよ」
「え、そうなんですか?」
「ああ。効果時間は使用からゲーム内で120時間とかって言ってたかな。アイテムを売ってくれるNPCに話すとキャラメイク画面に切り替わって、登録したキャラクターの見た目になれるアイテムが買えるらしいよ」
「ほうほう」
「これでLAの中でも男女カップルになれるじゃないか」
「いやー……別にそこまでは、求めてないっすけど……」
俺が「運命」という言葉にちょっと浸ってる間に、俺の話を楽しそうに聞きながら日本酒を飲み続けてた上杉さんが、さらっと新情報について話し出す。
LA内でいちゃつく必要性は全く感じないけど、見た目チェンジは、ちょっと面白そうだな。
「けっこう実装の要望があったみたいだしね。何でも今度実装されるPvPは既存の戦闘システムと別系統のシステムが実装されるみたいだから、ボイスチャットが推奨されるらしいんだ」
「え、マジすか?」
「ああ。そうなるとさ、プレイヤーとキャラクターで性別が異なってると、どうしても違和感がぬぐえない場合があるだろ? そこに対応するためだって言ってたよ」
「ふむふむ……」
反応的にルチアーノさんたちはもう聞いてた感じなのかもしれないけど、なるほどボイスチャット推奨と合わせてキャラクターの見た目を変えるアイテムか……。
でも、うちのギルドはオフ会で真実以外はみんなと会ったことあるし、別に見た目変える必要性もね、ない気はするけど。
「うちのギルドも9月からボイスチャットの環境整備を伝達する予定だ」
「あ、【Vinchitore】でも前からやっていたりしたわけじゃないんですね」
「俺も何人かとはやることがあったし、親しいメンバー同士でやっている者もいるみたいだが必須ではなかったな。昔から、幹部だけで組むにしてもやりたがらないのもいたしな」
「え、そうなんですか?」
「ああ。家族がいたり、声を出しづらいプレイヤーもいるだろう。亜衣菜も乗り気ではなかったぞ」
「え、意外ですね……」
やはり
「ほら、亜衣菜はやまちゃんと一緒に住んでるわけでしょ? 声が混ざったりしてもね」
「あ、そっか。なるほど……」
「あとはせみまるとジャックも乗り気じゃなかったな」
「あー……」
まぁジャックはキャラと中身の性別不一致だったし、そこら辺かな?
せみまるさんは、まぁロールプレイの人だからだろう。ああ見えて実は中身若い女性でした、とかだったりしたらね、8年も積み重ねてきたキャラクターがぶれちゃうもんな。
「もちろんログだけでもプレイには問題ないみたいだから、必須じゃなくて推奨ってことなんだと思うよ」
そうか、ロールプレイヤーだけじゃなく、リアルが女性だと知ったら
「情報ありがとうございます。うちのギルドも検討してみます」
「うん。ちなみにこの情報は9月発売の『月間MMO』にも載るんだけど、発売までは内密によろしくね」
「それはもちろん」
お酒のせいか饒舌になった上杉さんのおかげですっかり話題が秋の拡張データについてになるが、やはりルチアーノさんももこさんも本質はゲーマーだからか、この話題を頷きながら聞いていた。
一番聞きたかった話だし、ありがたいね。あとでだいにも教えてあげよっと。
「あとはそうだなぁ、PvPの大会も実施されるらしいよ」
「え、大会って、オフィシャルな感じのですか?」
「ああ。
「15!?」
LAの基本パーティ人数は5人で、多少多くても8人くらいまでの編成が今までの常識だった。
減らす分にはイメージできるけど、15人ってなると、ちょっとどんな編成にすればいいのか全く見えないな。
まぁうちのギルドじゃ、そもそも人数足りないんだけどさ。
【Teachers】で出るなら、スタンダード以下ってことになるか。
「で、12月頃から予選の予選として、運営側が用意するNPCチームと戦えるらしいんだ。そしてそれを倒せたプレイヤーチームが各サーバーでの予選トーナメントを行って、年明けには予選トーナメント優勝チームによる、全サーバー同士のトーナメントも予定してるとかなんとか」
「おお……他サーバーの人たちと戦えるのか……」
「第1回だからね、色々と運営側も試行錯誤なんだろうけど、優勝チームにはゲーム内賞金と、1年間の基本プレイ料金無料っていうご褒美、あとは特別な装備が送られるみたいだよ」
「え、装備?」
「うん、まぁ性能とかじゃなく、見た目だけのやつみたいだけど」
「あ、そうですよね。うん、壊れ性能とかだったらブーイングでしょうし、それなら安心ですね。でも、1年間プレイ料金無料ってのはちょっといいなぁ」
「プレイヤー同士をリアルタイムで戦わせるとなると、両チームがリアルで時間を合わせなきゃいけないから、そこでちょっと泣きを見る人もでちゃうんだよなぁって、赤井も頭を悩ませてたよ」
「あ、そうか。たしかに21時くらいが一番プレイヤー多いですけど、深夜帯とか早朝とか、そこメインの人もいますもんね」
「そこらへんは今後要検討なんだろう」
「第1回大会でこけたら、先もないもんね」
「うーん、うちのギルドは今11人だから、どれに出るかなぁ……」
優勝してもらえるのが装備じゃないなら純粋に楽しめそうだし、名誉をかけて戦うのも悪くないだろう。
自分の腕前がどのくらいなのか、ちょっと気になるし。
俺がそんなことを考えていると、正面に座る3人の視線が動いた気がした。
なんだろ――
「あたしと菜月ちゃんと、トリオで出ようよっ」
「おおうっ!?」
いきなり背後から両肩にばしっと手を置かれた俺は思わず変な声を出してしまった。
もちろんその手は言わずもがな。
「いきなり叩くなっ! びっくりすんだろーが……」
「えへへ~、お待たせしましたっ」
「もこさんのお口に合えばいいんですけど」
さも自分が作った感を出す亜衣菜に続いて、お皿を持っただいの登場。
それと同時に、醤油ベースに作ったのか、そんな感じのいい匂いが立ち込めた。
「わっ、美味しそうだね。だいありがとね」
そしてもこさんの前に置かれた皿に全員の視線が集まる。だいが作ったのは、さっき買ってきた食材を使ったあんかけうどんのようだった。
白身魚とほうれん草としめじやらが入ったあんかけは、普通にそれだけでも美味そうだ。
たしかにこれならさらっと食べれるような気がするな。
「里見さんすごいね、さらっと作っちゃうんだね」
「いえいえ、大したことないですよ」
「なるほど。この面でも亜衣菜は負けていたってことだな」
「あーっ! いや、でもそれは……ちょっと思ったけど……」
上杉さんに褒められて謙遜するだいと、ルチアーノさんの言葉に拗ねる亜衣菜。
まぁでもね、料理でだいに勝つのは、一朝一夕じゃ無理だろう。
やはり日々の積み重ねが生んだ経験値はでかいからな。
「じゃあ6人揃ったことだし、もう1回乾杯しよっ」
だが落ち込むこと数秒、切り替えが終わった亜衣菜が再び笑顔を浮かべる。
そして改めてもこさん以外のグラスにお酒をついで、準備完了。
「かんぱーいっ」
亜衣菜の元気な声とともに食事再開の合図。
まぁこいつはね、元気なくらいがちょうどいいのかもね。
亜衣菜がさっき俺とだいとでトリオの大会出ようとか言ってたのは、気になるところだけど。
ゲーマーが二人追加されたことにより、もうしばし俺たちは秋の拡張データ関連の話題で盛り上がるのだった。
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
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ルチアーノ氏らが飲んでるのは北海道の地酒とかなんとか。
(宣伝)
本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。
お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!
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