第193話 近しい存在の成長は見えにくい

「いやー、ほんとびっくりだったなー」

「だね。でももこさん幸せそうだった」

「ねー。いいなぁ、あたしもいつかママになりたいなー」


 亜衣菜の家を出てスーパーか何かへ向かう途中、俺の前を歩く女性陣がそんな会話をする。

 もこさんの幸せがうつったように、だいもなんか嬉しそう。

 そして亜衣菜の言葉は聞かなかったことにしておこう。


「……一夫多妻制でいく?」

「馬鹿言うなっ」


 と、俺が無視を決め込もうとするや、マスクのせいで目元しか分からないが、おそらくいたずらっぽい笑みを浮かべているであろう亜衣菜が振り返ってそんなことを言ってくる。


「どっちの子でも、きっと可愛くなるのにー」

「そういう問題じゃねえ!」

「街中で大きな声出さないでよ」


 そんな俺と亜衣菜のやり取りに冷静なツッコミをいれるだい。

 え、怒られるの俺だけ!?


 というかほんと、亜衣菜の考えが全くわからん。

 だいのことを俺の彼女って認識してるのは確実なのに、今日の昼前までより悪ノリ多くない!?

 むしろだいも少しくらい止めてくれよ……!


「もこさんて、何か好きな食べ物はあるのかな?」

「あ、んとねー。お義姉ちゃんはお魚が好きだよー」

「なるほど。じゃあお魚使った、食べやすいものがいいかな」


 だが、俺が心の中で疲弊するも、だいの心はこれからの料理でいっぱいのようで。

 うん、食については妥協しない性格なの分かってるけどさ、うん。


「菜月ちゃん今度料理教えてよー」

「うん、いいよ」

「ほんとっ? ありがとっ」


 二人が仲良くなるのは止めないけど……なんだかんだ、まだ亜衣菜との繋がりはなくならないんだろうなぁ。

 

 それがいいのか悪いのかは、分からないけど。

 ほんと、初めて亜衣菜と会った時のだいは警戒心というか、そういうのバリバリだったのに。

 どんどん仲良くなっていく二人に小さくため息をつきながら、俺は二人の少し後ろを歩き、もこさんのための食材を買いに足を動かすのだった。




 そしてほぼ20時頃、亜衣菜の家の最寄りだというスーパーに到着。

 既に買うものを脳内で決めたのだろう、先頭を切ってだいが店内をすたすたと進むので、今度は俺と亜衣菜が並んでそれについていく形になる。


 こういう日常の買い物とか、だいと二人で来たら楽しいだろうに……まぁ今は止むを得まい。

 とりあえず荷物持ちくらいは、ちゃんとしないとな。


 そんなことを思いながら、まずは野菜コーナーを進むだいの後を追っていると。


「あ、ブロッコリー。そういえばりんりん、ブロッコリー食べられるようなった?」

「おいそれいつの話してんだ?」

「えー、10年前くらい?」

「つーか昔から食べれなかったことはないし。……好きではないけど」

「えー、まだ好き嫌いしてんじゃーん」

「いや、お前の方が好き嫌い多かっただろうが」


 目に入ったブロッコリーに思い出がよみがえったのか、昔俺が好んで食べたがらなかった野菜の話をし出す亜衣菜。


 というか当時は俺なんかと比べ物にならないくらい、亜衣菜の方が苦手な野菜多かったし。

 俺はブロッコリーを好まないけど食べてたけど、君はピーマンとかニンジンとか、子どもの嫌いな野菜はだいたい全部嫌がって食べなかったよね?


「ブロッコリー嫌いなの?」

「え、いや、好きではないだけで、食べるぞ?」

「ふーん」


 俺と亜衣菜が好き嫌いの話をしたからか、はたまたそれが野菜の話題だったからか、急にだいが足を止めて俺らの方へ振り返る。

 いや、視線の先は完全に俺。

 そしてその表情は、ちょっと怖いくらいの真顔だった。


 野菜大好きなだいにとって、苦手な野菜があるのはNGだったか……!?


「じゃあ今度作る時はブロッコリー使わないとね」

「え……」

「好き嫌いはよくないわよ」

「そうだぞー?」

「だからお前が言うなっ」


 今度ブロッコリーを使う宣言のだいに俺が怯むと、それに乗じて亜衣菜まで冷やかしてくる始末。

 いや、きっとだいが料理してくれれば何でも美味しくなるんだけど……ちょっと怒られた子どもの気分です。


「茹でてマヨネーズつけて食べさせてあげるわよ」

「えっ!? それだけっ!?」


 え、何!? なんか怒ってる!?

 好き嫌いがあるから!? え、そうなの!?


 だが慌てる俺を気にすることもなくいくつかの野菜をカゴにいれただいは、次にもこさんが好きだという魚を選ぶべく、再び足を進めだす。

 そのだいの後を再び追いかけ始める俺と亜衣菜。


 そして鮮魚コーナーに辿り着くと。


「あ、りんりんっ。あのお刺身美味しそうっ」

「いや、戻ったら寿司があるだろうが」

「えー、でも美味しそうだよ?」

「あの寿司の量だってかなりの量だったし。食べきれるか分かんないの買おうとしないの」

「むー、わかりましたよーだ」

「おいいくつだお前?」


 目の前にある刺身パックを指差す亜衣菜に、俺は呆れてツッコミをいれる。

 だいが真剣に買い物してんのに、ふざけるんじゃありません。


 っていうかほんと、頬を膨らますな。このアラサーが。……いや、可愛いっちゃ可愛いんだけど。


「お魚好きな人がお寿司も我慢するんだから、お刺身はダメじゃないかな」

「あ、そっか。たしかに」


 だが俺と亜衣菜のやりとりを聞いていたのか、加熱用の白身魚の切り身をカゴにいれただいが、優し気な言い方で亜衣菜に指摘をする。

 おいおい、俺に対する扱いと違いすぎない!?


「よし。じゃあ私は調味料のとこに行くから、ゼロやんはうどん取ってきて」

「うどんか。りょーかい」

「亜衣菜さんは、私が買おうとするのでお家にあるのがあったら教えてね」

「おっけいっ」


 そしてだいから下された指示。

 それに従い二手に分かれる俺たち。


 うどんか、たしかにうどんならいつでも食べやすいよな。


 だいが何を作ろうとしてるかはまだ見えないけど、俺はだいと亜衣菜と一旦離れ、一人うどんを求めてスーパーの中を進んでいく。


 そして一人になって、ふと考える。


 なんか、だいのやつ変わったよな。

 あ、いい意味でね?


 LA内で出会った頃のだいは、ほんと人見知りの究極みたいな感じで、俺以外とほとんど話すこともなく、【Mocomococlub】の時はもとより【Teachers】に入ってからも誰かと積極的に話したりするわけじゃなかった。

 オフ会の時でも、自分から話題を作ったりってほとんどなかった気がする。

 だから、対人スキルみたいなのはリアルでもLAでもそんな変わらねーかなって思ってたんだよね。

 

 だからこそ、さっきだいが「料理作りましょうか」って言ったのはほんとに驚いたし、すごいなって思ったんだ。

 知り合いの家に来て料理作ろうなんて提案、普通できないよな。

 それをやってのけるだけの腕前があるのは知ってるけど、LA内でもこさんとは知り合ってたとはいえ、リアルでは亜衣菜と俺以外全員初対面なわけだし。というか上杉さんにいたっては今日が完全初見だぞ?

 昔の人見知りのだいを思えば、挨拶しただけであとは沈黙し、会話に参加することもなかった気がするけど……なんというか、成長してるんだろうな、あいつも。


 そりゃぴょんとかゆめみたいにさ、自分から進んで話を振ったりって感じではないけどさ。

 それでもやはり、オフ会や亜衣菜との出会いを通して少しずつ変わってきている気は、する。


 いや、この変化は喜ばしいもののはずなんだけど。

 でもね、なんだろ。親離れ的な?

 そりゃ先生なんて仕事もしてるんだから、人と話すのは否が応でもしなきゃいけないから、プライベートの出会いがなくても成長するに決まってんだけど。


 俺がいなくても大丈夫なのかなって思うと、うん。頼もしくなったなって思う反面、ちょっとだけ、ほんとちょっとだけ寂しいような、そんな気もする。

 まぁ夕方にうめさんやこっぺぱんとキングサウルス討伐のパーティ組んだ時は今まで通りほとんど喋ってなかったけれども。


 でもやっぱ、いつまでもずっと同じってことはないんだろうな。

 かつてずっと一緒にいると思っていた俺と亜衣菜の関係が終わったように、俺がだいの代わりに人と話すという、6年前の約束もいつまでも続くわけではないのだろう。


 それはきっとだいにとっていい変化なのだから。

 俺も、いつまでも昔のままのイメージでいちゃいけないんだよな。


 ずっと一緒にいるなら、その変化も受け入れていかないと。

 それが手を取り合って一緒に進むってことだろうから。

 いい意味で俺とだいの関係も変化していけばいい。


 そしていずれは、ルチアーノさんともこさんのように、リダと嫁キングのように、結婚して、子どもができれば幸せだ。

 宇都宮オフで仁くんを抱っこしてただい、可愛かったし。


 うどんコーナーを見つけ3玉入りの1袋を手に取り、だいと亜衣菜がいるであろう調味料コーナーへ戻る道中、俺は密かに俺とだいの未来を妄想。


「はいよ。これでいいか?」

「うん、ありがと」

「これで買うものはぜんぶー?」

「うん。早く買って、早く戻りましょ」

「おっけーっ」


 調味料コーナーで俺を待っていたであろう二人と合流し、俺たちはレジへと向かう。


「カゴ持つよ」

「あ、ありがと……」

「ひゅー。やっさしーっ」

「中学生かお前は……」


 そしてレジへ向かう途中、ずっとカゴを持っていただいからカゴを預かる俺。


 こんな風にさ、一緒にいて俺に出来ることはまだまだ色々あるはずだから。

 って、これは簡単すぎるけど。


 俺とだいの関係も、ずっと同じではないだろうから。

 色んな形で、支え合っていければそれでいいだろう。


 まだまだ妄想に過ぎない部分は大きいけれど、やはりルチアーノさんともこさんという夫婦と出会ったからだろうか、小さな買い物の中で考える、俺とだいのこれからのこと。


 亜衣菜には悪いけどね、この先もだいとともに歩んでいきたいのが、俺の本音なんだよな。


 会計を終えて、亜衣菜の家に戻る道すがら。

 楽しそうに話すだいと亜衣菜の少し後ろを食材の入った袋を持って歩きつつ、そんなことを考えながら、俺たちは半月が美しい夜空の下を進むのだった。






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以下作者の声です。

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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。

 お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!

 更新は亀の如く。

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