第192話 嬉しいご報告

「んー、おっつかれさまーっ」

「うん、おつかれさまでした」

「あー、疲れた」


 すっかり窓から見える外の景色が暗くなった19時半頃、武田家の皆様とのスキル上げ終了。

 正直脅威の早さで殲滅を続け、これで俺の銃も337、だいの短剣が328になった。

 まぁ、亜衣菜が格闘、ルチアーノさんがメイスサポーター、もこさんが錫杖ヒーラーと完璧な編成だったのもある。

 ちなみにルチアーノさんともこさんが意外にもメイスや錫杖がスキルキャップじゃないのは、パーティを組んで自分がその役割をやることがまずないから、こういう時のためにとっておいたから、らしい。

 うん、信じらんない感覚です。


「おつかれ。だが11月の拡張までもうあまり時間はないからな。早めにキャップにしておくといいぞ」

「いつでも呼んでいいからね」


 ずーっと攻撃しっぱなしで疲労の色を滲ませる俺とだいへ、気づけばそばまできていたルチアーノさんともこさんが声をかけてくる。

 亜衣菜もそうだけど、武田家の方々の体力は無尽蔵なんだろうか。

 疑問だ。


「あ、そういえばそろそろ上杉さん来る頃かな?」

「そうだな、19時半って言ってたからな」


 そして話題はこれからのことへ。

 上杉さん……あーっと……サタデー出版の人、だったか。

 うーん、『月間MMO』の編集者かぁ……なんか新しい情報とか、教えてもらえたりするかなぁ、なんてちょっと期待したり。

 っても、亜衣菜は話聞いてきなよって言ってたけど、そもそも俺らも普通に会っていいものなんだろうか? ルチアーノさんの大学の友達ってことだし、久々の再会とかではないのだろうか?


 とか俺がそんなことを思ってると。


「今日はお兄ちゃんのおごりで宅配のお寿司だよー」

「ほんとに私たちも一緒にいいの?」


 俺の思っていたことを聞いてくれるだい、ナイス。


「あったりまえじゃーん。菜月ちゃんもりんりんも、今日は飲むぞっ」

「いや明日平日なんだけど?」

「今日くらい、可哀想なあたしに付き合ってくれてもいいんじゃないのー?」

「え、それお前自分で言う? しかも、俺に」

「あ、私は明日午前休出してるから、付き合うよ」

「え、マジ!?」

「おー! さっすが菜月ちゃん! わかってるねっ」


 マジすか。

 え、俺明日普通に午前中から部活なんだけど?


 俺のことを完全にスルーしつつ、だいの答えに亜衣菜はご満悦のようで。


「お酒とかおつまみも、事前にお兄ちゃんが送ってきたのとか、昨日やまちゃんが買っておいてくれたのとか色々あるからさ、ぱーっといこっ」

「もこさんたちの迷惑にならない範囲にしようね」

「ほんと、これじゃどっちが年上か分からないわね」


 喜ぶ亜衣菜を見て、もこさんが苦笑い。あ、ルチアーノさんも声に出さないけど、苦笑いしてるね。

 うん、なんというか……自由な妹を持つと、そういう顔なっちゃうの、分かります。


「そういや、その上杉さんって人と亜衣菜は仲良いのか?」

「んー、関係的には仕事の上司って感じかな? あたしがこんなコラム書きまーす、とか、こんな写真撮りまーすってのにOKだったり変更言ってきたりする人だけど、仲が良いかと言われる、普通って感じ?」

「あ、そういう関係なのか」

「なになにー? 亜衣菜ちゃんに男の影か? とかでも思ったのかー?」

「思ってません。っていうかつつくなっ」


 ふと思った疑問だったのに、何を勘違いしたか右隣りから俺の頬をつついてくる亜衣菜。

 ほんと、昼過ぎのお前はどこいったんだおい。

 ……まぁ、しんみりされすぎるよりはいいけどさ。


 そんな亜衣菜を見て、何故か笑うだい。

 それは、俺への安心感ということでいいのかな!?


「ゼロくんはほんと、よくこんなのと学生時代付き合ってたな……」

「あっ、ひどっ!? こんなに可愛い妹に対してっ!」

「あー、うちの妹も似たようなもんなんで……」

「ほお。妹がいるのか」

「はい。妹は実家の秋田にいるんですけど、この前帰省したら密かにLA始めてたみたいで、とりあえず今はうちのギルドに入ってます」


 最初の頃はルチアーノさんと話すのも緊張したけど、キングサウルス討伐とスキル上げと、2回もパーティを組んだ今ではだいぶ緊張も取れた。

 おかげで割と気楽に話せたけど、もしかしたらルチアーノさんとは気が合うかもな。

 お互い妹に苦労した同盟が組めそうだ。


「兄妹で同じギルドなんてすごいわね」

「え、もこさんそれ天然ですか……?」


 そんな俺とルチアーノさんの会話を聞いたもこさんのリアクションにだいが思わずツッコむ。

 うん、あなたの旦那と義妹がまさにそうですやん。しかも何年間もその状況ですやん。

 ほんと、ゲーム外だとちょっと別人だな、もこさんは。


 と、そんな話をしていると。


 ピンポーン、とインターホンが鳴る音が響く。

 その音に反応した亜衣菜が席を立ち、モニターを確認しに行くと。


「こんばんは。上杉です」

「はーい。そのまま上がってきてくださーい」


 どうやら上杉さんの到着らしい。

 対応した亜衣菜がマンション入り口のオートロックを解除する。


 『月間MMO』の編集者かぁ、どんな人なんだろうか。


 元カノの家で、元カノの兄夫婦に加え、さらに元カノの兄の友達に会うってなかなかない場面だとは思うけど。

 色んな話が聞けるといいなと思いつつ、俺たちは上杉さんの到着を待つのだった。




「こんばんは。純也も桃子さんも、久しぶりだね」

「久しぶりだな」

「ご無沙汰してます。お寿司とってきてくれて、ありがとうございます」

「いえいえ、二人とも元気そうで何よりだよ。亜衣菜ちゃんも、相変わらず綺麗だねって、あれ、そちらの二人は?」


 ルチアーノさんたちが先に注文していたのを引き取ってきてくれたのだろう、両手に寿司桶の入った袋を持って登場した上杉さんは、日曜なのに仕事帰りなのかスーツ姿で、眼鏡をかけたザ・大人な男性だった。

 身長はたぶん俺より少し大きいくらいで、体型は普通って感じ。

 自分で言うのもなんだけど割と童顔な俺や、爽やかクール系のザ・イケメンフェイスのルチアーノさんともまた違う、落ち着いた大人な男性で、どちらかと言えばちょっと渋めの、なかなかなイケメン。

 さらっと亜衣菜に対して嫌味もなく「綺麗だね」って言えるあたりに、大人の余裕を感じるね。

 ルチアーノさんが亜衣菜の5歳年上ってことは、この人も今年で33歳になるのかこの落ち着きだし、結婚とかしてるのかな?

 

「この二人はあたしの友達のりんりんと菜月ちゃんだよー」

「はじめまして、里見菜月です」

「はじめましてっす。北条倫です。『月間MMO』、いつも楽しみにさせてもらってます」

「あ、LA仲間なんですか。ご愛読ありがとうございます。僕は上杉真一、サタデー出版の編集者をやっています。……でもりんりんって呼び方、あれ? 前に亜衣菜ちゃんから聞いたことがあるような……」

「え?」


 上杉さんの疑問に答えた亜衣菜に続き、俺もだいも簡単に自己紹介。

 だが上杉さんは亜衣菜の言った「りんりん」に何か引っかかったようで、不思議そうな顔を俺へ向ける。

 お願いだから、亜衣菜が変な話してませんように……!


「あっ! 思い出した思い出した。亜衣菜ちゃんの元カレってやつか! なるほど。純也とはまた違うイケメンくんだね、納得だ」


 言ってたんかい!!

 

 俺の内心のため息とは対照的に、俺が年下と確定したからか少し口調がラフになりつつ、笑顔を浮かべて俺に右手を差し出す上杉さん。

 いや、元カレを家に呼んでることに、何か疑問持ったりはしないんですかね!?

 いるほうもいるかもしんないけど……!


 差し出された右手を握り返しつつ、俺もなるべく表面上は愛想笑いを浮かべておく。


「それで、里見さんは……亜衣菜ちゃんの同級生とかなのかな?」

「ぶっぶー。菜月ちゃんはりんりんの彼女さんで、あたしの友達でーす」

「えっ!? 元カレの、彼女……? で、友達? いやぁ……最近の20代は難しいね……」


 上杉さんは思うべくして思った疑問だったと思うが、その答えは絶対に予想していなかっただろう。

 俺だって同じ立場だったら困惑する。

 うん、やっぱ謎だよ、この状況。

 っていうか20代ってくくりで考えるのもやめてください。


「でも里見さんもものすごい美人さんだね。どうですか? 亜衣菜ちゃんとコラボして『月間MMO』に出演しませんか?」

「えっ!? あ、いや、私は公務員ですので、そういうのは……」

「二人とも、学校の先生だそうだぞ」

「えっ、そうなの? そうかぁ……二人の写真掲載したら、売り上げ上がると思ったんだけどな」

「いきなりお仕事の話はやめてよもー。菜月ちゃん困ってるじゃーん」

「あはは、ごめんね」


 そして俺と握手を交わしたあと、上杉さんは俺の隣にいただいに視線を向けてまさかのオファーをするも、ルチアーノさんから俺らが教師であることを知ると少し驚いた表情を浮かべていた。

 そりゃあれよな、学校の先生とLAの廃人集団である武田家の皆様が知り合いなんてちょっと思わないよな。

 でもさすがにだいを亜衣菜と一緒に載せるのはやめていただきたい。

 ……いや、亜衣菜と一緒ってことは、何かしらのコスプレか? あ、それは見たいかも……。


「積もる話もあるだろう。夕飯にしながら、久々にゆっくり話すとしよう」

「よしっ、じゃあ飲むぞーっ」

「亜衣菜ちゃん次のコラムの締め切り、月末までだからねー?」

「……飲むぞー」


 ルチアーノさんが仕切ってみんなでの夕飯にしようという流れの中、現実を突きつけられた亜衣菜は、一瞬フリーズしたあと、おそらく何も聞かなかったことにしようとしたのだろう。

 2度目の「飲むぞ」の声が小さいことよ。

 そんな亜衣菜の様子に全員が苦笑いしたけれども、何はともあれまずは食事にするとしましょう。

 いや、いただく身ですから、仕切ったりは当然できないけどね?


 冷蔵庫から缶ビールやらおつまみを取りに行った亜衣菜を俺とだいも手伝いつつ、もこさんはルチアーノさんを夕飯用の、先ほどまで俺たちがLAをやっていたテーブルの椅子へと移動させ、不思議な6人での晩餐が始まったのであった。




「じゃあ、かんぱーいっ」


 何故か亜衣菜の仕切りで乾杯をした俺たちは、それぞれグラスを軽く合わせつつ、宴会スタート。

 座席的には3:3に分かれて座っており、それぞれ真ん中が亜衣菜とルチアーノさんで、亜衣菜の右隣に俺、左隣にだい、ルチアーノさんの右隣でだいの正面に上杉さん、反対にもこさんが座っている。

 そんな不思議なメンツだからか、普段ビールを飲まないだいも今日ばかりは気を遣ってかビールスタート。でも乾杯で少し口をつけただけで、すぐテーブルに置いたから、あまり得意ではないのだろう。

 うん、後で代わりに飲んであげるとしようそうしよう。


 ちなみに乾杯はもこさんだけがウーロン茶だった。

 あれかな、ルチアーノさんの介助があるからとか、そういう理由なのかな。


 って俺が思ってると。


「あれ、桃子さん今日は飲まないのかい?」

「ええ、ちょっと」


 あ、普段はもこさんも飲むのね。

 でも、何で今日は飲まないのだろうか?

 別にこのあと何するってわけでもないと思うんだけど……。


「しばらくアルコールは控えさせていただいております」

「え、お義姉ちゃん、まさか?」

「もこさんそれって……」


 笑顔で飲まない宣言をしたもこさんへ、俺の両サイドに座る女性陣がはっとした様子で聞き返す。

 その光景を、ルチアーノさんも少し嬉しそうに眺めていた。


「うん、今5か月目でね。ちょうどこの前くらいから、やっと安定期なの」


 そう言ったもこさんが、にこにこ顔のまま両手をお腹に置く。


「うっそっ! え、言ってくれればよかったのにっ! お義姉ちゃん、お兄ちゃんおめでとっ!」

「すごい……おめでとうございます」

「マジっすか、え、すごいめでたいっすね!」


 そういうことか!

 もこさんの安定期発言に、向かい側に座る俺たちは口々にお祝いの言葉ラッシュ。


「ほんと、嬉しい報告だね。これで武田リゾートも安泰だね。うん、純也も桃子さんも、本当におめでとう」

「ありがとな」

「ありがとうございます。というわけですから、あまり食べなくても気にしないでくださいね」

「って、そうじゃん! もー、知ってたらお寿司がいいなんて言わなかったのにっ」


 そうか、妊婦さんはなまもの控えたほうがいいんだっけか。

 もこさんの言葉に、おそらく寿司食べたいアピールをしたであろう亜衣菜が何故かルチアーノさんに向かって頬を膨らませる。

 なんだかんだ亜衣菜が食べたいのを優先したのか。なんだ、夫婦そろって妹溺愛か。


 ちなみに上杉さんが言った武田リゾートってのがおそらく武田家が運営してる会社なのだろう。俺は北海道行ったことないから知らないけど、後で調べておこうっと。


「あ、じゃあ何か材料があれば、私作りましょうか?」

「え?」


 なんと。

 もこさんにあまり食べられるものがないと知っただいが、珍しく自分から発言するではありませんか。

 やはりこいつ、食に関する部分にはけっこう強い思いがあるのか……!?


「菜月ちゃん料理得意なのー?」

「ええと、人並みには……」

「そこは俺が太鼓判を押すぞ」

「それはそれは。じゃあ、お願いしてみようかしら?」


 亜衣菜に得意か聞かれただいは謙遜してたけど、その質問に俺はちょっとドヤ顔で。

 すると楽しそうな様子で、もこさんがだいの提案に乗っかってくる。


「じゃあ、りんりんと菜月ちゃんとあたしで買い物いってくるっ」

 

 あ、冷蔵庫の中身なんもないのね。


「お兄ちゃんたちは3人でゆっくりしててねっ! あ、でもお寿司! あたしも食べたいから半分ラップしといてっ」


 そう言って席を立つ亜衣菜は、ほんと小さな子どものようだった。


「自由な妹ですまんな」

「いやいや、それは前から知ってるよ」

「じゃあ、お願いね」


 寿司を取ってきてくれた上杉さんにルチアーノさんが苦笑いで謝ったりするけども、とりあえず俺たち3人の中座が決定。


「よしっ、じゃあレッツゴーっ!」


 ささっといつものキャップにマスク、黒ぶちの伊達眼鏡をかけた亜衣菜に急かされるように、俺とだいも席を立ち玄関へと向かう。

 亜衣菜とだいとの3人で買い物って、ほんともう変な感じだけど、土地勘あるのは亜衣菜だけだし、もこさんのためだしな。

 上杉さんの話聞いたり、ルチアーノさんたちの話聞いたりとかは、もう少しお預けってことで。


「菜月ちゃんの料理楽しみだなーっ」

「いや、お前のためではないからな?」

「もー、細かいことは気にしないのっ」

「うん、でももこさんおめでたって、よかったね」

「ねっ! これであたしも、もうすぐおばさんかー」


 そんな会話をしながら、俺たちは亜衣菜の家を出て、案内されるままに食材の買い出しへと向かうのだった。






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以下作者の声です。

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 呼び方が様々ありますので一応補足。まだ書かれてないのもありますが、念のため。基本的に先に知った呼び方が優先される傾向ですね。


→の先が【本名】:【呼び方】です。


・北条倫(ゼロやん)

→里見菜月:だい

→武田亜衣菜:亜衣菜

→武田純也:ルチアーノさん

→武田桃子:もこさん

→上杉真一:上杉さん


・里見菜月(だい)

→北条倫:ゼロやん

→武田亜衣菜:亜衣菜さん

→武田純也:ルチアーノさん

→武田桃子:もこさん

→上杉真一:上杉さん


・武田亜衣菜(セシル)

→北条倫:りんりん

→里見菜月:菜月ちゃん

→武田純也:お兄ちゃん

→武田桃子:お義姉ちゃん

→上杉真一:上杉さん


・武田純也(ルチアーノ)

→北条倫:ゼロくん

→里見菜月:だいさん

→武田亜衣菜:亜衣菜

→武田桃子:桃子

→上杉真一:真一


・武田桃子(もこ)

→北条倫:ゼロ

→里見菜月:だい

→武田亜衣菜:亜衣菜

→武田純也:純也さん

→上杉真一:上杉さん


・上杉真一

→北条倫:北条くん

→里見菜月:里見さん

→武田亜衣菜:亜衣菜ちゃん

→武田純也:純也

→武田桃子:桃子さん


ミスったらごめんなさい!!


(宣伝)

本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。

 お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!

 更新は亀の如く。また間が空いてすみません><

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