第189話 最強の侍と最強の盾
「こんにちは」
「やっほー! 久しぶりだねっ」
「うん、亜衣菜さんに会うのは、1か月ぶりくらいだね」
「えっ!?」
15時過ぎ、亜衣菜の連絡を受けただいが、いつものリュックを背負って我が家に登場。
今日の恰好は白ブラウスに黒のスキニーとシンプルな格好で可愛かったけど、やはり俺としては今カノと元カノが一緒にいるという状況に、それどころではない。
しかしながら気が気じゃない俺の気も知らずに二人は平常運転のようで……。
っていうか、1か月ぶりって! え、ほんとに二人会ってたの!?
そんなそぶり全然見せなかったやんけ!
「ついに決着ついちゃったよー」
「あ、そう、だよね」
昼食の片づけを終えたテーブルを囲む俺たち3人。
俺を中心に、左にだい、右に亜衣菜が座っているのだが、だいの方を向いて亜衣菜はいつも通りに笑っていた。
けれどもだいの方は、なんだか寂しそうな様子である。
「あの日の約束、守ってくれてありがとね。ちゃんとりんりんから言ってもらえて、よかったよ」
「ううん。ごめんねって言うのも変な話だけど、ずっと言えなくてごめんね」
「ううん! こうなるのはね、分かってたから。大丈夫。その代わり、りんりんのこと任せたよ?」
「うん、ありがとう。任された」
いや、何この会話!?
え、それ、俺がいる時にする会話!?
「あ、ちなみに菜月ちゃんに色々教えたことは話しちゃいましたー」
「えっ? あ、そ、そうなんだ……」
「でもこれからは、あたしの知らないりんりんも見つけてくんだよ?」
「う、うん。色々教えてくれてありがとね」
「ほらね? 嘘じゃなかったでしょ?」
「おーう……」
いや、亜衣菜の話マジだったのか……!
「菜月ちゃんって、天然だよねー」
「え? そ、そんなことないけど……」
「亜衣菜ちゃんはびっくりだよー」
「え、どういうこと……?」
亜衣菜の言葉にだいは意味が分からず俺の方を見てくるけど、俺は苦笑いしかできなかった。
ほんと、びっくりなやつだな、こいつは。
「りんりんは愛されてるねー」
そう言って亜衣菜は笑うけど、うん、亜衣菜の話がほんとってことは、ちょっと盲目的すぎる気も、しなくもないけど。
俺のこと好きなのはね、知ってるけど……俺が言うのもなんだけど、流石6年間会ったこともない俺に片想いしてきたメンタルの持ち主だわ、こいつ。
「ちゃんと期待に応えていくんだぞー?」
「わかってるって……」
「菜月ちゃんも、よかったらこれからも友達でいてね?」
「うん、亜衣菜さんがいいなら、喜んで」
あ、君らまだそういう関係でいくのね……。
まぁ、だいは友達少ないみたいだし、そこはだいの判断でいいけどね。
関係も出会いもあれだけど、同じ趣味の友達って、貴重だもんな。
「さて、じゃあみんなでうちにいこっか!」
「え、ゼロやんも行くの?」
亜衣菜の言葉に戸惑うだい。
いや、俺はさっき言われたばっかだから。
変な目でこっち見んな。
「みんなで遊んだほうが楽しいしねー」
「誰がいるかって、だいは知ってるの?」
「え、誰かいるの?」
あ、やっぱり知らないのか。
「それは行ってからのお楽しみっ! ちゃんとゼロやんは黙っててねー」
「はいはい」
「え、どういうこと?」
「はい、じゃありんりんタクシー呼んで!」
「え、またタクシー!?」
「細かいことは気にすんなっ」
困惑するだいを置き去りにしつつ、亜衣菜のグーパンを肩に受けた俺は渋々スマホでタクシー会社を検索して、配車を手配。
まぁだいも色々俺に言わなかったことがあったみたいだし、ここは亜衣菜の言う通り、驚かせることとしますかね。
と、いうことで。
「あ、ちなみに今日はやまちゃんはいないからね」
「あ、そうなんだ」
16時前、俺たちは亜衣菜の家の前に到着。
ここに来るのは、3回目、か。
でもうん、山下さんいないのは、ありがたいね!
結果的に亜衣菜を幸せにしろよって話は守れなかった手前、会ったら会ったで怖かったし!
「今日は実家に戻ってもらってるんだー」
「でも、誰かはいるのよね?」
「そだよー」
「亜衣菜さんがいないのに、お家を任せるって……」
状況的に、だいも何となく察したところはあったようだけど、その答えを言うでもなく亜衣菜は玄関の鍵を開け、ドアをオープン。
1回来たことがある家ではあるから、前と変わらない光景が広がる。
でも、中にルチアーノさんともこさんがいるってことだよな……!
やべ、なんか有名人との対面って感じで、緊張してきた……!
「たっだいまー」
元気よく家に入っていく亜衣菜に続いて。
「お邪魔します」
だいともども、俺も亜衣菜の家に入ると。
「おかえりなさい」
入ってきた俺たちを迎え入れるように、ジーンズに白T姿の一人の女性が姿を現す。
その人は優しそうな笑みを浮かべていた。
「わぁ、ほんとに綺麗な子なのね」
「えへへ~、でしょ~?」
「ええ、亜衣菜が負けちゃったのも納得ね」
「えっ、それはひどいよーっ!」
迎えてくれた女性はだいを見て少し驚いていたが、すぐにまた微笑んだ表情に戻り、亜衣菜に対してからかうようなことを言っていた。
亜衣菜がそれに頬を膨らますけど、そんな二人のやり取りに戸惑うだいは。完全に挙動不審でおろおろしていた。
つかあれだよな、もこさんなんだ、よな?
いや、亜衣菜の話からもこさんに決まってるんだろうけど……俺の持ってたもこさんのイメージと、その女性は全然違った。
もこさんといえば、言わずと知れたLAの01サーバーにおける最強の侍で、小人族の女キャラだが……俺らの前に現れた女性は、俺よりも背が高かったのだ。
175くらい、あるよな……?
見た目こそものすごい美人! とか、アイドルかよ! 的な二人と比べると、普通って感じだけど、ものすごく優しそうで穏やかな雰囲気は、ああこんな奥さんなら家庭円満だろうなぁという感じを与えてくる。
LAの中のもこさんは割とスパルタで、時折ノリがいいって感じなんだけど、俺らの前に立つもこさんはすごくおしとやかで、大人の女性っていう雰囲気が強かった。
うん、とにかくイメージと全く一致しなかったのである。
「リアルだと初めましてだね。ゼロにだい」
「え?」
「初めましてっす。俺がゼロで、こっちがだいです」
「え、え?」
「あ。亜衣菜から聞いてないのかな?」
「えへへ~、サプラーイズっ!」
「もう、この子ったら……びっくりさせてごめんね、私は【Mocomococlub】のギルドリーダー、もこです。本名は
「えっ!?」
終始驚いているだいだけど、やはり本人から名乗られて俺も多少びっくりはしている。
ほんとに、もこさんなんだなー。
「北条倫です。その節は、いろいろお世話になりました」
「あ、りんりんってそういうことなんだ。こちらこそ、いつも義妹がお世話になってます」
「私は里見菜月、です……。ごめんなさい、びっくりしすぎて……」
まだ頭はついていってなさそうだが、とにかくだいももこさんと挨拶を交わす。
ってかあれか。俺とだいからすると、元上司って感じでもあるのか。
でも、もこさんは出てきたけど、ルチアーノさんは出てこないのかな?
「とりあえずあがってあがってー。中でお兄ちゃんが待ってるからさっ」
「
「え、あ……亜衣菜さんのお兄さんってことは……ルチアーノさん……?」
「そだよっ、ほら、おいでっ」
靴を脱いだだいの腕を引き、先に亜衣菜とだいが部屋の中へ進んでいく。
「亜衣菜から話は聞いているから、色々気まずいとは思うんだけど、今日は出来るだけゆっくりしていってね」
「あ、はい……。その、亜衣菜からは、どのくらい聞いてるんですか?」
「うーん、ほぼ全部、かしら?」
おーう。
先に部屋に入って行った二人に続いて、俺はもこさんと一緒にゆっくりと部屋の奥へ進む。
自分で聞いといてなんだけど、もこさんの言葉に俺はちょっと気が気じゃない。
いや、うん。なんていうか、格上のダンジョンにソロで来た気分だよ……!
だがここで引き返すわけにもいかないので、俺も覚悟を決めて一度だけ入ったことのある部屋の中へ向かう。
その途中、きぃっと、不思議な音が聞こえた気がした。
「こちら、あたしのお兄ちゃんですっ」
「はじめまして。いつも妹と遊んでくれてるみたいで礼を言う。俺は武田純也、亜衣菜の兄で【Vinchitore】のギルドリーダーのルチアーノだ」
「は、はじめまして……里見、菜月です……」
先にだいが挨拶をしていたが、その直後に部屋に入った瞬間、俺は驚きに危うく声を出しかけた。
「お兄ちゃん、あの子がりんりんだよー」
「ほお。リアルで会うのは初めてだな。はじめましてゼロくん。妹が世話になったようで」
「い、いえそんな……! あ、は、はじめまして。ゼロこと、北条倫です……」
緊張に、少しうまく声が出せなかったが、なんとか俺も視線を下げてルチアーノさんに挨拶をすることができた。
でも、マジか……。
「びっくりさせちゃったかな?」
「ね、簡単には実家離れられなそうでしょ~?」
「なんだ、言ってなかったのか」
最後に部屋に入ってきたもこさんの声を背中に受けつつ、ルチアーノさんのそばで笑う亜衣菜に、ルチアーノさんが呆れた声を出す。
きっともこさんと亜衣菜からすれば、見慣れたことなんだろうけど。
俺とだいは、まだ驚きに何と言えばいいのか分からなかった。
さすが亜衣菜のお兄さんだけあり、ルチアーノさんも亜衣菜同様かなり整った、俳優かよと思うほどカッコいい顔立ちをしていたが、それよりも、目に引くものがあった。
「お兄ちゃんね、昔事故っちゃってね、あたしが3歳の頃からこの状態なんだ」
「……あれを事故と言われると、情けない話だけどな」
「えー、じゃああたしのせいで、って言ったほうがいい?」
「お前のせいじゃないって何回も言ってるだろうが」
何と言えばいいか分からない俺とだいをよそに、亜衣菜とルチアーノさんは普段通りという様子で会話をしている。
でも、身近な人にこの状態の人がいたことがない俺は、何と声をかけていいものか、わからなかった。
「純也さんはね、子どもの頃脊髄損傷をして、両下肢麻痺なの」
「そう、なんですか……」
「もう25年前の話だ。別に足が動かないだけで、それ以外は何も問題はない」
後方から聞こえたもこさんの声に、かろうじてだいが反応。
そのだいの反応にも、ルチアーノさんはいたって普通に対応していた。
でもまさかさ、あのルチアーノさんが車椅子姿だったなんて、想像もしなかった。
「足が動かなくてもLAは出来るからな」
「ね、さすがでしょ? 子どもの頃さー、木登りして降りれなくなったあたしを助けようとしてお兄ちゃんも木に登ってね、一緒に降りようとした時に、滑って落ちかけたあたしを助けようとして、お兄ちゃんが落ちちゃったんだよね」
「あれは俺がどんくさかっただけだ」
「うん……。その治療とリハビリをしてくれたのが、お義姉ちゃんの両親でね、お義姉ちゃんとはその頃からの付き合いなんだ。お兄ちゃんが落ちた時も、お義姉ちゃんが助けを呼んでくれたんだよ」
そう言いながら、ルチアーノさんの後ろに立つ亜衣菜が車椅子のハンドル押して、俺とだいの方へやってくる。
もこさんに対して思った衝撃以上の衝撃に、俺はまだ何と言えばいいか分からなかったけど。
でも、ここに来る前に亜衣菜から聞いた事情というものの理由が、分かった気がした。
ルチアーノさんが車椅子になった理由が自分にもあるから、自由を奪ってしまった気がしているから、ルチアーノさんの誘いが嬉しかったってことか。
亜衣菜が付き合ってた頃に実家の話をほとんどしなかったのも、これが理由なのかな……。
「変な同情はいらないからな? もこも一目置く君たち二人に、俺も会ってみたかったんだ」
そして近づいてきたルチアーノさんが右手を差し出してきたので、その手を取り、俺はルチアーノさんと握手を交わした。
「えっと、すみません、まだ色々驚いてるんですけど……とにかく、お褒めいただき光栄です」
「りんりん固いなー」
俺の様子に亜衣菜が笑うけど、いや、ずっとルチアーノさんと家族やってるお前と初対面の俺じゃ、対応違うに決まってんだろ……!
「亜衣菜をLAに誘ったのは俺だったが、その亜衣菜の誘いに乗ってくれたことは聞いている。LAは俺にとっても少々特別なゲームだったからな。ゲームをずっとプレイしてくれていること、盛り上げてくれていること、感謝するよ」
「い、いえ」
「それに、貴重な学生時代をうちの妹のためなんかに使ってくれたんだろう? 大変だっただろう、これの世話は」
「あ、ちょっとーっ」
「い、いえ。そんなことは……」
ありましたけど。
なんて言えるかーい!!
というか、妹の元カレって立場の俺を、ルチアーノさんはどんな気分で見ているんだろうか……!?
「菜月ちゃんもそんな固まってないで、もっと楽にしていいからねー。今日は赤井さんは来れないけど、夜になったら上杉さんは来れるっていうから、『月間MMO』の話なんかも聞いてきなよー」
「う、うん」
「でも、まだ夜までは時間あるからね」
「え?」
緊張しっぱなしの俺らに対し、車椅子のハンドルを握る亜衣菜の隣に移動したもこさんが、意味ありげな笑みを浮かべ、テーブルの上を指さした。
そこには1台のノートPC。
その動作の意味が分からず俺は間の抜けた声を出してしまったけど。
「久々に、二人の腕前見せて頂戴ね?」
「……はい?」
「現役の、しかもトップクラスのプレイヤーが5人も揃ってるんだ。何もしないわけにはいかないだろう?」
「よしっ! じゃあみんなで、ログインしよーっ!」
なんだか楽しそうな雰囲気になり出した
3人の様子に、俺は一度だいと顔を見合わせ……少し笑って頷き合った。
ま、俺らゲーマーだしね。
ルチアーノさんの腕前を、同じPTで見れるなんてそうそうあることじゃないだろう。
もこさんがイメージと全然違ったこととか、ルチアーノさんが車椅子姿のイケメンだったとか、驚くことはいっぱいあったけど。
ログインしてしまえば、そこは勝手知ったる世界なのだ。
俺の腕前、見せてやるとしますか!
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以下
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実家は庭付きの邸宅ということで。
ちなみにルチアーノ氏は亜衣菜の5つ年上の今年33歳、もこが今年30歳になったという年齢設定です。
怪我をしたときルチアーノ氏8歳、亜衣菜3歳、もこ5歳です。
(宣伝)
本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。
お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!
更新は亀の如く。
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