第186話 思い出との対峙

「はい、できましたよっと」

「おー、りんりんのご飯久しぶりだー」


 12時45分頃、調理を終えた俺は皿に載せたオムライスを2つ亜衣菜の前に運んだ。

 オムライスを作ったのは久しぶりだけど、まぁ、可もなく不可もなく、ってとこだろう。

 だいが作ったら、もっとうまくできるんだろうけど。


「ケチャップでハート書いてくんないの~?」

「どこのメイド喫茶だおい」

「昔なら書いてくれたのにー」

「いや、書いたことないわっ」

 

 誰が書くか、というか過去を捏造すんなおい。

 と心の中でツッコミつつ、テーブルを挟んで亜衣菜と向き合う。


 朝食の時はだいと向き合った位置に、今は亜衣菜がいる。

 正面に座った亜衣菜は、相変わらず可愛い顔だなって思うけど、やはりもう、そこにいるべきなのはこいつじゃないんだよな……。

 

「いっただきまーす」


 だが、俺の気なんか全く察していないようで、亜衣菜は先ほどからにこにこ笑顔。

 さっきの調理中はなんか少し変な感じもあったけど、今は普通そうだな。


 ということで俺も自分で作ったオムライスを食べ始める。

 うむ。可もなく不可もなく、ってとこだな。


「あ、おいしー。……懐かしいね、昔もよくりんりんにご飯作ってもらったね」

「ん? ……よくってか、作るのは俺だけだっただろ」

「もー、細かいとこ気にする男はモテないぞっ」

「やかましーわ」


 相変わらず軽口を叩いてくる亜衣菜に反論したりしつつも、進む食事。

 でも、懐かしいというのは、まぁ俺にとっても嘘じゃない。


 昔は今みたいに、亜衣菜の要望でご飯を作るなんて、当たり前だったんだから。

 

 こうして二人で俺が作ったご飯を食べるなんて、ほんとあの頃みたいだな。


「……ほんと、懐かしいね」


 しばらく談笑しながら食事を進めていると、不意に亜衣菜の声のトーンが変わった。


「うん?」

「りんりんは、昔から優しかったなぁ」


 だが変わったのも一瞬、いつもの笑顔、いつもの笑顔でそう言いだす亜衣菜。


「何だよ今さら?」

「ううん、覚えてる? 初めて会った場所」

「え、バイト先だろ?」

「ううん、違うよ?」

「え?」


 え、バイト先で会うより前に、会ってた?

 ……そんなこと、あったか?


 自分の記憶を掘り起こそうにも、そんな記憶は一件もヒットせず。


 でも亜衣菜の表情は、昔を懐かしむように穏やかで、嘘を言っているようには見えなかった。


「初めて会ったのはね、大学受験の時」

「え?」

「試験の日さ、あたし迷子なってたんだけど」

「……え?」

「りんりん、迷子さんに道教えてあげなかった?」

「あ……」


 俺の目を覗き込むような亜衣菜の表情に、一瞬にして俺の記憶がよみがえった。


 たしかに、試験会場だった大学の構内で、きょろきょろと戸惑っている女の子が、いた記憶はある。

 教育学部の試験と、文学部の試験会場は違ったけど、大学入口でもらった会場案内図があったから、それを使って、俺は道を教えてあげたんだ、よな。

 あの日は俺も試験のことでいっぱいいっぱいだったから、それがどんな女の子だったかなんて覚えてなかったけど――


「え、マジ!?」


 亜衣菜の言葉が嘘じゃないなら、それはそうなのだろう。

 まさかの発言に俺は驚きを隠せず。

 

 というか付き合ってた時にもそんなこと言わなかったじゃん!?


 え、何で今!?


「あたしはちゃんと覚えてるよー。あの頃はまだ制服だったけど、りんりん学ランだったでしょー?」

「う、うん。俺の学校制服は学ランだったし……」

「優しい人だなぁって。上京することに不安もあったけど、こんな優しい人もいるなら、大学生活大丈夫かなぁって、あたしあの日思ったんだ」

「そ、そうなんだ……」

「さすがにね? 一目惚れとかしたわけじゃないけど、それでもりんりんのことは覚えてた。りんりんが合格してるかも、入学してるかもわかんなかったし、そもそもお互いの名前も知らなかったのに。それでも、あの日助けてくれた男の子のこと、あたしは大学入っても覚えてたんだ。入学してから、ずっと探しちゃってたし」

「なんだよ、言ってくれればよかったのに」

「えー、だってバイト先で会った時、りんりんあたしのこと全く覚えてる気配なかったもん。それなのに「覚えてますか?」なんてさ、なんかストーカーみたいでやじゃん?」


 いや、亜衣菜みたいな子に覚えられてたら、嬉しいと思うけど……。


「でも、まさかのバイト先で会えた時は、正直嬉しびっくりだったんだよー」

「俺はバイト先が初対面だとばっかり……」

「残念でしたー。不正解でーす」


 そう言った亜衣菜は、楽しそうに笑っていた。

 その笑顔は、まるで10年前と同じように、素直な表情で。


「運命だと思ってたんだけどなぁ」

「え?」


 ぼそっと囁かれた言葉は、聞き取れなかったけど。


「だからあたしは、りんりんが優しいことは元から知ってたんだよ」

「そう……なんだ」

「うん。だから、バイト先で再会した時から、正直いいなってずっと思ってた」

「え?」

「りんりんがあたしのことをいつ好きになってくれたかは分かんないけど、たぶん、あたしの方がりんりんのこと先に好きになったんだよ?」


 そう言ってにこっと微笑んでくる亜衣菜。


 ……あれ?


 その笑顔は昔からよく見てきたものだったけど……どこか少しだけ、寂しさもあるように感じられた。


「だからね、バイト先でりんりんのこといいなぁって言う女の子たちに取られないように、りんりんのそばにいるようにしたんだもん。店長にシフト希望表見せてもらって、シフトも同じ日に出したりしてさ?」

「マジかよ」

「うん。女の子同士で話す時も、りんりんがいないとこであたしはりんりんのこと好きですって、隠さず言ってたし。外堀はね、埋めておかないと」


 なんと。

 そんなことまでしてたのか、こいつ……。

 そんなことしなくても、俺も亜衣菜に惹かれていったと思うけど……。


「りんりんがあたし以外の女の子と話してるのを見ると羨ましかったし、焼きもちも焼いてた」

「いや、別に俺は日常会話しかしてなかったと思うけど……」

「あたし以外の女の子のそばにいるだけでダメですー」


 え、そんな重い女だったの!?


「え、でも学科とかさ、サークルでも、俺普通に女子とも話してたけど……」

「だって、話しちゃダメなんて付き合う前に言えるわけないじゃん。嫌われちゃうでしょ、そんなこと言ったら」

「そ、そうか……」

「うん。それに、りんりんの優しさに惹かれたんだしさ。誰かに優しくしてるりんりんを見るのは、あたしの自慢でもあったんだから。あたしの好きな人は優しいだろーって」


 なんか、そこまで言われるとちょっと恥ずかしいな。


 思い出を語る亜衣菜は、ほんとにあの頃に戻っているように、さらさらと記憶を伝えてくる。

 もう10年くらい前のことなのに、まるで昨日のことのようだ。


「だから早く付き合いたいなって、あたしのものになってほしいなって思って、勇気出してりんりんのお家に行ったのにさー」

「あ……」

「先に手を出してくれてもよかったくらいの気持ちで行ったのに」

「い、いや、それはダメだろ!?」

「あたしは、それくらいの気持ちだったんですー。でも、告白もしてくれないから、こんなに一緒にいるのに何もしてこないなんて、もしかしてそっち系? とか疑っちゃったよ」

「いやいやいやいや!」


 そう言って亜衣菜は笑うけど。


 違う、断じて違う。俺はあーす系ではない。

 俺は……亜衣菜みたいな可愛い子が俺のこと好きになるかな、って、好きだったけど、もし仲良く出来てた距離感が失われたらって、不安だっただけなんだぞ……?


「だからね、りんりんが告白してきてくれた日は、すっごい嬉しかった。まぁ、りんりんが告白しやすいように、りんりんの友達に相談したり、彼氏できたあたしの友達に近く歩いてもらったりさ、色々と手は回してたんだけどね」

「えっ!? マジ!? あれ亜衣菜が仕組んでたの!?」

「そうでーす。策士亜衣菜ちゃんの策略でしたっ」

「うっそ……」


 いや、ほんと今日何回目のびっくりだってこれ!?

 え、だって俺のサークルの友達に彼女できてたこと、俺知らなかったんですけど!?


「それくらい色々やって、あたしはやっとりんりんと付き合えたんだ。ほんと、高校までだったら黙ってても告白してくる男子いっぱいいたのにさー。どんだけだよー、もうっ」

「じ、時効ということで……」


 いや、まぁもう別れてるんだし、時効以前の話だと思うけど。


「付き合ってからもね、ほんとはりんりんが色んな女の子と話すのはやだったけど、でもやっぱり重たい女って思われたくないし、色々我慢してたんです」

「え、そうだったの……?」


 俺はてっきり、そこらへんは自由にってことなんだと思ってたんだけど……。


「あたし、学科の集まりでも男の子と話してなかったからね?」

「そ、そうだったんだ……」


 まさかのカミングアウトの連続に、最早完全に止まる食事の手。

 

 っていうか、何でこんな話を今さら……?


 俺がそう思っていると、ここまでずっと笑顔で俺の方を見ていた亜衣菜が、下を向いて俯いた。


「付き合ってる頃は、ほんと楽しかった。今でも目を閉じればあの日を思い出せるくらい、あたしの中では大事な記憶。……だから、今すごい後悔してる。色々事情あってさ、LAは頑張らなきゃいけなかったんだけど」

「え?」

「りんりんの優しさに、怒らないでそばにいてくれるりんりんに、甘えすぎちゃった。子どもだったあたしは、こんなあたしでも認めてくれないかなって、期待しちゃってた。でもさすがにね、あんなずっとゲームやってる女、りんりんでも面倒みてくれないよね」


 再び顔を上げた亜衣菜は、そう言って寂しそうに笑った。

 その笑顔に、少しだけ、俺の心が痛む。


「じ、事情って……?」

「だから、別れたのはしょうがなかったと思ってる。ほんとね、あの頃に戻れるならあたしはあたしを殴ってるよ」


 あ、答えてはくれないのね。


「いっそ、りんりんに思いっきり怒られたかったなって言ったら、ずるいよね」

「いや……」


 それは、俺も思ってたとこではあったけど……。


「あの時はごめんね。本当にごめん」

「い、いや、もう昔のことだし……」

「本当はね、やっぱり別れたくない、もう1回付き合いたいって、すぐにでもりんりんのところに戻りたかったんだ。でも、傷つけたあたしから、りんりんに会いたいなんて言えなくて」


 そして再び俯く亜衣菜。

 その姿に、あの日の記憶がフラッシュバックし、何だか俺の心も痛むようだった。


「もしかしたら、りんりんから連絡くれるかもしれないって、心のどこかで期待してた。別れてもりんりんがLAやめてなかったのは知ってたし、もしかしたら、ゲーム内でもね、話しかけてくれるんじゃないかなって願ってた。でも、大学受験の日に実は会ってましたみたいな奇跡、そうそう起きるわけないよね」


 奇跡、奇跡か……。

 奇跡って何なんだろうな。


 LAで出会っただいと、部活の合同練習で出会ったのも。

 そのだいがまさかのギルドメンバーで、オフ会で出会ったのも。

 住んでる家が近かったのも。


 全部奇跡って、よく言われてたけど。


「心のどっかでさ、りんりんがまた戻ってきてくれるんじゃないかなって思ったまま、もう何年も経っちゃってたよね」


 ようやく顔を上げた亜衣菜の笑顔は、やはり寂しい笑顔。

 それは、本当にずっと引きずってたことを伝えてくる笑顔だった。


 俺もね、亜衣菜と別れた大学3年の3月から、だいと出会った社会人6年目の6月までの7年間、ずっと心の中で引きずってたんだけど。

 こいつも、同じだったなんてな。


「そんな風にずっと過ごしてた。そしたらさ、お義姉ちゃん〈Moco〉がさ、ちょうどいいきっかけあるかもって言ってきてさ。背中押してもらって、あたしはやっとりんりんに連絡できたんだ」

「あー……あの日か」

「うん。あたし、すっごい勇気出してメッセージ送ったんだよ?」


 いや、全然そんな風に思わなかったけど……そうだったのか。


「あの時のりんりんは、思ってたよりも冷たくてちょっと傷ついたけど……」

「え、あ、なんか、ごめん……」

「ううん。りんりんも大人になったんだなーって思った。そこは、ちょっと時の流れを感じたけど」

「まぁ、7年くらい経てばな……」

「うん。だから正直もう脈ないかなーって思ったんだけどさ」

「うん」

「いつもならやまちゃん一人でたい焼き買いに行ってもらってたのに、珍しくあたしもついてったら、まさか再会しちゃうじゃん?」

「あれは、俺もびびったよ」


 よみがえるあの日の記憶。

 だいと一緒に神田でご飯を食べたあと、秋葉原までたい焼きを買いに行ったら、俺たちは亜衣菜たちとばったり会ったんだよな。


 ……うん、あれも奇跡だったな。


「やっと奇跡が起きたって思った。久々にりんりんに会って、やっぱりまだ好きって想いが、強くなった」

「……うん」

「でも」

「でも?」


 でも、何だろうか?


 急にトーンが変わった亜衣菜の声。

 その声とともに、俯いた亜衣菜の表情が、一瞬曇ったような、そんな気がした。





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以下作者の声です。

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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。

 お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!

 更新は亀の如く。

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