第183話 同じ空を見上げても

「今度さ、スカイタワー行こうよっ」

「え、高いとこ好きだったっけ?」

「イルミネーション綺麗なんだって!」

「あ、そういうことか」


 季節は大学2年の冬。まもなくクリスマスという頃だった気がする。

 付き合って1年を越えた俺たちは、その頃はもうすっかり一緒にいて当たり前、学内でも仲良しカップルで有名になっていた。

 

 時たまプライベートで連絡先を聞いてくるような女の子もいたけど、お互い「ごめん、彼女いるから」って俺が断ってたら、どうやら亜衣菜も同じ理由で断っていたらしい。

 とはいえプライベートがないかというとそう言うわけでもなく、異性と話すことも普通にあったし、高校生とかみたいな異性の連絡先消せとか、話すなとか、そんなことはもちろんない。……そういう恋愛は、高校生までだよな。

 お互い自分の友達と遊びにいくこともあったし、俺のサークルに2年から入ってきた同学年の女子マネージャー含めたメンバーで旅行に行ったりとか、そういうのも普通にしてた。


 なんていうか、お互い信頼し合ってたんだと思う。


 ほんと、この頃にはもうほぼ同棲に近い生活をしてたしね。なので、もちろんそういう関係にもなっていたから、何となく、このまま続いて結婚すんのかなぁとかも考えたりしてたっけな。

 この時の俺はまだ二十歳前のガキだったから、漠然とした夢を見てたってだけだったんだけど。


 うん、こんなこと、だいには言えないな。


 ちなみに俺より少し誕生日が早い亜衣菜は、この時既に二十歳になってた。

 関係的には、俺の方が年上に見られることは多かったけど。

 この辺は兄育ちと妹育ちの違いだろう。


「じゃ、クリスマスはスカイタワー?」

「うんっ! 行きたい!」

「おっけい。せっかくだし、その周辺でディナーも探してみるね」

「いいのっ? ありがとっ」


 そういうわけで、付き合って2回目のクリスマスはスカイタワーに行くことが決定。

 亜衣菜にバレないように色々検索して、予約をしたりプレゼント探したり、楽しかったな。




「あたしスカイタワー初めてだよー」

「俺もだよ。でもすごいね、下から見上げると、ほんとおっきい」

「ねっ! 東京きたぜー、って感じするっ」

「今度東京タワーも行ってみたいね」


 12月24日、クリスマスイヴの夕刻、4限までの講義を終えた俺たちはスカイタワーへとやってきた。

 その日はやはり恋人の日らしく、周囲にも俺ら同様カップルの姿ばかり。


 東京なんて見どころたくさんあるのに、よくもまぁこんなにカップルが集まるもんだよなぁ。

 きっと他のとこも、ごった返してんだろうけど。


「もうちょっと暗くなったら、キラキラするのかな?」

「かな? でも上着くころには、夜景も綺麗かもよ?」

「そだね! いこっ!」

「走ると危ないよー?」


 下から巨大すぎるタワーを眺めていた俺たちだったが、小走りに進みだした亜衣菜に置いてかれないように、俺も一緒に進む。

 まぁ、手を繋いでたから、進むしかなかったわけだけど。


 ほんと、この頃はどこに出かけるにしても、いっつも手繋いで歩いてたっけな。

 電車の中とかもね、座ってるのに手繋ぐとか、ちょっと恥ずかしかったのを思い出すぜ。




「わっ! すごーいっ!」

「おお……綺麗だねー」

「ねっ! こんなに高かったらうちの実家も見えるかなっ?」

「うーん……地球は丸いからなぁ」


 その日は幸いにも天気がよくて、けっこう遠くまで見える感じはあったけど、さすがに北海道が見えるわけはないので、俺は少し困り顔でそう答えた気がする。

 でも、はしゃぐ亜衣菜は、可愛かったな。


 ちなみに展望フロアももちろんカップルだらけ。

 でも何とか窓際の方まで進み、方角とかよくわからないままに、俺たちは日が暮れて明かりが輝きだした東京の街並みを見ていた。


「写真撮ろっ」

「うん」


 俺と出かけると必ず亜衣菜は写真を撮る。

 曰く、写真があればいつでも思い出と出会えるかららしい。

 そして定期的に撮った写真を現像してたみたいだし、写真は好きだったんだろうなぁ。


「はい、笑ってー」


 そう言って亜衣菜が撮った東京の街並みを背景にした写真には、満面の笑みを浮かべた亜衣菜と、はにかんだ笑いを浮かべる俺の姿。

 その無邪気な笑顔が、この頃はほんとに好きだったんだよな。


「また思い出が増えたねっ」

「増えすぎて、こぼれたりしない?」

「しませんー、もうっ。あたしのりんりんフォルダはまだまだ余裕ですっ」

「はは、じゃあもっと色んなとこ行かないとね」

「そうだよっ! 来年も、再来年も、その先も、いっぱい色んなとこ行こうねっ」

「うん、行こう」


 ……こんな会話をしたんだよな。

 まさかこの半年後くらいには、全然出かけたりすることもなくなっていくとは夢にも思わなかった。

 この時はね、先の不安なんか欠片も思わずに、二人の時間を楽しんでたんだよね。



 そしてディナーの予約時間がちょっと遅めになってしまった関係で、間の時間を使うために俺たちはプラネタリウムに移動した。


「プラネタリウムって、ついつい寝ちゃうよね~」

「眠かったら寝てもいいけど?」

「やだっ! もしあたしが寝ちゃったら、ギュってして起こしてね?」

「どうしようかなぁ」


 カップル用のシートは既に予約で埋まってたから、通常シートだったけど、薄暗い館内の後列の端っこに、俺たちは並んで座っていた。

 もちろんここもカップルだらけで、そこかしこでイチャついてる感じはあったから、俺たちも御多分に漏れず、そういう空気にはなっていた。


 起こしてという亜衣菜のお願いに応える形で、手を握り合って、上映開始を待つ。


 そしてアナウンスの後に始まるプラネタリウムの映像。

 まるで本物の星の輝きが、穏やかな声の解説とともに流れていく。


 田舎にいた頃は家族で星を見に行ったりもしたけど、東京に来てからは東京の明るさのせいで全然星を見ることも、気にかけることもなかった。

 だから、人工的なものだとしても、ゆったりと星を眺めるのは、少しだけ地元を思い出させてくれた。


「……綺麗」


 そういや、寝てないような? とちらっと俺が横を見たとき。

 ゲームをやってる時とはまた違う真剣な表情の亜衣菜の横顔が目に入った。


 今言った言葉は、おそらく無意識だったのだろう。

 解説が夏の大三角に入った時、ぽつりこぼれたような言葉とその横顔に、俺は目を奪われた。


 どれくらいの時間、亜衣菜の横顔を見てしまっていただろうか。

 気づけば星の解説もだいぶ進み、オリオン座となっていたほどである。


 その間亜衣菜はずっと上を見上げ、俺の視線に気づくこともなく。

 このままじゃ、後で見てなかっのって怒られそうだしと少し焦ってなるべく静かに姿勢を戻し、俺は亜衣菜と同じ夜空を、眺めるのだった。



「1回も寝なかったっ」

「うん、そうみたいだったね」

「あ、ちゃんと気にしてくれたの~? ありがとねっ」

「う、うん。どういたしまして」

「綺麗だったね~。見入っちゃった」


 俺は亜衣菜に見入ってたよ、なんてことは言えるわけもなく。

 プラネタリウムを出ると、先ほどの亜衣菜の真剣さはすっかり姿を消し、いつもの楽しそうな様子の亜衣菜に戻っていた。

 

「星っていいよね。離れてても、きっと見上げて見えるものは同じだろうから」

「うーん、星は時差とかでいつも同じってわけじゃないだろうけど」

「もー。りんりんそれは現実的すぎるよー」


 そう言って亜衣菜は頬を膨らませてた。


「一緒にいないときも、同じ世界にいるって思えたら、頑張れる気がするな」

「でも、俺たちほとんど一緒にいるけど?」

「も~、ここはもうちょっとロマンティックにしてよ~」


 そう言って顔を見合わせて笑う俺たち。

 さすがにね、言いたいことは分かるけどね。


「北海道の夜空綺麗だからさ、いつか一緒に見ようねっ」

「うん。でも俺の実家も、けっこう綺麗だよ?」

「じゃあ、そっちもっ」


 一緒に見上げた星空は、きっと世界で一番綺麗なんだろうなとか、そんな日も、いつか来るんだろうなとか。

 そんなことを思ったのも、今じゃもう懐かしいね。




「はい、メリークリスマス」

「えっ?」


 そして夜、予約の関係で20時半と遅いディナーになってしまったが、俺は貯めたバイト代を奮発し、ちょっとお高いレストランへとやってきた。

 そしてそこでここまで何も用意してなかったと見せかけてたけど、密かに鞄に忍ばせていた小さな箱を手渡した。

 クリスマスらしく、赤い包装紙に包まれた箱を見て、亜衣菜が驚いた顔を浮かべてたのは覚えてる。


 ……さすがにクリスマスだし、ある程度予想してもよかったとは思うんだけど……。


「わっ、可愛いっ」

「喜んでくれたみたいで、よかった」


 箱の中身は、ブルートパーズのネックレス。亜衣菜の誕生石のトパーズを選ぼうとしたら、色が色々ありすぎて、気づけば俺の好きな青をチョイスしていたんだけど。

 でも喜んだ亜衣菜はすぐにそれをつけてくれていた。


「……嬉しいな。りんりんはいつもあたしを喜ばせてくれるよね」

「そりゃ、彼氏だし」

「うーん……りんりんより優しい人、あたし知らないよ?」

「それは大げさだって」

「付き合う前もそう、付き合ってからもそう。りんりんはいつもあたしの願いをかなえてくれる。……あたし、けっこうわがままな方だと思うのに」


 そう言う亜衣菜は、いつもの無邪気さではなく、ちょっとだけ奥ゆかしいというか、そんな感じがした。

 その感じがまた可愛くて。


「あー……わがままはそうかも?」


 思わず、少し意地悪を言ってしまった。


「うん、そうだよ?」


 でも、俺の言葉に亜衣菜は拗ねたりすることなく、そのままの調子で言ってくるもんだから、俺があれ、っとなっていると。


「だから、りんりんもわがまま言っていいんだからね」


 表情を変えずに、亜衣菜は俺の目を見てそう言った。

 ……そう言えば、この時亜衣菜はちゃんとこう言ってくれてたんだよな。

 

「うん、ありがと。でも、俺は亜衣菜が笑ってくれるのが嬉しいから」


 ……ほんとに、そう思ってたんだよなぁ……。


「むぅ……そんなこと言われると、もっと好きになっちゃうじゃん」

「俺も好きだよ?」

「あたしのプレゼントは、お家戻ってからねっ」


 この時は、この先もずっと亜衣菜と一緒にいる、それを疑いもしなかった。

 時が経っても、何があっても、亜衣菜の笑顔を守るんだって、思ってたんだよな。






「これが、思い出に残ってるデートかなぁ」

「いいわね、定番のデートって感じ。……私にとっては未知だけど……」

「え、ここで自虐っ!?」


 俺の話を聞いて、自分で言った感想に自分で少し凹むだい。

 

 いや、自分から聞いといて何やねん!


「でもそうね、イルミネーションは、私も行きたいかも。写真撮りたい気持ちは、よくわかるし」

「おう。冬なったらさ、一緒に行こうぜ」

「うん。でも、すごく仲良かったんだね、二人とも」


 その言葉に、俺は無意識に苦笑い。


「でもこれが、ちゃんとしたデートの最後だったかな」

「え?」

「あいつ北海道生まれだけど、東京の冬は寒いから嫌いって、あんまり外出たがらなくてさ」

「あ、そうなんだ」

「うん。ちょいちょいどっか行ったりはしたけど、あとは近場だったりとか、そんなデートばっかでさ、6月にはLAを始めて……って感じだったから」

「そっか……」

「いや、なんでだいが悲しそうな顔してんの?」


 俺と亜衣菜の話に、先はない。

 それは今俺と付き合ってるだいが一番分かってるはずなのに、何故かだいは少し悲しそうな顔を浮かべていた。


 ほんと、どういう意図で俺の話を聞いてるんだろうか、こいつは。


「そういえば、ゼロやんがどこか行きたいとこは行ったことなかったの?」

「え? ああ、そういうのは、あんまりないかな。何か食べに行こうとかはあったけど」

「ふーん……」


 その「ふーん」は、どういう意味ですかね?


「ま、後はそのままLA中心の生活になって、俺たちの関係は終わっていった、って感じかな」

「じゃあ、そこの話も聞きたい」

「え? いや、それはこの前言ったことあるような……」

「この前は、ざっくりとしか聞いてない」

「いや、それで十分なのではないでしょうか……?」

「やだ」

「やだって……」


 何なのこの子!?

 どうしたの!?


 前に俺からこの話聞いた直後、君何も言わずにログアウトしてたやないか。


 なのに、まだ聞きたいの?


「ゼロやんが何を思って、亜衣菜さんが何を思ったのか……性格悪いって思うかもしれないけど、ゼロやんから聞きたい」

「いや、亜衣菜が思ったことは、俺にはわかんないけど」

「そこはある程度想像するから」


 うーむ……。

 まぁこれは幸せな話でもないし、ちゃんと終わったんだよ、ってことを伝えられるから、まだいいか。


「LAを初めた当初は、俺も亜衣菜も普通に楽しんでたと思ってたんだけどな」


 思ってたんだけど、そう。

 大学3年の6月、LAのスタートとともに、俺と亜衣菜は、少しずつ、でも確実に、離れていったんだ。





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以下作者の声です。

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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。

 お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!

 更新は亀の如く。

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