第182話 〇〇な! オラに力を分けてくれ!
「付き合ったって言ってもさ、実際学内では付き合う前から二人でいることが多かったから、大学の仲間たちは「やっとかー」みたいな感じでお祝いしてくれたよ」
「よかったわね」
いや、もう過去のことなんだけど。
普通に「よかったわね」って言われると、逆につらいなおい。
もう少し嫌味っぽく言ってくれたほうが、逆に安心なんですけど?
「そっからは、LA始めるまでは俺の試合の応援に来てくれたり、色んなとこいったりしたかなー」
懐かしい記憶は甘いものだが、別れた今となっては苦くもある。
でも当時はね、普通に幸せに、過ごしてんだよな。
文化祭が終わり、付き合って間もない頃。
「りんりん明日試合だよねっ」
「うん、そうだよ?」
「じゃあ、応援いくねっ」
「え、いいの?」
「うんっ! ずっと見てみたかったんだー」
付き合いだしてから、亜衣菜はほとんど俺の家で過ごすようになった。
絶対に自分ちの方が快適で綺麗だとは思ってたけど、それでも何故か俺の家にいたがったのだ。
だから、試合前日も俺と亜衣菜はいつも通りに俺の家で過ごしていた。
「じゃあ、頑張らないとな」
「ホームラン打ってね!」
「いや、俺そういうタイプじゃないし……」
ちなみに俺のいたソフトボールサークルは各学年部員が3人から5人ってとこで、俺が入った段階で部員12人、女子マネ2人っていう状況だった。
野球経験者が大半だったけど、それでも野球もソフトも未経験の選手が4人いたので、小学校から野球小僧だった俺は1年の頃からレギュラーになれたのだ。
亜衣菜が来るなら頑張らないとな、って思ったけど、来なくても普通に頑張らないといけないんだけどね。
明日は東京都の大学リーグ戦。1部リーグ、2部リーグ、3部リーグと分かれた中で、うちの大学は万年東京都2部という位置づけらしく、めちゃくちゃ強いってわけでもなかったけど、降格だけはしたくなかったので、先輩たちも気合が入っていた。
ホームラン狙ってみようかな……!
そんな決意を密かにしたりしつつ、俺は翌日の試合を楽しみにしていたのを覚えている。
「お、倫は今日彼女の応援つきかー?」
「いやぁ、亜衣菜ちゃん可愛いよなぁ」
「いいとこ見せてやれよー?」
「ひ、冷やかさないでくださいよ……」
亜衣菜が試合会場のグラウンドに来たのは、試合開始の10分前くらいだった。
その日の試合は河川敷を利用グラウンドが会場で、ベンチから少し離れたところに、応援にきている人たちが座るためのベンチもあった。なので、他の応援の人たちと並ぶように、亜衣菜もそこに座っていたんだよな。
「誰か彼女をマネにいれたりすればいいのにー」
「いやぁ」
「応援してくれるくらいがちょうどいいんだよなぁ。なぁ、倫?」
「え、あ、そっすね」
彼女が出来たばかりの俺は、この頃先輩たちにしょっちゅういじられていたんだよな。
ちなみにマネージャーは二人とも先輩だったけど、一人は当時4年生だったキャプテンと付き合ってて、部内恋愛もなかったわけではない。
それでも、マネと彼女は別って先輩は多かったかな。
「ま、彼女にいいとこみせてやれよ?」
「うす!」
うちの大学は試合前でもゆるい雰囲気なことが多かったんだけど、キャプテンの言葉は重みがあるように感じられた。
俺の3個上だから、嫁キングと同い年ってことか。
うん、俺が1年の頃の4年生は、ほんと大人って感じがしてたなー。
みんな今、何してんだろうか。
ちなみにその日の対戦校は、一言で言えば格上。各リーグは6校の大学で構成されてたけど、対戦校はいつも2部1位で1部6位の大学と入れ替え戦で戦い、負けているという、2部3,4位をうろうろする俺たちからすれば強豪校に他ならなかったのだ。
でもその日の試合は、いつもより善戦した。
たぶん、俺が在学してた中でも屈指の好ゲームだったと思う。
2番センターで試合に出てた俺に、チャンスが回ってきたのは5回の表。
現在状況は2対4で負けているが、2アウト2,3塁の場面で、バッターは俺。
ちなみにここまでの2打席は送りバント1回にショートゴロ1回。
でも、このチャンスは燃えた。
「りんりんがんばれー!」
打席に入る前、応援する亜衣菜の声が聞こえて俺は亜衣菜の方を見た。
白のワンピース姿で大きく手を振って応援してくれた亜衣菜は、可愛かったなぁ……。
って、それはどうでもいいか。
そんな応援を背に、俺は打席に立ったのだ。
何となく、力が湧いてきたような気がしたのは、気のせいではなかっただろう。
打った時のカウントはもう覚えてないけど、とりあえず何回かファールで粘って、投じられた7,8球目くらいだったと思う。
外角に来る、そう読んだ俺のバットが、読み通りにやってきた相手ピッチャーの外角ストレートを捉えたのだ。
とはいえ元々ホームランバッターではない俺の打球は遠くへ飛ばすようなものではなく、低い弾道のライナー。でも、その打球は二塁手とセカンドベースの間を抜けていった。
相手のセンターは左中間寄りにポジションを取っていたから、打った瞬間2塁ランナーも生還できるのが確定の同点タイムリーヒット。
それだけでも十分な結果だったけど、けっこうな速さで右中間寄りに転がっていく打球に、そのままセンターの横を抜けろと俺は願った。
しかし相手のセンターの足も速く、さすがに抜けないかと思われた……だが!
俺の打球は、止めるために飛び込んだセンターのグローブに当たったものの、キャッチには至らず右中間を転々と転がっていったのだ。
その光景に俺は一気にギアを上げ、ランナーコーチや先輩たちの声を受けながら、一塁を回って二塁へ、二塁を回って三塁へ。
そして全力でダイヤモンドを走る俺の脳裏に浮かんだ「ホームラン打ってね」の言葉。
走りながらも、その言葉を思い出したのは覚えている。だから、無我夢中で走った。
後で聞いたら、俺が三塁を回った時には相手のセンターからセカンドへ返球が返ってきてたから、三塁のランナーコーチをやってた先輩はストップをかけてたみたいだけど、俺は迷うことなく三塁ベースを回ったのだ。
これ以上ないくらいの全力疾走で
でも、ここまできたら止まることはできない。
俺はためらわずにヘッドスライディングでホームに突っ込んだ。
好返球ならきっとアウトだったんだろうけど……その時は幸いにも返球がショートバウンドになって、浮かび上がってくるボールをキャッチするために少しだけミットが浮いたおかげでタッチが遅れ――
「セーフッ!!」
暴走と好走は紙一重。
砂埃にまみれ、ヘッドスライディングの衝撃に若干目がチカチカしながらも、主審のその声ははっきり聞こえた。
ベンチから歓声が起こる。
だが俺は、泥にまみれた顔のまま、応援してくれている亜衣菜の方をすぐに向いたんだ。
「やったーっ!!」
飛び跳ねて喜ぶ亜衣菜の姿に、俺もガッツポーズ。
その直後には先輩たちにもみくちゃにされたから、亜衣菜を見れたのはほんと一瞬だったんだけど。
たぶん亜衣菜が言っていたホームランとはね、全然違う形だったけど、俺は相手のエラー絡みとはいえ逆転ランニングホームランを打ったのだ。
うん、あのホームランは今でも覚えてる。
俺の人生の中でも、屈指のナイスバッティングだったと言えるだろう。
そして5回表での逆転に流れに乗った俺たちは奇跡的にそのまま試合をものにしたのである。先輩たちは「初めて勝ったわ!」って喜んでたね。
まぁ、この相手に勝ったのは俺の4年間でこの1回なんだけど。
うん、この日のことは、今でもけっこう覚えてる。
この試合以降、時々俺は先輩たちから「愛の暴走少年」っていじられだしたから。
そして試合が終わって、次の試合の学校へベンチを譲り、応援に来てくれた人たちへお礼を言いに行ったとき。
「応援ありがとね」
「おめでとーっ! りんりんカッコよかったよーっ!」
人目もはばからず、亜衣菜は俺に抱き着いてきたのである。
もちろん、その光景に先輩たちや同学年の仲間たちに囃し立てられたのは言うまでもなかったのだが、俺はそれよりも慌てることがあった。
「あ、亜衣菜!? いや、俺今汚いからっ! 亜衣菜の服、汚れちゃってないっ!?」
そう。魂のヘッドスライディングをかました俺のユニフォームは、当然泥まみれなわけで。
「えっ、あっ! ど、どうしよ! 汚れちゃった!」
白のワンピース姿で来ていた亜衣菜は、ものの見事に俺のユニフォームと汚れを分かち合ってしまったのである。
「亜衣菜ちゃん天然だな!」
「これは倫が新しい服買ってあげるしかねーかー?」
「ま、マジすか……?」
慌てる俺と亜衣菜をよそに、先輩たちは笑っていた。
まぁね、俺ももし他の仲間が同じ目に合ってたら、イチャイチャしたからだろーって笑ってたと思う。
でも、この時は自分が当事者だったので、もちろんどうしたものかと焦ったものだ。
だが。
「じゃあ、着替え買いにいこっ」
「えっ!?」
先輩たちの言葉を真に受けたのか、亜衣菜はそんなことを言い出す始末。
普通、早く帰って洗うとかだと思ったけど……でも、「行ってやれよー」とか茶化してくる先輩たちを前に、俺は「早く帰ろう」なんて言えず。
「うん、いこっか」
そう言うしかなかったのである。
「りんりんはどんな服が好きなのー?」
「んー、今日みたいなワンピース姿、好きだよ」
「え、そうなの?」
「うん。可愛いから」
「ほうほう。色はー?」
「青系かなぁ。うん、色だと青が好きかも」
「わかった! 青のワンピースねっ」
試合後のミーティングという名のおしゃべりを終え、ユニフォームから着替えて、その日は各自解散となった後、俺と亜衣菜はグラウンドの最寄り駅近くにあった、衣料品の量販店にやってきた。
俺は完全に泥まみれを脱していたが、亜衣菜の服ははたいても泥を落としきれず、汚れたまま。
ちらちらと店内の人たちの視線を集めてたけど、その時ばかりは亜衣菜の可愛さよりも、服の汚れだっただろう。
本人は、大して気にした様子じゃなかったけど。
そして亜衣菜は、俺の言葉通り、青のワンピースを購入し、その場で着替えてくれた。
値段とか見てる様子なかったし、会計もカード払いしてたけど、今考えればね、お金はたくさんあったんだろうなぁ。
ちなみに先輩たちから「買ってあげるしかない」とか言われてたけど、この時は亜衣菜が自分で買ってました。
「似合う~?」
「うん、めっちゃ可愛い。なんていうか、ありがとうって感じ」
「なにそれ~?」
でも、青のワンピース姿は、めちゃくちゃ可愛かった。
そこから、季節が変わる度に亜衣菜が新調する服は、青系の服になることが増えていった。
俺が好きって言った色を、意図的に買ってくれてたんだろうな。
そういやだいも青のワンピース着てたことあったけど、何だろうか。俺が青が好きって、顔にでも書いてるんだろうか?
「応援かぁ。今じゃもうできないわね」
「そりゃ、もう俺らは選手じゃねーからな」
「学生っていいわよね。そういうの」
「そうなぁ。やっぱり選手でやりたいなって、たまに思うな」
「草野球でもやってみたら? 応援してあげるわよ?」
「いやぁ……うん、検討するくらいで」
「それやらないやつじゃない」
俺の思いでその1を聞いて、だいはこんなリアクション。
だいも高校まではソフトはやってたからね、なんとなく高ぶった気持ちとかは、分かってくれたのかな?
いつかだいの高校時代も聞こう、そう思う。
「でも、その頃からゼロやんは青好きだったんだ」
「え、俺そんな話したことあったっけ?」
「え、あ、ほら、昔LAの中で聞いた気がする」
「んー……そうだっけ?」
まぁ、だいの記憶力はすごいからな。
だいがしたって言うなら、きっとしたのだろう。
7年もね、フレンドやってんだしね。
「他には、どこか行ったりしたの?」
「あ、うん。そういうデートも、してたよ」
俺が記憶を辿ろうとしていると、だいがさらに他の話をせがんでくる。
俺としては正直昔の彼女との思い出を話すとかね、気が気じゃないんだけど。
だいの表情は、まだ俺の話を聞きたいようで。
お出かけデートったら……夢の国も行ったけど、そこはだいとも行ったから、俺の話でだいの記憶を上書きしたくない。
となると、そういやあそこが印象的だなぁ。
怒るでもなく、悲しむでもなく、俺の話を待つだいの表情に、もう一度小さくため息をついてから、俺は思い出その2の扉を開くのであった。
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以下
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タイトルふざけました。笑
(宣伝)
本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。
お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!
更新は亀の如く。
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