第181話 思い出を話す刑
「……俺が亜衣菜と出会ったのは、大学1年の頃。俺が働いてたファミレスのバイト仲間としてだった」
「バイト先……亜衣菜さん昔はそういう仕事もしてたのね」
いや、それディスりやん!
あいつだって、昔は普通にLA始めるまではちゃんと働いたり……いや、そんなシフト多くなかったけど。
「学生の頃住んでたアパートさ、大学からちょっと遠かったから、そのファミレスでバイトしてる俺の大学の学生、俺だけだったんだよね」
「そうなんだ」
「うん、だからまさか同じ大学の人と出会うと思ってなかったんだけど、少し早く働きだした俺の後輩って形で、亜衣菜が入ってきたんだ」
まだ俺も亜衣菜も18の頃か。
……いやぁ、俺もう4か月ちょっとで28だし、10年前か。
この話を
そう、俺と亜衣菜の出会いは、こんな感じだったんだ……。
「はじめまして、武田亜衣菜です。よろしくお願いします」
「は、はじめまして、北条倫です。よろしく」
人生初バイトを始めて2週間くらい、そこで出会ったのが亜衣菜だった。
初めて見たときはマジでびっくり。めちゃくちゃ可愛かったから。そりゃね、当時からけっこう大きかった胸にもちらちら目はいってしまったけど、でもやっぱり、色白で、猫っぽい雰囲気の目をした、びっくりするくらい可愛い子だなって、驚いたのを覚えている。
俺はファミレスのキッチンで働いてたんだけど、亜衣菜はホールだったから、お互い研修期間でも、シフトがかぶることは多かった。
当然バイト先の先輩たちもみんな亜衣菜のこと可愛いって言ってたんだけど、他の先輩たちと違って俺には一つだけ優位な点があった。
「え、武田さんも
「え、もってことは……北条くんも……?」
そう、まさかの同じ大学だったのだ。
俺は教育学部で、亜衣菜は文学部。都内でも割と有名な私立大学の、立新大学というところだった。
実際俺の本命は国立大だったんだけど、落ちちゃったからね、しょうがない。
田舎は国立至上主義だから、高校の先生には浪人を勧められたけど、都会での生活に憧れてた田舎者の俺に1年我慢することはできず、保険として受けて合格してた立新大へ、そこだったら別に悪くないだろってレべルだったのもあり、親には学費の面で迷惑かけたけど、行かせてもらったのだ。
つまり、俺が本命に落ちたからこそ、俺たちは出会ったのだ。
ちなみに俺が割と大学から遠くに住んでたのも理由はここにあって、国立の後期試験まで粘って受験してたから、アパートを決めたのが3月も後半。
その頃にはもう大学近くの優良物件はほぼ埋まってたから、少し離れたところに住むしかなかったのだ。
そしたらなんとですよ。
「あ、武田さんも今終わり?」
「うん、お疲れ様でした~。北条くんは、帰りどっち?」
「俺は川の近くだよ。ここの店、学校からは遠いけど、家からは割と近いんだ」
「えっ、そうなんだっ! じゃあ、一緒に帰れるかも?」
「え?」
亜衣菜がバイト先にやってきてから、2週間後くらいだったかな。
亜衣菜も親が進めてくれたところということで、割と近くに住んでいたことが判明。
ということで、俺も亜衣菜も自転車だったけど、シフトのあがりが被った日は、一緒に帰るのが定番になった。
ちなみに亜衣菜が住んでたのはオートロック付きの学生マンションで、俺が住んでたところよりも明らかにレベルが高かった。
まぁ、亜衣菜の家に行ったのは片手で数えておつりが来るレベルだったけど。
同じ大学で、同じバイト先。
学部は違っても、1年の頃の必修の講義なんかで同じ授業もあったから、そういう講義があれば、たまに一緒に受けることもあった。
もちろん、俺も亜衣菜も同じ学科の友達もいたから、たまに、って感じだったけど。
でもその積み重ねがある内に、少しずつ俺たちは一緒にいることが増えていったのだ。
そして出会って2か月くらいの7月頃。
「大学のテストって、なんか高校までと全然違うねー」
「うん、レポート提出だけのもあるのはありがたいけど」
「えー、テストの方よくない?」
「え、だってレポートなら書いたら大丈夫そうじゃん」
「うわ、倫くん書くの得意な人~? ずるいなぁ……」
「いや、武田さん文学部だよね……?」
前期のテスト前なんかは、一緒に学食で昼飯食べたり、授業が終わったら学校近くのファミレスで勉強したりもしてた。
そりゃあれだけ可愛い亜衣菜と一緒にいたからさ、俺もそれなり目立ったりしたけど、周りの友達たちも冷やかしたり囃し立てたりはありつつも、俺たちの仲を応援してくれることが多かったな。
俺の呼ばれ方も、この頃は「北条くん」から「倫くん」へと変化してた。俺はずっと武田さんって呼んでたけど……正直俺も下の名前で呼ぼうかと思いつつ、でも呼び捨てやちゃん付けが恥ずかしくて、ずっと武田さんのままだったんだよな。
うん、たぶんこの夏頃には、俺は亜衣菜のことが好きだったんだと思う。
そして迎えた大学初めての夏休み頃。
「やっと夏休みだねー。前期おつかれさまでしたっ」
「ん、ありがとね。お互いおつかれさまでした」
「うんっ。でも休みいっぱい嬉しいねっ」
「だね。9月の半ばまで休みって、ほんと、大学の夏休みってすごいね」
「うんうん。あたしの地元は8月の最終週からもう学校だったから、すごく長く感じるよー」
「あ、それ俺も一緒」
「あ、そっか。倫くん秋田だもんね」
「そそ。東京はみんな9月からだったなんて、知らなかったよ」
「だねー。でもほんとに暑いし、これは夏休み長くてもしょうがないよねぇ」
「たしかにそうだなぁ……」
「倫くんは、夏休みは何かする予定あるの?」
「ん? 俺は基本
「ほうほう」
「でも練習は基本午前中になるみたいだから、バイトない日は家でゲームとかかなぁ」
「あっ、じゃあバイトない日、一緒に遊ぼうよっ」
「え?」
「一人だとどうしても倒せないやつがいるんだよねー」
「あ、なるほど」
俺も亜衣菜も、一緒にいる時間が多くなってきていたので、お互いがゲーム好きなのは知っていた。
特に亜衣菜は俺の比じゃないくらいのゲーム好きで、バイトの休憩中なんかもポータブルゲーム機でモンスターを狩りに行ったりしてるの見てたからね。
だから、時間が増えた夏休みは、ゲームがたくさんできて嬉しかったんだと思う。
なので。
「そっちいった!」
「わかった!」
「一気に行くよ!」
「おう!」
声かけあった方が早いから、という理由で夏休み中のお互いに予定がない日なんかは、俺んちにきて二人でゲームすることも増えていった。
俺はずっとRPG派だったから、こういうアクションゲームは門外漢だったんだけど、一緒にやりたいからと亜衣菜にゲーム機をもらってしまい、断れないまま一緒にゲームをするようになったのだ。
いや、この頃の俺に、断る理由なんてなかったんだけど。
もちろん付き合う前の女の子を家に招くのに抵抗はあった。
でも、何と言うか亜衣菜の笑顔はずるくて、断れるわけがなくて、来たいって言うから、いれてしまったのだ。
あ、もちろんゲームしかしてないからね? まだ清き関係だったからね?
でも、何となくだけど、この頃から亜衣菜も俺のこと好きなのかな、とはちょっと思ったりもしてた。
人当たりのいい亜衣菜は学校でもバイト先でも男女問わず人気だったけど、男子の中で名前呼びしてるのは俺だけだったし、俺にだけはボディタッチというか、肩叩かれたり、頬をつつかれたりってことも多かったから。
サークル連中には、何回も「もう付き合ってんだろ」って言われたりしてたっけな。
ちなみにうちでゲームするようになってからは、俺にも少し変化があった。
「亜衣菜、何か食べたいものある?」
「んー、ハンバーグ!」
「分かった。じゃあ、今日はハンバーグ作るね」
「いいのっ? ありがとっ」
亜衣菜がうちに来るようになってから、俺も名前で呼ぶようになったのだ。
まぁ、亜衣菜の方から「いつまで武田さんなの~?」って言われたからだけど。
あ、ちなみにご飯作るのは全部俺だったからね。
亜衣菜の自炊スキルは割と絶望的というか、ああ、ほんとに実家いた頃はなんもしなかったんだろうなぁってのが分かったから。
一緒に作るというか、手伝ってもらうことはあったけど、うん。作るのは俺の仕事でした。
でも、まだ付き合ってたわけじゃない。
告白したいな、しようかなってことは何度も考えてたけど、ほんとにただのゲーム仲間なんだとしたらとか、考えたらなかなか動けなくて、俺はこの付き合う前の、もしかしたらお互い好きなんじゃないか? みたいな時期に甘えていたのだ。
そして、そんな夏休みを過ごし、後期の授業が始まって少し経った頃の、文化祭の時期。
「倫くんは文化祭何かやるの~?」
「うん、ソフトのメンバーでお好み焼き屋やるよ」
「そっか~。ずっとお店にいるの?」
「いや、シフト制みたいだけど」
「あっ、じゃあシフトないとき教えて~。一緒に回ろっ」
「うん、わかった」
きっと一緒に回るんだろうなとは思ってたけど、口に出されたのは、ちょっと嬉しかった。
そして文化祭初日の、夕方過ぎ、もうだいぶ日も落ちて、辺りが暗くなりだした頃だったかな。
俺と亜衣菜は、色んな部活やサークル、有志団体が出している出店の中を歩いていたんだ。
「文化祭マジックってやつかな~? なんか、カップル増えた気がしない~?」
「え、あ、そうだね。あ、あいつ女の子と歩いてる」
「え、だれだれ~?」
「ほら、あそこ。ソフト仲間の
「あ、倫くんの友達か~。知らなかったの?」
「なんかバイト先でいい感じの先輩いるとは聞いてたけど」
「ほうほう。これも文化祭マジックだね~。あっ、
「あ、亜衣菜の友達だっけ?」
「うん。同じサークルの子と連絡取るようなったとは言ってたけど、やるなぁ」
「何だろうね、お祭り前って、なんかこう、上がるものがあるよね」
「倫くんも?」
「うん、ほら、お祭りの準備って、非日常への準備でしょ? なんか、わくわくするのは分かる。そういうの一緒にしてたら、なんか気持ちも盛り上がるのかな」
「え~、あたし一緒に準備してないんですけど~」
「え? あ、いや、その」
その時の亜衣菜の表情は、よく覚えている。
拗ねたように、唇を尖らせてこちらを見ていたから。
「どうせあたしは盛り上がってませんよ~だ」
その顔があまりも無邪気で、素直で、可愛いと思ってしまったから。
きっかけなんて、何でもよかったんだろうな。
俺が一歩を踏み出すかどうか、それだけだったんだから。
亜衣菜の可愛さに食らった俺は、文化祭を見て回る中、立ち止まった。
「あ、亜衣菜、さ」
「ん~?」
「ずっと言おうと思ってたことが、あるんだ」
「なに~?」
今考えたら、この流れでこんなこと言い出したら、後に起こる展開なんて想像つくってもんだよな。
その時の俺は緊張度120%だったけど、いつもと同じ調子の亜衣菜は、小さく首をかしげて俺を見ていた。
「俺たちも、魔法にかけられませんか?」
「え?」
「好き、なんだ。俺、亜衣菜のことが好きなんだ。だから、俺と付き合ってくれませんか?」
周りにはたくさん人がいて、ガヤガヤと盛り上がる文化祭の中、俺は亜衣菜にそう言った。
ムードとか、そんなの欠片もない雑踏の中、俺はついに亜衣菜に告白したのだ。
だが亜衣菜はすぐに何を言うでもなく、じっと俺の目を見つめていた。
たぶん数秒だったんだろうけど、その時間は、とてつもなく長かったのを覚えている。
そして、何か言葉が返って来るでもなく、俺の左手が何かに触れ、そのままぬくもりを感じ出した。
「やっと言ってくれたっ」
「え?」
「ずっと待ってたんですけどー?」
「え、そ、そうなのっ?」
そう言う亜衣菜は、見たことがないくらいの可愛い笑顔だった。
頭が追い付くまでちょっと時間がかかって、俺は茫然としてたんだけど、手を引かれるまま、俺は亜衣菜と手を繋いで歩き出した。
今まで手なんて繋いだことなかったけど、それが確かな答えだって気づいたらね、一気に嬉しさと恥ずかしさと、わけわかんなくなったのを覚えてる。
「好きでもない人と、ずっと二人でいようなんて思いませーん」
「え?」
「あたしも倫くんのこと好きだったんだよ?」
「え、あ、そう、なんだ……」
「うん。夏休み前にはもう好きでした~」
「えっ!?」
「夏休みもあんなに二人で一緒にいたのに、何も言ってくれなかった方が驚きだったよ? それとも何ですか、倫くんは女の子を家に連れ込み慣れてたのかな~?」
「そ、そんなことないっ! 亜衣菜以外、うちにいれたことなんてないしっ!?」
人ごみの中、手を繋いだまま歩き、出店が出ていないエリアの方へ進んでいく俺たち。
でも、亜衣菜に好きと言われた俺はもう舞い上がってしまっていて、どっちに進んでいるかなんて全然わかってなかった。
気づけばそこは講義棟の中で、周囲には誰もいない場所まで来ていた。
そこにあったベンチに、お互い手を繋いだまま腰掛ける。
遠くから聞こえる盛り上がった声が、逆に二人きりであることを意識させてきて、勝手に顔が赤くなるのが、自分でもわかった。
「初めて会った時は、可愛い人だなって思っただけだったけど、一緒にいるうちに、倫くんの優しさに触れて、どんどん惹かれてったんだ」
「え、か、可愛い?」
「うん。倫くんの顔、可愛くて好きだよ?」
「そ、そうなんだ……」
「でもそれ以上にバイトで疲れてる時に声かけてくれたり、あたしのやりたいゲームに付き合ってくれたり、一緒に帰る時はいつも車道側に行ってくれたり、何かしててもあたしが話しかけたら笑顔で応えてくれたり、小さなことでも「ありがとう」って言ってくれたり、何気ない優しさが、大好き」
「そ、そんなことしてた? 俺」
「え、無自覚なの~? ……他の子にもしてたら、ちょっと嫉妬しちゃうんですけど~」
「え、いや、してないと思うけど……」
「もうっ。……でも、そういう誰にでも優しくしようとするところも、好きだよ」
「あ、ありがと……」
「知ってる~? バイト先で倫くんかなり人気なんだよ~?」
「え、そうなの?」
「うん。りさちゃんとか、めぐちゃんとかも倫くんいいなって言ってた」
「あ、そうだったんだ……」
「うん、でもダメだよ?」
「え、何が?」
「倫くんの彼女は、あたしだから」
止まることない亜衣菜の言葉に、俺は終始照れっぱなしで。
でも、最後の言葉の破壊力は、絶大だった。
熱っぽい視線を受け止めながら、見つめ合う俺たち。
もう言葉はいらなかった。
何も言わず、俺と亜衣菜は口づけを交わし――
「えへへ~。これからよろしくね、りんりんっ」
「うん、って、りんりん!?」
「その方が可愛いじゃーん」
こうして俺と亜衣菜は、正式に付き合うことになったのである。
「……とまぁ、こんな感じで、付き合った、かな」
記憶を辿りながら、話せる部分を話して、俺は話を終える。
ああ、疲れた。
何が悲しくて、彼女の前で元カノと付き合った頃の話をせねばならんのだ……。
「同じ大学で、バイト先で、文化祭で……いいわね、なんか青春って感じ」
「え、あ、よくある話、何じゃないのか……?」
「ごめんなさいね、普通じゃなくて」
「えっ!? ああいや、違う! そういう意味で言ってない!」
だいの相槌に何気なくこんなのよくある出会いじゃないか、って意図で言ったはずが、どうやらそれは大失態のようで。
まぁ、うん。俺たち知り合ったのはだいぶ前だけど、初めて会ったのは2か月前っていう、スーパーレアケースだからね!
俺とだいの思い出は全部LAの中で、しかも俺は男だと思ってたという……うん、やっぱ普通ではない、よな。
拗ねてしまっただいに弁解しつつ、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「で、幸せに始まって、付き合ってる間どんなことがあったの?」
「えっ、そこの話いる!?」
「いる」
「……マジ?」
「マジ」
マジかよ。
いや、俺はあんまり話したくないんだけど……。
でも、だいの表情が「早く話せよ」と訴えてくる。
いやぁ、そろそろお腹空いてきたなぁとか思いつつも、これは話さねば先には進めないのだろうと察する俺。
やむを得ん。
再び記憶の蓋を、開けるとしますか……。
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
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もちろんゼロやん話せる部分をかいつまんで話してます。
書いてある通りに話してたら、事故ですからね。笑
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。
お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!
更新は亀の如く。
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