第178話 居合一閃

「……そのもしは、ちょっと答えらんないかな」

「どうしてですか?」

 

 俺の出した言葉に、ゆきむらが不思議そうな顔をする。


 傍から見れば変な光景だろう。

 この時間からスーツ姿の男女が、駅に向かう住宅街の途中で立ち話しているのだから。


 でも、相変わらずゆきむらは真剣な眼差しを向けてくるので、周りを気にする余裕はない。


「それを考えるのはさ、だいに対する裏切りみたいな気がして」

「……ふむ」


 今を生きてる俺たちには、今しかないから。

 あの時こうしてればよかった、とかそういう過去を変えたりとか、パラレルワールドとかの妄想をすることはあっても、結局過去は変えられないし、人間は今を生きるしかない。

 だからこの今の中で、今あるものを大切に、前に進もうと思うのが、大事だと思う。


 ……数か月前までの俺なら、答えてしまってた気もするけどね。


「そりゃね、変な意味じゃなくゆきむらのことは可愛いと思うよ。真面目で、素直で、天然すぎだろって思うとこもあるけど、そういうのひっくるめて可愛い子だなとは思ってる」


 俺の言葉を受けても、ゆきむらの表情は変わらない。

 だから俺も、そのまま言葉を続けた。


「でもこれはたぶんだいも、ぴょんもゆめも、ギルドのみんなが思ってるようなことだと思うんだよね。ギルドの中じゃゆきむらが最年少だしさ、みんな妹を可愛がるみたいな、そんなイメージだと思う」

「いっちゃんさんと同じ感じ……ですか」

「いや、そういう意味ではない」


 いや、ここでその天然出す!?

 真実実妹真実実妹でまた違うからね?


「ゆきむらが俺に好意を持ってくれてるのは嬉しいよ? 誰かから好意を向けられるのは、やっぱり嬉しいことだからさ」

「ふむ……」

「でも、この感覚と、だいに対する感覚はやっぱり違うんだよ」


 この前、ゆきむらがだいに争奪戦延長を申し込んだあの日、俺の口からちゃんと言えなかった言葉を口にする。


「それにだいだってさ、余裕な感じに見えるかもしれないけど、意外とそうじゃないとこもあるんだぞ? そんなあいつを見るとさ、不安にさせちゃいけないよなって、思うんだよ」

「だいさんの不安、ですか……」

「うん。オフ会の中ではみんなと仲良くなって、落ち着いてるように見えるかもしんないけどさ、この前のあーすと再会した日みたいに、何かあったらすぐテンパったり凹んだりするようなとこあるんだよ、あいつ」

「たしかにあの日のだいさんは、変でしたね……」

「うん。まぁ俺のせいでそうさせちゃうこともあるんだけどさ」


 どの口が言ってるんだかとね、自覚はあるから俺は若干自嘲気味に苦笑い。


「もう何回か泣かせちゃってるしね」

「だいさんが泣いたりするんですか?」

「うん、全部俺が悪いからだけど」

「ふむ……」


 どれほどゆきむらに伝わっているのかは分からないが、なんとなくでも分かってくれていると信じたい。


「だからさ、もうあいつを泣かせたくないからさ、今この場にだいがいなくても、今ゆきむらが言った「もし」は、考えらんないかな」


 これで納得してくれるといいのだけれど。

 

 俺の言葉を受けたゆきむらは、何かを考えるように少しだけ俯いていた。


「では、私の気持ちはどうすればいいのでしょうか?」

「え……?」

「今ゼロさんのお話を聞いても、それでもどうにかゼロさんの隣にいたいと思う気持ちは、どうすればいいのでしょうか?」


 再び顔を上げたゆきむらは、まるで小さな子どものようだった。

 問題が解けなくて先生に質問するような、素直な表情。

 分からないから、どうすればいいのか答えを教えてほしい、そんな様子。


「ごめんな、それは俺には分からない」


 でも、俺にその答えは教えられない。

 時間が経過すれば気持ちも薄れるよとか、他に好きな人を作ればいいんじゃないかとか、無責任な言葉は言えない。


 その答えは、ゆきむら自身に見つけてもらう他ないから。


 夜の住宅街は帰宅の途に着く人がいなければ恐ろしく静かで、ただただ静寂が俺たちを包んでくる。

 この静寂に、ゆきむらは何を思うのだろうか。


「ゆきむらの想いの先が俺じゃなかったらさ、当たって砕けろっ、とか言ってたかもしんないけど、相手が俺って知ってる以上、そんなことも言えないしさ」


 この空気に耐えかねたのは、俺の方で。

 

 そう言って俺は少し困ったように笑って見せた。


 が。


「うおっ!?」


 突然隣に立つゆきむらが、俺に向かってタックルをかましてきたのである。

 不意打ちで食らったその勢いに、近くにあった民家の壁に押し付けられた俺。


 左肩を前面に出した見事なタックルは、まるでLAの中で格闘使いが使うスキルのようで……って違う違う。


 俺を壁に押し当ててもなお、まだ構わず押し込もうとしてくるゆきむらが勢いを余って壁にぶつかったりしないように、やむを得ず抱き止め、その勢いを止める。


 え、なにこれ新手の壁ドン!?

 いや、マジで今、近くに誰もいなくてよかったな……!


「な、何? どうした?」


 わけも分からないまま、とりあえずその体勢のままゆきむらに問いかけてみるが――


「砕けませんでした」

「はい?」

「当たっても砕けませんでしたよ?」

「いや、物理的な意味じゃねーよっ!?」


 え、マジかよ!?

 今の言葉を文字通りで取るとか、そんな子いる!?


 いや、ここにいたんだけど!


 壁に押し付けられた形になっているため身動きが取れず、ゆきむらを抱きとめたまま、顔を上げてきたゆきむらと見つめ合う。


 淡々と「当たっても砕けませんでした」と言うゆきむらの表情は、笑いたくなるほどいつも通り過ぎて、本当に砕けようとしたんじゃないかと疑いたくなってしまったほどだった。


「でも……ゼロさんがしようとしてくれたわけじゃなくても、こうしてくっついていられるの、嬉しいですね……」

「え?」

「やっぱり、だいさんが羨ましいです……」


 一瞬だけ目をそらしてぼそっと呟いた言葉は、何と言ったのかいまいち聞き取れなかったが、再びゆきむらが俺の目を見つめてくる。

 透き通るような白い肌に、汚れを知らない澄んだ瞳は、相変わらず綺麗だなぁと思わせた。


 だがいつまでもこうしてるわけにはいかない。


 知らない人から見れば、女性はちょっと半身という不思議な体勢だけど、路上で見つめ合っていちゃつくスーツ姿の二人に見えかねん。


 気づけば俺を壁に押し付けようとする力がなくなっていたので、密着した状態から離そうと俺が腕に力を込めようとした時。


「っ!?」


 唇に感じた、柔らかな感触。

 ほんの一瞬だったけど、その感触は確かだった。


「……何の味もしませんね」

「……へ?」


 俺が離そうとせずとも俺から離れたゆきむらは、俺と少しの距離を取ったまま、自分の唇に指先で触れながら、照れるでもなくそんなことを言う。

 その仕草は、語らずとも今何が起きたかを物語っていた。


「ゼロさんのお考えは、分かった気がします。でも、まだ当たっても砕けられませんでしたので、戦いの先が敗戦と分かっていたとしても、もう少し戦わせてください」


 そう語るゆきむらは、笑っていた。

 それは時折見せる笑顔とはまた違った、儚くも無邪気な、思わずドキッとしてしまうような笑顔。


 こんな表情もあったのか……!


「ちなみに今の、私にとっては初めてですからね?」

「え、あ、そ、そうなんだ……!」


 妹よりも年下の女の子に手玉に取られているようで情けないが、完全に俺は赤面モード。

 今が夜でよかった。暗くて顔色とか、よくわかんないだろうし……!


「だいさんには内緒にしておいてくださいね?」

「い、言えるかよ……!」

「私とゼロさんだけの、秘密です」


 そう言ってゆきむらは、またいつもの表情に戻っていた。

 

「以前約束した通り、試験が終わったら今度3人でご飯行きましょうね」


 おいおい!?

 今そんなことが言えるって、こいつどんなメンタルしてるんだよ!?


 いや、女って生き物はどうなってんの!?

 

「お時間取らせてしまってすみません、駐車場までもう少しなので、行きましょう? ゼロさんのお家まで送りますよ」

「お、おう……ありがと……」


 8月の夜は日が落ちてもまだ暑い。

 いや、だいの家を出た時よりまた少し気温が上がったんだろう、うん、そうに違いない。


 え、でも俺、伝えたいこと言えたよね!?

 だいが一番だからって、伝えたよね!?


 今起きたことが何だったのか、脳内で消化しきれないまま。


 ゆきむらが先に歩き出したので、俺は並ぶようにそれに続く。


 ほんと、この子は何を考えているのだろう?

 ええい、全然分からんぞ……!


 再び夜道をゆきむらと二人歩きながら、必死に高鳴った鼓動を鎮めようと意識するも、それはなかなか容易ではなく。


 それでもなんとか平静を装って変わらず歩き続けた俺は、ようやくゆきむらが停めていた駐車場まで辿り着いた。


「どうぞ、乗ってください」

「う、うん」


 先ほどの「送ってくれるという」言葉に従い、ゆきむらの車の助手席に乗る俺。

 この前の宇都宮オフの時とは逆な位置関係は、ちょっと新鮮だけど、違和感ありありで。


 女の子が運転する車の助手席って、しっくりこねぇな……


「このままどこかに行きますか?」

「行かねぇよ! ゆきむらだって、妹さんが心配するだろ?」

「ふふ、冗談です。心配ありがとうございます。でもゆずちゃんも夏休みですし、遅くなるかもとは言ってあるから平気ですよ?」


 そんなことを言って笑うゆきむらは、今果たして何を考えているのだろうか?


 少なくとも、さっきまで少し見せていた、不安そうな感じはもうなくなった気がするけど……。


 だが、ゆきむらの表情からそれを考えても分かるはずもなく。


「今日はありがとうございました」

「お、おう」

「またよろしくお願いします」

「ちゃんと練習しとくんだぞ?」

「はい。では、失礼します」


 またよろしくって、普通の意味だよな……!?


 駐車場から数分の距離の俺の家まで送ってもらって、俺はゆきむらとの面接練習初日を終えるのだった。




―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

(宣伝)

本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっと昨夜にスタートしました。

 まだepisode Ⅰのみですが、お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!

 更新は亀の如く、ですがね……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る