第177話 頭がいいと面接が得意はイコールではない
8月17日、月曜日。
神宮寺優姫>北条倫『こんにちは。今日はよろしくお願いします。待ち合わせは、どのようにすればいいでしょうか?』12:03
午前の練習を終えた昼過ぎ、社会科準備室で涼んでいるとゆきむらからの連絡がきていた。
北条倫>神宮寺優姫『17時30分頃に阿佐ヶ谷駅まで来れる?』12:30
神宮寺優姫>北条倫『わかりました。車で行くので、少し前後するかもしれませんが、よろしくお願いします』12:31
おお、車で来るのか!
そりゃ今日は飲んだりしないし、帰りも一人で帰宅ラッシュの電車乗るよりは、そっちのが安全、かな?
しかしゆきむらの面接かぁ……。
どんなもんかなー……ぶっとんでなきゃいいけど。
ちょっとだけ不安もありつつも、ここは先輩教師としてびしっと指導してやろう。
そう決めて、俺は17時まで大和とだべったり、新学期準備に勤しんだりしながら定時直後に退勤し、ゆきむらとの待ち合わせ場所である阿佐ヶ谷駅へと向かうのだった。
17時25分、俺は阿佐ヶ谷駅へと到着した。
だいも17時直後に学校を出たというので、きっともう帰宅したかまもなく帰宅する頃だろう。
さて、ゆきむらはもう着いてるかな?
北条倫>神宮寺優姫『みどりの窓口前にいるよ』17:25
だが足取り軽く帰宅していく人々の流れの中にも、これから待ち合わせみたいな人を見ても、ゆきむらの姿は見つからず。
とりあえず連絡しておくか。
そして待つこと数分でスマホに通知がきた。
お、ゆきむら着いたかな? と思ったら。
里見菜月>北条倫『合流できた?いつでも大丈夫だからね』17:32
あ、だいか。
合流したら送ろうと思ってたけど、マメだなぁ。
北条倫>里見菜月『まだ来てないみたい』17:32
手早く返信し、さらに待つこと数分。
しかしあれだよな、方向音痴のゆきむらだし、無事来れるか、ちょっと心配なってきたな。
神宮寺優姫>北条倫『すみません、道が混んでて今着きました。まもなく到着します』17:41
っと、おおよかった。無事みたいか。
じゃあ間もなく、かな?
北条倫>神宮寺優姫『了解』17:41
北条倫>里見菜月『もうすぐ合流できそう』17:42
と思ったんだけどね!
ここから経過すること25分ほど。
何気なく改札の方向を見ていると、なんと改札を抜けてスーツ姿のゆきむらが来るではありませんか!
え、どういうこと!? 君車で来たんじゃなかったの!?
「え、電車できたの?」
改札から出てきたゆきむらの方へ俺が近づくと、ゆきむらも俺に気づいたようで。
そのまま近づいて声をかけると、申し訳なさそうにゆきむらはぺこぺこと俺に頭を下げてきた。
「す、すみませんでした。駐車場から東西を間違えたみたいで……気づいたら高円寺駅でした」
「え、マジ?」
何という。
いや、どこの駐車場か知らないけど、駅目標に来たなら、駅見えてたんじゃないのか……!?
「お時間取っていただいたのに、すみません……」
「いや、まぁ無事ついたならね、うん、大丈夫。しかし、なんでスーツ?」
「あっ、練習ですが、まずは本番の形からと思いまして」
「あー、なるほど」
「どうですか?」
「うん、似合ってると思うよ」
「ほんとですか? 嬉しいです」
相変わらずだなぁと思いつつも、俺に似合ってると言われたゆきむらは嬉しそうに笑ってくれた。相変わらずこの笑顔は、普段のぽーっとした表情との差があってね、可愛いんだよね。
しかしほんと、ゆきむらはスタイルが細身ですらっとしてるから、パンツスーツスタイルが似合うんだな。普段はTシャツにジーパンとかラフな格好が多いゆきむらだけど、うん。白シャツはほんとお似合いだ。
「ゼロさんもお仕事着なんですね」
「うん。そのまま来たから」
「似合ってますよ」
「いや、俺はもう6年目だしね……」
もちろん俺はノーネクタイノージャケットのクールビズスタイルだけどね。
とまぁそんな会話をしつつ、二人並んでだいの家へと目指し歩き出す。
8月の18時過ぎは夕暮れの様相に変わり出し、昼の暑さも少しひと段落したみたいで少し歩きやすい気温になっていた。
ちなみに人混みではないからか、手を繋いでこようとかはしないようで、一安心である。
「だいさんのお家、初めてです」
「そうだろな。だいたい10分くらいで着くよ」
「そうなんですね。ゼロさんはよく行かれるんですか?」
「あー、出先から送るくらいかな。中に入ることはあんまりないよ」
「そうなんですね」
あんまりないってか、ちゃんとした意味での入ったはまだ1回なんですけどね!
「面接準備はばっちりか?」
「あ、はい。自分なりに用意はしたつもりです」
なんとなくプライベートな話に繋がりそうだったので、とっさに話題を変える俺。
だが俺の質問に、ゆきむらはすんなり答えてくれた。
一安心。
「じゃあ、ビシビシ指導しないとな」
「ご指導よろしくお願いしますね」
そんな感じで割と真面目な話をしながら、俺とゆきむらはだいの家へと向かうのだった。
18時20分頃。
「おじゃまします」
「いらっしゃい。思ったより遅かったけど、どうしたの?」
「あ、ちょっと道に迷いまして……」
「駐車場から道間違えて、高円寺にいったんだってさ」
「えっ!? そ、それは……大変だったわね」
だいの家に到着するや、出迎えてくれただいが心配そうだった表情から一転、何とも言えないような表情にチェンジ。
色んな意味を込めての「大変だったわね」なんだろうな。
「だいさんのお家、なんだかいい匂いがしますね」
「え、そうかしら?」
「はい。なんだか落ち付く匂いです」
「うーん、なんだろ? 芳香剤かな?」
そんな会話をしつつ、部屋の中に移動する俺たち。
でもたしかにね、いい匂いがするってのは分かるね。
イメージフィルターもあるかもしんないけど。
「あ、ゆっきー夕飯はまだよね?」
「あ、はい」
「じゃあ私は夕飯作ってるから、部屋の方で練習してもらってね」
「え、いいんですか?」
「うん。一人分も二人分も三人分も、そんなに変わらないから」
「だいはめっちゃ料理上手いからな、楽しみにするといいぞ」
「そうなんですか……すごいですね」
すごいですね、と言ったゆきむらの目線がちらっとだいの胸元に言った気がしたけど、気のせいだろうか?
いや、たしかに部屋着のTシャツ姿だとね、ついつい目がいっちゃうのは分かるけどね!
「じゃ、お言葉に甘えてやりますか」
「はい、お願いします」
ということで、玄関からすぐのキッチンにだいを残し、俺とゆきむらで部屋の方へ進む。
まぁ、扉一枚の距離だからすぐなんだけどね。
「じゃあ、そっちに座って」
「はい」
さすがに本番みたいな机といすは用意できないので、俺もゆきむらも座るのはクッションの上。で、俺の前に食事でも使うテーブルを置いて、それっぽい感じにする。
たしか本番は面接官3人だった気がするけど、さすがにそんな人数は用意できないしな。
「じゃ、これから面接を始めます」
「あ、入室からじゃなくていいんですか?」
「うん。それは一人でも出来るだろうし、入室は作法覚えて、明るい感じでいけば大丈夫だよ」
「なるほど……」
いつの間にか用意していたメモ帳に何やら書くゆきむら。
うん、やる気を感じるなぁ。
「ごほん。じゃ、改めてこれから面接を始めます。初めに教員を志望した理由を教えてください」
一度咳払いして、いよいよ練習スタート。
耳を澄ませばキッチンの音が聞こえるから、だいにもゆきむらの声は聞こえるのかな?
「はい。かつて恩師に教える側に立つことで自分も成長できるとお言葉を頂きまして、教員を志望するに至りました」
ほおほお。そんな過去が。
その言葉を聞き、続きの言葉を待つも、ゆきむらは真っ直ぐに俺の方を見たまま、口を閉じている。
「え? それだけ?」
「むむ?」
思わず俺が首をかしげると、合わせてゆきむらも首をかしげる。
その動きはちょっと可愛かったけど……いや、違う違う!
「うーん、ちょっと短いというか、それだとさ、ゆきむらは自分のためだけに教員を志望したみたいになっちゃうじゃん? しかも、教える仕事なら、別に教員じゃなくてもいいわけだし」
「あ、そう、ですね……」
「うん、俺たちの仕事は生徒を育てる仕事だからさ、きっかけが今のだとしても、こんなことを伝えていきたいとかさ、そういう思いも伝えた方がいいかな」
「……なるほど」
そう言って再びメモ帳に書き出すゆきむら。
「ちなみに、ゼロさんはどんな理由をお話したんですか?」
「え、俺? えーっとね……」
今さら志望理由を話すとかちょっと恥ずかしいけど、でもここは先輩として具体的なアドバイスあげたいところだしな……。
「それでは教員を志望した理由を教えてください」
すぐに答えなかった俺に何を思ったのか、いつもの表情のまま逆にゆきむらが俺に尋ねてくる。
なるほど、面接形式で答えろってことなのね……!
「はい。私が教員を志望したきっかけは高校時代への恩師への憧れです。その先生は生徒たちと時には友のように笑い合い、時には厳しく叱ってくださり、どんな時も生徒に寄り添ってくれました。その先生のように自分自身も生徒に寄り添い、導いていく存在になりたいと思ったからです」
「おお……」
「こんなことを言った気がするかなー。あとは、俺の場合は倫理を通して生徒たちに考えることの大切さを伝えたいってのも言ったよ」
うろ覚えだけど、うん。
「私だと、何故国語を教えたいか、ということですかね?」
「うん。そうだな」
「なるほど。参考になりました」
「うん、多少話盛っても大丈夫だし、あ、この人なら生徒任せられるな、って思わせられればいいんじゃないかな」
「ふむふむ」
真剣な表情でメモを取るゆきむらの姿に安堵する俺。
この様子なら、何回か練習していけば大丈夫、かな?
そんな感じで、色々な質問をしては、なんとも短い答えばかりだったゆきむらの答えにこんなことも言ったらどうか、とアドバイスを続け、気づけば小一時間が経過。
「じゃあ、いったん休憩にしましょうか?」
熱のこもった指導をしている内に夕飯の用意ができたのか、扉を開けてエプロン姿で髪を結んだだいの登場。
いやー、なんか奥さんって感じでいいな!
「そうだな、いったん休憩して、飯食いながらメモ見つつ、もっかい志望理由とか整理してもいいかもな」
「わかりました。あ、運ぶの手伝いますね」
「あ、別にいいのに。ありがとね」
そう言って立ち上がるゆきむら。
なんというか、色々心配とかはあったけど、結果的にここでやってよかったかなぁ。
ということで、3人でテーブルを囲んで「いただきます」をする俺たち。
いやぁ、連日だけどやっぱり美味そうだよなぁ。
「むむ……! だいさんお料理上手なんですね」
一口食べたゆきむらも、珍しく少し目を見開いて感動している様子。
うむ。いい反応だぞ!
「これは強敵……」
なんか不穏な言葉が聞こえた気がしたけど、これは聞かなかったことにしよう、そうしよう。
「今日は二人が来てるから、けっこう時間をかけたからね。いつもはここまでは頑張らないわよ」
「そうなんですか。でも、これはゼロさんも胃袋を掴まれてしまいますね」
「え、あー、うん。そうだなぁ」
そんなことを言いながら、横に座るゆきむらが不意にじっと俺の目を見てくるものだから、思わず動揺してしまった。
別に目が大きいとかってわけじゃないけど、このゆきむらの眼力って、何なんだろうな……!
「練習は今日だけで大丈夫そう?」
「あー、もう1,2日はやったほうがいいかも?」
「できればお願いしたいです」
「じゃあ、ゆっきーがよければ木曜と金曜も来てもいいわよ」
「ありがとうございます」
「あ、俺も?」
「うん。ゼロやんが先生でしょ?」
「あ、ですよね」
さも当然という風に俺を見てくる二人。まぁたしかに俺もログイン以外予定ないけどね!
ん、でも木金も、ってことは、水曜の外食に加えて、3日連続だいと会えるってことか。
……うん、ありだな!
「ご指導のほど、よろしくお願いします」
「うん、頑張ろうな」
そう言ってぺこっと頭を下げてくるゆきむら。
まぁ、未来ある若者を育てるのは年長者の役割だしな、いいってことよ。
「終わったら、是非お礼させてくださいね」
「いや、だいにも言いなさいだいにも」
そんな俺らのやりとりを見るだいは微笑ましそうに笑っていた。いや、俺は完全に苦笑いなんですけどね……。
そんなこんなで食後はだいも交えて面接練習を再開し、そして21時過ぎ、社会人チームは明日も仕事があるからということで、今日は解散ということになった。
「夕飯までいただいてしまいまして、ありがとうございました」
「ううん、気を付けて帰ってね」
「はい。またよろしくお願いします」
「うん、またね。じゃあゆっきーのことよろしくね」
「はいよ」
「お邪魔しました」
そして俺とゆきむら二人でだいの家を出る。
ちなみにゆきむらが一人で駐車場まで辿り着けるか不安があったので、俺はだいに駐車場までついていくように言い渡されてます。
いや、言われなくてもそうするつもりだったけど。でもあれだな、だいの家から近いパーキングないか、探しておこうかな。
「とりあえず、今日検討事項だったことは、明日明後日で色々考えてみてな」
「はい。ありがとうございました」
「うん。ゆきむらは頭の回転早いしさ、言いたいことの材料頭にあれば、きっとうまくいけるさ」
「だといいんですけど……」
「大丈夫だって。だいの意見ももらえたしさ」
ちなみに面接に加わっただいは、主にゆきむらが作成した授業案について質問を行う面接練習で活躍してくれた。
さすがそれなりの進学校に勤務しているだけあり、けっこうスパルタだったもんな。
うん、適材適所で指導できて、よかったのではないでしょうか。
「……だいさんは、私のことどう思ってるんでしょうか?」
「ん?」
すっかり暗くなった夜道を歩く中、少しだけ弱気そうというか、不安そうな声が聞こえた気がした。
その声はゆきむらのもので間違いないんだけど、ちょっとゆきむらにしては珍しいような、そんな声。
でも、どういう意味だろうか?
思いのほかだいがスパルタで、怖かったのかな……?
それもゆきむらのためだと思うけど。
「争奪戦宣言はしたものの、なんというか、相手にされてないというか、むしろ優しいというか……たしかに私もだいさんのこと好きですけれども、いわゆる恋敵とは違うように思われてる気がします」
「あー……」
あ、全然違った。
というか恋敵って、いや、うーん。たしかにだいはゆきむらの宣戦布告を受けてたけどさ……。
しかし珍しいな、ゆきむらがこんなことを言うとは。
猪突猛進だと思ってたけど、意外とこんなことも思ったりするのか。
「前も言ってたけど、妹みたいに思ってるのは本当かもな。あいつ末っ子育ちだし」
「私じゃゼロさんをなびかせることはできないという余裕でしょうか……」
「え、いや、俺の話聞いてる?」
「たしかに現状はだいさんが大きくリードというか、胃袋まで掴んでおられる様子ですし……」
「え、ゆきむらさーん?」
「……もし、の話をしてもいいですか?」
「……はい?」
俺の声など全く聞こえてなかったようなゆきむらが、ようやく俺の方を向く。
「もし、ですよ」
「うん」
「LAの中で出会っただいさんが、本当にキャラクター通り男性だったとして、お二人がお付き合いしていなかったとすれば、私はゼロさんとお付き合いすることはできていましたか?」
「え?」
駅周辺の繁華街まであと少し、まだ住宅街近くという所で不意に立ち止まるゆきむら。
仕事を終えて帰宅するのか、駅とは反対方向に進む人々が、不思議そうに俺とゆきむらを眺めてくる。
だが、そんな視線など今は気にもならない。
ゆきむらの純粋で綺麗な瞳が、真っ直ぐ俺をとらえているから。
だが、その目にはいつもは感じられない不安のようなものが込められている気がして。
俺も正直に答えなきゃいけない、そんな思いを抱かせたのだった。
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以下
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。現在は〈Airi〉と〈Shizuru〉のシリーズが完結しています。
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3本目こつこつ進行中です。
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