第176話 やっぱりここが一番

 8月16日日曜日、14時10分。


「じゃ、また年末か正月に」

「おう! 時期わかったら連絡けれな!」

「ちゃんとご飯食うんだどっ」

「大丈夫だって、もう子どもじゃねんだから」

「菜月さんにもよろしくねっ」


 秋田駅の新幹線ホームにて、家族3人の見送りを受ける俺。

 みんなわざわざ入場券買ってホームまできてくれるとかね、昔は恥ずかしかったけど、今となっては嬉しい部分もあるよね。


「父さんも母さんも真実も、元気でな」

「お兄ちゃんまたねっ」


 毎度恒例の妹からのハグと両親との握手をして、新幹線に乗り込む。


 さてここからは約4時間の移動。

 毎度思うけど、距離を感じるよなぁ。

 およそ600キロの移動だが、秋田新幹線は盛岡までの間は在来線と同じ線路を進むので、隣県までの移動に移動時間のおよそ1/3を使うのだ。

 まぁもう慣れたんだけどね、うん。


 そんなことを考えている内に新幹線が動き出し、見えなくなるまで手を振ってくれる家族に小さく手を振り返す。

 次の帰省は冬休みだから、まぁそんな遠いわけでもないんだけど。


 さて。

 スマホでも見ながら時間潰しますか。


里見菜月>北条倫『ちゃんと新幹線乗れた?』14:14


 おっと、さっそくだいから連絡が。


北条倫>里見菜月『おう。予定通り』14:15

里見菜月>北条倫『よろしい。じゃあ東京駅で待ってるね』14:15

北条倫>里見菜月『うん、ありがとな』14:15


 これは昨日の夜の電話で決めたやりとりなのだが、だいが東京駅まで迎えに来てくれるというので、俺はありがたくその提案を受けたのである。

 

 いやぁ、そんなに俺に会いたいのかな?

 可愛い奴め。


 でも、だいも昨日今日と実家に戻ってたはずだけど、意外と撤収早いんだなー。

 まぁ、すぐ帰れるってのはあるんだろうけど。


 そんなことを思っていると。


『里見菜月が写真を送信しました。』14:17

『里見菜月が写真を送信しました。』14:17

『里見菜月が写真を送信しました。』14:17

『里見菜月が写真を送信しました。』14:17

『里見菜月が写真を送信しました。』14:17

『里見菜月が写真を送信しました。』14:17

『里見菜月が写真を送信しました。』14:17

『里見菜月が写真を送信しました。』14:17


 おおう!

 まさかの写真ラッシュ!


 あ、あれか? 噂のよもぎちゃんか?


 送られてきた写真を確認すれば、案の定。

 黒と茶色と白の模様が混ざった、三毛猫っぽい子の写真の連打。

 しかしあれだね、これほんとに元捨て猫か?


 おそらく里見家の愛を受けて育ったであろうよもぎちゃんは、だいに似ているような気がしてくる美形にゃんこで、透き通るような大きな瞳が印象的で、恐ろしく可愛かった。

 おもちゃで遊んでる写真や、ごろんと転がってる写真や、眠っている写真に俺も思わずほっこり。

 でも、全部よもぎちゃん単品か。たしかに写真楽しみにしてるとは言ったけど。

 うーん、だいも写ってる写真も見たかったなー。


『里見菜月が写真を送信しました。』14:19


 と、さらに追撃の1枚が。


 その写真は。


「うわ、可愛い……」


 って、やべ! 心の声漏れた!


 思わず声に出してしまって焦ったが、幸い隣の席に座る大学生っぽい兄ちゃんはイヤホンをしてゲームに夢中なので、セーフだと信じよう。


 その写真は、片腕でよもぎちゃんを抱いただいが撮ったであろう自撮り写真。

 割と真顔のよもぎちゃんに対してだいは幸せいっぱいな感じの笑顔で、見てるこっちが幸せになるレベル。


北条倫>里見菜月『可愛すぎ』14:21


 その写真をじっくりと眺めてから、俺は一言返事を返す。

 無意識ににやけてしまった気もするけど、これはしょうがないよな!


里見菜月>北条倫『待ってるにゃ』14:22


 おおおおおおおう!?

 え、ずるくない!? これはずるくない!?


 全力で心の声は抑えたが、動揺して首を動かしたせいで、隣の兄ちゃんの視線が一瞬こっちにきた。

 あ、挙動不審でごめんなさい。


 いや、でもこれは可愛いって!


北条倫>里見菜月『早く会いたいな』14:23


 だいの殺人的な可愛さに悶えつつ、本心を返信。


里見菜月>北条倫『はやくー』14:23


 え、そんなキャラだったっけ!?

 甘えた全開のだいに俺は思わず戸惑うが、いや、これはこれで有りです!

 やっぱりあれかな、宇都宮オフで昔のだいについて聞いたから、リミッター解除されてるのかな!?


北条倫>里見菜月『うんうん、いい子にして待っててな』14:24


 ああ、早くつかねーかなー。


 車窓から見える懐かしい田舎の景色を眺めつつ、俺は心から東京到着のその時間を待つのであった。




 18時04分。定刻通りに新幹線が到着。

 大宮を過ぎてからは、田舎とは全く異なる、ほんと同じ国かよと思うばかりの都会な景色が多くなったが、都民歴10年目の俺からすると、こっちの方がもう普通に思えてきたなー。


 到着した新幹線の外には無数にも見えるホームの数々。

 いったい何人の人が毎日訪れているのだろうか?


 荷物置きからキャリーケースを下ろして、さぁだいに会いに行こうと勇んでホームに降りると。


「おかえり」

「あ、ただいま。ホームまで来てくれたんだ、ありがとな」

「うん。会いたかったから」


 俺が会いに行くでもなく、そこには一番に会いたかった人の姿。

 さすがに猫語ではないし、よもぎちゃんとの写真のような笑顔でもないが、嬉しさを隠すような照れた表情のだいは、恐ろしく可愛かった。

 俺の好きな薄い青色のワンピース姿だし、もうね、幸せですね。


 しかし素直に「会いたかった」とは、嬉しいなぁ。


「だいも、ちゃんと家族と過ごせたか?」

「うん。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、早く連れてこいって言ってたわよ」

「おお、それはそれは」


 緊張しますね、ほんと。


「ゼロやんもゆっくりできた?」

「うん、おかげさまで。うちの両親も妹も、俺に彼女できたって話したら喜んでたよ」

「じゃあ、そのうち予定立てないとね」

「お、おう!」


 それは、先々込みでってことですよね!?

 いや、俺たちまだ付き合って1か月ちょっとだけど、そこまで踏み込んでいいのかな!?


 そんな会話をしつつ、二人並んで駅の中を歩く。

 うん、やっぱり隣にだいがいると、落ち着くなぁ……。


「あ、そういえば真実ちゃんの写真ってないの?」

「ん? ああ、あるよ。一昨日一緒に水族館行った時の」

「二人で行ったのよね? ほんと、仲良いのね」

「そろそろ彼氏できてほしいけどねぇ」

「お兄さんに気を使って作らなかったのかもよ?」

「いや、それ本人からも似たようなこと言われたわ」


 歩きながらスマホを取り出し、この前撮った写真を見せる俺。


「わ、可愛い」

「本人に言ってやれば喜ぶかもよ」


 ま、君ほどじゃないけどね!


「でも、似てるんだね。ゼロやんを女の子にしたみたい」

「あー、それは昔からよく言われたわ」

「女装したら姉妹に見えちゃうんじゃない?」

「おいおい、俺もう30手前だぞ? やめてくれ……」


 そんな冗談に苦笑いしながらも、だいも真実と仲良くなったのが伝わってくる。

 あれかな、だいは末っ子だから、弟妹欲しかったのかなぁ。

 まぁ、なんとなく二人なら会った時も仲良くしてくれる気がするよ。


 いつも一人で歩く東京駅構内を、今はだいと一緒に歩く。

 一人が二人。

 それだけの違いなのに。


 どうしてこうも幸せを感じるんだろうか?


 8月の東京は日が暮れる時間になってもまだまだ暑く、汗ばむ気温だというのに。

 どちらからともなく手を繋いだ俺たちは、ゆったりとした幸せを感じる時間の中、せわしなく歩く東京駅の人波の中、新幹線ホームから中央線ホームへと進むのだった。




「明日はゆっきーの面接練習だもんね、綺麗にしとかないとね」

「お、おう……!」


 電車での移動が終わり、19時過ぎ、某所。

 俺は少し緊張した面持ちで、姿の見えないだいに返事を返す。


 え、なんで緊張してるかって?

 いや、だってね。

 

「あ、テレビ見たかったらつけてていいからね」

「お、おう」


 夕飯を一緒に食べようという話から、どこかに寄るのかと思ったら、まさかですよ。

 テレビつけていい、その発言からも分かる通り、なんと今日はだいの家へのご招待なんですよ?


 シンプルな内装は、前に来た時と変わらないけど……いや、でも前はまだ付き合う前で、酔っぱらっただいを介抱する形で来ただけだったから、正直ゆっくりはできなかった。

 付き合ってからも、お泊まりの日の土曜日はギルドの活動日だから、俺がノートPCを持ってない都合で全部うちだったし、送ってきたとしても中に入るとずっといたくなるからと玄関先までだった。


 なので、こうして招待を受けた形でだいの家に来たのは、初めてなのだ。

 しかも夕飯はだいが作ってくれるというし。


 いやぁ、なんか変に緊張するって……!


「苦手な野菜、なかったわよね?」

「うん」


 曰く、実家からたくさん野菜を渡されたかららしい。

 いやぁ、でも戻ってきて早々にだいの手料理か。嬉しいなぁ。


 キッチンの方からはテンポよく包丁を使う音が聞こえてくる。

 いやぁ、いい音だなぁ。


 あ、ちなみに料理は手伝いません。

 またしてもね、「キッチンは戦場だ」って言われたからね。大人しくしているのです。


 でも、だいの料理する音は聞いていたいので、テレビはつけないでおこうかな。


「そういや、ゆめから何か連絡きたの?」

「あ、うん。月末にピアノの発表会があるらしくて、ちょっと今はそっちに集中したいんだって」

「あ、そうなんだ」

「音楽科の先生たちの有志発表会らしいけど、28日の金曜日の16時からなんだって」

「ほほう」

「私その日は補習あるから行けないし、ぴょんも新学期前の三者面談らしくて行けないんだけど、ゼロやん行ける?」

「あー、俺は午前中の部活だけだから、行けるかも」

「あ、よかった。じゃあ、ゆっきーとか、せんかんとかともし行けそうなら行ってあげてよ」

「28日な、おっけー……」


 忘れないうちに、スマホのスケジュール管理アプリに入力、と。

 しかしピアノの発表会かー。偉いなゆめ、ちゃんと腕が落ちないように、そういうのやってんのかー。


 昨日ゆめがいなかった理由も判明し、だいも料理に集中しているのか静かになったので、手持ち無沙汰になった俺。


 さて、何して待とうかな……。

 あ、卒アルだ。


「だいの卒アル、見てもいいか?」

「あ、うん、いいよ。特に面白みもないけど」


 本棚に収まったアルバムを発見した俺は、一言許可を取ってから拝見させてもらうこととする。

 

 アルバムをめくればそこにはずらっと並んだ高校生たちの写真。えーっと、だいが高3ってことは……8年前か。

 いやぁ、若いなー。


 クラスページをめくれば、定番の個人写真。

 えーっと、だいはどこだろ……あ、この子可愛い……って、違う違う。


 1クラスずつパラパラと進めていくと……あ、6組だったんだ。

 いやぁ、もうこの頃には出来上がってんなー。めっちゃ美人やん、これはモテたろうなぁ……。

 

 特に笑顔でもないけど、凛々しい表情のだいもね、うん。好きです。


 その後もパラパラとめくり、部活の写真を眺めてみる。

 おお、ちょっと焼けてるだいも新鮮だなー。しかしやっぱユニフォーム姿も可愛いなぁ……。


 って、ん? この人なんか見覚えがあるような……?


 それはユニフォームを着たソフトボール部の集合写真で、前列の一番左にいるだいとは対角線の位置、二列目の一番右側にいた女の子。

 俺はだいの学校とは縁もゆかりもないのだが、何故かその子は見たことがあるような、そんな既視感があった。

 クラスページに戻って探してみると、おそらくその子であろう生徒を発見。

 4組の、風見莉々愛さんか……なんて読むんだこれ? 苗字はかざみだろうけど、名前は、りりあ、かな?

 いや、でもやっぱ名前見ても知らないけど……うーん、なんか見たことあるような気がすんだよなー。

 清楚美人感溢れるだいと違って、その子の個人写真は、ちょっとギャルっぽいというか、生意気そうな雰囲気で笑っていた。普通に可愛い女の子だとはいえるだろう。


 うーん、練商前任校で似たような生徒いたっけなぁ……。

 どこで見たのだろうか、記憶を探るも、やはり思い出せず。


「普通のアルバムでしょ?」

「あ、やっぱだいは昔から可愛いんだなー」

「えっ? お、お世辞はいいから……っ」


 料理が出来たのか、気づいたらだいが出来上がった料理を運んできてくれていた。

 誰か思い出せない人を聞いてもしょうがないので、俺はパタンとアルバムを閉じ、本棚に戻して料理を運んでくるだいを手伝うことにする。


 しかし可愛いは事実ですよ。

 照れてるのも可愛いけど。


「いやぁ、しかし今日も美味そうですなぁ!」

「お口に合うといいけれど」


 いやいや、合わないわけないじゃないですか。

 母さんの料理も美味かったけど、やはりだいの料理も抜群に美味い。


「うん! 美味い!」

「そう言ってもらえると嬉しいわね」


 野菜中心のメニューでも、満足度が高いのがすごいよなぁ、ほんと。



 作ってくれたことに感謝しつつ、一緒にだいの手料理を食べ終え、23日の件について話したり、明日のゆきむらの面接練習に備えて準備したりした後は、久々に少し二人でイチャついたりして、だいたい23時頃。



「じゃあ、また明日な」

「うん、また明日」


 明日もまた会えるって、嬉しいな。

 そんな幸せな気分を抱えたまま、俺は少し久々となった我が家へと帰るのだった。





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以下作者の声です。

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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。現在は〈Airi〉と〈Shizuru〉のシリーズが完結しています。

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 3本目こつこつ進行中です。

 毎日更新とはいかなくても、ぼちぼちのんびり更新始めようかと思います!

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