第179話 封印を解いてもいいことなんてない

 ゆきむらとの面接練習をした月曜日の翌日、8月18日の火曜日。


 火曜日は定例のギルドの活動日だが、その日はピアノの練習をしているはずのゆめと、ふらっと来ない日があるあーすに加え、おそらく頑張って面接の準備をしているであろうゆきむらの合計3人が欠席だった。


 昨日の今日だから、ゆきむらがいなくてよかった。

 平常心で話せるか、ちょっと自信がなかったから。


 そんな活動日の終わり頃。


〈Jack〉『あたし明後日からほとんど今月いっぱいお休みするねーーーーw』

〈Gen〉『珍しや!』

〈Zero〉『お、新婚旅行?』

〈Jack〉『うんーーーーw電撃プランすぎて海外は行けなかったけど、小笠原に行くことにしたよーーーーw』

〈Gen〉『おお、いいねーw』

〈Pyonkichi〉『いいな海!』

〈Senkan〉『丸一日船移動だっけ?いやぁ、俺も行ってみたいな!』

〈Soulking〉『綺麗な海はいいよねぇ』

〈Daikon〉『楽しんできてね』


 そうかそうか、なるほど、小笠原か。

 写真とかでしか見たことないけど、綺麗な島だよなぁ……。

 日本のガラパゴスだっけか? うん、俺も行ってみたいとは思うな。


〈Jack〉『こんな長期間ログインしないなんて初めてだよーーーーw』

〈Pyonkichi〉『これを機にアウトドア派になったりしてな!w』

〈Daikon〉『・・・ジャックにそのイメージはつかないかな・・・』


 うん、俺もだいに同意。


〈Jack〉『写真いっぱい送るねーーーーw』

〈Soulking〉『楽しみにしてるよーw』

〈Pyonkichi〉『来年にはジャックも子持ちかー?w』

〈Daikon〉『それは下世話すぎないかしら・・・』

〈Hitotsu〉『楽しみにしてますね!』

〈Senkan〉『おwこのログの順番だと意味深だなwww』

〈Hitotsu〉『え、あっ!!』

〈Hitotsu〉『そういう意味じゃありません!』


 タイピング速度はね、キャリアの長いメンバーの方が速いからね、まぁ、どんまい。

 真実はジャックの写真のくだりに対して、嫁キングと同じ意味合いで言おうとしたんだろうけど。


 それを上回る速さでぴょんが下ネタぶっこんで来たから、変なタイミングで『楽しみにしてます』になっちゃったんだろうね。

 でも即座にぴょんにツッコミをいれただいも、タイピングはえーなー。


〈Zero〉『あんまり人の妹をいじめんでくれ・・・』

〈Soulking〉『さすがお兄ちゃんだねーw』

〈Jack〉『色々楽しみにしててーーーーw』


 何人かの欠席がいても、まぁ我らがギルドは平常運転のようで。

 

 でもあれだな、無事新婚旅行に行けそうで、よかったなジャックのやつ。

 となると……そのうち結婚式とかもすんのかな?


 ……いや、でもその場合参列者、どうなんだろ……?

 リアルの友達が多いイメージは、ジャックもくもんもない、よな……。いや、くもんのことは知らないけど。


 って、俺がそんなこと考えてもしょうがねぇか。


 モニター上では真実をいじったりする大和やぴょんのログとか、ジャックの新婚旅行について尋ねたりするだいや嫁キングのログが続いている。

 ほんと、平和だな。

 そんなことを思って俺が椅子の背もたれにもたれかかった時。


ドンッ!!


 って、何だ!?


 俺がのんびりしようとした矢先、急に壁越しに打撃音が響いた。

 方角的には、隣の部屋、202号室の方。


 アパートの造りはけっこうしっかりしてるから、隣の家の音が聞こえるってほとんどなかったんだけど……。

 今の感じ、壁殴ったのか……?


 今まで俺が暮らしてて何か言われたことも、壁叩かれたこともなかったし……。

 うーん、ってことは、喧嘩か?


 趣味が悪いと思いつつも、ベランダに出て、隣の部屋の方に耳を澄ますと、やはり聞こえてきました。何やらぎゃーぎゃーと怒ってるような女性の声。

 202号室の人はね、ここに住んで6年目の俺よりも先に住んでいた人で、この6年間すれ違えば会釈するくらいの関係でしかないが、1度たりとも騒音トラブルなんてなかった。

 となると、あれか。この前の酔っぱらい美人さんか?


 沸点低そうだったもんなぁ……。

 そっとしとこ。


 急な音の原因もおそらくはっきりしたので、そっと部屋に戻りベランダへの鍵を閉める。


 そういやこんな言い合うような喧嘩って、俺したことないな。


 だいとは、うん。情けなくも怒らせるより悲しませることの方が多かったし……。

 亜衣菜と付き合ってた頃も、よく考えたらガチな喧嘩ってしたことなかったな。


 亜衣菜もあんまり怒らないというか、ゲームでイライラすることがあっても、それを当たったりするような奴じゃなかったし。

 付き合ってた後半の頃は、俺が一人悩むだけで、それを話したりしたわけでもなかったからなぁ……。

 もし俺があの時抱えてた不安を話してたら……って、こんなこと考えても無駄無駄!


 昨日ゆきむらに、もしは考えない、って言ったばっかだろ俺!


 うん、俺にもしはない。

 あの時があるから、今があるんだ。


 日曜日は、ちゃんと話そう。

 俺の気持ちのまま、これで終わりって、伝えよう。


 再びモニターに目を移し、まだまだわいわいと話している仲間たちの会話を見ながら、俺はそう決心するのだった。






 そして8月22日、土曜日、夕刻。

 

神宮寺優姫>北条倫『無事試験終わりました。去年よりはできたような気がします。ご指導ありがとうございました』


 いつも通りの水曜を過ごし、木金の面接練習は逆に俺が緊張するばかりの中、月曜日みたいなことは起こらず、思ったよりもすんなりと練習は進み、迎えたゆきむらの面接本番日。

 連絡を見るにうまくいったようで、一安心かな。


北条倫>神宮寺優姫『おつかれ!これでとりあえず一安心だな』


 俺がそうゆきむらに返信していると。


「ゆっきー上手くできたみたいで、よかったわね」

「うん、そうだな」

「合格するといいわね」

「きっと大丈夫だろ」


 どうやらだいの方にも連絡がいったみたいで、自分のスマホを見ながらだいがそんなことを言って来る。

 あ、ちなみに今日は昼過ぎから一緒にいます。

 どこか出かけるでもなく、俺んちで二人でログインして、メイン武器のスキル上げ。一緒にはいるから、お家デート? LAデート? まぁそんな感じ。

 俺はでかけてもよかったんだけど、だいは秋までにキャップ2つって言ってたし……とりあえずやる気に満ち溢れているようです。


 で、1回目のスキル上げが終わって、少し休憩していたところに、ちょうどよくゆきむらから連絡が来たって感じだな。


 しかしあれだね、実家では後ろに真実がいる状況でプレイしたりしたけど、やっぱ後ろにいるのがだいだと、安心するね。


「じゃ、今週全然スキル上げ行けなかったし、もう1回行きますか」

「うん。よろしく」

「はいよ」


 無条件にパーティ募集は俺がするのは、信頼の裏返しだろう。

 まぁ、主催はね、慣れてるしね。


 ということでいつもの流れで募集をかける。


 一応俺も古参プレイヤーだし、それなりに名が知れてるのか、ありがたいことにそう時間はかからずに募集も集まった。


 さて、じゃあ2回目、いきますか。




 そして19時過ぎ。


「おつかれー」

「うん、でもほんと、先が長いわね」


 そう言うだいは、俺が振り返ると少しお疲れ気味に伸びをしていた。


「だなぁ。でも俺らの武器強いし、いいペースでは稼げてるんじゃないかな?」

「そうね。コツコツやっていきましょ」

「おうよ」


 2回目のスキル上げがこれで終了。

 ちなみに現在俺のスキルは銃が336、だいが327。時々コツコツやったりはしてたけど、まだまだ先は長いなぁ。


「じゃ、そろそろ夕飯作るね」

「あ、俺も手伝う?」

「ううん。大丈夫。ゼロやんは部屋の掃除しててね」

「あー。わかった」


 キッチンは戦場、とは言われなかったけど、まぁ同じ意味だな。

 とりあえず言われた通り、明日に向けて掃除でもするか。


 と、意気込んでみたものの。


 実際掃除機かけたりとかはだいが来る前に済ませてしまっている。

 だってね、彼女が来るわけだし、それくらいは普通だろう。


 じゃあ何をするか……。

 さすがに棚とか全部水拭きするまではしなくていいだろうし……あ、そうだ。たまには収納の整理でもするか。

 こんな機会だし、不要な服とか捨ててもいいかもな。


 ということで、収納オープン。

 スーツとか、文化祭で作ったクラスTシャツとか、必要なものや思い出のものを寄せつつ、何年か前に買って以来、数年間着ていないシャツやらセーターやらを取り出し、ハンガーから外し、捨てるように足元にばさばと落としていく俺。

 

 服もあれだよな、だいの好みとかに合わせていきたいよな、とか思ったり。

 こんな話したことないから、何が好きかわかんないんだけど。


 と、要不要で仕分けをしていると。


「ん?」


 これ、なんだっけ?


 収納の最奥に、20センチ四方くらいの段ボールを発見。

 ご丁寧というか、過剰にガムテープでぐるぐる巻きに封をしてあるけど……。


 はっ!!!!!!


 や、やばい。これはやばい。

 一刻も早く捨てねば……!


 一瞬にしてこれが何かを思い出し、一気に冷や汗が噴き出る俺。


 とりあえず持ち上げた箱は非常に軽かった。

 

 そりゃそうだ、だって中身はほとんど紙みたいなものだし……!


 この箱の中身が何かって?

 いや、あの、うん。

 ほら、よくさ、女は上書き保存、男は名前を付けて保存、って言うじゃないですか……?


 つまりは、うん、そういうものが入っている。

 

 いや、でも今中身を取り出して捨てるのはリスキーか!?

 くそ、なんで今気づいてしまったんだ……!!


 落ち着け、落ち着けよ俺。

 そもそも明日亜衣菜が来て、わざわざ収納を開けることがあるか?

 さすがにないだろう、うん、99%ないと言い切れる。


 ならここに戻して置いた方が安全だよな!!

 うん、明日亜衣菜が帰ったら、週明けにでもすぐ廃棄しようそうしよう!


 でも万一を考えて、なんかこの箱自体を隠せるものはないだろうか……?


 そう思った俺が辺りを見渡した時。


「ねぇ、お醤油切れちゃったから買ってきてもらえる……って、何その箱?」

「え? あ、いや! これは、その……!」


 うおおおおおおおおおおおい!!?

 なんてタイミングでこっち来るの!?


 キッチンの方からひょこっと現れただいは、俺が持つ箱を不思議そうに眺めていた。


 どうする!? 防災グッズとかって誤魔化すか?

 いや、こんなテープぐるぐる巻きにするとかありえんだろ!

 というか何かしまうにしても、普通のものならわざわざガムテープでぐるぐる巻きになんかしないよね……!


「す、捨てようと思ってたものなんだけど……」

「……何でそんなに焦ってるの?」

「そ、そんなことないぞ!? あ、あはは……」

「……じゃあ開けてみてよ」

「え、あ、いや、それは……その……」


 無理無理無理無理無理!!!

 いや、捨てててなかった俺が悪いんだよ!? 

 1から10まで、いや、1から100まで俺が悪いんだけど、こ、これだけは、開けられん……!

 ほら、RPGでもだいたい封印を解いて出てくるのは、凶悪な魔物とかじゃん……!?

 解いていいのは勇者にしか抜けない伝説の剣くらいだって……!!


「……あやしい」


 だが、そんな俺の様子に、エプロンをつけ、髪を後ろで結っただいが近づいてくる。

 

 ど、どうする!?

 どうする俺!?


 おそらく今の俺は顔面蒼白。全ステータス異常をくらっているかのように、何もできない。

 そんな状態になりながら、俺は手元の過去がつまった箱ブラックボックスを持ったまま、近づいてくるだいに何と言えばいいのか、脳をフル回転させるのだった。




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以下作者の声です。

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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。3作目となる〈Yuuki〉がこそっとスタートしました。

 お時間あるときに、興味がお有りの方はそちらも読んでいただければ幸いです!

 更新は亀の如く。

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