第174話 両親は何でも知っている
翌朝7時15分。
「おっはよー!」
「ぬぐっ!?」
「朝ごはん、一緒に食おっ」
「……分かったからどいてくれ」
帰省2日目の朝からいきなりの
まだちゃんと動き出していない脳をなんとか働かせ、タオルケット越しに飛び乗ってきた真実をどかせつつ、身を起こす。
あー、いきなりで死ぬかと思った。
こいつほんと、何歳児だよ……。
「ほら、早くいかねとお父さんもお母さんも仕事行っちゃうよ?」
「はいはい……」
何だかんだ昨夜は風呂を上がってから色々考え事をしていたせいでなかなか寝付けなかった。
おかげでまだけっこう眠いんだけど、自分以外に家に誰かがいるってことは、誰かのペースに合わせる必要があるってことだからな。
郷に入っては郷に従え、せっかく朝ごはんを用意してもらってるはずだし、行くとしますか。
「おはよ!」
「おはよ」
「二人ともおはようねっ」
「4人揃っての朝ごはんだば久しぶりだな!」
階下に降りると、昨日の夕飯を食べた時と同じ席で父さんが新聞を読み、母さんがバタバタとテーブルと台所を行き来していた。
ちなみに我が家の食事は父さんが一次定年になって以来、朝が母親、夜が父親の担当で、休みの日の昼食を真実が担当する決まりになっている。
家族からすれば俺は若干お客様チックだからね、多少手伝ったりはするけど、基本的には食べるのみ。
ありがたい話です。
「今日は何か予定あんだか?」
「お兄ちゃんとお出かけしてくる!」
「おー、どさいくんだ?」
「
「男鹿か! 気を付けてけや!」
俺と真実がテーブルにつくや、新聞を読むのを止めた父さんが尋ねてきて、真実がそれに答えていた。
そうかそうか、水族館に行くのか。
うん、今俺も知ったんだけどね。
バタバタと動き続ける母親をよそにのんびりとする俺たち。
いや、でもやっぱりあれだよな、担当決まってるとはいえ、何か気まずいな。
「母さん、何か手伝う?」
「んだばお茶淹れてけれっ」
「あいよ」
一度腰を下ろしたけれど、再び腰を上げて台所にいる母親に声をかけたところ、お茶を淹れるという
うん、俺も少しは家族らしいことしないとな。
「そんくらい私がやんのにー」
「いっていって、たまには俺がやっから」
俺が急須にお茶っ葉をいれて、ポットのお湯を注いでいると、真実が立ち上がって代わろうとしてきたので、やんわりとそれを断る俺。
そんな光景を父さんは楽しそうな笑顔で眺めていた。
「倫は優しいな!」
「いや、こんくらい普通だべって」
黙ってるとほんとにお客様でしかないからね。少しくらい俺も家族に貢献したいってものなんだよな。
「明日はみんなで寿司でも食いにいくが!」
「行くいくっ!」
しかし朝からみんなテンション高いよなぁ、我が家族ながら。
でもそれが今では懐かしい。
10年前までは、当たり前に思っていた光景も、実家を離れて久しい俺からすれば、やはり懐かしさに変わるもので。
当たり前だった懐かしい朝の時間を過ごし、4人揃っての朝食を取ったあと、出勤していった両親を見送り、朝食の片づけをして、俺と真実は要望通り、水族館へと向けて出発するのだった。
「わぁ! お兄ちゃんシロクマ! シロクマだよ!」
「いや、見れば分かるって」
「可愛いね!」
午前10時過ぎ、真実の車を俺が運転し、俺たちは秋田市を離れて男鹿市にある水族館へとやってきた。
子どもの頃に来たことはあったと思うけど、ここに来るのはいつぶりだろうか?
何だかんだ地元にいる頃って、地元の観光地とかに行かないもんだよなぁ。
ちなみに男鹿市と言えばあの無形文化遺産に登録されたなまはげの本場だぞ。
なまはげ伝承館とかもあるし、なまはげの実演を見れたりして割と面白かった記憶が強いな。
「一緒に写真撮ろっ」
「はいはい」
まるで引率してる気分だが、はしゃぐ妹が楽しそうなので今はよしとしよう。
しかしやはり地方の平日の水族館とかね、夏休み期間とはいえあんまりお客さんいないもんだなぁ。
しかしいい年した兄妹二人で水族館とか、変な光景だよな。
ちらほらとカップルとかもいるみたいだけど、まぁ俺たち見た目が割と似てるから、そうは思われないだろうけど。
……となると、余計変か。
そんなことを思いつつも、年に10日も会えない妹のわがままくらい聞いてやるのも兄の務めだろうということで、名物のシロクマの前でスタッフに二人並んでの写真を撮ってもらったり、クラゲコーナーの水槽の前で真実と自撮りしたりと、何だかんだで俺も久々の水族館を満喫した。
うん、東京戻ったら池袋とかの水族館にだいとも行こう。
そんな風に、無意識に次のだいとのデートを想像したりしながら、俺は親孝行ならぬ妹孝行をし、帰省2日目を過ごすのだった。
8月15日土曜日、18時半頃。
「いやぁ、お兄ちゃん帰って来るとこうしていい外食できるから、ありがたいですなぁ!」
「んだな! こんな機会でもないと、なかなかどっかさ飯食いに行こうなんてならねもんな!」
「お父さんもすっかりご飯作るの好きになったもんなー」
「倫はちゃんと自炊してんだか?」
俺たち家族は4人揃って、1皿100円じゃない回転寿司店へとやってきた。
ここは市場とセットになっているお店で、俺が帰省した時によく来る、家族の定番でもある。
「たまには作ってるよ」
「菜月さんはご飯とか作ってくれるのー?」
「うん、めっちゃ美味い」
「おー! そいは
各々で食べたい寿司を取ったり注文したりしつつも、やはり会話の中心は俺になりがち。
ちなみに行きの車は父さんが運転してくれたけど、帰りは俺が運転するということで両親は日本酒を頼んでいる。
このくらいはね、親孝行として当然だな。
そういえば真実は亜衣菜がだいを『菜月ちゃん』と呼んでいたこともあり、真似して名前呼びするようになった。
昨日は亜衣菜抜きで3人で真実のストーリーを進めたりしたけど、だいに自分の名前教えて『真実ちゃん』って呼んでもらうようになってたし、仲良くなる早さには驚いたもんだ。
「倫は昔から何でも食べてくれたから、彼女さんも楽だべなー」
「いや、だって母さんのご飯美味かったし」
「あいやだっ、お世辞もうまくなってっ」
いや、事実なんだけど……。
だいの作ってくれる手料理はそりゃもうめちゃくちゃ美味しいけど、母さんの料理もなんというかやはりお袋の味ってやつで、自分の味覚を形成してくれた俺好みのものなんだよな。
でも本音で言った「美味かった」発言に母さんもご機嫌なようだし、うん、よきかなよきかな。
「真実もはえぐいい人見つかるといいなっ」
「んー、そのうち?」
「父さんと母さん結婚したの、いくつの時だったんだっけ?」
「んーと、おいが31で、母さんが26の時だったっけか?」
「んだな。倫を生んだ時が27だや」
「ほうほう」
「じゃあまだ3年は余裕あんね!」
「油断してると3年なんかすぐだぞ?」
「うわ、6年間も彼女できなかった人には言われたくねなー」
「やかましっ」
今までは、家族でご飯に来ても基本的に東京での仕事はどうとか、真実の仕事がどうとか、そんな話ばっかりだったけど。
俺に彼女が出来たこともあり、今日の会話はいつもよりも盛り上がっている気がした。
「でもあれだや、倫はなかなか自分の気持ち言わねぇで周りのことばっか気にすっとこあっから、彼女さんにはちゃんと素直な気持ち言わねばダメだや?」
和気あいあいとした空気の中、何気なく母さんに言われた言葉は、思いのほか自分の心に刺さった。
「あー、色々あったなぁ。幼稚園の演劇発表会でやりてぇ役あったども、他の子がやりてって言ったから譲ってあげて、家帰ってきて泣いてたりしだなぁ」
「い、いつの話だよ!?」
「小学校高学年の時も、友達と好きな子一緒になって、俺は好きじゃねからって家で強がったりとか」
「中学校の時も学級委員長やりてがったのに、他に立候補出たから譲って、担任の先生から『ありがとうございました』って連絡きたこともあったなぁ」
「い、いいからっ! もういいからっ!」
「食べてものあっても、真実が食べたがったらいっつもあげたりなぁ」
「その節はお世話になりました」
く、くそう……なんてホイホイと俺のブラックボックスを開けてくるんだこいつら……!
俺ですら忘れてたことだってのに……!
というか俺、そんな色々家で話してたっけ……!?
「だども、本当に好きな人なんだば、ちゃんと思ってること言わねば失礼だからな?」
「んだんだ!」
「ありがとうも、ごめんなさいも、ちゃんと言えることが大事だど?」
「んだや! おいと母さん見でみろって! なぁんも隠し事なんてしねし、仲いいべや!」
「え、お父さんこの前お母さん買ってきたアイス勝手に食べて、私に内緒なって言ってたね?」
「おめだったんだか」
「ま、真実言ったらだめだって!」
かっこよく決めたと思われた父さんへ、母さんの鋭い視線が刺さる。
その姿に俺は思わず笑ってしまったけど、それでもやはり、両親の言葉は胸に刺さった。
それは俺がこれまでちゃんと出来てなかったことで、何度もだいを泣かせてきてしまったことに他ならない。
……やっぱ、親ってよく見てたんだなぁ……。
「近いうち、こっちに連れてくっから」
「お?」
「そいだば歓迎せねばな!」
まだまだダメダメな部分がある俺だと思うけど、いつまでもそのままでいるつもりはない。
だからこそ、その覚悟を示すために俺がだいを連れてくると言うと、両親は嬉しそうに笑ってくれた。
東京に戻ったら、ありのままに話せる二人になっていこう。
両親の姿に学んだ俺は、密かにそう決意して、その後も思い出話に花を咲かせながら、貴重な家族との時間を過ごすのだった。
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以下
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書いてて帰省したくなりました。笑
今夏は帰省もできませんしたからね。
ちなみに話中で触れた男鹿市のなまはげ伝承館は迫力があっておすすめです。ただ、実演する方々の訛りがものすごいので、聞き取れない場合は多いかもしれませんし、小さい子がいたらほぼ確実に泣きます。笑
それでも文化遺産ですので、コロナ禍が落ち着きましたら、是非(地元PR)
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。現在は〈Airi〉と〈Shizuru〉のシリーズが完結しています。
え、誰?と思った方はぜひご覧ください!
3本目こつこつ進行中です。
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