第173話 子どもはおねむの時間です

「う~、そろそろ眠い……」


 火山入口で完全に足を止め口だけを動かしていたキーボードを叩くだけの俺たちだったが、ふと背中側から聞こえた声に俺は現実に引き戻された。


 時計を見ればもう23時を回っている。

 真実からすれば、いつもならたぶんもう寝ている時間かな?


「眠いと話も入ってこないだろうし、そのへんまでにしといたらどうだ?」


 俺のモニター上では亜衣菜の不穏な約束トークがひと段落し、今は女性陣によるグルメトークが行われている。

 うん、最早狩りは行われていないのだ。


 なので気兼ねなく後ろを振り返ることができた。


「うん~、でもお風呂はいんねば……」

「おう、ログアウトとか俺がやっとくから、行って来いよ」


 目をしょぼしょぼさせながらの今にも睡魔に敗れそうな声は、まるで子どもの頃と変わらない。

 小さい頃はよく一緒にDVDとか見てて、いつの間にか寝てしまった真実をよくベッドまで運んだっけなー。


「つれてって~」

「はい?」

「おんぶ~」

「いやお前今いくつだよ?」

「じゃあこのまま寝る……」


 あきれ顔の俺をよそに、もぞもぞと俺のベッドによじ登ろうとする真実。

 いや、そこ君の寝るとこじゃないからな?


「お前の部屋ここじゃねーだろっ」

「じゃあおんぶ……」

「あー、もう!」


〈Zero〉『離席!』


 このままだとほんとにここで寝られそうな雰囲気に、俺は一言だいたちへ席を離れることを伝え、席を立って妹の身体を起こしにいった。

 ベッドに腕をかけてぐたっとなっている妹を後ろから抱き上げて立たせてから、くるっと反転して背中に乗せる。


 いや、おんぶとかいつぶりだって……!

 小学生以来とかだろ、おい!


「落ちんなよ?」

「お兄ちゃん背中ひろ~い」

「はいはい」

「おちつく~」


 落ち着くってどういうだよ、おい?


 十数年振りに背負った妹は、当然記憶よりは重くなっていたのだが、それでも思ったより軽かった。

 まぁ、こいつけっこう華奢だもんなー。


「風呂入ったらすぐ寝るんだぞ?」

「ん~……」


 やむを得ず真実を背負ったまま、部屋を出て1階への階段を下りる。

 しかし両腕を回してぴたっとくっつかれるとあちーな……。


 1階のリビングには電気もテレビもついていて、母さんがクッションを枕に横なっていた。

 でも俺がリビングを抜けて風呂へと移動するのに気付いた様子がなかったから、母さんはきっと寝ているのだろう。起こさないようにそーっと移動する俺。

 ちなみに父さんの姿はないから、もう寝たのかな。


「はい、風呂だよ」

「ありがと~……」

「パッと入って、寝るんだぞ?」

「うん~、明日お出かけね~」

「はいはい」


 ゆっくりと真実を下ろして、とりあえずちゃんと自分の足で立ったことを確認するや否や、何も考えていないのか即座に服を抜き出す真実。

 見える部分も白かったが、それよりもさらに白い裸体が俺の視界に――


「って、少しは恥じらえ!」


 しかもいきなり下からってどういうことやねん!


 慌てて俺は後ろを振り向き、脱衣所から距離を取る。


「えー、別にいいね? お兄ちゃんだってよくパンいちで歩いてんねー?」


 だが脱衣所からは、少し目を覚ましたのか笑いながらそんなことを言ってくる真実の声。

 いや、それで歩くのと、目の前で脱ぐのは違うから!


「それとこれちげぇからっ」


 うん、気を付けよう……家族といえどもね、やっぱマナーは大事だよね……!

 

 そんなことを思いつつ、そそくさと俺はリビングを抜け階段を上がり、2階の自室へと戻るのだった。




〈Zero〉『戻り』

〈Cecil〉『おかえりー?どしたのー?』

〈Zero〉『ん、妹が眠そうだったから風呂につれてってた』

〈Cecil〉『ありゃ、おねむさんだったかー』

〈Daikon〉『あれ?ひとつちゃんは同じ部屋なの?』

〈Zero〉『いや、色々教えながらやってたから、俺の部屋でやってただけだよ』


 うちでだいとLAやるときと同じ感じだな、とかは言えないけど。


〈Cecil〉『いいお兄ちゃんしてるねー』

〈Daikon〉『亜衣菜さんは、お兄さんとは仲良いの?』

〈Cecil〉『仲良しだよー。でもりんりんたちほどべったりではないけど』

〈Zero〉『いや、誰がべったりだ誰が!』

〈Cecil〉『いや、だってお風呂くらい一人で行けるでしょw』

〈Cecil〉『お風呂つれてくって、どんな状況よw』 

〈Daikon〉『たしかに』


 ノーコメントでお願いします。


〈Zero〉『じゃあ、もう23時回ったし俺らもそろそろ解散するかね』

〈Daikon〉『あ、そうね。いい時間だもんね』

〈Cecil〉『えー、もうバイバイなのー?』

〈Zero〉『廃人と一緒にすんな廃人と』

〈Cecil〉『あ、なにをー』

〈Daikon〉『でも亜衣菜さんと遊べて楽しかったよ』

〈Daikon〉『また遊ぼうね』

〈Cecil〉『え、ほんと?』

〈Cecil〉『うん!あそぼ!』

〈Cecil〉『23日楽しみにしてるね!』


 おいおいどっちが年上だよとか思う会話に、俺は思わず苦笑い。

 でも23日かぁ……二人が会う頃、亜衣菜はどんな状況になってるのだろうか?


 ……ちょっと怖い。

 でも、ちゃんと言わなきゃ、な。


〈Zero〉『じゃ、おつかれー』

〈Cecil〉『まったねー』

〈Daikon〉『おやすみなさい』


 それぞれがホームタウンに転移したところで、パーティを解散させる。


 いやぁ、今カノと元カノと同じパーティとか、やっぱ心臓に悪いわ。

 疲れたなー……。


 と、ひと段落したところで。


Prrrr.Prrrr.


 ん? 誰だ?


 不意に鳴りだす俺のスマホ。

 あ、だいからだ。なんだろ?


「どーした?」

『え、別に大した用があるわけじゃないけど……』

「ん?」

『妹さんいないなら、電話できるかなって……』


 おいおい、可愛いかよ。

 電話越しのだいは、若干ツンツンした感じもあるが、けっこう甘えた声になっていたように思えた。

 あれか、声が聞きたかっただけってやつか!


『23日、どういうことだと思う?』


 あ、本題はこれですよね。

 甘えたいのかなと思った矢先、全然そうでもなかったというね。

 

 うーん、しかし23日の件は、俺にも分からんのだよな……。


『ゼロやんには、予定あるって言ってたのよね?』

「うん。だから昼って約束にしたんだけど」

『もしかして、元々私を誘おうとしてたとか?』

「いやー、流石にだいがOK出す前提で予定あるって言うかね?」

『そう、だよね……』

「しっかし、お前らいつの間に仲良くなってんの?」

『前に言ったでしょ。ちょくちょく連絡は取ってるって』

「なんの話してんだよ?」

『それは秘密』


 うーむ、ちょくちょくってどれくらいだ?

 というか、俺と付き合ってからも連絡取ってんのかな……。


『とりあえず、お昼にはちゃんと話してあげてね』

「おう、任せろ」

『でも、おうちで二人きりだからって変なことしちゃダメよ?』

「しねーよ。するわけねーだろ。俺にはだいがいるんだし」

『ふぅん?』


 心配されたというか、釘を刺されたのは若干あれだけど、俺の返事にだいのご機嫌メーターが上昇した気がした。


「俺が好きなのはお前だから」

『むぅ……そんなこと言われると、会いたくなるじゃない』

「うん、でももうちょっと我慢してな」

『……わかってるけどさ……』


 寂しがるようなだいの声は、恐ろしいほどに可愛くて。


 それは俺の好きな声で、ずっとそばにいてほしい声に他ならない。


 うん、やっぱり俺が好きなのはこいつ。

 亜衣菜の好意は分かるけど、やはりそれに応えることはできないんだ。


 そりゃね、昔のことを思い出せば亜衣菜との楽しかった記憶はたくさんある。

 それは俺にとって特別なもので、確かな記憶だけど。

 

 もう、過去でしかないから。


 今の俺は、だいと一緒に歩んでいきたいって、思ってるから。


 伝えたら、あいつ、泣いたりするのかな……。

 でも、しょうがない。

 二人ともを選ぼうなんてことは、誰の幸せにも繋がらない。


 二つの道は歩けない。

 天秤が掲げた方を、選ぶことはできない。


 泣かれてしまったとしても、その涙を俺は越えていく。

 それしかないんだ。


 せっかくだいが仲良くなったみたいだけど、もう一緒に笑えなくなるかもしれない。

 関われなくなるかもしれない。


 でも、しょうがないから。


 俺がそうするって決めたんだから。

 亜衣菜には違う幸せを、いつか俺じゃない誰かと見つけてほしい、そう思う。


『好きだよ』

「うん、俺も」

『うん、じゃあそろそろ寝るね』

「おう、おやすみ」

『うん、おやすみなさい。明日もゆっくり過ごしてね』

「ん、ありがとな」

 

 だいとの通話が終了したあとも胸に残る、幸せな気持ち。

 この気持ちが、一番大切なものなんだよな。


 23日、亜衣菜が何を思うのかは分からないけど、俺は俺にできることをするまでだ。


「お兄ちゃん、お風呂あがったから次入っていいよ~」

「ん、わかった」


 そんなことを考えていると、廊下から聞こえた妹の声。

 すっかり眠気は取れてそうな気はしたが、流石にもう俺の部屋には来ないようで。


 自分と真実のPCでそれぞれログアウト・シャットダウンをしてから、俺は久々の実家の風呂へと向かい、のんびりと風呂に浸かりながら、23日の脳内シミュレーションを行うのだった。




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以下作者の声です。

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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。現在は〈Airi〉と〈Shizuru〉のシリーズが完結しています。

 え、誰?と思った方はぜひご覧ください!

 

 3本目こつこつ進行中です。

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