第155話 Let’s Go 温泉

 ゆめのスマホから聞こえてくる会話が途絶え、俺たちのいる室内を、静寂が包む。

 何だこの結末は? 誰もがそう思っただろう。


 そんな空気の中。


「ぷっ……あーはっはっはっはっは!!」


 響き渡る、ぴょんの爆笑。

 いいなお前は笑えて!!


 いつも通りのぽーっとしたゆきむらは別として、俺とゆめは茫然とお互い俯くしかできず。

 ちょっともう、俺あーすと普通に話せないかもしれません。


「どっちもいけるって、あーすさんは男女ともに恋愛対象っていうことですか?」

「そーだな! あーすも争奪戦メンバーかもな!」

「な、なんと……」

「変なこと言うな!」


 何故あーすはあんなことを言ったのか。

 だいならカミングアウトしても平気だと思ったのか!?

 そんなわけねーだろ!!

 

 いや、マジでこれ聞かなきゃよかった……。いや、でも聞いてなきゃ聞いてないで、危険……!?

 だがこの話をだいから聞かされるのも、だいに言わせるのもつらい……!


 正解なかったやつじゃん!!


田村大和>北条倫『我、帰還せり。もう入っても大丈夫か?』20:27


 そんなタイミングで届いた大和からの通知を、俺は俯いたまま確認。


「大和たち、戻ったって……」

「ゼロやん」

「ん?」


 力ない俺の言葉に、間髪入れずぱっとゆめの顔が上がった。


「せんかんにあーすを任せよ!」

「……!! ゆめ、天才か!?」


 そしてその名案すぎる名案に、俺も顔を上げる。


 そうだよな! あーすがいいって思ってるんだもんな!

 大和は誰とでも仲良くできるし、仲良くしたがる奴だから、それがいいよな!


 頷き合う俺とゆめ。


北条倫>田村大和『終わった! 早く来て!』20:28


「ただいま……」


 そしてそこに、感情を失ったような表情のだいが帰還。


「おかえりなさい」

「いやー……見事な初恋の終わりだったな!」

「ふっ……そうね」


 部屋の中央部にあるテーブル付近に集まってる俺たちのそばにぐったりと座り込んだだいは、まるで真っ白に燃え尽きたよう。

 だが口元だけは自嘲的な笑みを浮かべていた。

 もちろん、目は笑っていないというか、死んでいる。

 なんというか、消化不良というか、処理しきれない爆弾をもらったわけだもんな。

 おつかれって慰めてあげたい気持ちでいっぱいだが、きっとあーすもまもなく戻ってくるだろうから、もう少し待ってな!


 そして。


「なっちゃん!? あ、よかった、無事戻れたんだねっ。ふらふら歩いてったから、心配したよー」

「う、うん。大丈夫です。ありがとうございます」

「え、なんでさっきから敬語なのーっ!?」


 感情のない敬語で返すだいに、あーすは意味が分からないというようにショックを受けてる様子。

 ちなみにあーすの登場に、俺とゆめは無意識に座ったまま少し後ずさり。


 いや、さすがにこっそり聞いてたとか、バレるわけにはいかないけど、いや、でも無理です! 表情作るだけで限界です。

 いやね、LGBTとか否定はしないけどさ! そういう人がいてもいいと思うけど、俺はノーマルだから! ごめんなさい!


「たっだいま~~!」

「戻ったぜー!」


 そこに現る笑顔のジャックと救世主大和。

 しかも大和は片手に袋を持ちつつも、何も知らずに空いた片腕ではドア付近にいたあーすと肩を組んだり、ほんとお前は天才だな!


 その大和の行動に、あーすが一瞬嬉しそうな顔をしたのは、大和には黙っておこう。


「おかえりっ。買い出しありがとねっ」

「おう。とりあえず冷蔵庫で全部冷やそうぜっ!」

「お預かりしますね」

「お風呂あがったら、飲も~~」

「おう、そうしようぜー!」

「温泉楽しみだねっ」


 何も知らない大和とジャックのハイテンションに合わせられるのは、ぴょんとあーすのみ。

 さっきの話を聞いてしまった分、あーすは何を楽しみにしているんですかね、そんなことを思ってしまう。

 ちなみに大和からアルコールの入った袋を預かったゆきむらは、律儀に冷蔵庫へ缶ビールやら缶チューハイを冷蔵庫に移動中。真面目か!


「じゃ、22時にまたこの部屋集合で~」

「おっけい!」

「またあとでねーっ」


 さっさとあーすを追い出したかったのか、ゆめは表面上平静を装ってこの場を仕切った。

 その指示通りに、肩を組んだまま大和はあーすと先に部屋に戻って行く。

 だが俺はすぐに戻る気にもなれず、しばしその場に座ったまま、動けなかった。


 あーすの話を聞いてなかったら、普通に大和とあーす仲良いなで終われたのにな!


「ねぇゼロやん、お風呂あがったら少しお話しましょ?」

「お、おう。とりあえずおつかれ」

「うん……ありがと」


 俺のそばに座っていただいは、俺の目をみることもなくそう告げてきた。

 その言葉を受け入れつつ、なんとか精一杯の慰めをする俺。


 何はともあれ、結果だけ見れば、俺は変わらずだいと付き合っていけるってことなんだが……。

 なんだろう、この虚無感は。


 覚悟とか色々思うところがあった分、まさかの結末に脱力感が凄まじい。


 今日はたくさん、あいつの話聞いてやろう。


 そんなことを思いつつ、俺も力ない足取りで、温泉に入る準備のため、部屋に戻るのだった。


 あ、これからはあーすには気を遣って優しくしよう、そうしよう。

 そんな決意は、大和には秘密だぞ?





「いやぁ~極楽じゃ~」

「温泉っていいよねー」

「だなー」


 少し遅れて部屋に戻った俺だったが、部屋では二人が待っていてくれたようで、温泉には3人一緒にやってきた。

 脱衣所で脱ぐ時とか、あーすに見られてる気がしてちょっと何とも言えない気持ちになったが、さっきのだいとの会話聞いてたんだよとか言えるわけもなく、なるべく平静を装って今に至る。


 そして身体を洗って、現在は屋外露天風呂に3人で浸かってる状態ね。

 大和、あーすの順番に中に入ったので、俺はしれっと大和の隣をキープだぜ。


 ちなみに内風呂には他の宿泊客もいるみたいだが、幸い露天風呂は俺らだけなので気兼ねなく会話できてラッキー。


「買い出し待ってる間、またトランプしてたのか?」


 そんなまったり湯舟に浸かる中、何も知らないていで話題を切り出した大和。

 だいとあーすが話してたのは知ってるくせに、ほんとに何も知らなそうな感じ、うまいなー。


「あ、僕はなっちゃんとお話させてもらったよー」

「俺らは何だかんだだべってただけだったな」


 あーすの言葉は真実で、俺の言葉は半分以上嘘だけど。でもまぁ、二人の会話にちょいちょい反応してたし、完全な嘘ではない。うん。


「お、だい話してくれたのか」

「うんー。でもなんか、ちょっとまた変になっちゃったけど」

「何話したんだー?」


 状況を察しているはずの大和がうまくあーすを誘導していく。

 何も知らないあーすに、小さな罪悪感を抱きつつも、この会話の流れを見守る俺。


「んーとね、なっちゃんからの今日の謝罪と、思い出話かなー」


 あーすの返しも見事。たしかに間違ってない。


「ほうほう。結局だいは何だったんだ?」

「んー、僕に嫌われてるって思ってたみたい。ゼロやんには話したけど、僕昔なっちゃんのこと好きだったから、そんなことなかったのにさー」

「え、そんなすれ違いあるのか? あ、あれか。好きだったからいじめちゃったとか、そういうやつか?」


 そしてここからは大和の知らない話題だからか、大和は興味津々という表情で、ぐいぐいとあーすに尋ねだす。

 余計なこと言ってもあれだからね。俺はゆっくり浸かりながら、話だけ聞いとこっと。


「んー、いじめようとしたわけじゃないけど、直接じゃないにせよ、僕ひどいこと言っちゃったことがあったからさ。そのせいみたい」

「ほー。まぁ思春期真っ盛りの中学生じゃな。そういうこともあるか」


 だいに対して気を遣ってるのだろうあーすは、ゆっくりと言葉を選びながら大和に答えていく。でもあれか。だいがあーすのこと好きだったとか言わないのは、俺への配慮でもあるんだろうな。

 やっぱり悪い奴では、ないんだよなぁ……変な奴だけど。


「で、誤解は解けたのかー?」

「いやー、なんか逆効果? 急に敬語になっちゃったよー」

「え、そりゃまたなんで?」

「さっぱり! ねぇねぇゼロやん、あとでなっちゃんから話聞いてよー」

「え、あ、ああ。分かった」


 さっぱり! じゃねえだろ、おい!!

 その困り顔やめろ! もう少し苦笑いとかにしてくれ!


「俺はてっきりだいがあーすのこと昔好きとかで、今彼といる時に昔の想い人が現れて困惑したのかと思ってたぜ!」


 こ、こいつ!?

 わざと言ってやがるな!?

 ジャックから聞いてお互いが好き同士だったという話は知っていたな!?


 俺にそう思わせるほどに、大和の表情は楽しそうだった。


「いやいや~、僕じゃゼロやんに勝てないよ~」

「いやー、倫よりあーすの方がイケメンだろ」

「おい」

「いやぁ、そうだとしてもなっちゃんのあの自然な感じ引き出したのは、ゼロやんだからね~」


 自分であーすの方が各段にイケメンだとは自覚しているが、しれっとあーすから「そうだとしても」と言われると何か釈然としない。

 ……というか大和め、おのれ……。


「ドロドロの三角関係とかにならないのか~?」

「そんなのならないよ~。二人はお似合いだしね!」

「じゃあ、倫は安泰か。よかったな!」

「はいはい……」


 話の流れと、俺の様子から察せてたくせによく言うぜこいつ。

 そしてよかったなと言いつつ俺と肩を組んでくる大和。


 やめい。俺は男と裸でくっつく趣味はないわい!


 まぁでも、結果論で言えば安泰という言葉で間違ってはないんだけど……。


 ん?


 大和の腕から逃れようと動いている俺は気づいてしまった。


 俺と大和を、ちょっと羨まし気に見ているあーすの視線に、俺は気づいてしまったのだった。




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以下作者の声です。

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 前話にはたくさんのコメントありがとうございました。笑

 

 ついにレビューも300人超えの方からいただけ感謝です!

 やはりコメントやレビューがいただけると嬉しいです!

 これからもお待ちしております!


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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。現在は〈Airi〉と〈Shizuru〉のシリーズが完結しています。

 え、誰?と思った方はぜひご覧ください!

 

 3本目、こつこつ……。

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