第154話 信じたくない結末

『えっ? あ……え? ああ! なっちゃん、聞いてたの……?』


 だいの問いに対し、少し間を置いてから慌てたようなあーすの声が届く。

 これは、どういう感情なんだろうか?

 表情が見えない分、変な想像が膨らむ。


『う、うん。聞こえちゃったから、聞いてた、よ』


 それに対し、さらにだいの声が緊張を帯びる。

 というか、自分のこと嫌い? って聞くのとか、普通にやだよな。

 頑張れだい!


『うわっ、マジかっ』


 だが、思いのほか続いたあーすの声は、暗くなかった。

 ぴょんとゆめも、僅かに眉をひそめていた。


『うーん、あれはさー、なんていうか、みんなが僕に告れ告れって言うからさ、ちょっと嘘ついただけっていうか』

『え?』


 嘘、か。


「ふむ……」

「なるほどね~……」

「嘘は、よくないですよね」


 神妙な顔をする女性陣。

 でもゆきむら、君はちょっと黙っててね。


『だってさ、僕大阪行くの決まってたんだよ? 大阪と千葉なんて、簡単に行ける距離じゃないし、遠距離恋愛なんてさ、できるわけないじゃん?』


 嘘の言い訳、というと言い方が悪いが、あーすの弁解が続く。

 まぁ、中学生の頃の遠距離とか、いつまた会えるかも分からない相手と恋をし続けるなんて、子どもじゃ厳しいよな。

 大人だって難しいってのに。


『う、うん。そうだね』

『だからさ、僕はなっちゃんのこと好きだったけど、何も言わずに行こうって決めてたんだ』

『え?』


 っ!!

 さらっと告げたあーすの「好きだった」発言に、今俺はどんな表情になってるだろうか。


 俺の心中を察したのか、そっとゆきむらが俺の拳に手を重ね、頷いてくれた。


『す、好きだった?』


 だいの声には緊張と驚き。

 そりゃそうだよな。俺はあーすから聞いてたからなんとか声を抑えられたけど、だいからすれば、自分の考えと真逆の言葉だもんな。

 今あいつは相当混乱しているだろう。


 くそ、二人のところに行きたくてしょうがない……!


『え、そうだよ? あれ? もしかして、気付いてなかったの!?』

『う、うん……全然』


 だが、そんなだいの様子にあーすも驚いた様子。


「だいらしいね~……」

「この反応、あーすも分かりやすかったんだろうなー」


 小さな声で少し呆れるゆめとぴょん。

 まぁ、だいは大概だからな……と俺も苦笑い。


 でもやっぱ、ほんとに昔は好き合ってたのかと思うと、ちょっと複雑だな。


『うわ、マジかー……僕は、なっちゃんが僕のこと好きだろうなーって思ってたよ?』

『え、嘘……』


 そして逆にあーすから尋ねられただいは、きっと絶句。

 しかしあいつめ、そんなアピールしてたのか……?


『なっちゃん分かりやすかったからね? みんなに対して呼び捨てなのに、僕のことだけくん付けだったし』

『え、あ、そう、だっけ?』

『うん。しかも僕と話す時、なっちゃん声高くなってたし』


 そう言ってあーすが笑った。だいは、困惑するように「え?」を繰り返してるけど。


 しかしそんな露骨だったんかい!!

 俺に対しては全然そんな感じなかったやないかい!!

 ……これが、だいの性格ビフォーアフターか!


 さすがにこのあーすの言葉に女性陣も意外そう……ではなさそうな?

 あれ?


「昔から分かりやすいやつかー」

「だね~」


 え、なんでですか?


『は、恥ずかしい……』

『だからさ、知ってたからこそ、あの時僕はみんなにああ言って、それを伝えてもらって、嫌われようと思ったんだ』

『え?』

『いつ会えるか分かんない恋愛したって、なっちゃんを縛るだけじゃん』


 ほお……。


「なるほどねー……」

「気持ち分からなくはないね~」

「好きを抑えるのは、難しい気がしますけど……」

「難しいけど、あーすは頑張ったんだね~」


 落ち着いたトーンで言い放たれたあーすの言葉に、女性陣が少し見直した、というような表情を浮かべていた。

 ゆきむらの言うことも間違ってないけど、ゆめの言う通り、その時のあーすは、つらかったろうな。


『う、うん……そう、なんだ』


 そんなあーすの言葉を聞いたからこそ、だいの声のトーンが少し落ちた。

 これはこれで、ショックだよな。

 うーん、やっぱり、あーすのこと、まだ好きって想いあるのかな……。


『うん、だから嫌われようと思って、ああ言ったんだ、ごめんね』

『ううん』

『でも、今なっちゃんに言われるまでそんなこと言ったの、完全に忘れてたんだけどね。ごめんね。今日会った時最初はそんなこと忘れて、ただただテンション上がっちゃったけど、言われたほうはつらかったよね。嘘でもあんなひどいこと言ってごめんね』


 謝るあーすの言葉に、複雑な思いが募る。

 この言葉を聞いて、だいはどう思うだろうか?


田村大和>北条倫『買い出し完了。今から宿に戻る。ちなみに話はジャックから聞いた。あとで詳細報告よろ』20:15


 っと、俺が緊張していると、ブブッとポケットの中が震えた。

 通知を確認すれば、大和からの返信。

 そうか、大和もジャックもこの展開を知ってるのか。

 知っててなお、自然を装うためジャックは買い出しに行ってくれてるとか、ありがたいな。


『それじゃあね、あの態度は納得だよ。僕、嫌われようとして、嫌われてたんだもんね』

『嫌いになってた、わけじゃないけど……』

『でも、やっと言えるね』

『え?』


 今、あーすはどんな表情だったのだろうか。

 だいの声が、わずかに上擦った、ような気がした。


『僕、昔は君のことが好きでした』


「おお……」

「いったね~……」

「争奪戦、ですね……」


 そうならないことを願うばかりだが、やはり自分の彼女相手に違う男が告白するという状況は、くるものがあった。

 胸が苦しいというか、落ち着かなくてしょうがない。


 だいの答え次第では、戻ってきただいの表情次第では、俺は、あーすにだいの隣を譲ることになる、のか。

 ……あいつが望むなら、しょうがないけどさ。


『え、あ、ありがと……』


 答えただいの声は、嬉しさと戸惑いがあるような、そんな声に聞こえた気がした。

 その声に何か思うところがあったのか、ぴょんが俺の方に苦笑いを浮かべてくる。


「でもさ~」

「ん?」

「昔から、ならまだしも、昔は、って、わざわざ言う~?」

「え?」

「あ」

「たしかに」


 一人冷静なゆめがそのフレーズに気づく。

 たしかに、改めて告白するなら、付ける必要はない言葉、だよな?

 今のフレーズに込められた意味とは?


 え、この会話どうなるんだ!?


『でもさ、なっちゃん変わっちゃったねー』

『え?』


 ん?

 

 さっきまでのトーンとは打って変わって、あーすの声が弾む。

 たぶん、半分笑いながら言っているような……?


 え? どういう展開?

 

 この流れに、ゆめとぴょんも不思議そうな顔に変わっていた。


『あの頃はもっとこう、お姫様というか、みんなを振り回す子だったのに』

『あ、うん、そうだったよね……恥ずかしい』

『ううん、僕そんななっちゃんが好きだったんだよー?』

『え?』


 え?


「んー?」

「お~?」

「むむ?」


それは、“今の”なっちゃんじゃないってこと、か?

言葉だけだと判断がつかないが、何か、何か変な感じがした。


『え、どしたの?』

『え、だって、え?』

『ああ、僕が他の男子に言ったの、僕がなっちゃんの好きだったところだよ?』

『は?』


 ……ん?


「おい?」

「え~……」

「言ったのは悪口、でしたよね……」


 まさかの言葉に、この会話を聞く俺たちも唖然茫然。

 これを目の前で聞かされただいは、どんな表情なんだろうか……?


『僕さー、ちょっとみんな理解してくれないけど、振り回されるのが好きっていうか』


 ん?


『え、え、え?』

『ワガママで自己中な子にあれこれ言われたいんだよねっ』

『はい?』

『ちょっとM気質っていうのかなー』


 えええええええええええええ!?

 何ですって!?!?!?


 え!? 今、そのカミングアウト!?


「マジかよ……」

「これ、だいに言うこと~?」

「Mって何ですか?」

「後で教えてあげるからなー」


 まさかのあーすの言葉に俺はツッコミもままならず。

 え? あれ? 何この展開?

 あれ、俺の覚悟は? あれ?

 だいの覚悟は? え?


 しかし、あーすの声は相変わらず楽しそうなまま。

 昔好きだった人から、これ目の前で聞かされるだいの気持ちやいかに……。


『そういう点では、ゆめちゃんなんかすごいタイプだったんだよ! いきなり腕組まれた時はドキッとしちゃったなー』


「ひっ」


 あーすの言葉に、ゆめの顔が引きつる。そんなゆめの顔、初めて見ました。

 いや、たしかにこの流れで言われたらな! やだよな!

 何あのイケメン!?


『え、あ、はい』

『ぴょんもいいけど、ああ見えてぴょんってちょっとみんなに気を遣うタイプっぽかったし。あ、でもぐいって肩組んでくるせんかんとか、ズバズバ言ってくるゼロやんも素敵だったなー』

『……え?』


「は?」

「何こいつ……」

「ゼロさん、モテモテですね」


 空気が、凍った。

 既に引いた表情のゆめは、もはや絶句状態。


 っていうか……

 いやいやいやいやいや!?

 何言ってんのこいつ!?


 え、何!? そっち系!?


『ほら、愛に性別って関係ないじゃん?』

『あ、はい』


 返すだいの言葉から、感情が消えた。

 さっきまではきっと多少胸が高鳴っていたのかもしれないだろうが、これを言われては、もはや影も形もあるまい。


 無論俺も、背筋に何か寒いものを感じる。


『僕、どっちもいけるから!』

『そ、そうなんですね』

『え、敬語!?』

『ううん、なんでもないです』

『いや、なっちゃん敬語!?』

『いえ、ありがとうございました』

『え、あれ!? なっちゃん!?』


 そしてそこで会話は途絶え、だいが通話を切ったのか、ゆめのスマホの通話状態が終わった。


 こんな結末、誰が予想しただろうか?

 だいの心中やいかに……。





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以下作者の声です。

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 タイトル詐欺みたいになりましたかね……!


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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。現在は〈Airi〉と〈Shizuru〉のシリーズが完結しています。

 え、誰?と思った方はぜひご覧ください!

 

 3本目、ちょっと執筆が滞り中……少しずつ……。

 しかし多忙期突入……なかなか……。

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