第145話 油断大敵

「おせーぞー」

「ごめんごめん」


 先に車に到着していたぴょんたちに追いついた俺が車のロックを解除すると、ぴょんは何も言わずに最後列にだいとともに座った。

 2列目にはジャックとゆめが座り、余った助手席にゆきむらが座る。

 ただこの時ばかりはゆきむらも心配そうに、後方のだいの様子を伺っていた。


 あまり大きな声で話していないせいで、ぴょんとだいが何を話しているのか聞き取れなくてもどかしい。


 何とか聞き取れないものかと思っていると。


田村大和>北条倫『こっち駐車場でたぞー』12:31

田村大和>北条倫『あと、あーすに倫とだいの関係聞かれたから、直接聞けって言っといたけど、伝えてもいいか?』12:32


 スマホの振動とともにやってくる大和からの連絡。

 俺とだいの関係か……別に言ってもいいけど、リダたちには直接報告したいしな。


北条倫>田村大和『こっちももう出る。俺とだいのことは、俺から言うよ。ありがとな』12:33


 送信、と。

 そしてやっぱりどうしても何を話してるかは、いまいち聞こえない。

 しょうがないか。


「向かう場所教えてもらっていいか?」

「あー、ちょっと待って。……ほい、ここだって」


 俺の言葉に反応したぴょんが、自分のスマホをジャックに渡し、ジャックがそれをゆきむらに渡す。

 その住所を、ゆきむらがナビへ入力。


「すぐそこなんですね」

「そうみたいだな」


 シートベルトを締めつつ、行先も分かったところで俺も運転を開始。

 正直後方の会話が気になってしょうがないけど、珍しくぴょんも小声だからもやもやしてしょうがない。


 時折「なるほどー」なんて聞こえてくるもんだから、余計に、ね。


「駐車場を出たらロータリーをぐるっとして、大通りを真っすぐみたいですね」

「あ、地図は読めるんだ?」

「……馬鹿にしてます?」

「え、あ、ご、ごめん」


 ゆきむらの的確なナビにちょっと驚きつつ、少しだけむっとした表情をみせたゆきむらに謝る俺。

 でもその姿に、不思議とちょっとだけ落ち着いた。


 とりあえず今俺に出来るのは、運転することだからな。

 今はだいのことはぴょんに任せよう。なんだかんだ、ぴょんには今までも世話になってるし、ほんと頼りになる存在だよ。


 事故ったりしたら洒落にならないし、俺は無理やりに気持ちを切り替えて、ナビが示す場所へと向かうのだった。




 目的地にはほんとすぐ到着した。

 そこはどう見てもペンギンがマスコットの某大型ディスカウントストアだったけど、ほんとにここでいいのか?


田村大和>北条倫『地下だって。来れば分かる!』12:38


 駐車場に車を止め終えた俺が疑問に思ってると、まるで俺の疑問を読んでいたかのような通知が来ていた。


北条倫>田村大和『りょーかい。車止めたから、今から向かうわ』12:41


 ぱぱっと大和に返信し、俺はシートベルトを外す。


「ここの地下だってさ」

「りょ~~か~~い」

「だい、いける~?」

「うん、大丈夫よ」

「とりあえず、もう何年も経ってんだ。堂々としてこーぜー」

「うん、ありがとね」


 俺の言葉に、後方に座る女性陣もシートベルトを外し降車の準備をする。

 しかしぴょんの言葉は、どういう意味だろうか?

 知りたい……。


「しかし、どうしたんだお前?」


 全員が車を降りたのを確認し、俺はだいの方へ近づいて声をかけた。


「え、ええとね……」

「あー、とりあえずその話は後にしよーぜ。宿着いてからゆっくりのがよさそーだ」

「え?」


 何となく答えづらそうな感じを出しつつも、何かを言おうとしてくれただいの言葉をぴょんが遮る。

 俺はちょっと釈然としないんだけど。


「わたしたち、嫁キングから子育ての話とか聞きたいから、ご飯の時は男子女子で分かれよ~」

「そだね~~、嫁キングもずっといれるわけじゃないし、そうしたいかも~~」


 ゆめもジャックも、俺とだいが話をする間を与えてくれない。

 男子とか女子とかって呼び方どうなのって、この時はツッコむ余裕もなかったな。


「いいかゼロやん? お前はリダからどうやってプロポーズしたのか、ちゃんと聞いとくんだぞー?」

「プッ、プロポーズ!? いや、それより――」

「はいはい、じゃあ、いこ~」

「とりあえず今は、だいのために切り替えてね~~」

「うおっ!?」


 一方的に俺の話を遮るように、俺の腕を取ったゆめが俺を引っ張り出す。

 いや、だい彼女の前でそれはおかしくない!?


「だいのためだからね~。とりあえず今はわたしたちに任せて、ゼロやんはあーすの相手もよろしく~」

「あーす? やっぱだいとあーす何かあるんじゃ――」

「いいから今は言うこと聞けよ?」

「っ!!」


 俺と腕を組んで最前列を進むゆめの、本性現る。

 その言葉は俺しか聞こえないほど小さかったが、戦慄を覚えるほどのゆめの笑顔に、俺は言葉を失った。


 さっきのぴょんの言った「プロポーズ」という単語も合わさり、ゆめの声により俺のトラウマが甦る。

 冷や汗が止まらない。


 ああ、思い出したくないぜ……。


 ちらっと振り返れば、俺らより3メートルほど後方ではゆきむらが何やらだいと話していたが、ゆきむらには話せて俺には教えてくんないって、どういうことですか!?


 これじゃ、せっかく楽しい気分で宇都宮に来たのに、楽しめるもんも楽しめんぞ……。


 そんな俺の内心を推し量ってくれる者もなく。

 ちらちらと未練がましく振り返る俺と目があっただいは俺に何も言わず、ただただごめんねと言わんばかりに強張こわばった笑みを返すばかり。


 何がなんだか分からずに、もやもやが増え続ける中、俺はゆめに引っ張られてリダたちが待つであろう、店内の地下へと向かうのだった。




「おー、色んな店舗が出店してんのか、すげーなー」

「でしょっ? それぞれ本店に行くとすごい並ぶことになっちゃって10人で入るのなんてまず不可能だけど、ここならまとまって席も取れるかなってっ」


 大和からの連絡もありリダたちと合流場所となったのは、店内の地下の、ぴょんの言う通り聞いたことあるような餃子の名店たちがたくさん出店するフードコートだった。

 男4人と女6人+仁くんに分かれて席を確保した俺たちだが、既に餃子の食欲を誘う匂いが立ち込め、正直食事の気分でもないんだけど、いやおうでも空腹を感じさせてくる。

 うーん、餃子マジック。


「ドライバーはアルコール禁止だからなー」

「くっ、ひどい……!」

「まー、しょうがない! とりあえず男チームは食うに専念しようぜ!」


 隣のテーブルのぴょんの言葉に大和が嘆くが、それをリダがさらっとフォロー。

 俺もちょっと残念と思いつつも、それ以上にさっきからあーすがずっとだいの方を見ようとしているのが気になってしょうがなかった。


 ほんと、なんなんだこいつは……?


 イケメンすぎるその姿に、店内の女性たちも時折あーすに視線を送っているようで、ギルド内ではネカマのいじられキャラなんですよとアピールしたい衝動に駆られてくる。

 いや、やんないけどさ。


 ちなみにだいは、俺の前にいるあーすとは反対側に位置する場所にいて、嫁キングとぴょんとゆめが囲むようなポジションにいる。

 そして俺たちのテーブル側に座るジャックとゆきむらが嫁キングから仁くんを抱っこさせてもらったりしている状態。


 図にすると

あ・リ  ジ・嫁・だ

俺・大  ゆ・夢・ぴ

 の状態。

(※あ:あーす、リ:リダ、ジ:ジャック、嫁:嫁キング、だ:だい、大:大和、ゆ:ゆきむら・夢:ゆめ、ぴ:ぴょん)

 

 自然な流れで男性陣はだいと離れるポジションになってるけど、やっぱりなんか、ちょっと寂しい。


「じゃ、女性陣は嫁キングの話聞きたいって言ってたし、俺らは男同士、誰が一番食えるか勝負しようぜ!」

「おっ!? 宇都宮男児に餃子勝負を挑むというか!?」

「ふっふっふ、水泳上がりの胃袋、舐めると怪我するぜ!? あーすも本気出してかかってこいよ!?」

「えっ? あ、いや~……僕そんな食べれないよ……?」

「いいからいいから! とりあえず全店舗制覇だ! ほら、倫とあーすはあっち側から全部2人前ずつ買ってきて!」

「いっ!? 全部!? そんな食えるのかよ?」

「せっかく来たんだろ! 食えない後悔より、食う後悔だろ!」

「いや、それ結局後悔してんじゃねえか!」


 仁くんを中心にきゃっきゃしてる空気の女性陣と違って、まさかの学生ノリな雰囲気を出す大和に俺は反射的にツッコむ。

 それを見たあーすが、何故か不思議そうな顔をしていた。その様すらなんか絵になってて、イラっとするのは、なんでだろうか。


「りん?」

「ん? ああ、俺の名前だよ。俺本名は北条倫っていうんだ」

「あ、そうなんだっ! そっか、せんかんはゼロやんと職場一緒なんだっけ?」

「ああ」


 とりあえず大和の指示に従い、俺はあーすと餃子を頼みに動いたけど、うーん、やはりあーすとだいの関係が気になってしまう。

 どうしたものか……って!

 そうじゃん! だいが教えてくれないなら、こいつに聞けばいいんじゃん!


 だいから聞くことばかり考えてた俺だったけど、何故今までこれに気づかなかったのだろうか!

 そうと決めれば、善は急げだ!


「あーすは、だいとどういう関係だったんだ?」

「えっ、あっ、なっちゃん……じゃなくてだいちゃんは、さっきも言ったけど中学校が一緒だったんだ。僕は中2で親の仕事の関係で大阪に引っ越しちゃったから、そこまでなんだけど、中2の頃は同じクラスだったんだよ」

「ほほう。それだけ?」

「えっ? ああ……ええと、うん。それだけ、かな」

「ほんとかー?」


 こいつ、明らかに何か隠しやがった。

 明らかに顔に隠し事してますって書いてるぞ、おい。


「う、うん。ほんとだよ? というか、さっきなっちゃんが調子悪そうだった時、ゼロやん当たり前のように支えてたけど……」


 今度はなっちゃん呼び言い直さないんかい!!

 なんだろ、自分の彼女を俺の知らないあだ名で呼ばれるのは、なんかちょっともやもやするな。

 俺の知らないだいを知られているようで、嫉妬するというか……。


 もういいや、リダと同時に言おうと思ったけど、ここは先手必勝。先に言ってしまえ!


「あー、俺だいと付き合ってるし」

「えっ!? そうなの!? うわー、マジかぁ……」

「おいおい何だよ? あ、まさかお前……?」

「いやいや、そんなことないよ!? 僕がなっちゃんのこと好きだったとか、そんなことないよ!?」


 全力で手を振って否定を示すあーすなんだけど……。


 嘘下手か!!!

 顔真っ赤にして、露骨過ぎんだろ!!!

 残念イケメンか!!!


「まー、だい可愛いもんな」

「うん」


 だが慌てずここは余裕の対応を……って。

 うわ、こいつ即答しやがった!

 もう少しなんか隠すとかないんかい!


 でも、付き合ってたとかは、ないはずだよな。

 だいは誰かと付き合ったの、俺が初めてって言ってたし。

 うん、さすがにそんなことで嘘をつく奴じゃ、ないもんな。


「一目見てすぐわかったよ。昔から可愛かったけど、大人になったなっちゃん、さらに美人さんになってたけど」

「そうな。俺も初めて会った時は、美人すぎてびっくりしたわ」

「ねー。でもそっかぁ……なっちゃん、ゼロやんと付き合ってるのかぁ……」


 そんな露骨に残念そうにすんなよ、おい。


 見た目なら俺よりお前の方がだいの隣似合いそうだなーとか、思わされてんだからな? こっちは。

 譲らないけど。


 でもこれでなんであーすがやたらとだいを気にしている理由は分かった。

 転校して好きだった子と離れて、久々の再会だったからか。

 まぁなんというか、ロマンティックな出来事ではあるよな。テンション上がってもおかしくないだろうし。


 ……リアルで再会する前に実はネナベとネカマとしてMMOの中で出会ってて、そのオフ会で出会うってのはちょっとロマンティック度をガクンと下げてる気はするけど。


 でも、今のを聞いた限り、あーすの事情は、だいの様子には関係ない、かな?

 ってことは、だいがああなったのには、別に理由があるんだろう。

 あーすがだいを好きだった……ってことは……うーん……まさか、ね。


「なっちゃんのこと、幸せにしてあげてね?」


 だいはあーすをどう思ってたのだろうか、俺がそれについて想像し始めると、少し落ち着いたのか、優しそうな顔になったあーすが俺にそう言ってきた。

 その表情に少しだけ、すっと俺の溜飲が下がる。

 だいがああなった理由は、後で直接聞くことにしよう。


「おう。任せろ」


 素直に人の幸せを願って口にできるとか、思ったよりいい奴、かな。

 ゆきむらと違って争奪戦じゃー! みたいな空気にはならないみたいで、ちょっと安心。

 というか、この考えが浮かんだ段階で俺の頭も相当やられてんな!


 そんな会話をしつつ、1軒目、2軒目と餃子も購入し、購入した餃子をテーブルに置いてから続けて3軒目へ移動する俺とあーす。

 ちなみにリダが焼ける餃子を目でも楽しめと言ったので、リダは餃子番をやってくれてる。既に何個か減ってた気もするけど、とりあえず気にしないことにしよう。


「あ、ゼロさんもここの餃子を選ばれたんですか?」

「ん? ああ、俺らはとりあえず全部のとこの買おうって話なったから」


 3軒目に並んだ時に、女性陣も餃子を買い始めたのか、ちょうどよくゆきむらも俺たちと同じ店を選んだようで、俺たちの後ろに並んで来ていた。

 しかしゆきむらよ、あーすもいるからね。せめて「ゼロさんたち」って言ってあげてね?


 ちらっと女性陣の座るテーブルを見ると、嫁キングとだいだけが座っているようだった。

 あ、だいが仁くん抱っこしてる。……素敵な光景だなぁ。


 優しい顔で赤ん坊を抱っこするだいの姿に、少し落ち着いた俺は妄想全開。

 だいも女性陣に囲まれ、少し落ち着いたみたいだな。


「全部ですか。それはすごいですね。出来れば一緒に食べたいところですが……お気に入りのが見つかったら、教えてくださいね?」

「はいはい、分かったよ」


 そう言ったゆきむらは、ちょっとだけ嬉しそうな顔をした、気がした。


「え、ゼロやんとゆっきー、仲良さげ?」

「仲良しですよ? 私は争奪戦中でもありますし」

「おぉいっ!?」

「争奪戦?」


 さりげなくゆきむらが俺の腕にタッチ。

 ゆきむら、ややこしくなる話はやめてくれ!!


「え、争奪戦って、何?」

「ゼロさんを巡った戦いです。そう言えば先ほどゆめさんがゼロさんと腕を組んでましたけど……やはりゆめさんも……?」

「いや! 違う! 違うしややこしいこと言わないでっ!」

「むむ?」

「え、でもゼロやんなっちゃんと付き合ってるんじゃ……? え、でもゆめちゃんと腕組んだ……?」


 ゆきむらの言葉に、口元に手を当てて何事か考え出すあーす。

 その姿も様になってるなぁ、とか、いやそんなこと考えてる場合か俺!


 やばい、この流れは、嫌な予感がする!


 考え込むあーすと、小さく首を傾げたゆきむらを前に、俺は表情から余裕を失っていく。


「一夫多妻制思考……?」

「ちげーよ!? え、待ってお前も天然なの!?」


 まさかのあーすの発言に全力でツッコむ俺。

 だが、何故かあーすの表情は少し晴れやかになっていた。


「ゼロやん誠実じゃないなぁ」

「いや、お前言ってることと表情合ってねーから!」

「ゼロさんは優しい人ですけど……」

 

 いい奴宣言前言撤回!

 やばい、これは何というか、やばい。

 爽やかな笑顔を浮かべるイケメンの姿に、俺は嫌な予感が止まらない。


「ゆっきー、お互い頑張ろうねっ!」

「むむ? 頑張りますけど……?」


 あーすのエールを受けたゆきむらは、変わらずぽーっとした顔をしてるけど……。


 頑張らなくていいから!

 君たちは頑張らなくていいからね!?


 こんなことならあーすに色々聞かなきゃよかった!

 そんな後悔を抱えつつ、俺は今後の展開を想像し、頭を悩ませるのだった。





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以下作者の声です。

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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。現在は〈Airi〉と〈Shizuru〉のシリーズが完結しています。

 え、誰?と思った方はぜひご覧ください!

 

 3本目は鋭意準備中です。

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