第144話 初めての感覚

 なっちゃんって誰だ!?

 というか、この声誰だ!?


 飛んできた声は、リダたちの後方、俺たちの正面からだった。


 そこにいたのはサングラスをかけた、黒のスキニーパンツに丈の長い白Tの上にサマーニットを着た、今時っぽい感じの若者。ちょっと毛先で遊んでる感じから、大学生くらいに見えた。

 体格的には俺よりもすらっとした細身で、サングラスで目元は隠れてるけど、笑みを伝える口元だけでも、明らかにイケメンの雰囲気を放っている。


 いや、しかし誰だ!?

 怪訝そうな顔になる俺たちと、少し驚いたようなリダ夫妻。


 その男が、サングラスを取った。


「わっ! イケメンだ~!」

「すごいね~~、芸能人みた~~い……」

「……誰だー?」


 その素顔に、女性陣の声のトーンが上がる。


 しかしただ一人だけ、だいが何故かすり足で半歩ほど下がった。

 その様子に気づいたのは、俺だけだったみたいだけど。


 え、でもなっちゃんって……?


 俺の前に立つ女性陣は右からぴょん、ゆめ、だい、ジャック。それぞれ山村愛理、平澤夢華、里見菜月、池田……じゃなくて久門しずる。

 ちなみに俺の両サイドはゆきむらと大和で、神宮寺優姫と田村大和。

 名前に「な」が入るのは、一人しかない。


「こんなところで会えるなんて思わなかったよ!」


 現れた圧倒的なイケメンは、明らかにテンションが上がっていた。

 男の俺ですらカッコいいと思うほどのイケメン。爽やかって言葉はこいつのためにあるんじゃないかって思うような、爽やかさを称えた笑顔のイケメン。

 そのぱっちりした二重の奥の瞳が向く方向は、おそらく、だいで間違いない。


 気づくと俺は、反射的にだいの前に出ていた。


「誰だ?」

「えっ?」


 だいをかばうように前に出た俺の声に、イケメンが我に返ったようにはっとしたような動きを見せた。

 今までまるでだいしか見えてなかったようだが、俺の声に少し慌てたようにイケメンが全員に視線を配る。

 その動きはまるで慌てる子どものよう。表情にも焦りの色が増えていく。

 でも、その姿すらなんだかドラマから切り抜かれたイケメン俳優みたいで……なんか、ちょっとイラっとした。


「あっ! あっ! ああ! え、うっそ、マジで!?」


 そして何故か突然わたわたと狼狽うろたえだす。


「落ち着けって。どうした?」

「えっ! あ、いや! ! どうしよ!?」

「え?」


 イケメンに苦笑いを浮かべながらリダが声をかけたこと。

 このイケメンがリダのことをリダと呼んだこと。


 その事実に、脳が混乱する。

 たぶん、俺だけじゃなかっただろう。


 まさか、こいつ……!?


「落ち着け。どうしたんだ?」

「えっ?」


 予感こそしたものの、まさかのリダの言葉に真っ先に驚いたのは、俺のすぐ後ろだった。

 その反応に、俺は思わず振り返る。


 だいは、怯えたような、信じられない光景を見たような、顔面蒼白という感じ。

 こいつのこんな顔、初めてだった。


「あーすー!?」

「えっ、うっそ~!? ほんとにあーす~!?」

「いや~~、これはびっくりだよ~~」

「あーすね、みんなにサプライズしたかったんだってっ! でもほんとはゲンが呼んだら来るはずだったんだけど……」


 嫁キングの説明にみんなが「なるほど」となる中、俺は様子のおかしいだいから視線を外せなかった。


「おい、大丈夫か? どうした?」

「う、うん……平気……」

「いや、そんな顔して平気じゃねーだろ」


 せっかくの初対面のところあーすには悪いが、今この場は彼女だいを優先させてもらう。

 あーすに背を向けたまま、俺は両手でだいの肩を支えた。

 大和とゆきむらも、心配そうにだいを見てくれているようだ。


「な、なっちゃん、大丈夫?」


 そんな風に俺がだいの心配をする背後から、またイケメンの、いや、あーすの声がした。

 そしてその声に、だいがびくっと身体を震わせる。


「なっちゃんー?」

「え、あーす、だいと知り合いなの~?」


 ようやくだいの様子に気づいたか、ぴょんとゆめとジャックもこちらへ振り向いた。

 リダ夫婦の表情も、困惑の色を浮かべる。


 全員が、だいの様子を心配する状況。


「え? だい? え、あ、えっ!?」


 一人だけ、あーすだけが何故かやたらとテンパるが……いやお前がテンパってんじゃねーよ!


「とりあえず整理しよう。あーすは、だいと知り合い、なのか?」

「あ、ええと、なっちゃんがだいなんだとしたら、君がゼロやん……?」

「ああ、そうだ。で、知り合いなのか?」


 あーすの方に顔を向けて、この場を仕切るように聞いた俺の声は、たぶんあんまり優しくなかったと思う。

 あーすが現れたことによってだいがおかしくなったのは間違いないだろうから、二人がどういう関係なのかは知らないが、とりあえずまだ信用できなかったから。


 というかこんなイケメンがLA内でネカマやってたとか、嘘だろ……。


「うん、知り合い……よ」

「え?」


 俺の質問に答えたのは、あーすじゃなかった。

 その声に、俺はまただいの方へ振り返る。


「ご、ごめんね、びっくりしすぎちゃったみたい。大丈夫、大丈夫だから」

「大丈夫ですか?」

「うん、ごめんね、心配かけちゃって。ひ、久しぶりだね。大地だいちくん」

「あっ! よかった! 覚えててくれたんだ!」


 ……大地くん?

 え、あーすのこと?

 あ、あーすってそっから来てたのかー……って、え、マジで知り合い!?


 だいの肩は支えたまま首だけ振り返ると、だいに「大地くん」と呼ばれたあーすは、嬉しそうだった。


「いや~、忘れられちゃったのかと思ったよー。改めまして! 僕があーすこと、上村かみむら大地です! なっちゃん……ええと、だいちゃんって言ったほうがいいのかな。だいちゃんとは、中学校の同級生ですっ」

「え?」


 そしてあーすは飛び切りの爽やかな笑顔でそう言って、ぺこりとお辞儀する。

 

 なんだ、知り合いだったのかー。

 そーか、中学校のねー。


 って……

 えええええええええええええ!?!?!?


「うっそ~」

「マジかよ……」

「うわ~~……」

「そんなこと、あるんですか」

「いやー……驚いたな」

「ゼロやんたちの話もLA内で聞いて驚いてたけど、すごいなうちのギルド」

「うんうんっ、奇跡だねっ」


 全員が驚く中、リダ夫婦だけが、まずこの状況を受け入れる。

 俺はまだ、ちょっと脳が追い付いてこない。


 いや連絡も取り合わずに、同じゲームの、同じサーバーの、同じギルドに中学校の同級生がいて、オフ会で再会するってそれどんな確率だよ!?

 奇跡ってもんじゃねえだろ!?


 って……俺が言っても説得力ないかもしれないけど!


「なっちゃん、相変らず可愛いけど、なんか昔とはだいぶイメージ変わったね~」


 変わらず笑顔を浮かべるあーすのその言葉に、だいの肩を支え続ける俺の手が、微かにだいの震えを捉えた。


「だ、大地くんが大阪に転校して、もう10年以上経ってるんだから、少しくらい変わるわよ……?」

「うーん、それにしても――」

「い、いいから! 私の話はいいから!」

「え?」

「ほら、お昼! みんなでお昼にするんでしょ? リダたちの時間もたくさんあるわけじゃないし、移動しましょ?」


 まくしたてるようにしゃべるだい。

 リダ夫婦はまだだいのことをよく知らないからか、不思議そうな顔をしていたけど、既にだいのことを知っていた俺たちは皆、その様子が明らかにおかしいことに気づいていた。


「そーな! あたし腹減ったし、リダさ、行く店決まってんのかー?」


 だが、そんな様子を心配することもなくぴょんがだいの言葉に乗り、話を進める。

 

 いや、あえて言葉に乗ってくれたんだろうな。

 普段のだいから考えれば、今の発言は違和感しかないもんな。


「ん、ああ。色々食べるには都合いいとこがあるからな! 歩いても行けるけど、その後も考えると車で行ったほうがいいな!」


 その流れを察したか、リダがぴょんに答えてくれた。

 嫁キングがスマホを使ってぴょんに行先を示す。


「おっけーおっけー。じゃあ、そっちにあーすも乗れるかー?」

「おう、大丈夫だぞ!」

「じゃあ、こっちからは連絡係としてせんかんを付けるから、うまく使って行先伝達しあおうぜー」

「俺かよ!? いや、別にいいけど」

「よし! じゃあ腹が減っては戦はできぬだ! 行こうぜ!」

「そだね~、ほら、だい行こ~」

「う、うん」


 何となく釈然としないままではあるが、ぴょんが俺からだいを奪い、背中を押すように駐車場へと来た道を戻り始める。

 その両脇を固めるように、ゆめとジャックも続く。


 支える人を失った両手が、少し寂しい。


「じゃあ、倫、またあとでな」

「あ、ああ」


 俺はあーすを見たまま立ち止まってたんだけど、ぴょんたちが移動したので、リダ夫婦も移動を開始するようで、大和が俺に声をかけてくれた。

 俺たちとは違うところに車を止めたのか、進む方向は違うみたい。


 立ち止まったままのあーすは、俺には目もくれず、ぴょんに背中を押されるだいを見ているように見えたが。


「ほら、あーす、行くぞー?」

「あ、うんっ、ええと、せんかんだよね? よろしくねっ」

「おう、よろしくー」


 体格のいい大和に肩を組まれたあーすは、強引にリダ夫婦の後を追う形となっていった。


 その光景を、しばし眺める俺。


「ゼロさんも、行きましょう?」

「え、あ、うん」


 だいとあーすの関係に何か釈然としないものを感じる俺が立ち尽くしているうちに、俺のそばにはもうゆきむらしかいなくなっていた。

 そのゆきむらにシャツの裾を引っ張られ、俺も我に返る。


 既に気づくと、だいたちはけっこう先まで行ってしまっている。


「なんだか、変な空気でしたね」

「あ、ああ」

「だいさんもですけど、ゼロさんも、変な感じでした」

「え?」

「なんか、ちょっと怖かったです」

「そ、そう?」

「はい」


 うーん、何だろうこの感じ……。

 なんというか、落ち着かない。


 あーすはだいとどんな関係なのか。

 あの感じだと、ただの同級生って雰囲気では、なかった……よな。

 うーん……。


 もやもやする!!


 よくわからない感覚と戦いながらも、俺はゆきむらに腕を引かれるまま駐車場へと向かう。

 車のキーは俺が持ってるから、俺が行かないと始まらないしな。


 たぶん既にぴょんが色々聞いてくれてるんだと思うけど、俺も車に戻ったらだいから少し話を聞こう。


 そう決めて、俺は少し早足で、先を行っただいたちを追いかけるのだった。




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以下作者の声です。

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 お待たせしました。様々な憶測もコメントでいただきましたが、当初設計通りのあーすの登場です。


補足

中の人:石神玄一郎いしがみげんいちろう

性別:男

身長:185cm 81kg

年齢:32(7月3日生)

職業:栃木県宇都宮市の小学校教師

居住地:栃木県宇都宮市

キャラクター名:Genげん(プレイ歴約7年)

種族:狼型獣人男

所属ギルド:【Teachers】ギルドリーダー

呼ばれ方:リダ、ゲン

備考:息子は石神仁いしがみじんくん生後8か月。


中の人:石神美香いしがみみか 旧姓沢渡さわたり

性別:女

身長:167cm

年齢:30(10月24日生)

職業:栃木県宇都宮市の小学校教師(現在育休中)

居住地:栃木県宇都宮市

キャラクター名:Soulkingそうるきんぐ(プレイ歴7年1か月・休止期間も有り)

種族:犬型獣人男

呼ばれ方:嫁キング


中の人:上村大地かみむらだいち

性別:男

身長:174cm

年齢:26(11月11日生)

職業:大阪府立高校の世界史教師

居住地:大阪府堺市

キャラクター名:Earthあーす

種族:緑髪ヒューム女 可愛い系

呼ばれ方:あーす

備考:イケメン。中学校の途中まで千葉県在住。だいの元クラスメイト。



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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。現在は〈Airi〉と〈Shizuru〉のシリーズが完結しています。

 え、誰?と思った方はぜひご覧ください!

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