第137話 魔法にかけられて2

 楽しい時間はあっという間に過ぎるのは、何でなんだろうか?

 夏の明るさは19時近くまで粘ってくれたけど、さすがにもう限界のようで、園内は夜の雰囲気へと変わっていた。

 日の光が失われたため、明かりが遠い場所では手を繋いで歩くだいの顔までも薄暗さに帯びている。

 それでも、俺が顔を覗くと「うん?」って聞き返してくれるから可愛いんだけど。


 一通り園内を一周した俺たちは、再びお土産なんかを買ったりするショップが集まったエリアに戻ってきた。

 ちなみにここまで休憩したのは1度だけ。

 はしゃぐだいのテンションに合わせて乗り切ったけど、やっぱ、けっこう疲れたな……!


「お腹空いてないか?」

「あ、そういえば、空いたかも」

「だいがご飯のこと忘れるなんて、よっぽどだな」

「う、うるさいわねっ」

「じゃあ、飯行こうぜ」

「え?」

「ついて来いよ」

「う、うん」


 俺はだいの手を取り、再び時計回りに園内を進んだ。

 出てくるのは、最初に乗った海賊のアトラクションのところ。

 アトラクションの最初で、レストランで食事を楽しむ人々を眺めたけど、今度は俺たちが眺められる番になるのだ。


 キャストのお兄さんに予約の旨を伝え、俺はだいとともにテーブルへの案内を受ける。

 終始だいは驚いた様子だったけど、俺はいたって普通に。スマートに。


「え、予約って、いつの間に?」

「秘密」


 だいの言う通りここは予約制なんだけど、俺は朝のうちにに密かにeチケット購入と同時に予約していたのだ。

 そして見事に作戦通り。

 だいが驚いてくれた。


 ほんとはデート先で何か買ってプレゼントしようとか、昨日の夜に考えてたんだけど、まさかの遊園地デートになって慌てて考え直した結論である。


 我ながら、上手く進められたのではないだろうか?


「もしだいが行きたいレストランあったなら、ごめんな」

「え、ううん! すごい、嬉しい……でも、ちょっとびっくり」

「その顔が見たかったからさ」

「え?」

「これで昨日失った信頼を取り返せるとか思うわけじゃないけど、だいに喜んで欲しかったから、さ」

「う、うん……ありがと。嬉しい」

「どういたしまして」

「というか、私ずっとはしゃいでばっかで、何もしてあげれてないよね。なんか、ごめんね」

「気にすんなよ。俺はそれが一番嬉しかったからさ」

「え?」

「たまには年上彼氏らしいことさせてくれって言ってんの」

「あ……うん、ありがと」


 完全に照れるだい。

 

 いやぁ、作戦大成功ですね。

 汚名返上、いや名誉挽回までいけたと信じたいぜ。


 そんな会話をしてると料理が運ばれてきて、ひとまず俺たちは夕食スタート。


「明日は出勤だよな?」

「あ、うん。明日から新チームで練習再開だし」

「じゃあ、この後パレード見たら、帰ろっか」

「うん、そうだね。あ、でもお土産はちょっと見たいかも」

「そりゃもちろん。いやぁ、夏休みっていいよなぁ」

「うん、そうだね。……私の夏休みの中で、今が一番楽しいかも」

「おいおい、学生と違って俺らは全部休めるわけじゃないぞ?」

「うーん、そうだけど、でもさ」

「うん?」

「好きな人と過ごせる夏休みって、幸せだなって」


 グハッ!


 ちょっと照れながらも、素直な気持ちを伝えてくるだいは可愛すぎた。

 テーブルを挟んで離れてなかったら、もう完全に抱きしめてました。

 この距離感が恨めしい。


「恋人同士って、すごいね」

「ん?」

「昨日ショックだったのも、今楽しいのも、ゼロやんと付き合ってるからでしょ?」

「あー、まぁ、そうだろうな」

「自分でコントロールできないくらいに、気持ちが上がったり下がったりしてる。付き合う前もそういう気持ちはあったけど、その時の比じゃない」

「うん」

「恋愛って、すごいね」

「そーだな。でも、出来るだけ気持ち上がるのが多いといいな」

「それは、そうだね」

「これからもよろしくな」

「うん、こちらこそ」


 不器用なだいの気持ちは、不器用だからこそ真っすぐに届いた。

 だから俺もそれに応える。


 プロポーズとかって、こういう場面でこそやるべきことなんだろうな。

 うん、ほんと昨日のあれは場を回復させる意味もあったけど、最低だったわ。


 運ばれてくるコース料理は、美味しかった。

 料理自体もなんだろうけど、だいと一緒だから、余計そう思ったんだと思う。


 こんな風にずっと過ごしたい、そう俺の心に強く思わせるほどに、その時間は楽しいものだった。




「ごちそうさまでした」

「いえいえ」


 だいが払うと言った会計を頑なに断り、ここは俺が奢った。

 出費としては安くないけど、ほら、俺普段趣味がゲームだけだから、あんましお金使ってこなかったんだよね。

 こんなときのために使うのは、意味があると思うしさ。


「あ、もうパレード始まってるみたいだね」

「お、じゃあ近く行こうぜ」

「うんっ」


 どちらからともなく手を握り、音が聞こえてくる方へ足を運ぶ。

 暑かった気温も、夜の訪れとともに少しずつ下がり、そこまで不快な気温ではない。空はあいにくの曇り空で星や月は見えなかったけど。

 そんな天気だったから、ちょっと湿度感じるかなって、俺が思った時だった。


「あ」

「マジか」


 ぽつりぽつりと、小さく空から水滴が落ちてき始めた。


 しまったあああああ!! 

 ここまでスマートにやってきたつもりだったけど、傘がない!


 そこまで大雨ってほどじゃないけれど、傘はさしたくなる雨に変わるまでに、そこまで時間はかからなかった。


「と、とりあえず、屋根あるとこ移動しようぜ」

「あ、大丈夫よ」

「え?」

「はい」

「え、マジ?」

「だって、天気予報で30%って書いてたし」


 なんとびっくり。だいは自分の鞄から折り畳み傘を取り出してくれた。

 その傘を開き、俺の方に渡す。


 天気予報は俺も確認してたけど、曇り予報の30%なら平気かなって、油断していたようだ……!

 だいの用意のよさに感謝である。


 折り畳み傘のためそこまで大きくないから、俺とだいはほぼ密着する形で、パレードの方へ移動することになった。


「大丈夫? 濡れてないか?」

「うん、平気。それよりゼロやんの方が濡れちゃってない?」

「平気平気」


 パレードが見える位置まで移動し、立ち止まった時にした会話。

 でもお互い平気っていいながらも、さらに距離が近づく。


 でもやっぱ、あれだな。横並びだと濡れるかもしんないし。


「えっ?」


 俺はすっとだいの後ろに回り、右手で傘を持ちつつ、左手でだいの身体を抱き寄せた。

 だいは驚いたように顔を上げてきたけど、真後ろにいる俺からその顔はよく見えず。


 というか見えなくてよかった。

 暗いから周りを気にせずこうしてるけど、やっぱちょっと、恥ずかしいし。


 でも、俺らみたいなカップルは少なくないからか、周囲が俺らを気にすることはなく。

 楽し気なパレードの音楽と光景を、だいを抱きしめたまま楽しむことにする。


 でも、鼓動が早くなってるのがバレませんようにと思ってたから、そこまでパレードに集中できなかったのは、秘密である。




「楽しかったねっ!」

「おう、いい休みだったなー」


 結局パレードを最後まで見ることなく、混み始める前にお土産買っちゃおうとだいが提案してくれたので、俺とだいは二人でショップに向かい、それぞれ職場用のお土産を購入した。

 その買い物の最後に、お揃いの何かが欲しいというだいの提案を受け、俺とだいはプレートを二つ合わせるとハートが現れる、ペアのネックレスを購入した。

 ペアリングとかも考えたけど、さすがにそれは恥ずかしいとなぜかだいに断られた。


 やっぱり指輪あげるなら、もうこれはプロポーズの時ってことなんでしょうか……!


 まぁこの年になってペアのネックレスとか、それはそれで恥ずかしいんだけど、ネックレスなら服の中で隠れるし、だいが喜んでつけてるから、よしとしよう。


 そんなこんなで、21時30分前。

 俺たちは舞浜駅から京葉線に乗り、夢の国から日常へと戻っていくのだった。






 22時45分頃、俺たちはだいの家に到着した。

 帰りの電車は二人揃って爆睡。あやうく阿佐ヶ谷を通りすぎそうになったほど。

 強化魔法が切れた感じって、あんな感じなのかもな。

 

 でもほんと、今日は楽しかったなー。

 だいの楽しそうな顔も見れたし、写真もたくさん撮れたし、いい思い出ができた。

 LAの中で冒険デートばっかの俺らだけど、やっぱたまには外に行くのも悪くないな。

 

「傘ずっと持ってくれてありがとね」

「ん? 大丈夫だよ」


 ちなみに阿佐ヶ谷駅で大きめのビニール傘を買ったので、俺の帰りの心配はないぞ。


「土曜日からずっと一緒にいたから、バイバイするの寂しいね」


 だいの家の玄関で、だいが俺にくっついてきながらそんなことを言ってくれる。

 寂しい、か。

 うん、そうだな。もっといたいって、思ってしまう。


「でも明日からまた頑張らないと」

「うん……」

「明後日はまたご飯行くんだろ?」

「それはもちろん! あ、食べたいものあったら言ってね」

「おう、考えとく」

「ん、明日からも頑張ろうね」

「おう」


 名残惜しいけれど、俺たちは社会人で、明日も仕事がある。貴重な平日休みも、ここまでだ。


 どちらからということもなく、自然にキスを交わしてから、俺はだいの頭を撫でてあげた。


「おやすみ」

「うん、大好きだよ」

「あ、うん。俺も好きだよ」

「おやすみなさい」

「おう、じゃあな」


 そう言ってだいは笑顔で俺に手を振ってくれた。


 いちゃつき方が高校生みたいとか、そんな言葉は受け付けません。


 このままずっと一緒にいたいとか、そういう甘えを気合で止め、俺は背を向け、だいの家を出るのだった。




 いやぁ、しかしほんと楽しかったな!

 明日からも頑張れそうだ!


 傘を差しながら歩く道のりの足取りは軽い。


 色々あったけど、とりあえずみんなに俺とだいの関係は伝えられた。


 初めてのオフ会から2か月もしないうちに、俺を取り巻く環境は大きく変わった。

 社会人になってからの6年間、ほとんど変わり映えしないような日々だったのに、ほんと変わるときってのは一気に変わるもんだ。


 でも、この変化も人生の面白さの一つなんだろう。

 事実は小説より奇なりってのは、ほんと真理だと思うよ。


 幸せなら、なんだって乗り越えられる。


 だいの笑顔を思い浮かべながら、俺は雨の中、暗い夜道を一人歩き、家へと帰るのだった。





―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

 世の中が落ち着いたら、夢の国に出かけようと思います。


 さて、第5章は少し短かったですがここまで。

 次話から第6章、宇都宮オフ編に突入します!

 連日更新目指して頑張ります……!


お知らせ(再掲)

 本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在は2作目、episode〈Shizuru〉をお送りしています。

 本編とは違った恋愛模様、お楽しみいただければ幸いです!


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